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本章

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 次は楽曲の音源に合わせてスルドを叩いた。
 本来はベースとなるのは打楽器の方だが、音源なのでメロディのテンポは決まっている。
 スピーカーから鳴るメロディに合わせて、スルドを叩いた。

 これはこれで良い練習になった。
 先ほどのスルドだけの練習とは違い、楽曲を意識して叩くことができた。

「疲れたね、ちょっと休憩しよう」

 穂積さんに言われ、わたしたちは端に置かれたベンチに横並びで腰をかけて、ふたりのお母さんが持ってきてくれたおやつを食べながら休憩した。

「柊と穂積さん、仲良いよね。同じチームに入って、同じダンサーで、いつも一緒で」

「この子、わたしのこと大好きだから」

 柊は照れくさそうに笑ってる。
 衒いなく言った穂積さんも笑顔だ。
 わたしの言葉には羨ましそうなニュアンスがあっただろうか。
 わたしにも姉がいることは話してある。それでも、わたしにも姉妹でやってみたら? と言った提案は為されなかった。

 以前姉のことを話したときに、姉への屈折した想いについても話してあったから。
 直接話したのは柊だったが、穂積さんにもなんとなく伝えてあったのかもしれない。
 少し伏目がちにしたところも、穂積さんには見られていたのかも。

「がんちゃんはさ、お姉さんが嫌い?」
 穂積さんが優しい笑顔で尋ねた。

 言葉に詰まる。
 嫌いかと明確に問われてしまうと、ハイと答えるのに違和感があった。

 祷自体に、嫌う要素はない。
 祷はまさに理想の姉で、わたしに良くしてくれていた。周囲からも羨ましがられるほどだ。
 けれど、好きだと言えるなら姉から離れたいなどと思うわけがない。
 わたしの中にわだかまるものはあるが、姉に対して結びつける感情がなんなのかと考えたら、思いつく単語が無かった。

 わたしに良くしてくれる姉。
 助けられたこともある。
 感謝の気持ちもある。
 嬉しかったこともあるし、好きだと思える要素ならあるのに、好きだと言えないことの方が、嫌いな要素のあるものを嫌うことよりも根が深い気がした。

 両親に対してはもっと直截的で単純な言葉がありそうだけど、姉への想いは紐解けば紐解くほど、自分の中にあるものの正体が遠ざかっていくように感じる。


「私たちだって、単純に仲が良いだけじゃないよ? ねえ?」

 答えに詰まっているわたしに、穂積さんは答えを急かすのではなく、自分たちの話を始めた。
 振られた柊も笑いながら、「よく喧嘩するしねー」と言っている。
「柊は気性荒すぎるのよ」と穂積さん。

 柊の気質なら、喧嘩してもすぐ謝ってきたり、怒っていても長時間持続しなくて、すぐケロっとしてそうだな。

 そういうわたしに、穂積さんは困ったような顔をして言う。
「基本的にはその通りなんだけど、たまに根深いときあるよね」

 柊は「あんまり言わないでよー」と言っているが、穂積さんの言葉を止めるほどの強さはなく、穂積さんもその話を続ける感じだ。

 これはたぶん、わたしのために言ってくれている。

 姉への屈折した思いを抱えているわたしに、同じ姉妹という立場を持っているふたりが、このままでは良くないと、わたしに知って欲しいこと、気づいて欲しいことがあると、自分たちのプライベートを晒してでも伝えようとしてくれているように思えた。
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