詩片の灯影③ 〜言葉を音に乗せて〜

桜のはなびら

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格好つけたところで

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 少し傷ついた小鳥が、安心してとまれる止り木に見えたのなら、それは子どもにとっては、頼れる大人に見えたということ。
 
「結ちゃんが圭ちゃんに懐ける……安心して寄りかかれる対象に見えたってことは、もう触れたら壊れそうな脆さは見えないってことだよ。少なくとも、痛々しくて見てられないような生々しい傷痕なんて、もう無いんじゃないかなぁ」
 
「なるほど。そういう考え方は新鮮だ。ほんと、紗杜が友だちで良かった。いつも新しい視点をくれる」
「そーよ? 大事にしなよ?」
 
 紗杜はゆっくりと息を吐き、言葉を続けた。
 
「圭ちゃんはさ、護ったんでしょ?」
 
 教師時代の圭吾。
 言葉に敏感な生徒がいた。
 彼女の沈黙は叫びよりも重かった。
 彼女の言葉には事実とは異なっていても真実があった。
 
 だから圭吾は、彼女の未熟を責めなかった。
 そして圭吾は、教師としての限界を知った。
 
「護ったつもりだった。でも、俺が教壇を去ることで、彼女が何を背負うことになるかも、わかっていた」
 
「その選択が、痛みを与え傷を負わせるものであったとしても、それでもひとつの救いを与えた事実が残るなら……圭ちゃんはいつまでも下を向いてちゃいけないと思う」
 
「そうだね。本当に、その通りだと思う」
「この町には、過去を抱えている人が多い。でも、それを語れる場所が少ない。灯影書房が、そういう場所になってくれたら……町の未来も、少しだけ変わる気がするんだ」
 
 紗杜の言葉に、圭吾はゆっくりとうなずいた。
 
「……そうだね。語ることは、残すことだから」
 
 灯影書房を出た紗杜は、夏の夜の湿った風を頬に感じた。そんな風でも、夏の暑さに耐性のついた身体には、心地よい涼しさとして感じられた。
 肩にかけたストラップの端についている会社から支給されているスマートフォンを手に取り、社内連絡用のグループチャットに業務報告と直帰の報告を入れた。
 既に夜の範疇に入る時刻だが、まだ遥かな空の果てでは、浸食する闇を最後の焔が静かに押し返しながら、空に淡く燃ゆる色彩を滲ませていた。しかし不可逆的な力の後押しを受けた闇への抵抗などむなしく、あの輝きも早々に黒よりも深い濃紺に呑まれてしまうだろう。それでも、焔がもたらした熱は、夜がどれだけ深まってもなお、この町を冷めやらすことは無いはずだ。
 
 紗杜はひとつの決意を秘めて、風を切った。
 市が貸し出している電動キックボードが夜の町を颯爽と滑っていく。
 キメた顔をして背筋を伸ばしてキックボードで町を往く自分は、きっとキメてる分だけ滑稽に見えるんだろうなぁなんて思いながら。
 
 
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