選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

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第41話 お前の事、気に入ったようだ

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 ヴァーグが新年祭に向けて悩んでいる間に、王都ではクリスティーヌ王女の生誕祭が行われることになった。
 今年で15になるクリスティーヌ王女は、そろそろ縁談を決めなくてはならない年頃。第一王女と第二王女がまだ相手もいないうちに第三王女に縁談を持ちかけていいのか?と王室の関係者は頭を悩ませているが、国王の残りの在位も13年。そろそろ後継者選びが深刻になってくる。
 有力な人物との縁談を固めれば後継者選びから一歩前進すると考えたクリスティーヌ王女の生母は、大々的に開催することを宣言した。
「参列者はわたくしが選びます」
 そう宣言したクリスティーヌ王女の生母は、国王主催にも関わらず、国王からの意見は一切受け付けず、自分の取り巻き達だけで話を進めている。

 主役であるクリスティーヌ王女にも意見を述べることを許さず、自分が呼びたい招待客ですら聞き入れてくれない生母の暴走に近い行動にうんざりしていた。
「しかたありませんわ。あの方は一度こうと決めたら最後まで突き進むタイプですもの」
 王妃は妃選びの試験の時からクリスティーヌ王女の生母の事を知っている。周りから助言されることを嫌い、自分の思い通りに物事が進まないと癇癪を起こす彼女は、他の候補者とそう変わらない性格だ。今は側室という立場上、国王夫妻に楯突くことはしないが、自分の娘のことになると周りが見えなくなる。それは妃選びの試験の時も同じで、自分が主催するお茶会や、両親が主催する舞踏会などで気に入らない事が起こると、すぐに機嫌を悪くする。機嫌が治るまで、周りがチヤホヤするので、それが快感になり、定期的に癇癪を起こすのが趣味になってしまった。
 王妃はお茶会に参加しているクリスティーヌ王女、ルイーズ王女、コロリス、カトリーヌに、生誕祭が終わるまでむやみに近づかない事を忠告した。
「クリス、あなたの生誕祭はお母様にお任せしなさい」
「ですが…」
「その代わり、別の日にわたくし主催のお茶会と称したあなたのお誕生日会を催しますから、その時に呼びたい方をお呼びすればいいわ」
「よろしいのですか?」
「ええ。自分のお誕生日ですもの。お呼びしたい方を呼んでお祝いされた方が、あなたも嬉しいでしょ?」
「ありがとうございます、王妃様」
 母と違い、自分の意見を受け入れてくれる王妃を、クリスティーヌ王女は慕っている。小さい頃から生母が癇癪を起こすと決まって王妃が助けてくれた。また、エテ王子やルイーズ王女と接することも許してくれる。他の王子や王女は王位継承のライバルという立場の為、こうしてお茶会で同席することもない。
「王妃様、クリス姉様のお誕生日会にわたしのお友達を呼んでもいいですか?」
 クリスティーヌ王女お手製のチーズタルトを頬張りながら、ルイーズ王女がお願いしてきた。
「お友達?」
「マリーちゃんとミリーちゃんをお呼びしたいです。姉様、いいでしょ?」
「ええ、いいわ。わたしもエミーさんをお呼びしようと思っているんです。村に滞在した時、仲良くしてくださいましたし、今度、リチャード様に嫁がれますから、王妃様にご紹介したいです」
(あら? これは絶好のチャンスかしら?)
 クリスティーヌ王女の発言に、王妃はチャンス到来?と喜んだ。
 元々、エミーの両親と話したい事があった。クリスティーヌ王女がエミーを、ルイーズ王女がマリーとミリーを呼ぶのなら、一家を王都に招く口実になるのでは?と思った。
 王妃はエミーの祖母を王都に招く口実を考えていた。なかなかいいアイデアが浮かばなかったが、これに便乗すれば上手く呼ぶ事ができるかもしれない。
「あ…あの、王妃様。もう一方、お呼びしてもよろしいでしょうか?」
「え…ええ、構いませんわ。あなたの誕生日ですもの。お好きに呼びなさい」
「ありがとうございます!」
 嬉しそうに笑顔を見せながらケーキを頬張るクリスティーヌ王女。
 その様子を見てカトリーヌはピンと来た。
(殿方をご招待するようですわね)
「王妃様、わたくしの兄とリオ様もお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「あら、あなたも?」
「はい。お義姉様をお呼びするのでしたら兄もお呼びしなくては。それにわたくしも王妃様にリオ様をご紹介したいのですわ」
「まぁまぁ!! 皆さん、わたくしに紹介したい殿方がいらっしゃるのね! これからいくつの結婚式にお呼ばれされるのかしら!!」
 目をキラキラと輝かせながら小躍りする王妃。
 エテ王子の結婚が決まり、リチャードも春に式を挙げる。そしてカトリーヌも紹介したい殿方がおり、喜ばしい事が続くことが嬉しそうだ。



 王妃主催のお茶会兼クリスティーヌ王女の誕生会の案内は、すぐに村へと届けられた。
「ルイーズちゃんに会えるの!?」
「わぁ~い!!」
 招待状を受け取った双子は大いに喜んだ。
 招待状を届けに来たリチャードは喜ぶ2人を目を細めながら微笑んで見ていた。
「あの、リチャード様。なぜわたしも呼んでくださるのですか?」
 エミーは困惑していた。
「クリスティーヌ王女様直々にお呼びしたいと申しております。この村で滞在していた時、良くして頂いたお礼だそうです」
「わたしはなにも…」
「それに、王妃様にご紹介したいのです。わたしの妻となる方を」
「…妻…」
 結婚が決まっているとはいえ、リチャードの口から直接「妻」という言葉が発せられると、エミーは顔を真っ赤にした。まだ慣れていないようだ。
「で…でも、どうしてわたしの母と祖母までご招待していただけるのですか?」
「メアリー殿とアン殿はわたしの母がお呼びしました。結婚式の打ち合わせをしたいそうです」
「あ…それで…」
 何故母と祖母が呼ばれたのか理解できなかったエミーは納得した。
 リチャードとエミーの結婚式は村と王都で一回ずつ挙げる予定だ。最初は村だけの予定だったが、「貴族で、しかも王族の親族にあたるリチャード殿に嫁ぐのに、王都でお披露目しないなど、我々貴族を侮辱している」と、堅物の貴族たちに迫られ、しかたなく王都でも挙げる事になったのだ。
 先代国王の親戚である侯爵家の嫁がどんな人なのか定めるようだ。

 そして、ケインにはクリスティーヌ王女直筆の招待状が届けられた。
「え? 俺も?」
「王女直々のご招待だ」
 試作品だと言う小麦粉で練った薄い生地に豚肉とタマネギ、キノコを炒め、醤油で軽く味付けした具材を包み、お湯を張った鍋で蒸し上げた【肉まん】という食べ物を食べながら、リチャードが答えた。
「どうして俺を?」
「王女如く、自分が作ったお菓子を食べて感想を聞きたいんだってさ。誕生日当日の舞踏会は母親が仕切っているから、お前を呼ぶ事が出来ないから、王妃主催のお茶会で行う身内だけの誕生会に招待するってさ」
「だから、なんで俺?」
「王女がお前の事を気に入ったからだろ」
「…はぁぁああぁぁぁぁ!?」
 予想もしない事態にケインは思わず大声を上げた。
 レストランに来ていた客が一斉にケインを見た。
「ななななななんで俺!?」
「お前さ、初めて王女がこの村に来たとき、なんかアドバイスしたか?」
「アドバイスってほどじゃないけど……目標を決めてみれば?って言っただけなのに…」
「それが王女には刺激的だったんだろ。今まで自分のやることに反対の意見を言う奴やばっかりだったから、そうやってアドバイスしてくれるのが新鮮だったんだろ。今じゃ、王宮の厨房に入り浸っている。陛下に頼んで離宮に自分専用の厨房を作ってほしいと願い出たぐらいだ」
「……そんなに新鮮だったのかな?」
「だろうな。王女って言っても出世を望む貴族たちの言いなりだからな。王妃様なんか密偵まで使って、お前の事を調べ始めたんだぞ」
「俺の事を調べても何の得にもならないと思うんですけど?」
「それは調べてみないとわからないだろ? それに、お前は王女はもちろん、父親の国王陛下に最も気に入られている若者だ。国の頂点に立つのに相応しい人物だとわかると、縁談が持ち込まれるかもしれないな」
 さらっと言うリチャードだったが、ケインは目を白黒させてその場に立ち尽くしてしまった。

 確かに国王に気に入られているかもしれない。だが、それはケインの作る料理が気に入っているだけで、ケイン本人を気に入っているかは不明だ。
 クリスティーヌ王女とは、数回しか会っていないし、会話もほとんど業務連絡のようなものだ。お互いにプライベートの事を話したこともなければ、お互いの誕生日も、なにが好きなのかも聞いたこともなければ教えてこともない。
 しかも相手はこの国の王位継承権を持つ王女だ。自分はただの料理人。身分が違いすぎる。


「「「えぇぇぇぇぇええぇぇえぇぇぇ!? 王女の誕生会に呼ばれた!?」」」
 たまたまレストランにご飯を食べに来ていたデイジー、ナンシー、アレックスの三人が大きな声をあげた。ビリーはポカーンと口を開けたまま固まっている。
 幸いにもレストランには彼ら以外に姿はない。
「いつの間に仲良くなったの!?」
 デイジーはお気に入りのオムライスを食べるのを辞めてまで問い詰めている。
「いや~…色々とありまして…」
「信じられない! 料理しか取り得がないケインが女王様に見初められるなんて」
「でも、デイジー。ケインは国王様から広大な土地を貰っているのよ。王室と関わりがあっても不思議じゃないわ」
「ナンシーまで信じるの?」
「本当は信じたくないんだけど、国王様はケインの料理をお気に召しているんでしょ? 王都にいる両親の話だと、国王様は青みがかった銀髪の青年ととても仲がいいって噂が流れているって言っていたわ。ケイン、芸術祭の翌日、国王様に呼ばれて王宮に行ったんでしょ?」
「あ…ああ。料理の発展に貢献してくれたとかで、私室に呼ばれた」
「私室!? 国王様のプライベート空間に足を踏み入れたのか!?」
 祖父のゲンが元王宮に仕えていた関係で、王室や王宮内部を知っているアレックスは、手にしていたスプーンを落としてしまった。
「いや、マリアさんも一緒だったけど…」
「それでも私室に呼ばれるってことは、ものすっっっっっごく親密な関係ってことだぜ!?」
「うわぁ~~~、まさかケインが王女様からお気に召されるなんて…」
「ちょっと前のケインからは想像つかないぜ」
 ここ最近のケインの急激な成長に驚くこともあるが、まさか王室とも関係を持っているとは思いもよらなかったデイジーとアレックスは頭を抱え込んだ。寄りにもよってケインがこんなに出世するとは思わなかったのだ。
(あ~~……こりゃ、エテさんからの伝言をデイジーに伝えるのは、もうちょっと先になるかな?)
 ケインはエテ王子から、村で行うコロリスとの結婚式を、デイジーに相談しようと思っている。王室のしきたりで、王族の結婚にはいくつかの儀式があり、早くても一年はかかるらしい。王室を離れるのが一年後になるが、儀式が続くと打ち合わせの時間が無くなることから、早めの相談をしたいそうだが、今のデイジーにエテ王子から結婚式の相談があると話しても、きっと動揺をするだろう。
 エテ王子とコロリスの村での結婚式の相談は、王室の紋章が入った手紙がデイジーの手元に届くまで内緒にしておくことを決めたケインだった。

「それでプレゼントは考えたの?」
 今まで黙っていたビリーはケインに訊ねた。
「まだ。だって、相手は王女だよ? 何をあげればいいんだよ」
「確かに王女様だから、高価な物がいいと思うけど、僕たちは高価な物は買えないね」
「だろ? アクセサリーとか考えたんだけど、本物の宝石なんか買えないし、だからといって安物を渡しても失礼だろ? ヴァーグさんに相談したら、心のこもった物でいいんじゃないの?って言われて、余計に困っている」
「ケインは身に着けてほしい物をあげたいの? それとも部屋に飾ってもらいたい物をあげたいの?」
 いつになく相談に乗ってくれるビリー。いつもはこんなに言葉を発しないのに、今日は珍しくしゃべり続けている。
「俺としては気に入ってくれればなんでもいい」
「じゃあ、ケインが得な料理?」
「そうすると後に残らないだろ? それに王女はお菓子作りが得意だ。もっと違うものを渡したい」
 ケインの無理難題にビリーは腕を組み「う~~ん…」と唸り始めた。
 デイジーやナンシーだったら、普通にケーキを作れば喜んでくれるし、ガラス玉のアクセサリーでもなにも文句は言わない。
 相手が王女という事で、失礼のないように、それでいて気に入って貰える物を探すのは、王都から離れた小さな村の中では無理に近い。
「ケイン、まだ悩んでいるの?」
 デザートを持ってきたヴァーグが唸っているケインに声を掛けた。
「だってさ、何をあげていいのかわからないんだもん。デイジーとかナンシーだったらケーキ焼けばいいんだけど、王女様が喜ぶ物って何?」
「クリスティーヌ様は王女である前に女の子よ。気になる男の子から貰えるのなら何でも嬉しいわ」
「でもさ…」
 まだウジウジしているケインを見て、ヴァーグは小さく笑った。
「デイジーやナンシーの時とは大違いね。『ケーキ焼きゃ、女は誰でも喜ぶ』なんて豪語していたのに」
「あ…あれは!!」
「じゃあ、悩むケインに一つだけ情報をあげるわ。クリスティーヌ様のお誕生日の日は【薔薇の日】でもあるのよ」
「【薔薇の日】?」
「恋人同士が薔薇の花を贈り合う日の事。さっき、王都からいらしたお客様にお聞きしたのだけど、この日は12本の薔薇をお互いに送り合うんですって。花の色によって意味合いも違うから、恋人や夫婦だけではなく、気になる異性に告白する人もいるみたいよ」
「王都では洒落たイベントをやっているんですね」
「昔から行われているみたい。わたしが前にいた土地でも『ダーズンローズ』っていう名前で行われていたけど、認知度は低かったわね」
「その薔薇にちなんだイベントに合わせて、プレゼントを考えればいいってことですか?」
「それはケインが決めればいいわ」
「でも、色に意味があるって言っても、俺、何もわからないし…」
 ケインはビリーをチラリと見た。ビリーも詳しくないのか首を横に振った。
 もちろんデイジー、ナンシー、アレックスも首を横に振った。
「明日、王都からお客様が見えられるから、その方にお聞きするといいわ」
「え? 客に話を聞くんですか?」
「大丈夫、よく知っている人だから。それに、その人は薔薇の花を使って告白に成功した人なのよ」
 ヴァーグはウインクを飛ばした。


 その人物は、三日間の日程で温泉宿に泊まりに来た。
「ここが噂の温泉宿なのね! やっと来れたわ!!」
 この世界では珍しいショートカットのライム色の髪をしている女性が、宿の前に着くなり歓声を上げた。
 一緒に来た灰褐色の長い髪を1つに纏めている男性は、何も感じないのか無表情で宿を見上げている。
「もぉ~!! ずっと来たい来たいって言っていたのに、嬉しくないの!?」
 表情豊かな女性に対し、男性はずっと無表情を続けている。眼鏡の奥にある冷たい瞳は何を考えているのだろうか…。
「あの~…兄上、義姉上、そろそろ中に入りたいんですが…」
 馬車の入り口に立つ2人の背後から、遠慮深くリオが声を掛けた。
「あ、あら、ごめんなさい。リオ、本当に素敵な村ね!」
「義姉上なら気に入ると思いました。きっとここの料理も気に入りますよ」
「楽しみだわ!!」
 嬉しそうに小躍りをする女性ーカノンは、馬車から降りるリオから荷物を受け取った。
 まだ表情を変えない男性ージーヴルは何も言わずに黙々と荷物を降ろしている。

 ジーヴルとカノンは一年ほど前に結婚したばかりだ。お堅い研究をするジーヴルと違い、カノンは隣国で活躍していたラクティというテニスに似た競技の選手だった。とにかく体を動かすことが好きで、今は選手を引退し、この国でラクティを広めるために国内を飛び回っている。
 まったく性格が正反対の2人だが、意外にもジーヴルが猛アタックし、結婚までこじつけた。

「いらっしゃいませ、リオ様」
 宿のエントランスで出迎えたのはエミーだった。
「こんにちは、エミー殿。短い間ですがよろしくお願いします」
「お部屋にご案内しましね。2人部屋と1人部屋をご希望されていましたがよろしいですか?」
「はい」
 受付で宿泊の為の手続きをするリオ。
 その後ろではカノンが物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡している。今にも走り出しそうな彼女の腕を掴んでいるジーヴルは落ち着いた様子で手続きが終わるのを待っていた。本当に対照的な2人だ。
「エミー、ちょっといいか?」
 手続きをしている最中、マックスが姿を見せた。
「お父さん、どうしたの?」
「ヴァーグさんを見なかったかい?」
「お祖母さまの畑にいると思いうけど……何かあったの?」
「それが、温泉のお湯の出がよくないんだ。わたしは機械に弱いから手を出す事が出来なくて、ヴァーグさんなら直せるかなって思っているんだけど」
「わかったわ。今から呼んでくるわ」
「悪いな」
「いいのよ。リオ様がいらっしゃったことを伝えに行くところだったから。お父さん、お客様のご案内、お願いね」
「ああ」
 カウンターから出たエミーは、部屋の鍵をマックスに渡すと、宿の外へと出た。
「働き手のエミー殿が嫁がれると、仕事も大変になりますね、マックス殿」
「嬉しい事なんだが、淋しくもなりますよ」
 去っていくエミーの後ろ姿を見送ったマックスは、少しだけ表情が沈んでいた。
「王都ではわたし達がお守りします」
「ありがとうございます」
 いずれはリチャードの義弟になるリオは、「安心してください」と笑顔を見せた。
 未だにリチャードの花嫁がエミーだということに気付いていないカノンは不思議そうに首をかしげていた。だが、カノンが首をかしげたのはエミーがどういう人かわからないだけではないようだ。
「お前、また【アレ】を使ったのか?」
 首をかしげているカノンの隣でジーヴルが呟いた。
「え? 何のこと?」
「とぼけるな。鏡を見ろ」
 ロビーの壁に飾られている姿見に映った自分の姿を見たカノンはギョッとした。
 ライム色の髪が赤っぽくなっていたのだ。
「だ…誰かに見られた!?」
「いや、わたしだけだ」
「うぅ~~…」
「フードを被っておけ」
 ジーヴルは自分が着ていた上着を、カノンの頭から被せた。

 カノンには少し変わった能力がある。その能力は先の時代ー第三世界と呼ばれている時代ーに突然生まれた物で、世界中を探しても数人しかいない。この能力で生計を立てている人もいるにはいるが、ほとんどその国の王室に保護され、世間に出てくることはないようだ。この国ではカノンのみが持っているらしく、小さい頃に一度、王立研究院に保護されている。
 小さい頃はコントロールが出来ず、無意識に能力を使っていたが、隣国で同じ能力を持つ仲間の元で訓練を続け、今はコントロールすることができるようになった。
 だが、ふとした時に、無意識に使ってしまうことがあり、ライム色の髪が赤っぽく変化することもしばしば。
 ジーヴルが側にいればフォローしてくれるが、1人の時は周りに気付かれないように帽子を被っているため気づかれることはない。髪をショートにしているのも、無意識に能力を使って色が変わるのを帽子で隠す為だ。
「本当は長い髪に憧れているんだけどな…」
 カノンは周りにいる女性と違い、短い髪型しかできなことにコンプレックスを抱いている。


 部屋に案内されたリオたちが荷物を置き、再びロビーに降りてくると、ちょうどヴァーグとケインが宿に戻ってきたところだった。
 マックスから温泉設備の機械の調子が悪い事を聞いたヴァーグは、
「壊れるはずないんだけどな~」
と、特注の機械が不具合を起こすことに疑問を抱いていた。
 パソコンから注文する機械は、女神が特別に用意してくれた物。壊れることなく女神の加護がかかっているはずなのに、何が原因で不具合を起こしたのだろうか。また、実際に壊れていたとして自分で直せるのか不安だった。

 宿の1階の奥にある温泉は、機械の不具合で今は休止中だった。
「マックスさん、どんな不具合があるんですか?」
 見た所、何ともない温泉場にヴァーグはマックスに訊ねた。
「お湯が出てこないんです。完全に出てこない…ってことはないんですが、以前と比べて水量が落ちているんです」
「水量が?」
 マックスに言われて、ヴァーグはお湯の出口となっている蛇口をひねった。
 お湯は出てくるが、いつもなら勢いよく出るお湯が、チョロチョロと細い紐の様な状態でしか出てこなかった。
「いつ頃からこうなりました?」
「今朝です。昨日の清掃の時はもっと出ていたんです。ですが…」
「ですが…?」
「夏場辺りから水量が落ちていたと思います。そんなに気になる量ではなかったので、放置していたんですが、その時に相談すればよかったです」
 毎朝早くから、温泉の清掃をしてくれるマックスだからこそ気付いたちょっとした変化。もし、清掃を数人で行っていたら気付かなかったかもしれない。
「水量が落ちている……か。沸かす機械に原因があるかもしれないわね」
 そう言うと、ヴァーグは温泉場の隣の部屋へ向かった。
 ここにはオルシアの鱗を使って半永久的に湧き上がる水を溜める設備、その水を沸かす機械、沸いたお湯を隣の浴場へと送る太いパイプ、溜めたお湯を外へと排出する設備などが置かれてある。
 お湯を沸かしているはずなのに、中は熱くなく、他の部屋と比べてむしろ涼しいぐらいだ。
「お湯の量は変わりないみたいね」
 水を溜める設備には、小さな窓が着いており、そこから中を見ることができる。そこから見る限り、水が減っている形跡はない。
「だとすると……」
 浴場へと送るパイプが詰まっているだろうと、ヴァーグは一旦すべての稼働を止めて、パイプに着いている小さな扉を開けた。
「…あれ…?」
 小さな扉を覗き込んだヴァーグは、パイプの中が空っぽであることに拍子抜けした。
 ここも異常がないとすると、残るはお湯を沸かす装置だけだ。
「あの…ヴァーグさん…」
 なかなか原因がつかめない様子に、マックスは不安そうな顔を見せた。
 いつの間にかリオやジーヴルも様子を見に来ており、皆が皆、ヴァーグの動きに注目していた。

 お湯を沸かす機械は、2段になっている。
 上段に水を張り、下段には研究院から分けてもらった炎の結晶を使って火を起こしお湯を沸かしている。この結晶はある程度使用すると炎の勢いは衰えるが、そこは女神の加護を受けた機械。小さな結晶1つで1年は燃え続けるようになっている。
 下段の扉を開けても、中は異常なかった。特に劣化も見られず、設置した時となんの変わりもない。
 となると、残るは上段。お湯の出が悪い事、パイプの中が空っぽだったことを踏まえて、ここが一番怪しい。
 ヴァーグはゆっくりと上段の扉を開けた。
 すると思いもよらない【物】が、ヴァーグ目掛けてなだれ込んできた!

        <つづく>


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