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記憶と響きのフェスタ
しおりを挟む午後二時。
空は焼けるような青、雲は逃げ去り、太陽は容赦なく街を照らす。
アスファルトは熱を孕み、遠くの景色が揺らめいて見える。
風はあるが、熱を含んだそれは、涼しさよりも重さを運んでくる。
蝉の声は、かつての夏の記憶の中にだけ響いている。
今は、沈黙が支配する夏の午後。
木々は黙し、土の中で眠る命は、暑さに目を閉じたまま。
その静けさが、かえって季節の厳しさを際立たせる。
今日はその町のいくつかの個所で、言葉と音が響き合う。
『記憶と響きのフェスタ』
伊礼紗杜が市内の商店街や商工会、市議会議員などと連携して企画したイベントだ。
街と住人が持つ記憶を、ボサノバの演奏楽しみながら共有し、住人や近隣から訪れた来場者に、この街を知り、この町を少し好きになってもらえたらとの思いがこもっている。
もちろん、難しいことは考えずただ音楽を楽しんでくれるだけでも大歓迎だ。
街の不動産屋の一社員である紗杜は、生まれ育ったこの街を盛り上げようと地域活動にも積極的だった。
同じくこの街発祥のサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』、通称『ソルエス』にダンサーとして所属していて、同地域を中心とした活動の中でパフォーマーとして踊ることも多い。
紗杜は定期的に市内各地の商店会や店舗、役場や商工会、市議会議員などの協力を得ながらイベントの企画を実施していた。
本日は自身が所属する『ソルエス』も巻き込んでの、ボサノバの音楽を楽しむイベントを企画していた。
市内の中で比較的古い町並みを残すエリアを対象としており、そのコンセプトを深く読み解けば、街や人の記憶を、ボサノバを楽しみながら思い浮かべましょうと言ったもの。
開催地は音楽と相性の良いところが多く、『ソルエス』の拠点でもある旧駅エリアのロックバーとシャッター商店街になりつつある私鉄駅付近の音楽バーは、まさに音楽を楽しむための場だ。お酒もまた、記憶を言葉にさせるための促進剤となることだろう。
古い街並みを市政としても残す方向で取り組まれているローカル駅前の広場は、以前に多様なコンセプトでジャズナイトを行った際にも使った場所だ。ジャズをボサノバに置き換えて、キッチンカーや屋台の食べ物を楽しみながら音楽に身を委ねる会場となる。野外で広さもあるので、サンバの打楽器隊も出し、数人だがダンサーも出す、今回の企画では最も観覧に特化した会場となっている。
同じくローカル駅の近隣にある古書店『灯影書房』も、会場の一つに選ばれていた。
現オーナーの草壁圭吾は紗杜の学生時代の友人で、彼が高校の国語教師という職業の退職を聞きつけた紗杜が、「圭ちゃんに絶対合う」と勧めた、事業継承を条件とした不動産で、圭吾は紗杜に言われるまま、仕事と職場と居住地をいっぺんに手に入れていた。
紗杜の言う通り、圭吾は自分でもある程度は適性も興味もあるものとしてその道を選んだのだったが、やってみると想像以上に肌に合っていて、継いでから五年程度でありながら『灯影書房』は圭吾のために存在していたかのように、または圭吾は『灯影書房』に最初から居たかのように、店舗と店主はお互いに馴染んでいた。
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