妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

文字の大きさ
30 / 82

30

しおりを挟む
 普段のシャルロッテは、大きな声など出さない。王子の婚約者として振る舞いに気を付けていたと言うこともあるが、シャルロッテの声にも理由があった。柔らかく透き通った優しい声質なのだが、なぜかとてもよく通った。小さな声を発するだけでも、自然と周囲の耳に入った。そのため、今までの人生で声を張る必要がなかったのだ。
 初めて聞く大きな声に、ハイデマリーとクラリッサが驚いたように目を丸くしている。シルヴィも美しい金の瞳を見開いていたが、その口元にはうっすらと笑顔が浮かんでいた。古い友人の新たな一面を見ることが出来て楽しい、そんな表情だった。

「シャルロッテ……」

 手を伸ばし、何かを言いかけたクリストフェルの言葉を遮るように、パーシヴァルがシャルロッテとの間に立つ。シャルロッテよりも頭一つ以上高いパーシヴァルの広い背中では、一つに結ばれた長い黒髪が揺れていた。

「申し訳ありませんが、ご令嬢がたは少々席を外していただけませんか?」

 毅然としたパーシヴァルの口調に、ハイデマリーが「でも」と呟いたきり口ごもってしまう。王の付き人と言う高い地位にありながら、子爵令嬢とも軽口を交わし合うほど気さくで接しやすいパーシヴァルだったが、いざという時にまとうオーラには有無を言わせぬものがあった。

「ハイデマリー嬢、シルヴィ嬢、隣室でお待ちください。クラリッサ、お連れしなさい」
「クラリッサはあなたの使用人じゃないわ!」

 一度はパーシヴァルの迫力に口を閉ざしたハイデマリーだったが、友人が侮辱されたとなれば黙ってはいられない。クラリッサを守るように胸に抱き、まなじりを吊り上げてパーシヴァルを睨みつけている。
 パーシヴァルはシャルロッテ以外の令嬢を呼ぶとき、必ず名前の後に嬢をつけていた。他方、使用人に対しては呼び捨てるのが常だった。王の婚約者が最も信頼を寄せているメイドにのみ、特別に敬称をつけていた。おそらく彼女につけている敬称も、シャルロッテが正式に婚約者でなくなれば外れるのだろう。
 彼がクラリッサだけを呼び捨てるのは、爵位を持たない魔女の血筋を軽んじているからだとハイデマリーは考えているようだが、シャルロッテにはもっと深い理由があるように思えてならなかった。

「存じております」

 ゾクリとするほど冷たい声だった。なおも怯むことなく言い返そうとするハイデマリーを、クラリッサが止める。

「ハイデマリーちゃん、私は大丈夫だから」
「でも……だって……」
「シャルロッテちゃんとクリストフェル君にはお話しする時間が必要みたいだから、私たちは隣のお部屋で待ってよう? 大丈夫、きっとそんなに時間はかからないから。ね?」

 最後の一音は、パーシヴァルに向けられたものだ。普段と同じ、春の日差しを思わせるような優しい笑顔を受け、何故かパーシヴァルがたじろぐように一歩下がった。

「お、終わり次第すぐにお呼びします」

 いつもは自信に満ち溢れているパーシヴァルが、一瞬とはいえ言葉に詰まるのは珍しかった。ちらりと見えた横顔は、悪戯をとがめられた子供のようだった。
 パーシヴァルの瞳もメイの瞳と同様、光の加減によって色が変わる。光の下では大海を思わせる鮮やかな青に、影が差せば深海のような濃い青に。今は長いまつ毛が影を作り、仄暗い青に染まっている。

 クラリッサがハイデマリーの手を引き部屋から連れ出し、シルヴィがヒラリと軽く手を振って出て行く。扉が閉まったのを確認してから、パーシヴァルが横に一歩ずれた。
 立ち尽くしたままのクリストフェルが、縋るような眼差しでシャルロッテを見つめる。今にも泣きだしそうな翡翠色の瞳に、シャルロッテの頭がチクリと痛んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完】はしたないですけど言わせてください……ざまぁみろ!

咲貴
恋愛
招かれてもいないお茶会に現れた妹。 あぁ、貴女が着ているドレスは……。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

処理中です...