黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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13章 十三日目 いろんな趣味

13-3 いつもより綺麗な麗美の歌声

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今日の二時間目は、音楽の授業だった。

「ボエ~♪」

合唱の時間。クラスメイトの木村の美声が音楽室に響いている。
低音から高音まで見事に歌い上げる木村。
あまり自分の歌に自信のない俺は、ほぼ口パクでこれっぽっちも声は出していなかった。
周りにもそういう連中が多かったっぽく、男子全員のパートだというのに聞こえてくるのは木村の声ばかりだった。
もうあいつだけでいいんじゃないかな。
そんな気分になりながら、ヤツの歌声を聞いている。
当然のごとくそれはカンカン(音楽講師:本名は神田巻)に見つかり、木村を除いた男子全員でやり直しとなった。

「ちょっと男子、ちゃんと歌って~」

カンカンが自慢のサスペンダーをパチンと響かせながら、俺たちに注意をする。
そして最近テレビでよく見る巨体のコメンテーターによく似た丸っこい身体を揺らしながら、伴奏のピアノを再開した。

「「「「ボエ~♪(一部調子っぱずれな男子たちの歌声)」」」

可もなく不可もなく。
木村を除いた俺たち男子一同は、下手でも上手でもない特に面白みもない歌声をカンカンの伴奏に合わせて披露した。
そして、女子たちが義務のような感情のこもっていないパチパチという拍手でそれに応えてくれる。

「うん。まあ……こんなもんよね。別にいいのよ、上手くなくても。合唱っていう体験をさせることだけが目的なんだもの」

もしかすると自身もそんなに授業としての音楽は好きではないのか、カンカンがぶっちゃけたコメントを口にする。

「じゃあ次は女子のパートねー」

音楽室前方の一段高くなった場所(教壇とは微妙に違うっぽい)から、男子が降りる。
入れ替わるように女子たちがそこに上がり、俺たちは席に着く。

(ってそういえば、音楽室って微妙に普通の教室とは構造が違うよな。壁もなんかポコポコ穴が開いてるし、天井も段々がついてるし)

たぶん防音とか音の反響とか、そういうののためなんだろうとは思うが、細かいことはわからなかった。
そんな不意に気づいた部屋の構造の違いをボケーッと眺めていると、カンカンの伴奏が再びはじまった。
そして女子の歌声が耳に届いてくる。

「「「ルララ~♪」」」
「ッ!」

思わずそちらに目をやってしまう。
そしてそれは俺だけではなかったようで、俺の周りの男子たちも壇上で歌う女子に目が釘付けになっていた。
一人砂川だけが、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

「あれ? 悦郎知らなかったの? 麗美さん、めちゃくちゃ歌上手いんだぜ」
「そうか……これ、麗美の歌声か」

以前にも音楽の授業で合唱はあった。
そのときには、そんなに女子の歌声に惹きつけられたことはなかったはずだ。
だが、今日は違った。
どちらかと言えば低めな麗美の歌声。
この声の高さは、麗美が母国語を使っているときの声の高さに似ている。
ソプラノよりもちょっと低め。
アルトよりは少し高い。
メゾソプラノとか言うんだっけか。
うろ覚えの音楽用語を頭の中に思い浮かべながら、俺は麗美の歌声に聞き惚れていた。

「もしかして香染って……」

俺がふと思ったことを、即座に砂川が否定する。

「ないない。あれはそんな後先考えてない。単に、麗美さんのビジュアルに目をつけただけだって」

一瞬だけ上がってまたもとに戻る香染のプロデューサー能力。
それもまたヤツらしいなどと思いながら、俺は麗美の歌声に耳を傾けていた。

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