妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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 普段のシャルロッテは、大きな声など出さない。王子の婚約者として振る舞いに気を付けていたと言うこともあるが、シャルロッテの声にも理由があった。柔らかく透き通った優しい声質なのだが、なぜかとてもよく通った。小さな声を発するだけでも、自然と周囲の耳に入った。そのため、今までの人生で声を張る必要がなかったのだ。
 初めて聞く大きな声に、ハイデマリーとクラリッサが驚いたように目を丸くしている。シルヴィも美しい金の瞳を見開いていたが、その口元にはうっすらと笑顔が浮かんでいた。古い友人の新たな一面を見ることが出来て楽しい、そんな表情だった。

「シャルロッテ……」

 手を伸ばし、何かを言いかけたクリストフェルの言葉を遮るように、パーシヴァルがシャルロッテとの間に立つ。シャルロッテよりも頭一つ以上高いパーシヴァルの広い背中では、一つに結ばれた長い黒髪が揺れていた。

「申し訳ありませんが、ご令嬢がたは少々席を外していただけませんか?」

 毅然としたパーシヴァルの口調に、ハイデマリーが「でも」と呟いたきり口ごもってしまう。王の付き人と言う高い地位にありながら、子爵令嬢とも軽口を交わし合うほど気さくで接しやすいパーシヴァルだったが、いざという時にまとうオーラには有無を言わせぬものがあった。

「ハイデマリー嬢、シルヴィ嬢、隣室でお待ちください。クラリッサ、お連れしなさい」
「クラリッサはあなたの使用人じゃないわ!」

 一度はパーシヴァルの迫力に口を閉ざしたハイデマリーだったが、友人が侮辱されたとなれば黙ってはいられない。クラリッサを守るように胸に抱き、まなじりを吊り上げてパーシヴァルを睨みつけている。
 パーシヴァルはシャルロッテ以外の令嬢を呼ぶとき、必ず名前の後に嬢をつけていた。他方、使用人に対しては呼び捨てるのが常だった。王の婚約者が最も信頼を寄せているメイドにのみ、特別に敬称をつけていた。おそらく彼女につけている敬称も、シャルロッテが正式に婚約者でなくなれば外れるのだろう。
 彼がクラリッサだけを呼び捨てるのは、爵位を持たない魔女の血筋を軽んじているからだとハイデマリーは考えているようだが、シャルロッテにはもっと深い理由があるように思えてならなかった。

「存じております」

 ゾクリとするほど冷たい声だった。なおも怯むことなく言い返そうとするハイデマリーを、クラリッサが止める。

「ハイデマリーちゃん、私は大丈夫だから」
「でも……だって……」
「シャルロッテちゃんとクリストフェル君にはお話しする時間が必要みたいだから、私たちは隣のお部屋で待ってよう? 大丈夫、きっとそんなに時間はかからないから。ね?」

 最後の一音は、パーシヴァルに向けられたものだ。普段と同じ、春の日差しを思わせるような優しい笑顔を受け、何故かパーシヴァルがたじろぐように一歩下がった。

「お、終わり次第すぐにお呼びします」

 いつもは自信に満ち溢れているパーシヴァルが、一瞬とはいえ言葉に詰まるのは珍しかった。ちらりと見えた横顔は、悪戯をとがめられた子供のようだった。
 パーシヴァルの瞳もメイの瞳と同様、光の加減によって色が変わる。光の下では大海を思わせる鮮やかな青に、影が差せば深海のような濃い青に。今は長いまつ毛が影を作り、仄暗い青に染まっている。

 クラリッサがハイデマリーの手を引き部屋から連れ出し、シルヴィがヒラリと軽く手を振って出て行く。扉が閉まったのを確認してから、パーシヴァルが横に一歩ずれた。
 立ち尽くしたままのクリストフェルが、縋るような眼差しでシャルロッテを見つめる。今にも泣きだしそうな翡翠色の瞳に、シャルロッテの頭がチクリと痛んだ。
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