詩片の灯影①〜想い結びの糸〜

桜のはなびら

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草壁との会話

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「草壁さんはずっとこちらで古本屋さんやられてるんですか?」

 読書コーナーの椅子に腰をかけ、両手に草壁の淹れたコーヒーの入ったマグカップを抱えた結が、慣れた様子で尋ねた。

「私がここに来他のは五年以上前だね。灯影書房は五十年以上前から続いているそうだよ。と言ってもここ十数年は前店主が気まぐれに店を開けた日しか営業していなく、月に数回開いてるかどうかといった状態だったみたいだけどね」
 草壁もサイフォンから自分のカップにコーヒーを注ぎながら、結の質問に答えた。

 十年間従事した前職を辞めた草壁は、学生時代の友人を伝に灯影書房の前オーナーを紹介してもらい、店舗を事業ごと買い受けたのだと説明をした。
 
「私も本は好きだったからね。本屋さんになりたいなんて子どもの頃に夢見た子どもじみた夢は、定年後の楽しみにとっておこうと思っていたのだが……」
 草壁が漠然と描いていた人生設計に変更が生じたとき、想定よりも早く訪れた機会に、楽しみを前倒しにしたのだと草壁は言った。

「この店の雰囲気も、店名も、在り方も気に入ってね。そんな俺のことを、先代のオーナーも気に入ってくれたようで。事業ごと継承させてもらうって話は結構とんとん拍子で進んだんだ」
 
 それが受動的な結果可能動的な選択だったのか。
 草壁の語り口から予想を立てることは結には難しかったが、人生の大きな軌道修正に関わるいくつもの大きな選択のすべてが、痛みを伴わなかったとは思えなかった。
 もちろん、前向きな退職と独立を、スムーズに進められている人も大勢いることは結にもわかっていた。
 しかし結が草壁から感じていたどことなく疲れた様子と厭世的な雰囲気からは、何らかの過去の存在を想像させた。



 ちなみに前オーナーは引退したとはいえ今尚健在で、今では施設で暮らしているものの、まだまだ健康な足腰を持つ前オーナーはしょっちゅう外出していて、時折この店舗にも顔を出すのだとか。

「結構話好きな人でね。もっぱら聞き役にまわってばかりだが、ご本人の来歴やこの町の過去や現在の話など、なかなか興味深い話を聞かせてもらっているよ」
 聞いた話をまとめたもので良ければ、今度志貴さんにも聞かせたいという草壁に、結は頷いた。


 
 結はひとつの話題の深掘りは避けながらも、いろいろな話題を草壁と交わした。
本の話、詩の話、町の話——どれも短く、静かで、でも確かに心に残るものだった。
 
 結は気づいていた。
 この店にいるとき、自分の中の澱が、ほんの少しだけ、溶けていくような気がすることに。
 
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