妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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 遅い朝食後に客間で行われた講義に、パーシヴァルは見慣れたスーツ姿で現れた。シャルロッテが食後の紅茶を楽しんでいる間に着替えてきたらしく、長い黒髪もいつも通り一つにまとめられていた。
 分厚い書類鞄から出される機密事項はシャルロッテも見たことがあるもので、持ち出し禁止と書かれた赤文字がどこか間抜けに映った。
 議題にすべき問題は数多あれど、一日二日で詰め込めるものではない。半年の猶予があるのだから、急ぎ足でやる必要もない。
 今日は、周辺国についての状況をおさらいし、双方の認識に齟齬がないことを確認して、問題点を洗い出した。複数ある懸念事項を重要度別に並べ、優先度が高く高度な問題とそうでないものに分けたところで終わった。
 シャルロッテが把握していないものもいくつかあったが、どれも些末な問題で、上手く手を回せば穏便に解決できるものばかりだった。

「今日はこのあたりにして、続きは明日にしましょう。さすがに少し疲れたわ」

 真剣な面持ちで書類に目を通していたパーシヴァルが顔を上げ、一瞬だけほっとしたような表情を浮かべる。彼もまた、シャルロッテと同じように疲労していたのだろう。
 パーシヴァルが開いていたページを閉じ、控えめに背中を伸ばすと息を吐いた。思いっきり両手をあげて背筋を伸ばしたい気分だろうが、小さく首を回すだけにとどめていた。

「お茶でも飲みましょう。今、人を呼ぶわ」

 客間に持ち込んだポットはすでに空になっていた。ポットがあいた時点でメイドを呼べば、すぐに新しいものを持ってきてくれただろうが、講義の内容的に第三者を入れるわけにはいかなかった。シャルロッテはコルネリウス家の使用人たちを信頼しており、書類を盗み見たり、会話を盗み聞きするような者はいないと確信しているのだが、無用な疑念を与えたくなかった。
 こちらから声をかけるまでは、客間への入室はおろか、前の廊下への立ち入りも禁止していた。廊下の端にはマンフレットとベルタが立っており、ネズミ一匹通さないと身構えていた。

「私が淹れましょうか?」

 立ち上がりかけるパーシヴァルを、掌で押しとどめる。

「今はお客様なのだから、その必要はないわ」
「客人ではありませんよ。いうなれば、生徒ですかね」
「生徒だっとしても、お茶を淹れる必要はないわ。それに、疲れたでしょう? 休息は大事よ」

 パーシヴァルが困ったような笑みを浮かべて、頬に手を当てる。自分で思っていたよりも表情に出ていたことを、少なからず恥じているようだった。

「では、お言葉に甘えて。その代わり、夕食時には私がお淹れしますね。城からぬす……持ってきた茶葉がありますので、そちらを」

 なんだか不穏な単語を口走りかけていたようだが、聞かなかったことにして廊下に顔を出した。
 扉の開閉音を聞きつけて振り返ったベルタにお茶を頼み、マンフレットに講義が終わったことを伝える。どちらも気を張っていたらしく、肩の力を抜いたのが分かった。
 シャルロッテは席に戻ると、パーシヴァルの足元に置かれた書類鞄に目を向けた。パンパンに膨らんだそこには、ぎっしりと書類が詰まっていた。持ち出し禁止の書類を平然と持ってきているのだから、中には閲覧制限のかかっているようなものも入っているのだろう。
 書類を仕舞っていたパーシヴァルがシャルロッテの視線に気づき、意味深な笑顔を浮かべると、最も分厚い書類を取り出した。
 今まで見たどんな書類よりも大きな赤文字で“機密事項”と書かれたそれをドンとテーブルに置き、ペラリと開いた。

「今日の講義は終わりって言わなかったかしら?」
「大丈夫です、これはシャルロッテ様から講義いただくような内容ではありません」

 パーシヴァルは勿体ぶってそこでいったん言葉を切ると、書類をシャルロッテの前に押し出した。

「これは、シャルロッテ様の伴侶候補のリストです」
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