詩片の灯影② 〜過去から来た言葉と未来へ届ける言葉

桜のはなびら

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大人の役割

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 子どもが捉えている事象と、大人の意図と実態が異なっていることは往往にしてある。

 真帆の場合はどうか。

 圭吾の少年時代の例はさすがに真帆にとっては幼すぎるメンタリティと言えるが、そこまで直接的ないじけではなくても、高校生の子どもでもそれなりに親に対していじけたり被害者面をしたりするものだ。
 
 真帆から得た情報だけで判断する限りは、今のところ暴力のようなわかりやすく、そして命にかかわるような状況ではなさそうである。

 しかし、だ。
 だから「様子を見よう」などと、大人の口上で日和見はしたくない。
 目に見える肉体の損傷は無くても、大人から見たらたいした威力は無くても、心に負った傷を「痛い」と思う子どもの気持ちは、唯一それがすべてなのだ。
 誰かと大小や軽重を比較して評価する類のものではない。
 

 圭吾にできることは、まずはとにかく真帆の話を聴くこと。

 できるだけシグナルは見逃さないようにして、事実に沿った正しい情報を得る。
 やり取りの中で可能な限りケアを心がける。
 一片の事実から、救済、対応、措置が必要と判断したら躊躇わず実行する。
 誤解や過ちがあったら誠心誠意謝罪すれば良い。
 その覚悟を持つ。

 
 おおよそ熱血教師呼べるようなタイプではなかった圭吾だが、教師という職業における理想像は持っていた。
 理想を追う、秘めた熱意もあった。
 視野狭窄にならないように努める冷静さもあった。



 しかし、大人としての優れたバランス感覚が、未発達でアンバランスな子ども心にひと匙の不満のしずくを垂らしてしまった。
 
 
 ある日の放課後の教室で。
 
「あれ? 厚東さん帰らないの?」

「うん、草壁先生が詩見てくれるの。進路のことも相談に乗ってくれるんだ」

「へぇ……そうなんだ」


 ある日の休憩時間の職員室で。
 
「先生。遠足の自由時間、一緒に文学館行きませんか?」

「班のみんなと行くの? 自由時間まで教師と一緒じゃ嫌がられるんじゃないかなぁ」

「いえ、自由時間は個別行動にしようって話してます」

「ん……それは、どうだろうか……級友と親交を深めるのも遠足の目的だよ?」

「だって……みんな鎌倉スイーツとかそんな話ばっかりで、文学館行きたいって言っても誰も賛成してくれなそう」

「……言葉はさ、思いを形にするものでもあるけど、伝えるものでもあるよね。気持ちや想い、伝えることはした?」

「ううん……」

「まずは、やってみようよ。そして、受け入れられなかったとしても、そこから始まるのが言葉の交流だよ。交渉って言葉に置き換えると少々無粋だけど、これもまた、想いの交換だ。それを、言葉を使って行う。言葉の力を信じている厚東さんには、伝えるということを諦めないでほしいな」

「…………わかりました。やってみます」


 子どもの甘えをそのまま叶えることが大人の。
 生徒の期待にそのまま応えることが教師の。
 すべきことの全てではないと、敬語は思っていた。
 それが多少の負荷になるとしても、本質的な解決に導くのが役割だと。

 それはまさに、世の中の多くの親や教師と言った、子どもから大人と呼ばれる存在が取る対応であり、敬語としてもその点に関しては、安易に子どもに迎合するのではなく、大人としての在り方を示すべきだと考えていた。
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