黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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13章 十三日目 いろんな趣味

13-2 いつもよりペースの早い通学

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「ふぁいと~」
「はあ、はあ、ふう、ふう」

予告通りというかなんというか、今日の咲は自転車に乗っていた。
そして走る俺と併走している。

「がんばれ~」

自転車の前カゴに入れてくれればいいのに、トレーニングになるからという理由で俺は自分のものと咲のもの、二つのカバンを両肩に装着していた。
自分のものだけよりもバランスがとれていいような気がしたのは、咲には内緒だ。

「あ、おはよー、ちーちゃん」
「ん? ああ、おはよう咲。悦郎」

駅に向かう途中で、緑青に追いついた。
咲はキキッとブレーキをかけて自転車を止めた。
サドルから降りて緑青に並んで歩きはじめる。
それに合わせ俺もペースを落とすと……。

「むむ、悦郎がサボってる」
「はあ?」

緑青が歩くペースを上げ始めた。
それに合わせて、咲も自転車を押す速度をアップさせる。

「いや、ちょっと……おい」

一瞬置いていかれる俺だったが、思わず小走りになって2人を追い抜いてしまった。
すると2人は俺の後ろにピタリと張り付き、追い立てるようにさらにペースアップしてくる。

「ちょ、おま……いやいや、そういうのじゃないからっ」
「ふっふっふー。なんかこれ、競走馬のトレーニングみたい。見たことないけど」

なぜか緑青のテンションが上がっている。
それに対して咲の方は……。

「はあ、はあ、はあ……やっぱり明日からは自転車やめる。押して歩く……っていうか、押して小走りするなら、歩きでもおんなじ」

そりゃそうだ。
っていうか、乗ればいいのにと思ったがそれは口に出さない。
そんなことをしたら、さらにスピードアップさせられそうだからだ。

「あ、お二人さんおはようございます」
「え?」
「ん?」

不意に駅前で誰かに声をかけられた。
それは確かに聞き覚えはあったけれども、この時間このタイミングではほとんど聞いたことはなかった。
そして、その服装もほとんど見たことがなかった。

「誰?」

キョトンとする緑青に咲が紹介する。

「おはよう鈴木さん。ちーちゃん、こちら鈴木さん。鉄子さんのところのお弟子さん? っていうか見習いっていうか、そんな感じの方」

なかなかに要領を得ない紹介の仕方だったが、まあ確かにそれ以上の言いようがないような気もした。
というか、紹介しろと言われたらたぶん俺もそんな感じになりそうな気がする。

「えと、はじめまして、ですよね。鈴木すずめです。鉄子さんのところにお世話になってます」
「あ、緑青千尋です。よろしくお願いします」
「あの……その名字、もしかして……」
「あ、うん。ちーちゃんは、ろくしょうミートのお嬢さんだよ」
「やっぱり! いつもお世話になっていますっ」

かーちゃん……というか美沙さんの薫陶の賜物なのか、ろくしょうミートの名前で俄然ヒートアップする鈴木さん。
まあ、あそこの肉のおかげで成り立ってる部分あるもんな、かーちゃんのところの寮生活。
うちの食卓もそれなりにおこぼれは預かっているけれども。

「あ、電車来ちゃう」
「え?」

咲の言葉でふと我に返る。
時計を見ると、乗るはずだった電車がそろそろホームに滑り込んで来そうだった。

「じゃあ鈴木さん、今日はこれで」
「はい。また今度」

かーちゃんの海外遠征のスケジュールを把握していない俺は、その『今度』がいつなのかはわからなかったが、たぶん咲はそれがいつなのかわかっているのだろう。

改札を通り抜け、小走りでホームへと向かう。
自転車置場に寄ってきた咲は、俺たちよりも少しだけ遅れる。

数分後、電車がホームに滑り込んでくる。
俺たちは無事乗車。
ラッシュに揺られながら、学園へと向かった。

向かいのホームからは、鈴木さんが手を振っていた。

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