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1曲目③
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その日も売り場に出ていた俺は、人気のないベース売り場を横目にレジ業務をしていた。
今日は平日だというのにも関わらず、ギター売り場は大繁盛だ。
エレキギターやアコースティックギターが並ぶ売り場には、すでに3組のお客が来店し、同僚たちもそれぞれの相手をしている。
展示品のギターを見ているお客もいるから、まだ声はかかるだろう。
お昼過ぎにはお客も減り、朝から続いた忙しさはやっと落ち着いた。
「ずっとレジをやらせてしまって申し訳なかった」
レジにあるパソコンで、新商品のチェックをしていると、店長が声を掛けてきた。
俺は「いえ」と短く返事をして、再びパソコンに視線を移した。
「休憩は取ったかい?」
「いえ、まだです。先に店長が取ってください。朝からずっと動きっぱなしだったじゃないですか」
「創くんが先に取っていいよ。どうやらまた接客しないといけないようだから」
「え?」
店長は店の入り口を見た。
ギター売り場の壁にかかった商品を見ている女性の姿があった。
何かを探しているんだろうか?
「誰かにレジを変わってもらって、休憩に入っていいよ」
「あ、はい」
店長は軽く俺の肩を叩いて、ギター売り場にいる女性客の所へと向かった。
俺も休憩を取る為、新商品をチェックしていたページを閉じ、タイミングよくレジに戻ってきた同僚に休憩に入る事を告げてレジを出た。
ショッピングモール従業員専用の休憩室も、この施設内にあるけど、結構遠いんだよね。行き来だけで時間を取ってしまう。
なので、俺は金を払って、店に併設されているスタジオを使うことがある。
今日は夕方までなので、フードコートで軽くご飯を食べて、戻ってきたらスタジオに籠ろうと考えていた。
制服を脱ぎ、まだギター売り場で接客をしている店長の横を通って店を出ようとしたその時、
「創くん」
と、店長から声を掛けられた。
「あ、はい」
「ちょっとだけいいかな?」
「はい?」
「このお客様がね、探しているベースがあるそうなんだ。創くんの方が詳しいから、少しでいいから相談に乗ってくれないかな?」
「…はぁ……」
「ちゃんとお給料は発生させておくからね」
まあ、この店でベースに詳しいのは俺ぐらいだけど、でも俺もそんなに詳しくないんだけどな…。
とりあえず、店の奥にあるベース売り場に案内して、そのお客の話を聞くことにした。
俺と同じぐらいの子かな?
長い黒髪をお下げにして、深く帽子を被っているから表情は分からないけど、着ている服も今時の子って感じがする。
大人しい印象がある子だけど、バンドとかに興味あるのかな?
ベース売り場には小さなテーブルと椅子が数脚あり、そこに案内した。
椅子に座ると、女性は「ごめんなさい」と謝ってきた。
「え? なんで謝るんですか?」
「もうお仕事は終わったんですよね。引き止めてごめんなさい」
「いや、休憩に行くだけだから気にしなくていいですよ。それにベース担当は僕しかいませんので、また足を運んでもらうことになるかもしれませんし」
「ありがとうございます」
「それで探しているベースがあるって聞いたんですけど、何を探しているんですか?」
「このベースです」
そう言うと女性はスマホの画面を見せてきた。
え!?
そのベース!!!???
俺は思わず椅子から転げ落ちそうになった。
何故なら、スマホの画面に映っていたのは、俺がベースを始めるきっかけを作ってくれた、あのアマチュアバンドのベーシストが使っているベースだったからだ!
あ、彼女が肩から掛けていたバックをよく見ると、そのアマチュアバンドのグッズであるキーホルダーを付けている。それに俺の憧れであるベーシストの名前のキーホルダーも付いていた。
そのキーホルダー、俺は見たことないぞ? もしかして新作!? いや、彼女が作ったのかもしれない。
とにかく落ち着け!
落ち着け、俺!!
彼女に背を向けて、俺は大きく深呼吸をした。
そして小さく咳払いをして、もう一度彼女を見た。
「そのお探しのベースは、ここでは取り扱っていません」
そう俺がいうと、女性は元々伏せていた視線を更に床に落とし、「そうですか…」と小さな声で呟いた。
わかる!
その気持ち、よくわかる!
俺もそのベースを探しているんだ。
でも、どこにもなくて、この店の系列店の入荷情報も常にチェックしているほど、探し回っているんだ!
「ご期待に添えられなくて申し訳ございません」
俺は丁寧に頭を下げた。
女性は静かに首を横に振った。
あのベーシストのファンなんだろうな。
それもかなりのファンだ。でなければ同じベースが欲しいだなんて思わない。
だって、このベース、俺の1ヶ月の給料よりも高いんだぜ?
ただの追っかけがこんな高いベースが欲しいだなんて、相当のめり込んでいる証拠だ。
「あの、差し支えなければ、そのベースが欲しい理由を聞いてもいいですか?」
「え?」
「ベースを習いたいんですか? それともそのベースを使っているアーティストがいて、ファングッズとして購入したいんですか?」
「あ…あの……」
「話せないのならそれでいいです。ちょっと気になってしまって」
「…いえ……あの、私……」
俺、難しい質問しちゃったかな?
女性は指先をモジモジと弄び始めた。
なんか……可愛いな……。
深く被った帽子の隙間から見える横顔が、とても可愛く見えた。
「私、自分を変えたいんです!」
急に女性が大きな声で叫んだ。
~つづく~
今日は平日だというのにも関わらず、ギター売り場は大繁盛だ。
エレキギターやアコースティックギターが並ぶ売り場には、すでに3組のお客が来店し、同僚たちもそれぞれの相手をしている。
展示品のギターを見ているお客もいるから、まだ声はかかるだろう。
お昼過ぎにはお客も減り、朝から続いた忙しさはやっと落ち着いた。
「ずっとレジをやらせてしまって申し訳なかった」
レジにあるパソコンで、新商品のチェックをしていると、店長が声を掛けてきた。
俺は「いえ」と短く返事をして、再びパソコンに視線を移した。
「休憩は取ったかい?」
「いえ、まだです。先に店長が取ってください。朝からずっと動きっぱなしだったじゃないですか」
「創くんが先に取っていいよ。どうやらまた接客しないといけないようだから」
「え?」
店長は店の入り口を見た。
ギター売り場の壁にかかった商品を見ている女性の姿があった。
何かを探しているんだろうか?
「誰かにレジを変わってもらって、休憩に入っていいよ」
「あ、はい」
店長は軽く俺の肩を叩いて、ギター売り場にいる女性客の所へと向かった。
俺も休憩を取る為、新商品をチェックしていたページを閉じ、タイミングよくレジに戻ってきた同僚に休憩に入る事を告げてレジを出た。
ショッピングモール従業員専用の休憩室も、この施設内にあるけど、結構遠いんだよね。行き来だけで時間を取ってしまう。
なので、俺は金を払って、店に併設されているスタジオを使うことがある。
今日は夕方までなので、フードコートで軽くご飯を食べて、戻ってきたらスタジオに籠ろうと考えていた。
制服を脱ぎ、まだギター売り場で接客をしている店長の横を通って店を出ようとしたその時、
「創くん」
と、店長から声を掛けられた。
「あ、はい」
「ちょっとだけいいかな?」
「はい?」
「このお客様がね、探しているベースがあるそうなんだ。創くんの方が詳しいから、少しでいいから相談に乗ってくれないかな?」
「…はぁ……」
「ちゃんとお給料は発生させておくからね」
まあ、この店でベースに詳しいのは俺ぐらいだけど、でも俺もそんなに詳しくないんだけどな…。
とりあえず、店の奥にあるベース売り場に案内して、そのお客の話を聞くことにした。
俺と同じぐらいの子かな?
長い黒髪をお下げにして、深く帽子を被っているから表情は分からないけど、着ている服も今時の子って感じがする。
大人しい印象がある子だけど、バンドとかに興味あるのかな?
ベース売り場には小さなテーブルと椅子が数脚あり、そこに案内した。
椅子に座ると、女性は「ごめんなさい」と謝ってきた。
「え? なんで謝るんですか?」
「もうお仕事は終わったんですよね。引き止めてごめんなさい」
「いや、休憩に行くだけだから気にしなくていいですよ。それにベース担当は僕しかいませんので、また足を運んでもらうことになるかもしれませんし」
「ありがとうございます」
「それで探しているベースがあるって聞いたんですけど、何を探しているんですか?」
「このベースです」
そう言うと女性はスマホの画面を見せてきた。
え!?
そのベース!!!???
俺は思わず椅子から転げ落ちそうになった。
何故なら、スマホの画面に映っていたのは、俺がベースを始めるきっかけを作ってくれた、あのアマチュアバンドのベーシストが使っているベースだったからだ!
あ、彼女が肩から掛けていたバックをよく見ると、そのアマチュアバンドのグッズであるキーホルダーを付けている。それに俺の憧れであるベーシストの名前のキーホルダーも付いていた。
そのキーホルダー、俺は見たことないぞ? もしかして新作!? いや、彼女が作ったのかもしれない。
とにかく落ち着け!
落ち着け、俺!!
彼女に背を向けて、俺は大きく深呼吸をした。
そして小さく咳払いをして、もう一度彼女を見た。
「そのお探しのベースは、ここでは取り扱っていません」
そう俺がいうと、女性は元々伏せていた視線を更に床に落とし、「そうですか…」と小さな声で呟いた。
わかる!
その気持ち、よくわかる!
俺もそのベースを探しているんだ。
でも、どこにもなくて、この店の系列店の入荷情報も常にチェックしているほど、探し回っているんだ!
「ご期待に添えられなくて申し訳ございません」
俺は丁寧に頭を下げた。
女性は静かに首を横に振った。
あのベーシストのファンなんだろうな。
それもかなりのファンだ。でなければ同じベースが欲しいだなんて思わない。
だって、このベース、俺の1ヶ月の給料よりも高いんだぜ?
ただの追っかけがこんな高いベースが欲しいだなんて、相当のめり込んでいる証拠だ。
「あの、差し支えなければ、そのベースが欲しい理由を聞いてもいいですか?」
「え?」
「ベースを習いたいんですか? それともそのベースを使っているアーティストがいて、ファングッズとして購入したいんですか?」
「あ…あの……」
「話せないのならそれでいいです。ちょっと気になってしまって」
「…いえ……あの、私……」
俺、難しい質問しちゃったかな?
女性は指先をモジモジと弄び始めた。
なんか……可愛いな……。
深く被った帽子の隙間から見える横顔が、とても可愛く見えた。
「私、自分を変えたいんです!」
急に女性が大きな声で叫んだ。
~つづく~
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