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本章

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「痛そうだね。なんかできることあったら言ってよ」
 
 学校のお昼休み。
 柊が心配そうに声を掛けてきた。柊の場合、女子同士特有の共感もありつつ、ご両親譲りっぽい義侠心みたいな部分もあって、困りごとがあったら全力で助けてくれそうな勢いだ。

 お昼は柊と、一学期の時に仲良くなったしいちゃん(椎菜)、ルカ(瑠夏)、元々柊と仲が良く最近わたしとも席が近くてよく話すようになったみやちゃん(出澤美弥でざわみや)の五人で席をくっつけて島を作って食べている。

 柊の言葉に、三人も心配そうにわたしを見た。
 
「ありがとう、大丈夫だよ」
 
 つい答えてから気付いた。ハルさんが言っていた。痛い時点で大丈夫ではないのだと。

 大丈夫という言葉は難しい。
 大丈夫? という質問は、大概の場合大丈夫だと返されるのだからあまり意味がないし、大丈夫という回答は、相手へ心配を掛けさせないという配慮に起因しているのは間違いないと思うけど、ある種の拒絶とも受け取れる。
 
「あ、でも、これ開けて欲しい」
 さっき買ったフルーツティーのペットボトルをリュックから出した。
 荷物はリュックなので移動時には腕を使わないが、背負う時とおろすときに片手だと少し手間がかかる。なので、中身をなるべく軽くしようと、タンブラーでドリンクを持ってくるのをやめておいたのが裏目に出た。

 ペットボトルは片手では空けにくく、右腕の二の腕と身体で挟むようにして固定し左手で開けようとしたが、キャップが固くボトル自体が回ってしまったり、ボトルを身体で固く締めたら今度は左手が滑ってしまったりして開けられなかった。
 もっと身体に力を入れれば或いはと思ったが、直接手首に干渉する箇所では無くても、右腕に力を入れるのは避けた方が良い気もしていた。
 
「おっけー、任せて!」
 
 柊は頼まれて嬉しそうだった。
 ペットボトルを受け取り、軽くひねって開けてくれた。
「もっと何でも頼ってよ」と言ってくれた柊の言葉が嬉しくて、「じゃあごはんも食べさせて」なんて冗談を言ってみたら、にこにこしながら「どれから食べる?」などとわたしのフォークを握って訊いてきた。

「えっ、じょ、冗談だよっ、お弁当パンだしおかずは全部一口サイズにしてくれてあるから左手だけでも食べられるよ。柊もお昼食べなきゃならないんだし」
 
 と言っても、柊は引いてくれなかった。
 
「がんちゃんは冗談でもわたしは本気だから! 食べさせてあげる! わたしはがんちゃんに食べさせながら食べるから気にしないで。いやぁ、ママになった気分~」と嬉しそうだった。
 
 わたしは覚悟を決めた。
 元はと言えば安易な冗談を口にしたわたしの責任だ。柊の好意を甘んじて受け入れることにした。

 受け入れると決めたのだ。なんで「あ~ん」とか言うの⁉︎ なんて余計なことは言わない。

 三人は苦笑いしているけれど、これはまだマシな方。遠くの席の子なんかは引いている、ように見える。

 周囲の目線なんて気にしない。

 わたしは一個のおぎゃり装置なのだと心に言い聞かせ、役割を全うした。
 
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