黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

文字の大きさ
7 / 171
1章  一日目 転入生

1-6 いつもどおり風味な下校時間

しおりを挟む
そんなこんなで下校時間がやってくる。

* * *

「麗美さま、お迎えに上がりました」

どこから現れたのか、例の黒服が校門前で麗美のことを待っていた。
みんななんか見た目がそっくりだけど、たぶん別人だと思う。
双子とか三つ子の可能性もあるかもしれないけど。

「ありがとう是枝。悦郎さんもご一緒にいかがですか?」

そう言って麗美が促す先には、見たこともないような胴長な車が止まっていた。

「すげー」
「なにあれ」

周囲の耳目を集める俺たち。
隣にいた咲は、少しだけ引いているのか顔がじゃっかん硬直している。
緑青の方はいつもどおり、面白そうにクツクツと笑っていた。

「ありがとう。でも俺たち、電車だから」
「え? 電車? それって……ガタンゴトンですか?」

なぜか妙な擬音で電車を表現する麗美。
わずかに目がキラキラとしているような気がした。

「あ、ああ」

その迫力に少しだけ気圧されてしまう。
するとその引いた分だけ、麗美が踏み込んでくる。

「私も乗りたいです! 電車! 日本の電車はすごいと聞きました!」
「うおっ」

ものすごい迫力である。
まるですがりつかんばかりの勢いで、麗美が俺に迫ってきた。

「で、でもさ、車が迎えに来てるんだから」
「是枝! 私は悦郎さんたちと一緒に電車で帰ります。車は戻しなさい」
「わかりましたお嬢様。では、悦郎さまのご自宅の方にお迎えにあがります」
「そうしなさい」
「はい。失礼します」

現れたときと同じようにスーッと音もなく、黒服は去っていく。
高級車もほとんど音がしなかったのは、もしかしたら電気自動車だからなのかもしれない。

「ああ、私ずっと憧れだったんです。日本の電車に」
「そ、そうなんだ」
「とても長い車体が、ガタンゴトン揺れながら走るんですよね。ガタンゴトン~ガタンゴトン~って」
「う、うん」

麗美の新たな一面に、どう対処していいかわからない俺。
っていうかおい。咲。距離を取るんじゃない、距離を。
そして緑青。笑いが堪えきれてないぞ。

「さあ、早く参りましょう! レッツトレインですわ!」

興奮のあまりか、キャラが崩壊しつつある麗美。
そんな麗美に手を引かれ、俺は駅へと拉致されるかのように連れて行かれた。

「……すごいね麗美さんって」
「ふふふ。思っていた以上にキャラが濃い」
「ちょっと渋滞気味なくらい」
「咲もあんまり人のこと言えないと思うけど」
「そう?」
「知らぬは本人ばかりなり、なんちゃって」

* * *

地元の駅に着いた俺たちは、予想外の事態に対処しなければならなかった。

「う……うっぷ……とても、快適でした……わ」
「おいおい。電車酔いしながら言う台詞じゃないだろ」
「そうですよ麗美さん。はい、お水」
「あ、ありがとう咲さん」

駅前のベンチで横になる麗美。
そんな麗美を見守る俺と咲。
ちなみに緑青は、二人いれば大丈夫でしょと俺たちを置いてとっとと帰ってしまった。
まあ確かに、三人で残ってたとしても大してできることなんかなかっただろうしな。

「ふぅ……少し、落ち着きました」

しばらく横になっていた麗美が、身体を起こす。
まだ若干顔色が悪い気もするが、まあさっきよりはずっとマシだ。

「大丈夫? あの黒服の人呼びますか?」

咲がまだ心配そうに麗美の様子を見ていた。
最初のころは折り合いが悪そうな感じもしてたけど、意外とそうでもなかったみたいだな。
もうすっかり仲良しみたいだ。

『ぐふふ、そうかしら?』
「え?」

俺は風にのって緑青の声が聞こえた気がして、思わずあたりを見回してしまった。

「どうかした?」
「あ、いや。緑青の声がした気がして」
「ちーちゃんはもう帰ったじゃない。空耳でしょ」
「ああ、たぶんな」
「あの……」
「ん?」
「もしなんでしたら、お二人はもう帰っていただいても大丈夫ですよ? 私、ここに是枝を呼びますので」
「気にすんなって。よくなるまで付き合うから」
「そうよ麗美さん。どうせ家までそんなにかからないし、気にすることないわ」
「ありがとうございます」

いつもより(といってもまだ知り合って1日だったが)少し弱気な感じの麗美。
もしかすると、こっちの方が地なんじゃないかと言えるぐらいそのか弱そうな様子は麗美に合っていた。
今日のここまでのテンションの高さは、転校初日だったからなのかもしれない。

「そうだ。俺、コンビニで何か買ってくるわ。水、もうないだろ?」
「うん。そうだね。麗美さん、何か飲みたいものとか食べたいものとかある? あんまり重いのは無理だと思うけど」
「コン……ビニ?」
「え?」
「いま……コンビニと?」
「あ、ああ……」

麗美の雰囲気がガラッと一変する。
それは、ちょっと前に体験したあの麗美。
電車の話をしたときの麗美に、かなり告示していた。

「コンビニ! 私行きたいです! 日本のコンビニ! ずっと憧れていたんですっ!」

まるでそれまでの弱っていた様子が嘘のように、麗美は勢いよく立ち上がる。
周りで見ていた俺たちが、逆にベンチに腰を下ろしてしまうくらい。

「さあ行きましょう! コンビニ! どこにあるんですか? ラーソン? セバンイレブン? ファミリーモート? それとももしかしてパプラですか? ご飯大盛り無料のパプラなんですか!?」

麗美の中の日本像って、かなり偏ってる気がする……。
いや待てよ、これってもしかして……うちのとーちゃんの影響なんじゃないか? とーちゃんもかなりコンビニ好きだったし……いや、でも電車は違うか。

「ほら、なにやってるんです! 早く行きましょう! 悦郎さんっ!」
「お、おう」

すっかり元気を取り戻した麗美に手を引かれ、俺たちは駅前のコンビニへと向かう。
咲を駅に置いてきてしまったことに気づいたのは、自動ドアをくぐった直後だった。

「なに……あれ……」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...