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本章

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 早口にならないよう気を付けながらも、一気にそこまで言い終えたわたしは、ひとつ深呼吸をした。

 ふと祷の方を見ると、準備の手を止めていて、少し驚いた様子でこちらを見ていた。

 祷と目が合った。祷にしては珍しく戸惑いの色が見えた。
 わたしは目で頷いた。力強く頷くような雰囲気を出したかったが伝わっただろうか。手を止めたのは一瞬で、祷は作業に戻っていた。



 わたしは、予定にはなかったことを言っている。



 本来はこのタイミングで、わたしの思いの丈を訴えかけ、感情に働きかける予定だった。

 思いの丈を言っている点は予定通りだが、内容はだいぶ違う。

 打ち合わせでは、わたしがどれだけサンバへの想いを持っているのかを伝え、それだけの熱量を根拠に、計画の実現性を感じ取ってもらう意図があった。

 計画が仮に良いと思ってもらえるものであったとしても、いざそれを実行するのはひとである。
 過去に取引や取り組みがあって、実績や信頼があるならともかく、縁に頼って提案はさせてもらえても、それが実現できるのかどうかは未知数だ。相手の立場に立てば本来は必要のなかったギャンブルをすることになる。
 そのハンデキャップを埋めたかった。



 その計画を違えるつもりはない。

 伝えるべきこと、伝えたいことを、どう伝わるかを考えて伝えるつもりだ。
 だからこそ、伝えるわたし自身の軸となるもの、根を下ろしている考えを、良いも悪いも識ってもらう必要があると思った。


 自己満足かもしれない。


 それでも、わたしがこの計画を、この提案が本当にクライアントのためになるものだと、本気で伝えるために必要な前段だと思ったのだ。


 安達さんは静かに聞いてくれていた。
 その表情からは正の感情も負の感情も窺い知れない。


 構わない。
 引かれていたって、何言ってんだとか思われていたって、構わない。

 想いを伝えるのならば、その想いが生まれ出でた源泉を識ってもらうべきだと思うから。


 わたしの我欲を。わたしの歪みやら屈折やらの醜い部分を。わたしの都合を。識って欲しい。
 クライアントにとって、担当にとって、どうでも良いことではあると思う。それを押し付けるだけなら本当にただの自己満足だ。


 晒け出した剥き身の心には、取り繕いも偽りもない。


 今の段階では行動や結果には至っていない、ただの言葉は、脳から生じたものならば、口先だけ、言っているだけである可能性を、否定できる根拠を示すのは大変だ。

 けれど、ただの言葉であっても、偽りのない心から生じたものだと思ってもらえたのなら、想いが、本気が、伝わると思った。

 そのためにも、なぜ心がそう在ったのか。そしてその心がどう変遷したのか。それを伝えたかった。

 
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