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第8話  こうして異世界に来ました

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 女性ーこの世界ではヴァーグと名乗っているーは、元々は『日本』という国が存在する世界に住んでいた。
 その世界は文明が進み、電気というものが発明され、女性が愛用するパソコンの原動力になっていたり、冷蔵庫、オーブンは当たり前に使える。日が沈んでも明るく照らす照明器具があるため、真夜中でも起きていることができる。
 誰もがペットボトルの存在を知り、水筒を持ち歩く人もいる。
 たこ焼きやたい焼きもお金を払えば好きな時に買うことができ、水は各家庭に水道管が張り巡られ、蛇口をひねればすぐに手に入る。

 そんな豊かに生活できる世界に生まれた女性は、そこでは『千波』と呼ばれていた。
 彼女の人生は辛い事の連続だった。

 ごく一般の家庭に生まれ、父、母、姉との4人家族で生活していた千波には、すでに5歳の時からおかしな出来事が起きていた。
 幼稚園という3歳から6歳までが通う施設に通っていた当時、その幼稚園では子供全員にゴムという弾む素材のボールが一個ずつ与えられる。そのゴムボールは真っ白で、子供たちが自由に絵を描て自分の物とわかるようにしていた。
 だが、千波は真っ白いボールを幼稚園を卒園するまで使い続けた。

 なぜなら、初めてもらったボールがなぜか亀裂が入っており、空気を入れても膨らまなかったのだ。
 先生は新しいボールに変えてくれた。
 だが数日経つと、表面に見難い鋭利な刃物で傷つけたような跡が見つかり、使えなくなってしまった。
 また新しいボールに変えてもらうと、今度は数ヶ月後に同じようなことが起きた。
 先生は不思議そうに首をかしげる。なせ彼女のボールだけ?
 結局、千波は卒園するまでの4~5個のボールを変えることになった。
 親には話は行っていたかもしれないが、5歳の千波には何も伝えられなかった。今でも原因不明のままである。

 その後、6歳から12歳までの子供が通う小学校に通うことになった千波。
 そこでも摩訶不思議な事が起きた。

 二年生の時、算数という計算式を習う授業で、九九という掛け算の式を暗唱するテストがあった。
 先生に呼ばれた子供は、クラスメイト全員の前で、先生がランダムで出す『段』をすべて答えなければならない。
 千波は『5の段』を言うことになった。
「……ごしち さんじゅうご…ごは しじゅう…ごっく しじゅうご!」
 元気よく言い終わると、先生は「う~ん、惜しい!」と残念そうな顔をした。
 あっているはずなのに、何が間違っているんだろう? 千波がキョトンとした顔で立ち尽くしていると、先生は、
「5×9は、『ごく しじゅうご』だからね。最後が惜しかったから90点!」
と、読み方を指摘してきた。
 クラスの皆はクスクスと笑いながら千波を見ていた。
 恥ずかしくなって椅子に座った千波は授業が終わるまで俯いていた。

 が、違う日に、他のクラスメイトが『5の段』を言う様に、先生は指名した。
「……ごしち さんじゅうご…ごは しじゅう…ごっく しじゅうご!」
 そのクラスメイトも千波と同じ読み方だった。なのに先生は、
「はい、よくできました! 声も大きかったし、100点満点! 皆、拍手!!」
と間違いを指摘しなかった。

 なんで?
 なんで同じ間違いをしているのに満点なの?
 納得出来なかった千波は先生に問い詰めた。
 すると、
「あの子は関西から引っ越してきたの。違っていても向こうがそう読むのなら正解でしょ?」
と、子供ではわからない言い訳をしてきた。
 そして学期末に配る通信簿の連絡欄には「九九をちゃんと覚えましょう」と書かれてあった。

 どうして私だけ?

 そう思うことがどんどん増えていった。

 3年生の時、千波は5歳上の姉のお下がりを着ていることが多かった。
 その日も姉のお下がりであるブラウスとスカートを着ていた。
 朝のHRで、先生は一人の女の子の着ている服を褒めた。その女の子には兄がいて、その兄のお下がりである短パンを履いていた。
「お兄さんのお下がりを着ることは、環境を大事にしているってことよ。皆も物は大切にしましょうね」
 先生はもっともなことを言った。ところが、
「千波さん、あなたも新しい服ばかり着ていないで、お姉さんのお下がりを着なさいね」
と名指しで言ってきた。
 もう一度言う。今日の千波は姉のお下がりだ。
 千波は「これは姉のお下がりです」というと、先生は悪びれることなく、
「あら、ごめんなさい。この間、新しい服を買ってもらったって言っていたから、てっきり」
と笑い飛ばした。

 この先生は最悪だった。
 親が見ている授業参観の日にも、千波を標的にした。
 その日は算数の授業で、コンパスという円を描く道具を使う授業内容だった。
「コンパスは針がついているから、気をつけてね」
 親御さんの前ということもあって、いつになく先生の声が猫なで声だった。
 すると、
「ほら、千波さん。針を紙にブスッと刺して円を描いて。大嫌いな〇〇君の顔を思い浮かべてブスッと刺しなさい」
ととんでもない事を言ってきた。
 親たちはざわついている。幸いなことに、千波の親は仕事で来ていない。
 その後の親御たちによる学級懇談会でやはり議題に上がったが、先生からの謝罪は今でもない。

 すべてにおいて嫌になってきた。
 学校に行くことも、授業を受けることも、生きる事さえ。

 学校に行けば〇〇君は暴力を振るう。とにかく見つけ次第、背中を勢いよく殴ってくる。
 先生に相談すると、
「殴られるあなだが悪いのよ。逃げればいいじゃない」
と、相手にしてくれない。
 休み時間、〇〇君に見つからないように、図書室に逃げ込んだ。図書室の一番奥の角で、休み時間が終わるのをじっと待っていた。それでも教室に戻ると、〇〇君に殴られた。授業中だろうとお構いなしになり、仕舞には、
「時間あげるから、殴り合いしなさい。自分が悪くないのなら殴り返せばいいでしょ?」
と、先生まで〇〇君の味方に付いた。
 (その後、〇〇君は周りの子よりもIQが高すぎるということで、奇怪な行動をすると診断され転校していった。もちろん謝罪などない)



 もうこの世には味方はいない。
 9歳にして千波は世界中が敵なんだと認識した。


 10歳を迎えたとき、千波は運命の出会いをする。
 読書が大好きだった千波は沢山の本を読んでいた。時間があれば必ず本を読んでいる。
 その姿を見かけた隣のクラスの先生が、
「自分で物語を作ってみたらどう?」
と、一冊のノートをくれた。
「なんでもいいよ。書けたら見せてね」
 隣のクラスの先生に励まされ、千波は物語を自分で書くことを始めた。

 千波には書きたい事が沢山あった。
 勇者やドラゴン、お姫様が出てくる物語。
 古代の時代を舞台にした物語。
 宇宙の遠い遠い星の物語。
 すっごい未来の物語。
 夢中になって色々書いた。

 周りから、
「人の名前、勝手に使わないでよ」
「ミステリー書いてるの? 人殺し」
「妖精なんているわけないじゃん」
等、色々言われたが、千波は気にしなくなった。

 中学は目立たないように過ごした。
 なのに、また変な事に巻き込まれていった。
 3年の時、たまたま教室で一人で本を読んでいた千波に、1人の男子生徒が声を掛けた。その男の子は生徒会長をしており、人気のある生徒だった。
 男子生徒が声を掛けた理由は、千波が読んでいる本がアニメ化され、読んでいた本の帯に男子生徒の大好きな声優が載っていたからだ。帯はしおり代わりにしていただけだから、男子生徒のあげた。

 その数日後、また教室で本を読んでいた千波の元に複数の女子生徒が詰め寄った。
「あんた、最低だね」
 千波は何のことかわからなかった。
「人の彼氏を取るなんて最低」
「あんたのせいで〇〇ちゃんは、別れることになったんだからね!」
「責任取りなさいよ!」
 女子生徒たちはそれだけ言うと去っていった。
 何がなんだかわからなかった。

 後から分かったことだが、生徒会長をしていた男子生徒と〇〇ちゃんは付き合っていたらしい。
 お互いに受験で違う高校に行くから別れましょうと2人は数か月も前に別れていた。だが女子生徒たちはそれを知らなった為、男子生徒が千波から何か貰っている所を目撃してしまい、〇〇ちゃんに話したらもう別れたと告げた。
 それを何を勘違いしたのか、〇〇ちゃんの友達が、千波と仲良くするために別れたと思い込んでしまい、千波に詰め寄ったのだ。もちろん誤解が解けても謝罪はない。


 近くの高校に進学してもいいことはない。そう悟った千波は遠くの知り合いが誰も進学しない高校を受験に選んだ。
 高校も興味のあることは果敢にチャレンジしたが、一番興味があったのはやはり物語を書くということ。
 高校に入るときの入試面接で、いつか演劇の脚本を書きたいと言った。この高校は演劇に力を入れていたのだ。たまたま面接官が演劇部の顧問で、その事を覚えていた顧問が見学でもどう?と誘ってくれた。
 一度見学して、まだ決められませんと返事をし、他の部活も見て回ることになった。

 ある日、同じクラスの子がワープロ部に見学に行きたいから付き合ってと頼んできた。特に用事がなかったので付き合うことにした。
 ワープロ部は自由な部活で、資格を取りたい人、ただワープロに触りたい人、どこかの部活に所属しなくてはいけなかったので籍だけおいている人、色々な人の集まりだった。
 部長も優しい人で、「何やってもいいよ」と制限はなかった。
 千波はタイピングの練習を兼ねてどうしても書きたかった異世界の物語を書き始めた。千波は家にワープロがあった関係で、かな入力だが独学で勉強し、タイピングは早かった。(後に検定で準1級まで取っている)

 そこに突然、演劇部に所属している3年生が遊びに来た。
「げ! なんであんたがここに居るの? 演劇部に入ってくれるっていったじゃん」
 千波の姿を見た途端、3年生は大声を出した。
 千波は物語を書くのに夢中になっていた。3年の声が聞こえていなかった。
 すると3年生は無視されたと思い、何を思ったのか窓を開けて、グラウンドに知り合いを見つけると外に向かって大声を出した。
「ちょっと、来てくれるー? ここの千波っていう一年生がいるんだけど、演劇部に入るって言ってくれたのに、ワープロ部にいるんだよーーーー! 信じられないよねーーーー! 詐欺だよねーーーー!!」
 その声はグラウンドどころか、校内、近隣の住宅街にまで響き渡った。
「あーーーーーすっきりしたーーーーー」
 満足したのか、3年生はスキップしながらワープロ室を出ていった。
 (3年生は、その後も問題行動を起こしたのか、卒業2週間前に自主退学した)


 もう限界。
 これ以上この世界に生きている意味なんてない。


 生きる意味を無くしてしまった千波に、更なる悲劇が起こる。
 突然、記憶が断片的に無くなる病気にかかってしまった。
 最初は些細な事だった。
 人の名前が思い出せなかっただけだった。よくある事だと気にしなかった。
 次に服が着れなくなった。ただファスナーを上げるだけなのに、それが出来なくなった。
 箸が持てなくなった。フォークやスプーンの使い方すら忘れてしまった。
 文字が分からなくなった。

 ほんの一瞬だったり、2~3日すれば元に戻ったため、気にしなかった。
 だが、症状は悪化するばかり。
 父と母が分からなくなった。
 つい5分前に読み終わった本をまた最初から読み始め、解らない漢字を母に訊ねた。それは一時間前にも聞いた同じ漢字だった。
 歩くことが出来なくなる日も現れ、寝るという行動もできなくなった。


 千波は検査入院したが、異常は出ず、ストレスによる一時的な記憶障害だと診断された。
 日に日に悪化していく症状に、医者もお手上げ状態だった。
 脳に異常はない。他も異常なし。なのに記憶だけが消えていく。前例にない症状だ。

 そして、昏睡状態が続き、医者も首を振るだけになった。
 ある日突然、千波は意識を取り戻した。そして、何か書く物が欲しいと言った。
 スケッチブックとマジックを看護師が買ってきて、千波に渡した。

 千波はしっかりとした字で、真っ白なスケッチブックに書き綴った。

【この世界ではない 別の世界で 自由に生きたい】


 それが千波としての最期の文章となった。
 まだ20になる手前の事だった。



 確かに死んだはずなのに、なんでここにいるんだろう?

 千波は今、白い服?ドレス?を着た美人と一緒にお茶を飲んでいる。
 美女ー女神らしいーはさっきから「ごめんなさい、ごめんなさい」と頭を下げ続けている。

 千波は冷静に女神に問いかけた。
「で、どうして私はここでお茶をしているんですか?」
 謝り続ける女神は「詳しく話します」と、ゆっくりとこうなった経緯を話し始めた。

 ここは時間の流れのない空間。女神のプライベートルームらしい。
 女神は千波の誕生からずっと見守っており、彼女が物語を書くように導いてくれた。だが、大きな誤算があり、起きてはいけなことが起き続けてしまった。小さい頃から続いた摩訶不思議な出来事は、女神も予想していなかった事らしい。
「こうなるとは思わなかったんです。あなたが記憶を無くすことも計算外でした」
 シュンと俯く女神は、申し訳なさそうにまた謝りだした。
「で、これから私はどうしたらいいの?」
「これから…て?」
「このまま死ぬの? それともどっか違う世界に飛ばしてくれるの?」
「……今までの事は許してくれるんですか?」
「だって、これは私の運命だもん。女神さまが謝っても、元の人生には戻れないんでしょ?」
「それはそうですが……どこか、行きたい世界はありますか?」
「行きたい世界?」
「死ぬ間際に望んでいましたよね? 別の世界に自由に暮らしたいって。望みがあるのでしたら仰ってください」
 あれはできたらいいな…って思っただけで、特に希望はないだけどな…。咄嗟の事で、なぜ自分があんな言葉を残したのかわからなかった。
 なかなか答えない千波に、女神はある提案をした。
「もしよかったら、あなたが作る世界に行ってみませんか?」
「私が作る世界?」
「調べたところ、ゲームが好きなんですよね。街を作ったり、牧場を作ったり、冒険をしたり」
「え…ええ、まあ…」
「それを実際にやってみませんか? 必要な物はこちらで揃えます。無理だったら途中でリタイヤしても構いません。どうですか?」
 確かに街を作るゲームはやっていたし、牧場を作るゲームは全シリーズ購入していた。実際にこんな世界に暮らしてみたいなとは思ったことがある。
 女神は、テーブルの上に一台のノート型パソコンを置いた。
「これを使ってください。これを使えば何でもできます」
 女神は二つに折りたたんであるパソコンを開いた。
 コンセントは繋がっていないのに、電源が勝手に入り、トップ画面が立ち上がった。
 トップ画面には、いくつかのアイコンが入っており、女神が説明してくれた。
「いくつかのアイコンを用意しました。
 まず【ステータス】。こちらは自分の能力が一目でわかります。所持金からスキルなど、自分を知るためのページです。
 【アイテム】は今所持しているアイテムの一覧です。ストックは一つのアイテムに付き最大999個まで持てます。それ以外に制限はありません。
 【人物】は出会った人の詳細が分かります。ある程度経たないと見ることはできませんが、自動更新の機能がついています。
 【地図】は今、自分がいる場所が一目でわかります。
 【建設】は、定住したい村が見つかったら使えるようになります。ここを開くと、村の全体図が出てきます。全体図の隣に建設したい建物の種類がありますので、どこに建てたいのか選択して、素材を確定し、所持金が足りていれば建設可能です。翌朝には完成しています。
 【料理】はレシピが入っています。一度作れば更新され、アレンジしても更新されます。もちろんワード検索も可能です。
 【注文】はここから必要な物が買えます。日常生活の物は安いですが、その世界独特な物は値が張ります。あなたの世界で日常的に使っている物はすべて購入できます。建設に必要な建物などの設計図もここから購入できます。
 最後に【女神】というアイコンですが、こちらはお問い合わせフォームになります。こちらを立ち上げて、必要な物を書き込んでくだされば、すぐに【注文】に反映させます。試しになにか欲しい物はありますか?」
「欲しい物? そうだな……アイテムバックが欲しい。肩から掛けるショルダーバックと、トランクみたいな物」
「わかりました。では、【女神】アイコンをクリックしてください。そして欲しい物を書き込んでください」
 千波は女神に言われるままに、【女神】アイコンをマウスでクリックし、お問い合わせフォームを立ち上げた。

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|        お問い合わせフォーム        |
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|(こちらに要望の記入をお願いします)        |
|                          |
|・アイテムボックス(容量無限大)希望        |
| 形 → ショルダーバック ×1          |
|     トランク     ×1          |
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「書きこんだら送信を押してください」
 送信ボタンを押すと、お問い合わせフォームは消えたが、代わりに【注文】アイコンの右下に②と赤い数字が浮かび上がった。
「【注文】をクリックすると、新しいアイテムが入っているはずです」
 今度は【注文】をクリックすると、絵付きの注文画面が立ち上がった。
 その一番上に「ショルダーバック」と「トランク」があり、絵の下に『注文ボタン』があった。
「色は後々、選べるようになります。今はそれで我慢してください」
 ゲームの最初はそんなものだよ。千波は数多くのゲームに触れているため、大体の事は理解できていた。
 ショルダーバックとトランクの注文ボタンを押すと、今度は【アイテム】のアイコンに数字が浮かんだ。
 【アイテム】を押せばいいんだな…と千波はカチカチとマウスで次へと進んだ。【アイコン】のページにはさっき注文したアイテムボックスが入っており、『使う』をクリックした。
 すると千波の間の前にボンっという音と共に黒いショルダーバックと茶色いトランクが飛び出してきた。
「凄いです! 完璧です!!」
 女神はパチパチと拍手をしていた。
 使い方は完璧らしい。

 最後に、女神は千波のステータスを決めた。
 名前は『波』をフランス語でヴァーグというので、それを使うことにした。
「レアリティですけど……異世界の知識と道具を使うのでURでいいですか?」
「UR!? それって、最高ランクじゃないですか!!」
「じゃあノーマルから始めますか? ノーマルだと使えるスキルや行動範囲が制限されてしまいますが…あ、経験を積めばランクUPはできます。ただそれだと時間が掛かりますけど…」
 この女神、かなりのゲーマーだ! 千波にはすぐにわかった。
「URは私からのプレゼントです。それからスキルもいくつか付けておきますね」
 女神は千波からパソコンを借りると、カタカタとキーボードを打ち始めた。
 キーボードを打つ女神の姿は、普通の服を着ていれば、どこにでもいるOLのようだ。

 女神が付けたスキルは全部で5つ。
「【聞き耳頭巾】 これはあらゆる動物と話すことができます。異世界なのでドラゴンやユニコーンなどに出会えるかもしれません。
 【魔法道具】 これはあなたがいた世界のあらゆる道具が使えます。電気はありませんが、電源がなくても使えますので心配はいりません。
 【建設能力】 新しい施設などを作る能力です。設計図と資材を買うお金、建設するお金があれば翌日には完成します。
 【指導者】 あなたには何かを教える才能が有ります。それを活かしてスキルを付けました。これは指導する人の隠れた能力を最大限に引き出すことができます。目に見えない能力なのでスキルが発生しているのか分かりづらいですが、あなたと触れあう人は必ず成長するってことですね。
 それから、あなたにしか付けることができないスキルを一つ付けます。
 【物書き】 これはパソコンを使って文章を書くと、その書いた通りの出来事が起きます。たとえばメモ帳機能を使って『ドラゴンに会いたい』と書くと、数日の間に会えます。『雨が降る』と書き込めば書かれた日数だけ降ります。つまり、あなたが望む世界を作ることができるのです」
「……それは必ず使わないとといけないものなの?」
「いえ、必要に応じては使ってください。今から行く世界は、あなたが作る事が出来るんですよ」
 千波はそのスキルに違和感を覚えた。

 まだ生きていた時、クラスメイトから言われた言葉が頭をよぎる。
「人の名前、勝手に使わないでよ」
「ミステリー書いてるの? 人殺し」
 クラスメイトの名前など一回も使ったことがなかったのに、そう言われたことはトラウマになっている。

 浮かない顔をする千波に女神は微笑みかけた。
「嫌な思い出があるのなら、使わなくていいですよ。あなたが物を作る、人に教えるなどの行動をするだけでも、世界は作られていきますから。書くだけが世界を作るわけだはありません。行動するだけでも世界は作れますよ。だって、そうでしょ? 歴史に登場する有名人は行動することで世界を作ってきたんですから」
 女神の言葉は千波を安心させた。



 女神が用意してくれた世界は、微かな魔法が存在する世界だった。
 そこで小さな村に定住することになり、あらゆるスキルと異世界(元いた世界)の知識や道具を使って村を発展させていった。
 そして、ケインという青みがかった銀髪と青く澄んだ目をした少年と出会い、その少年の成長を見守る事になった。ケインはヴァーグと名前を変えた千波の良き相棒となり、村の発展を手伝ってくれている。

 この村に来てもうすぐ8年。
 ヴァーグは【物書き】というスキルを一度も使っていない。
 スキルを使わなくても、自分がやりたい事が出来る。思い通りにいかなくても周りが助けてくれる。辛い事など一度もない。
 もし、このスキルを使ってしまうと後悔しそうで、ヴァーグは本当に必要な時以外は使わないことを決めた。


「よし!」
 パソコンに向かっていた女性ーヴァーグは、マウスを一回指で弾いた。
 ラインハルトのアイデアを実現するため、大きな冷蔵庫と冷凍庫を1つづつ、小さな氷を作る蓋つきの製氷皿を大量に注文していたのだ。
 バットにゼリーを作ると正方形に切るのに面倒くさいし、手間がかかる。氷を作る製氷皿にゼリーの元を流し込んで固めれは、簡単に大量に作れるし、凍らせてることもできる。蓋つきなら重ねることもできる。
 また冷蔵庫と冷凍庫には中に入れた食材の腐敗を完全に防ぐ効果も備えた。かなり値を張る物だが、ラインハルトの成長の為ならと思い切って買ってしまった。
「誰かが幸せになってくれるのが嬉しい」
 この世界に来る前にヴァーグが書いていた物語は、最後、全員が幸せになっていた。不幸になった登場人物は誰一人としていない。
「この世界も、幸せにあふれる世界になったらいいな」
 そう願いながら、ヴァーグは眠りについた。


 村は暖かな春から、暑い夏へと季節が移ろうとしていた。


                  <つづく>
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