詩片の灯影③ 〜言葉を音に乗せて〜

桜のはなびら

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 ある日の夕暮れの陽に染まる『灯影書房』

 紗杜が主導して進めていた記憶と言葉と音楽のイベントの準備が進む中、紗杜は再び『灯影書房』を訪れていた。

 読書コーナーには、結が読んでいた詩集が開いたまま置かれていたが、彼女の姿はなかった。
 
「結ちゃん、今日は来てないんだ」
 
 圭吾は、カウンターの奥で古い文庫を整理しながらうなずいた。
 
「ここしばらく入り浸るくらいだったからね」
 

 いつも結が使っていたテーブルに残された詩集は、彼女の作業の名残。

 イベントで予定されている朗読会に向けて、詩を作ることになった結。
 紗杜の強引さと圭吾の促しの硬軟合わせた誘いに当初は受け身のスタンスで乗った結ではあったが、いざやるとなった結はわかりやすく張り切っていた。紗杜は、結衣の中に潜んでいた、「心を言葉に表したい」という”熱”を、言い換えれば情熱であり、欲求の存在を感じ取っていた。

「素直な、飾らない、在るがままの言葉で良いんだよ」
 詩を作ると決めた結は、そう言った圭吾の言葉は受け止めつつも、どうせ詩にするならきちんとしたいと、詩の形式や詩が与える印象などを、いくつかの詩集を読み漁って解析するようになった。
 それはそれで良いかと、圭吾は結を見守っていた。
 届けたい相手に届けるため、荒削りな言葉を、より適した形に洗練させる行為は、想いを伝える意味でも、結という存在を知ってもらう意味でも、きっと助けになる。

 読書コーナーの一角は、今は完全に結の作業スペースになっていて、続きからすぐに作業再開できるようにと、前日の作業状態がそのまま残されていた。
 
「今日は、学校の用事があるって言ってたよ」

「夏休みなのに大変だねぇ」

「俺もなんだかんだと学校行った覚えあるけどな」

「あ、そーなの? 私は完全に休んでたよー。学校の近くなんて近寄りもしなかったなぁ」

「紗杜らしいなぁ。あれ、部活やってなかったんだっけ?」

「陸上部入ってた。コツコツとひとりで追求して、コンマ一秒を削る世界って、なんか孤高で格好良くって。で、練習がキツくて夏休み入る前に辞めた」
 だから夏休みはフルで遊んだ! と意味が良くわからないピースサインを自信満々な顔で圭吾に突き付ける紗杜。

「ストイックなんだか好い加減なんだか、よくわからない紗杜の在り方は高校時代からだったか」
 
「根はまじめだよ」

「自分で言うなよ。まあ、知ってるけどさ」

「ってことで、これ」
 
 紗杜はビジネスバッグの中から取り出したイベントの資料を圭吾に渡した。
 
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