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【失くせなかったものと得られなかったもの 】
しおりを挟む夜中に振っていたらしい土砂降りの雨はすっかり上がっていて、白んできた空が普段より濃い色に見せてくれる洗われたアスファルトにその激しさの跡を残していた。
暑い時期の雨上がりの跡特有の、地面から立ち上がるような重たい熱気も、真夏の台風後に較べれば快適とさえいえた。
大事だよ。やっぱり大事だ。身内なのだから。
身内だから必ずしも大事に思わなくてはいけないわけじゃないってことくらいはわかっている。
家族の在り方なんて家族の数だけあるし、個人の考え方だって個人の数だけある。そのどれもに、俺の価値観や倫理観を押し付けるべきではないのだろう。
だから、逆に俺も押し付けられたくはない。
俺は何も犠牲にしてないし、犠牲になってもいない。
得られなかったものがあった。
妹は、体調を崩して入院しても、気にせずにしたいことをしてくれと訴えた。両親もそうだ。
事実、俺にできることもない。ならば、俺は俺がすべきことを懸命にすべきだと。
そう思い、心配する気持ちを押し殺して邁進した。
妹もまた、心配性の兄に心配かけさせまいと、気力で病状を持ち直したようで、緊急入院は文字通り緊急措置としての入院で、すぐに日常に戻って来ることができた。
気力で無理やりさせた回復は、何かを前借したに過ぎなかったのだろうか。
回復したのもつかの間、すぐに体調を崩してしまった妹。
どうしても観に行きたいと言っていた、うちの学校の学園祭。
無事身に来れて、しっかり楽しんだらしい妹。
そこで満足してしまったのか、緊張の糸が切れてしまったのか。
持病の影響で、体調を崩しやすく、特に幼いころは重い症状が現れることもあり、入院することもなくはなかったが、最近は頻度はぐっと減っていた。
そこに来て、今まで経験したことのない短さでの入院。再入院と呼んでも良いくらいの短さで病院に戻された妹。
例によって、妹や両親からは、心配しないように言われた。
担当医の先生は、保護者でもない俺にも訊いたことに丁寧に答えてくれて、症状は心配する必要のない一時的なものであると説明してくれて、納得もできていた。
それでも、これまでに経験のなかったスパンの入院。まさに、「入退院を繰り返す」に相当するかのような状況に、心が動揺をした。頭で理解していたものにさえ、蓋をしてしまった。
新人戦を戦うレギュラーメンバーを選抜する紅白戦に於ける俺の戦果は凡庸そのものだった。
致命的なミスがなかっただけマシと思わなくてはならないだろうか。
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