黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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18章 十八日目

18-9 だいたいいつもどおりの夜

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今日の夕食は冷やし中華だった。
かーちゃんと美沙さんがごまダレか醤油ダレかで言い争っていたが、正直どうでもいい。
ごまダレでも醤油ダレでもうまいもんはうまいし、そうじゃないものはそうじゃないからだ。
だが一つだけ俺としては許せないものもある。
いくら冷えが足りないからといって、冷やし中華に直接氷を入れるのはダメだ。
あれは水っぽくなって全部を台無しにしてしまう。
まあ、咲はその手のミスは絶対にしないから大丈夫だけどな。

「って、話聞いてる?」
「ああ、すまん。冷やし中華のこと考えてた」
「あははー。あれか、夜ご飯のときの続き? 結局どっちか決着つかなかったもんね」

就寝前、いつものように俺は咲と通話アプリでダラダラとどうでもいい話をしていた。

「そういえばさ、あれ行くの?」
「あれ?」

聞かれてすぐにはそれがなんのことかわからなかった。
だが、机の上に出しっぱなしになっていたチケットを見て、それが若竹たちの出るなんとかアイドルフェスティバルのことだとわかった。

「んー、どうするかな。別段興味はないけどチケットもらっちゃったしな」
「そっか」
「咲も行くか?」
「えー、それって私にチケット買えってこと?」
「そうなるか」

しばし考える。

「じゃあ俺が半分出すか。このもらったチケット分俺だけ得するのもアレだしな」
「お、なんか珍しい」
「そうか?」
「いつもならどっかから融通してもらえとかいいそうじゃない? 美晴ちゃんからもらえとかさ」
「あ、その手があったか」

なんとか小豆さんからチケットを貰ってしまったことで、なんとなく若竹ルートは閉ざされてしまっているような気がしていた。
だがよく考えてみれば違う。
あれはなんとか小豆……っていうかいつまでもなんとかじゃ悪いな。今度若竹にちゃんと名前聞くか……さんから貰ったものであって、若竹からではない。
だとすれば若竹に言えば、一枚か二枚くらいは用意してもらえるような気もした。

「香染ルートってのはどうだろう」

なんとなく思いついた俺は、咲に提案してみた。

「それはないでしょ」

即答する咲。
さもありなんと思ったが、咲のない理由は俺とは違ったものだった。

「あの子は個人で参加するんだから、迷惑かけちゃダメだってば」
「あー、言われてみればそうか」

わりと前からずっとアイドル活動をするんだ的なことを言われていたから、香染もなんとなく若竹たちと同じカテゴリーで見ていたが、よく考えてみればまったく違うことは明白だ。

「なあ咲」
「なに?」
「もしかしてだけどさ、香染ってただのアイドルオタクなんじゃないか? 俺としてはアイドルの卵的なやつかなーとか思ってたんだけど」
「もしかしてじゃなくてそのものでしょ」
「あ、やっぱり?」
「まあノリ的には同人活動みたいな感じなのかもしれないけど」

同人活動……言われてみると、かなりしっくり来た。
若竹たちはギリギリプロの範疇に収まっている(と思う)が、香染は違う。
インディーズって単語も思い出したけれども、それとも違っているようにも思えた。

「ん?」

ピローンとスマホが電子音を鳴らす。
通話アプリで繋がっている咲からの、画像つきのメッセージだった。

「なんだよ急に」
「いいから見てみて」

添付されている画像をダウンロードした。
するとそこには、俺が夕方なんとか小豆さんから貰ったチケットと同じものを手にした咲の姿があった。

「はあ?」
「あははー。実は、美晴ちゃんから渡されてたんだ。一枚余っちゃうから、ちーちゃんでも誘ってみるね」

どうやら、俺は完全に遊ばれていたようだった。
たぶんこのなんとかアイドルフェスティバルとかいうのは、咲の中ではすでに夏休みのスケジュールに組み込まれていたのだろう。

一学期がもうすぐ終わる夏のはじめの一日は、こんな感じで過ぎていった。

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