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本章

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 一定のリズムで、右腕と左腕を交互に振り続ける。
 決して強くも早くもない。それでも、じんわりと汗が滲んでいた。

「叩き方、なんとなく分かったか?」
 一息入れよう、とキョウさんに言われ演奏を止め、滲んだ汗を拭う。

「はい、なんとなくですけど」

「まずはそれで充分だ。実際はもう少しいろいろな叩き方の種類があって、それでパターンを作るんだが、それは今は良い。叩いてみてどうだ?」

「あの、なんだかドキドキしました」

「スルドはアンサンブルの心音のようなものだからナ。そりゃあ心臓も高鳴るだろうよ」
 わたしの答えにニッと笑ってキョウさんが言った。
 そういうものなのかな。でも、確かに自分で鳴らしている音に、合わせに行くように鼓動が高鳴ったような気がしていた。
 
「楽しいだろ? だがいったんお預けだ。この楽しみを、愉しみ尽くすための準備がある」
 
 キョウさんによると、このあとダンサーと合同の練習になる。
 ヂレトールという指揮者と打楽器隊のバテリアが演奏し、バテリアが鳴らすリズムに合わせてメロディを奏で、歌を歌い、ダンサーは踊る。
 バテリアの音がずれたり崩れたりすると、そのすべてが乱れてしまうのだ。
 特にスルドは打楽器のアンサンブルに於けるベースに役割を持つ。素人が練習がてら鳴らして全体の調和を崩してしまうわけにはいかない。

 キョウさんはわたしにガンザという楽器を貸してくれた。
 片手で持てるサイズの楽器で、楽器の中に小さな粒が入っていて振るとシャカシャカ音が鳴る。
 サンバのリズムの基礎を身体に染み込ませるのに最適なのだそうだ。音量は小さく、多少間違えても影響も出ない。

 サンバは四分の二拍のリズムだ。
 ダンサーの基本ステップである『サンバ・ノ・ぺ』は、カウント四つで一セットとし、三つ目にアクセントが入る。
 そのリズムと同じように振ることでサンバのリズムが身に付くのだと言う。

 これからの時間でガンザの振り方を覚え、合同練習にはガンザでダンサーや歌やメロディーも含めたサンバに参加するという流れだ。
 
 ガンザは振るだけで音が鳴るが、ただ振れば良いというわけではないらしい。
 わたしが借りたガンザは長方形の立方体の形をしていた。
 長方形が横になる向きで軽く握り、手首ではなく肘から上を使って前後に振る。決して激しくは振らない。
 楽器の中に入っているつぶつぶは、当然一粒一粒が独立しているが、それをひとつの塊であるかのように意識し、内壁にたたきつけるイメージで振る。
 教えてもらったリズムを意識して振ると、カウントの一つ目と三つ目で音が変わる。
 単純だけど簡単ではなかった。
 サンバという音楽自体が、単純だけど奥が深いのだと思った。

 とにかくリズムを音にすることはできるようになってきた。
 いよいよ合同練習がはじまる。バテリアはダンサーが練習している部屋に移動した。
 重い扉の向こうではダンサーたちが練習していた。華やかな雰囲気だ。柊もいた。

 柊は声は出さず、軽く手を挙げ、表情だけでわたしに合図した。わたしも少し手を上げてそれに応えた。
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