詩片の灯影①〜想い結びの糸〜

桜のはなびら

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草壁圭吾

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 もし売りたい本があったら、保護者の方と一緒においでと柔らかく伝えられた結は、そんな一般常識的なことも知らなかった自分が少し恥ずかしくて、「草壁くさかべさんとおっしゃるんですね」と話題を変えた。

 話の流れを無視して、自分の名前を言い当てられた店主――草壁は、少し驚いて、それから結の目線の先を見て得心を得たように「――ああ」と言った。

「私も名前で呼びたかったから――」
 少し照れたように、草壁がいるカウンターの脇に置かれた荷物から目線を外した結。
 荷物には送り状が張り付けられていて、受取先の宛名には草壁圭吾けいごと記載があった。
 
「勝手に名前見て、ごめんなさい」
 謝る結に、店舗のホームページに灯影書房が所属している全国古書書籍商組合連合会の登録情報に代表者氏名が記載されているし、古物商許可証のプレートには氏名までの記載はないが、許可証自体には記載されていて、必要があれば提示することもある。別に隠しているから構わないのだと草壁は柔らかく微笑んだ。
 
「今さらだが、改めて自己紹介でもしようか。草壁圭吾です。いつもご贔屓にしてくださりありがとうございます」

「あ、志貴結です。贔屓って程お買い物できてませんけど……こちらこそ、お邪魔させてもらって、コーヒーを出していただいたりもして、いつもありがとうございます」
 改まってお辞儀をしあうふたり。
 
「先ほど店舗名を褒めてくれたからお返しというわけでは無いのだが、素敵な名前だね。本と一緒だ。本は思考が文字という形を与えられ、紙という媒体に写されることで、本来取り出せなかった無限に広がり散らばる想いやアイデアや知識を、誰かと結びつけるものだ」
 
 名前で呼びたかったと言った結の言葉には、名前がわからないと呼びかけから始まる会話がしづらいという意図があった。
 つまりそれは、これまでの端的なやり取りよりも、もう少し踏み込んだ会話を望みたいという意図として、草壁に伝わっていた。
 
「あ、ありがとうございます。名前褒めてもらえるの嬉しい。でも、誰かと結びつける、か......とてもそんな風になれる気がしないなぁ」
 
 自分の名前を、好きな本と結びつけて肯定してくれたことを嬉しく誇らしく思いながらも、照れくさくもあった結。そして少々卑屈だが、草壁の褒め言葉への感想は、謙遜よりは実感のこもったものであった。

 
 
 この日以来、結は灯影書房に訪れると、おしゃべりとは言えない程度の、しかし書店員と書物を見に来た顧客とのやりとりには収まらない会話を、草壁と交わすようになっていた。
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