スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem

桜のはなびら

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(色部 誉)


 一人掛けのソファは皮張りで、大きな座面は座り込むと程よく身体を包んでくれて、動きたくなくなる。

 身体を少しカウンターに近づけるため、椅子の位置をカウンター側にずらす動きの中で、少し隣との距離を取ったが、於木さんは身体を寄せるようにしてドリンクメニューを開いて見せてきた。

 
「これもおぐっちゃんの奢りだから、遠慮なく好きなの頼んじゃいなよ」

 そういう於木さんは、高めのウイスキーを頼んでいるようだ。「ついでだからダブルにした」なんて嬉しそうに言っている。これだけで二千円を超える金額だが、さすがにボトルを入れるほどの無法はしなかったようだ。

 それでも高いのをわざわざ選んでいるあたり、品性が知れるなぁと思いながらメニューを見ていて、「えっ、炭酸水で千五百円⁉︎」と思わず声が出てしまった私も決して上品とは言えない。
 よく見れば、それは多分特別なブランドのある炭酸水のようで、ミネラルウォーターは六百円、ウーロン茶やコーラは七百円で、半分以下の価格だった。いや、それでも高いと思うけど。

 
 ミネラルウォーターを頼む私に、「遠慮しなくて良いのに。俺とおぐっちゃんはオギオグコンビっつってさ。もー親友みたいなもんなんだから」なんて笑っている。

 
 みたいなものって、じゃあ親友じゃないんじゃん。


 それに遠慮しなくて良い理由にはなっていない。
 とにかく調子が良く、とにかく適当。
 この手のタイプは「テキトー」って表現してあげた方が喜ぶだろうか。

 どうも男性の中には、ちゃらんぽらんでいい加減であればあるほど良いという価値観を持った人が一定数いる。特に壮年や中年世代に多い気がする。いや、少年や青年にもいるか。
 バイト先のお客様の中にもそういう感性の人はいる。常連で、いろいろとお世話になっている私のメインのお客様のたーくんも、大枠で言えばそのタイプだ。
 仕事は精力的にやるが、細かいことはあまり気にせず、よく働いた以上によく遊ぶことを美徳だとしている層。
 それを良いとも悪いとも思わないけれど、その価値観を押し付けられるのは少し辟易とする。
 
 もうひとつ。この人はさっきもお金のことを言っていた。席に着いて早々に話された話題だ。

 今回のコースは三万円近いだの、天井からいくつも吊られているペンダントライトはカッシーナの輸入物で一灯あたり五十万円くらいするだの。

「高い」にしても「安い」にしても、価格がテーマになる話って、どうなんだろう。
 価格はあくまでも取引の便宜上付与されているに過ぎない数字で、売手買手それぞれの理屈と都合を合致させるためのものだ。
 数字の価値も数字そのものも、状況によって変動するような「価格」なんてものに、右往左往したり浮足立つのは、なんとなく地に足がついていない感じだ。
 もちろん私もそう。
 大きい金額には怯んでしまう。
 でも、こんなことを言ってはジェネレーションとジェンダーのバイアスかかってるんじゃないの? て言われてしまうかもしれないけれど、いい年をした男性が価格で騒いでいるのは、なんとなく気持ちの良いものではないなと思った。
 
 そもそも、遠慮するしない、しなくて良いについては、判断よりも感情的なものだと思う。

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