妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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「それで、どうでしたか?」

 エッゲシュタイン邸を辞して暫く経ってから、パーシヴァルが囁くようにそう尋ねた。
 馬車の心地よい揺れに少々うとうととしていたシャルロッテが、窓の外に投げていた視線を車内に戻した。

「どう、とは?」
「ダリミル様のことですよ。あの後、お二人で話されたんでしょう?」
「……えぇ、まあ」
「なんだかはっきりとしない返答ですね」

 パーシヴァルが不満げに肩をすくめたとき、馬車が小石を跳ね上げたらしく大きく上下した。ふわふわとした眠気が吹き飛び、衝撃をまともに受けたお尻が痛くなる。
 コンコンと軽い音が前方から響き、パーシヴァルがシャルロッテに目配せをする。思いのほか激しく揺れたことを案じて、御者が様子をうかがうためにノックをしてきたのだ。
 シャルロッテは強かに打ったお尻を抑えながらも、大丈夫だと言うように右手をひらひらと振った。本当に大丈夫かと尋ねるようにパーシヴァルが首を傾げ、それに答えるように激しく手を振る。
 パーシヴァルが御者に合図を返し、すぐに停まれるようにと緩められていた馬車の速度が再び上がっていく。

「……ダリミル様は、シャルロッテ様のお眼鏡にはかないませんでしたか?」
「そういうことではないのよ。私がダリミルさんのことをどう思っているとか、そういう話以前の問題と言うか……」
「シャルロッテ様にしては、随分と歯切れの悪い物言いをされますね」

 そんなことを言われても、まさか本人たちですら口にしていない秘めたる気持ちを、この場でシャルロッテが告げてしまうことは出来ない。そもそも、ダリミルとエリザが互いに思いあっているだなんて、ただの推測に過ぎないのだから。

(でも、あの瞳は、あの香りは……間違っていないはず)

 押し黙ったシャルロッテの顔を無言で見つめていたパーシヴァルだったが、頑なな横顔に追及を諦めたようだ。両手を上げて、背もたれに体重を預けた。

「まあ、シャルロッテ様が否と言うのなら、仕方がないですね」
「随分とあっさり引き下がるのね」
「別に、ダリミル様でなければいけないというわけではありませんので。まだ候補者は山ほどいらっしゃいますし、時間にも余裕がありますし」

 さほど気にしていない様子でそう言って、パーシヴァルが欠伸を噛み殺す。シャルロッテよりも遅くに寝て、メイドたちと同じ早朝に起きる彼は日常的に睡眠時間が足りていないのだ。普段は気を張ることで睡魔を追いやっているのだろうが、心地良い馬車の揺れは自然と気を緩めてしまう。強い睡魔の到来に、パーシヴァルが二度目の欠伸を噛み殺した。

「……ねえ、パーシヴァル。エリザは本当に悲劇の少女だったのかしら?」
「どういう意味ですか?」
「彼女は、一途にルカ王子を愛した末に手ひどく裏切られた、可哀そうなだけの女の子だったのかなと思ったのよ。言い伝えられている通りの、純粋で汚れを知らない乙女だったのかしら?」
「彼女が本当はどんな女性だったのか、今となっては知るすべはありませんが、ただ一つ言えることは……死者の歴史は生者が残すしかないということですかね。そこには大なり小なり、生者の思惑や希望が入る余地があります」

 エリザがどんな人だったのか、正確に知ることは出来ない。しかし、当時の人々がエリザを無垢な乙女の象徴として見ていたのは事実だ。そしてそれは、今では事実として定着している。本来の彼女の意思に関係なく。
 馬車の音だけが響く中で、パーシヴァルがゆっくりと目を閉じ、浅い眠りに落ちた。彼を起こしてしまわないように気を付けながら、シャルロッテはイスに深く座ると彼の端正な顔を見つめた。
 サラサラの長い黒髪が揺れ、耳元の鮮やかな赤いピアスが夕日を受けて鋭く輝いた。
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