詩片の灯影④ 〜言葉と記憶を結ぶ場所〜

桜のはなびら

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いざ舞台へ

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「そろそろだね」
 カウンターに戻って居た圭吾が、受付付近まで来て紗杜に言った。手元には食べ終えたアイスクリームのカップがあった。
「圭ちゃん、ありがとね」
 どうにか開催にこぎつけられたと、紗杜は柔らかく微笑んだ。
 並んでいた来場者は捌き終え、これ以降の受付はスタッフ一人に任せられそうだと判断した紗杜は、「マユコさん、ここお願いしますね」と席を立った。
 
 
 
 紗杜は、イベントのプログラムを手にステージまで行き、スタンバイ中のバンドメンバーと打ち合わせをした。
 今回のイベントではボサノバ編成。
 ヴォーカルのきなみん、ギターのアイ、打楽器タンタンののん、手持ち鉄琴アゴゴのミャー。
 彼女らもこの静かな古書店で演奏することに、少し緊張している様子だった。

 紗杜は彼女らに微笑みながら言った。
「音を出す前の静けさが、今日の主役よ。結ちゃんの声を、包み込むように演奏してね」
 
 

 結は、控室代わりの書庫の奥で、深呼吸を繰り返していた。
 手には、何度も読み返した詩の原稿。
 
『この世界は、いつも厳しく、いつだって優しい』

 その一行が、今の自分にとってどれほど大切か、彼女は知っていた。

 白いシャツには、紗杜が用意してくれた小さな名札が。『朗読担当:志貴 結』と書かれている。

「緊張してる?」
 紗杜が笑顔で声をかける。

「……ちょっとだけ」
 結は小さく答えた。けれど、心の中ではもっと大きな波が揺れていた。
 母に「行ってくるね」と言えたのは、ほんの一言だったけれど、それだけで少し違う朝だった。
 来てほしいとは言わなかったし、詳しい情報は伝えていないけれど。
 自分が何かに挑んでいるということを伝えられたというだけで、これまでの自分と今の自分は違っている。

 自分の思いを。考えを。主張を。
 声に出すことは、まだ少し怖い。

 でも、草壁さんと紗杜さんがいる。

 そして、音楽がある。
『ソルエス』の人たちが奏でる音楽が。

 その空気の中なら、きっと――。
 
 
「だいじょうぶ。結ちゃんのありのままの姿と言葉で良いから。その方が良いから。その方が、結ちゃんそのものが届くと思うから」
 紗杜の声に、結は頷いた。

 紗杜に導かれるように、既にバンドはスタンバイ済みのステージへと移動する結。
 ステージに向かう途中、観客席の一番後ろに見覚えのある姿を見つけて、足が止まった。

 
 母が、そこにいた。

 
 目が合った瞬間、結の胸に何かがこみ上げた。
 けれど、母はただ静かに微笑み、そっと頷いた。

 その小さな仕草が、結の背中を押した。
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