太陽と星のバンデイラ

桜のはなびら

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本章 計画と策動

残滓

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 店内は相変わらず喧騒に包まれていた。その一角を除いては。

「あ、ちょっと! 暁さん⁉︎ ウリさん⁉︎」

 慌てる百合の声には答えず、暁と羽龍は店を出て行った。
 美嘉は黙っていた。慈杏も俯いている。ただ渡会の啜り泣く音が途切れ途切れに続いていた。

「渡会、おまえ絡みすぎや! ふたり帰ってもうたやん……」

 百合はふたりが出て行った店の出口を見ながら、渡会を嗜め続けていた。渡会は泣きながらテーブルに突っ伏している。


 
 ほんの数分前、このテーブルは感情のぶつかり合う場と化していた。

 人は心だと、涙を湛えて訴える渡会を、暁は冷たい目で見下ろしていた。
 そんな暁と渡会を見つめる羽龍の目は憂いを帯びていたが、暁には気がつかなかった。暁はもはや感情を抑えようとはしていなかった。

「心のままに、だと? 言われるまでもない! 二十年に亘る宿願だ! 悲願だ!」暁の声は少しうわずっていた。

「はっ! 子どもの頃から抱えていた思いのままに生きるんだ。こんな素直なこともあるまい!」

 冷静、或いは冷淡とさえ言えた暁も、いつの間にか熱を帯びた顔と声で渡会と対峙していた。
 ちがうよ、そうじゃないよ。絞るような声で言う渡会は完全に泣いていながらも、目は真っ直ぐに暁を見つめていた。

 慈杏が間に入る。
「類、ちょっと落ち着こ」
 泣く渡会の背中をさすりながら、慈杏は暁を見た。

「おにいさん……素直な気持ちが商店街を潰すことですか? ならわたしたちとは絶対に相容れない」
 宣言と言っても良かった。

「……やっぱり、ミカとは似てない」
 慈杏は残念そうに俯きボソリと呟いた。

「……そうだな、俺と美嘉はまるで似ていないよ。お前はサッカーを続けてれば良かったんだ」

 少し冷静さが戻った暁は、慈杏も美嘉も見ず、テーブルの上を見ていた。

「にいちゃんだって! にいちゃんこそ! 全部持っていたのに、なんで全部手放しちゃうんだよ……」

 暁と同じようにテーブルの一点を見ながら、美嘉は想いが溢れたかのように言葉を吐いた。悔しそうに、悲しそうに、顔を歪めていた。

「手放す?」そう言う暁の顔からは怒りの感情は消え失せ、嘲るような笑みが浮かんでいた。

「俺に必要なものは今手元に全て揃っている。果たすべき願いと、それを共にする片割れと。他は余剰だ。にもかかわらず柄にもなく楽天的な期待をしすぎたかもしれないな」

 ようやく美嘉や慈杏の目を見て言った暁の目からは、すっかり熱は消え失せていた。

「今日はこれで失礼するよ。行くぞ、羽龍」
 暁は財布から万札を数枚抜き、テーブルに置いて羽龍を伴い店を出たのだった。
 

 百合は渡会に声をかけ続けている。
「おい、キレた思たら今度はなんで泣いてんねん。悪酔いが過ぎんぞ」

 言いながらも、声色は優しい。百合なりに慰めているのだ。

「だって! アキにいも、ウリちゃんも悲しいよ。なんかが掛け違ってる。なんで本当に望むものが近くにあるのに、わざわざ望まないものを求め続けてるの」

 確かに少し偏狭的とも思える思考に囚われているように思える。慈杏は我執や妄執による歪みを暁の中に感じた。

「ミカはさ、おにいさんたちの目的になにか心当たりある?」

 慈杏の質問に、美嘉は言いにくそうに語り始めた。

「やろうとしてることはにいちゃんが口にした通りだと思う。商店街を潰したいってのも、実際にそうしたいのだと思う。その理由は……正直よくわからない。けど、にいちゃんが変わった頃のことはなんとなく覚えてる」

 いつの間にか渡会も泣き止み話に聞き入っていた。

「にいちゃんが同級生と喧嘩して、相手怪我させて親と謝りに行った日があって、事情は詳しくはわからないんだけど、この前少し話題に上がった川沿いの工場あったろ?」

 美嘉は遠い過去を思い出しながら語り始めた。


 自動車整備工場でサッカーの練習していた三人は、日系人と思われる工場の人にサッカー教えてもらっていた。
 三人はその日系人によく懐いていたが、今にして思えば、暁は殊更信奉していた。

「どうもその工場だかその人のことだかを、悪く言われたみたいで」

 美嘉の話を、三人は黙って聴いていた。

「なんでその出来事が今のにいちゃんたちの考えに繋がったのかはわからないけど、にいちゃんたちがサッカー辞めたのはその頃なんだ」

 大会も終わって、中学に上がる前に勉強に専念するというもっともらしい理由をつけてサッカーを辞めた暁と羽龍。
 美嘉は到底納得ができなかった。

「地区とは言えベストイレブンだよ? ジュニアユースのメンバーに混ざって地元のクラブから選抜されるのは本当にすごいことなんだ。それに、あんなに夢中にやってたのに急におかしいよ」

 辞めるにしても、キリ良く卒業まで続けるのが自然だと美嘉は言う。

「その日系人って」慈杏がある確信を持って口を開いた。

「うん、俺もこの前慈杏やお父さんの話聞いて、もしかしてって思った。俺たちはガビって呼んでたよ」

「そうだったんだ。正確には日系ブラジル人の二世だね。わたしたち、同じ先生の弟子だったんだね」

 本来であれば喜ばしいはずの偶然に、慈杏は力無く微笑んだ。

「ガビが急にいなくなったことと関係あるのかな……」

 美嘉は遠い日を想っていた。
 幼い兄の心を捉えた何かに気づけなかったことや関われなかったことへの後悔と共に。

 
 やるせない夜は、ただただ更けていった。誰の想いも救わず、掬い取りもせず。

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