黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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9章  九日目 雨の日

9-8 いつもどおりのほんのおすそ分け

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「ただいまー」
「ただいま帰りました」
「おじゃましま~す」

妙な雰囲気だったコンビニをあとにして、俺と咲と麗美は夕食の買い出しにスーパーに寄り、その後は何事もなくうちへと帰還した。

「おかえり悦郎、咲ちゃん、麗美ちゃん」
「3人ともおかえり~」
「おかえりなさいませ」

自宅ではトレーニング上がりのかーちゃんと美沙さん、そして鈴木さんが俺たちを出迎えてくれる。
出迎えてくれるというか、まあ普通にリビングでくつろいでいただけだが。

「それじゃあ私、寮の方の夕食の準備してきますね」
「おう」
「おうじゃなくて美沙もすずめちゃん任せにしない。住み込みの中ではまだ一番下っ端はあんたなんだからね」
「はーい、わかってますって」

かーちゃんのところのあねさん方も、毎回うちに来て夕食を食べているわけではない。
あれは、大量の肉の差し入れがあったときとか、カレーとか、そういう特別な食事のときだけだ。
普段は、寮の方で普通に鍋を囲んでいたりするらしい。
以前は咲がよく手伝いに行っていたが、いまは鈴木さんがいるからかなり余裕が出てきたっぽい。

(まあ、厨房に入らない俺はよく知らないけれども)

「じゃあ麗美さん、私たちも」
「はい」

そしてうちのキッチンには、咲と麗美が向かう。
俺とかーちゃんは、完全に食べる専門の役割だ。

「なあ悦郎。今日の夕食なんだ?」
「わからん。鶏肉とか買ってたけど」
「ほー、唐揚げかな」
「それは明日の弁当じゃね?」
「いや、弁当にも入れるが夜も食べるとか」
「俺は別にそれでもかまわないけど」

そんなことを話していると、玄関のチャイムが鳴らされた。

「ん? 宅配便か?」
「かーちゃん、なんか頼んだ?」
「いや、その予定はないけど」

そんな感じでリビングでダラダラしている2人組がどちらが玄関に行くかで牽制しあっていると、チャイムを鳴らした人は勝手に玄関を開けて入ってきてしまった。
どうやら、知り合いだったっぽい。

「てっちゃんいるー」
「ん? おお。竜子か、いらっしゃい」

リビングに入ってきたのは、かーちゃんの妹……つまり俺の叔母さんである竜子さんだった。

「はいこれお土産。旦那が釣り行ってきたからさ」
「お、ありがとう。咲ちゃーん、竜子が魚持ってきたよー」
「はーい」

バタバタと食材の受け渡しが行われる。
その間俺は黙ったまま。
特に口を出すようなこともなかったからだ。
そして当然のように、竜子おばさんはリビングでくつろぎはじめる。

「やあやあ悦郎もいたか」

テーブルの上のおせんべいに手をつけながら、ようやく俺に気づいたかのように声をかけてくる竜子さん。
俺はそんな竜子さんに挨拶を返す。

「こんにちはおばさん」

その瞬間、それまで笑顔だった竜子さんの表情が鬼のように変わる。
紫に染めた髪までもが、逆だって角のように変化したように感じれた。

「おばさんはやめろって言っただろ」
「はーい」
「よろしい」

素直な俺の返事に、竜子さんの表情が元に戻る。
まあ、ここまでが定番のやり取りだ。
竜子さんも怒った表情を見せはしたが、本気で怒ったりしているわけではない。
ある意味、俺と竜子さんのお決まりのネタみたいなものだ。

「そういえばキッチンに知らない子いるけど、あれだれ?」

そういえば麗美がうちに来るようになってから、竜子さんが来たのははじめてだったかもしれない。

「ああ、あれ? 麗美ちゃん。悦郎の新しい嫁さん。豪大くんが向こうで見つけてきた」
「ふーん。そっか……って、新しいお嫁さん!? 咲ちゃんはどうするのよ!」

食べかけてだったおせんべいでムセながら、竜子さんが俺に迫ってきた。

「いや、俺に言われても……」
「どういとか細かく説明しなさいよね。私、納得するまで今日は帰らないから」

めんどくさく思いながらも、俺は竜子さんに事の経緯を説明しはじめた。
こう見えて、実は夜のお仕事をしている竜子さん。
仕事柄とかもあるのか、女の子の扱いに関してはかーちゃん以上に厳しい。
ほとんどはとーちゃんのせいではあったけれども、俺は事細かに麗美がこっちに来て俺の婚約者を名乗ることになった理由を説明した。

「ふーん。まあ、納得はイマイチしづらいけど、本人がそれでいいと思ってるならまあいいか……いいのかなあ?」

首をかしげる竜子さん。
そりゃ俺だって微妙に納得はしてないけれども、今すぐにどうこうって問題でもないから放置はしている。
あとあとめんどくさいかもしれないけど、少なくとも今はそれでいい。

俺たちがリビングでそんなことをしている間、キッチンでは咲が竜子さんから差し入れされた謎の巨大な魚を3枚におろしていた。
どうやら、今日の夕食は鶏肉から魚に変更されたようだった。
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