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本章

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 結局、キョウさんはなにも訊かなかったし、わたしもなにも言わなかった。
 感情の吐露は、言葉よりも雄弁だったろうか。
 わからない。キョウさんにわたしの抱えてるものの根っこにあるものが伝わってしまったようなのも思えたし、なにも伝わっていないのに、全部受け止めてくれたようにも思えた。

 キョウさんはなにも訊かなかった代わりに、言葉をくれた。

「ねーちゃんと較べて自分のことを低く見積もってンかもしんねぇけどヨ、オレはがんこが誰かと較べて劣ってるなんて思ったことねぇけどナ」

 それはキョウさんがわたしのことしか知らないからだし、わたしのことだって、数値化できるような、例えば学校の成績や模試の結果を知っているわけではない。
 数値で比べられるもので見ればわたしは明らかに祷に劣る。

 でも、キョウさんはきっとそういうことを言いたいのではない。
 数値や成果ではなく、ひとりの人としてみてくれている。人としてみたわたしは、誰かと較べるようなものではないし、誰かより劣っているなんてものでもないのだと。

 わたしを素直だと言ってくれるキョウさんをがっかりさせたくないなんて打算も少しはあったかもしれないけど、他のひとから言われていたら、理屈ではわかっていても感情が受け入れなかったであろう言葉でも、今のわたしはすんなりと頷いていた。


「それにヨ」


 キョウさんが独り言のように呟いた言葉が印象に残った。


「おめーのねーちゃん、祷か。アレはアレで、抱えてるモンありそうだけどナ」



 キョウさんには、わたしには見えないものが見えているのかもしれない。

「落ち着いてきたみてぇだな。そんじゃ、そろそろーっか」

「うん」

「今からだと向こう着くンは二十時くれーか。メシでも食ってこーや」

 わたしが頷くと、キョウさんはチト待ってろと、祷にメッセージを入れた。

 キョウさん、祷と連絡先交換したんだ……。
 まあ当然か。
 キョウさんは大人だ。わたしとみっつしか変わらない祷も大人だ。わたしだけが子どもで、保護されるべき対象なのだ。

 スルドは祷が車で持って帰ってくれたらしい。
 キョウさんは祷に、わたしに食事を摂らせてから自宅付近まで送っていくという内容の連絡をしてくれた。完全に保護者同士のやり取りだけど、不思議ともやっとした感覚は無かった。わたしは自分が子どもであることを、たぶん昨日までのわたし以上に強く自覚したからで、それが却って少し大人になれたような気にさせてくれていた。


「ラーメンで良いか? 街道沿いなら幾つかウメーとこあンぞ。なに系にするヨ?」

「魚介系」

「イイねぇ。ぶし系で太麺、量もパンチ効いてる店でも良いか?」

「うん」

 よし、食欲あンなら大丈夫だ、とキョウさんは笑顔でヘルメットを渡してくれた。


 全体的に黒っぽい外観のラーメン屋さんのカウンターでキョウさんと並んで座り、威勢の良い店員さんにキョウさんと同じものを注文した。キョウさんは奢りなんだから遠慮すンなと味玉とチャーシューもつけてくれた。
 ちょっと圧倒されそうな量のもやしが小山のように盛られていたラーメンは完食した。スープも全部飲んだ。

 食べ過ぎてバイクにのったら気持ち悪くならないかなと少し不安になったけど、夜の闇を裂くように進むバイクは気持ち良かった。
 風が、心に薄く幾重にも貼り付いていた瘡蓋のような殻を剥がしてくれた。


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