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2話 悪徳宗教勧誘と不審者おじさん
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空を見ると信じられない光景が広がっていた。
宙に浮かぶ巨大な水晶、そこから伸びる虹色の光の橋。
崖っぷちから下を覗き込むと、中世ヨーロッパみたいな街並みが広がっている。
よく見る異世界ファンタジーもののそれだった。
俺は先ほどまで着ていたヨレヨレのスウェット上下をみて、あまりにも場違いなその格好に、これが夢じゃないことを悟る。
なんでこうなった。
確か、新作のMMORPGを始めようとPCの前に座って……そこからの記憶がない。
「こんなところで一人とは、危険ですよ」
不意に背後から声をかけられ、俺は悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえた。
振り返ると、そこにいたのは……サイだ。
サイの頭をした、とんでもなくマッチョなオッサンが、仁王立ちでこっちを見ていた。
え、何だ? 特殊メイク? それとも、映画でつかうような、外見は生物で中はロボットみたいなやつか?
しかし、どう見てもリアルな質感の肌、ゆっくりと動く耳、本能的な恐怖を煽る巨大な角。
作り物じゃない。ガチの獣人、ってやつだ。
「……!」
こいつ自身が一番の危険物なのは確定的に明らかだが、そんな内心はおくびにも出せない。
俺は無力なスウェット青年。相手はサイ。勝てるわけがない。
ただ、意外にもその口調は穏やかで、友好的ですらあった。
力ずくでどうこうってする感じはしない。
「文字通り、崖っぷちですからな。旅の方ですか? その割には、ずいぶんと軽装に見えますが」
サイのオッサンは、訝しむように俺の全身を眺めている。
何となくだが、ここで情弱であることを話したらあまりいい方向には向かわない気がした。
カモられる的な、そういう予感だ。俺はハッタリをかますことに決めた。
「あぁ、ここからの眺めに心を奪われていただけさ。見ての通り、俺は旅の者だ。荷物は少し離れた拠点に置いてあるし、仲間もいる。一人じゃない」
「ほう。ですが、一人でこんな何もないところに?」
鋭いツッコミ。まずい、話が合わねぇ。こいつは俺を完全に不審者だと見なしている。
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、どう言い訳するか必死に頭を回転させた。
その時だった。
サイのオッサンの雰囲気が、ふっと変わった。
厳しく俺を問い詰めるような視線をすっと逸らすと、どこからともなく一枚の羊皮紙を取り出し、俺の目の前にスッと突き出してきたのだ。
その動きは、まるでティッシュを配るバイトのように手慣れていた。
「一緒に悪魔、やりませんか?」
「…………はい?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。なんだ今の。悪魔を、やる? 動詞?
羊皮紙をよく見ると、『急募!我らと共に世界を混沌の渦に叩き落とす仲間募集!未経験者歓迎!』みたいなことが、禍々しいフォントで書かれている。
下の方には、なんかこう、小学生が描いたみたいな雑な悪魔のイラストまで添えてあった。
「あの、これって……」
「ええ、我々『終焉を喚ぶ黒角の教団』では、現在新規入信者を大々的に募集しておりまして。
今なら入信いただいた方に、もれなくこの呪いの短剣をプレゼント! どうです、奥さん!」
何故か勧誘が始まった。
それになんだ、奥さんって。
俺はどう見ても男だろうに。
定型文を言っただけのあまりにシュールな勧誘に、どう反応すべきか決めかねていると、
「問答は無用」
凛とした、それでいてゾッとするほど冷たい声が響いた。
気づけばサイのオッサンの背後に、みすぼらしいローブをまとったジジイが立っていた。
いつの間に? 気配が全くしなかった。
次の瞬間、老人の手にした巨剣が、一閃に閃き、サイの巨体が真っ二つになるのは、ほぼ同時だった。
ザシュッ、と肉を断つ生々しい音が響く。
さっきまで胡散臭いセールスマンみたいだったサイのオッサンは、悲鳴を上げる間もなく、
左右に分かれて崩れ落ちた。血しぶきが舞い、地面に赤い水たまりが広がる。
鼻を刺す血の匂い。
喉の奥がひくりと痙攣する。
俺は、視線を逸らした。
「……は?」
俺の口から漏れたのは、そんな間抜けな声だけだった。
老剣士は巨剣の血を軽く振るって払い、静かに背中に担ぎ直すと、呆然とする俺に向き直った。
「大丈夫か、小僧」
「だ、大丈夫かって……あんた、今……」
それでも、横目で現実を改めて確認する。
地面に倒れたサイのオッサンの断面から内蔵と血が漏れていた。
確実に死んでいる。
「見た通りだ。あれは魔物よ。近頃は勢力が弱まっておるらしくてな。手当たり次第に同族以外も勧誘しておるのだ。悪魔崇拝の気色悪い連中だが、お主も誘われていたクチだろう」
いや、確かに勧誘っぽい流れだったけど、即死?なんで?思考が追い付かない。
俺が気付かなかっただけで、その間に何か重大なプロセスが100段階くらいあったか?
というか、魔物ってなんだ。悪魔崇拝ってなんだ。俺はMMORPGを始めようとしていただけなんだが。
ただ、人の形はしていたが、頭がサイだったせいだろうか。
目の前で起きた惨劇は、あまりに現実離れしていて、人間の死体という生々しさが妙に希薄だった。
これは人間ではない……のか?
だから、本来ならトラウマものの光景のはずなのに、不思議と吐き気や恐怖はこみ上げてこない。
それよりも戸惑いが大きかった。
でもこれがこの世界の常識なんだろう。
さっき、見た景色やサイのオッサン。
俺がいた世界では絶対に有り得ない存在だ。
そして、この老剣士もきっと……
「助けてくれたなら感謝はするが、ここって……どこなんだ? 俺、自分のパソコンの前で……」
「ぱそこん?パサパサ昆布の略か?」
老剣士は怪訝な顔で首を傾げた。
それを言ったらパソパソだろ。
ダメだこれ。通じないやつだ。
「えーっと、魔導書みたいなもんだよ。板状の」
「魔導書は巻物か本だが……板状の、とな? それで何をしていたのだ」
「ゲーム……いや、盤上遊戯を……」
「全然わからん。三行で頼む」
「丁度これで三行なんだけど」
何度か説明を試みたが、単語が一つも掠りもしない。俺はここでようやく悟った。
ここは、俺がいた世界じゃない。マジの、ガチの、異世界だ。
格好以外はまだ普通の人でも、ここまで伝わらないと思わなかった。
「まぁよい。詳しい話はあとでサラサラっと片手間にじっくり聞こう。」
「すごい聞き流してるじゃんそれ」
「とにかく、こんな場所に長居は無用だ」
老剣士に促されるままついていくと、岩陰に馬が一頭繋がれていた。
「乗れ。俺はこれから『ドイナーカ』という街へ調査に向かう。お主も来るといい」
ひっでえ名前だ。迫害でも受けてんのかな。
ジジイはひらりと馬にまたがると、俺に後ろに乗るよう顎でしゃくった。
断る理由は、ない。というか、この世界で一人になる方がよっぽど死ねる。
「ちなみに、あんたはどこから?」
「あの崖から見えていた魔法都市『ズバーン』だ。」
大分も投げやりな名前だな。
さっきのドイナーカといい、命名した奴はおそらく同一人物なんじゃないだろうか。
「俺はそこの冒険者ギルドに席を置いていてな、一緒に来るか?」
「いいのか?なんもお礼するものを持ち合わせてはいないんだが」
着ている物以外に何か持ってきてないか身体を漁ったが、何も持ってきてなかった。
「はっ、気にするな。たまたま俺もズバーンには野暮用があってな」
「ここにいたのはその道中だったってわけか」
「いや、ここは遠回りだ。たまにストレス発散で変な声を出しながらこの辺りをふらつくのが俺の日課でな」
「すんごい不審者じゃん」
「ひとけのない絶好の奇声スポットだ。数少ない老人の楽しみなんだぞ、そう邪険にするな」
「ずっと怖い」
それから、馬に揺られること数時間、俺たちはドイナーカとかいう街に到着した。
・ 不審者の老剣士が仲間になった!
宙に浮かぶ巨大な水晶、そこから伸びる虹色の光の橋。
崖っぷちから下を覗き込むと、中世ヨーロッパみたいな街並みが広がっている。
よく見る異世界ファンタジーもののそれだった。
俺は先ほどまで着ていたヨレヨレのスウェット上下をみて、あまりにも場違いなその格好に、これが夢じゃないことを悟る。
なんでこうなった。
確か、新作のMMORPGを始めようとPCの前に座って……そこからの記憶がない。
「こんなところで一人とは、危険ですよ」
不意に背後から声をかけられ、俺は悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえた。
振り返ると、そこにいたのは……サイだ。
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え、何だ? 特殊メイク? それとも、映画でつかうような、外見は生物で中はロボットみたいなやつか?
しかし、どう見てもリアルな質感の肌、ゆっくりと動く耳、本能的な恐怖を煽る巨大な角。
作り物じゃない。ガチの獣人、ってやつだ。
「……!」
こいつ自身が一番の危険物なのは確定的に明らかだが、そんな内心はおくびにも出せない。
俺は無力なスウェット青年。相手はサイ。勝てるわけがない。
ただ、意外にもその口調は穏やかで、友好的ですらあった。
力ずくでどうこうってする感じはしない。
「文字通り、崖っぷちですからな。旅の方ですか? その割には、ずいぶんと軽装に見えますが」
サイのオッサンは、訝しむように俺の全身を眺めている。
何となくだが、ここで情弱であることを話したらあまりいい方向には向かわない気がした。
カモられる的な、そういう予感だ。俺はハッタリをかますことに決めた。
「あぁ、ここからの眺めに心を奪われていただけさ。見ての通り、俺は旅の者だ。荷物は少し離れた拠点に置いてあるし、仲間もいる。一人じゃない」
「ほう。ですが、一人でこんな何もないところに?」
鋭いツッコミ。まずい、話が合わねぇ。こいつは俺を完全に不審者だと見なしている。
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、どう言い訳するか必死に頭を回転させた。
その時だった。
サイのオッサンの雰囲気が、ふっと変わった。
厳しく俺を問い詰めるような視線をすっと逸らすと、どこからともなく一枚の羊皮紙を取り出し、俺の目の前にスッと突き出してきたのだ。
その動きは、まるでティッシュを配るバイトのように手慣れていた。
「一緒に悪魔、やりませんか?」
「…………はい?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。なんだ今の。悪魔を、やる? 動詞?
羊皮紙をよく見ると、『急募!我らと共に世界を混沌の渦に叩き落とす仲間募集!未経験者歓迎!』みたいなことが、禍々しいフォントで書かれている。
下の方には、なんかこう、小学生が描いたみたいな雑な悪魔のイラストまで添えてあった。
「あの、これって……」
「ええ、我々『終焉を喚ぶ黒角の教団』では、現在新規入信者を大々的に募集しておりまして。
今なら入信いただいた方に、もれなくこの呪いの短剣をプレゼント! どうです、奥さん!」
何故か勧誘が始まった。
それになんだ、奥さんって。
俺はどう見ても男だろうに。
定型文を言っただけのあまりにシュールな勧誘に、どう反応すべきか決めかねていると、
「問答は無用」
凛とした、それでいてゾッとするほど冷たい声が響いた。
気づけばサイのオッサンの背後に、みすぼらしいローブをまとったジジイが立っていた。
いつの間に? 気配が全くしなかった。
次の瞬間、老人の手にした巨剣が、一閃に閃き、サイの巨体が真っ二つになるのは、ほぼ同時だった。
ザシュッ、と肉を断つ生々しい音が響く。
さっきまで胡散臭いセールスマンみたいだったサイのオッサンは、悲鳴を上げる間もなく、
左右に分かれて崩れ落ちた。血しぶきが舞い、地面に赤い水たまりが広がる。
鼻を刺す血の匂い。
喉の奥がひくりと痙攣する。
俺は、視線を逸らした。
「……は?」
俺の口から漏れたのは、そんな間抜けな声だけだった。
老剣士は巨剣の血を軽く振るって払い、静かに背中に担ぎ直すと、呆然とする俺に向き直った。
「大丈夫か、小僧」
「だ、大丈夫かって……あんた、今……」
それでも、横目で現実を改めて確認する。
地面に倒れたサイのオッサンの断面から内蔵と血が漏れていた。
確実に死んでいる。
「見た通りだ。あれは魔物よ。近頃は勢力が弱まっておるらしくてな。手当たり次第に同族以外も勧誘しておるのだ。悪魔崇拝の気色悪い連中だが、お主も誘われていたクチだろう」
いや、確かに勧誘っぽい流れだったけど、即死?なんで?思考が追い付かない。
俺が気付かなかっただけで、その間に何か重大なプロセスが100段階くらいあったか?
というか、魔物ってなんだ。悪魔崇拝ってなんだ。俺はMMORPGを始めようとしていただけなんだが。
ただ、人の形はしていたが、頭がサイだったせいだろうか。
目の前で起きた惨劇は、あまりに現実離れしていて、人間の死体という生々しさが妙に希薄だった。
これは人間ではない……のか?
だから、本来ならトラウマものの光景のはずなのに、不思議と吐き気や恐怖はこみ上げてこない。
それよりも戸惑いが大きかった。
でもこれがこの世界の常識なんだろう。
さっき、見た景色やサイのオッサン。
俺がいた世界では絶対に有り得ない存在だ。
そして、この老剣士もきっと……
「助けてくれたなら感謝はするが、ここって……どこなんだ? 俺、自分のパソコンの前で……」
「ぱそこん?パサパサ昆布の略か?」
老剣士は怪訝な顔で首を傾げた。
それを言ったらパソパソだろ。
ダメだこれ。通じないやつだ。
「えーっと、魔導書みたいなもんだよ。板状の」
「魔導書は巻物か本だが……板状の、とな? それで何をしていたのだ」
「ゲーム……いや、盤上遊戯を……」
「全然わからん。三行で頼む」
「丁度これで三行なんだけど」
何度か説明を試みたが、単語が一つも掠りもしない。俺はここでようやく悟った。
ここは、俺がいた世界じゃない。マジの、ガチの、異世界だ。
格好以外はまだ普通の人でも、ここまで伝わらないと思わなかった。
「まぁよい。詳しい話はあとでサラサラっと片手間にじっくり聞こう。」
「すごい聞き流してるじゃんそれ」
「とにかく、こんな場所に長居は無用だ」
老剣士に促されるままついていくと、岩陰に馬が一頭繋がれていた。
「乗れ。俺はこれから『ドイナーカ』という街へ調査に向かう。お主も来るといい」
ひっでえ名前だ。迫害でも受けてんのかな。
ジジイはひらりと馬にまたがると、俺に後ろに乗るよう顎でしゃくった。
断る理由は、ない。というか、この世界で一人になる方がよっぽど死ねる。
「ちなみに、あんたはどこから?」
「あの崖から見えていた魔法都市『ズバーン』だ。」
大分も投げやりな名前だな。
さっきのドイナーカといい、命名した奴はおそらく同一人物なんじゃないだろうか。
「俺はそこの冒険者ギルドに席を置いていてな、一緒に来るか?」
「いいのか?なんもお礼するものを持ち合わせてはいないんだが」
着ている物以外に何か持ってきてないか身体を漁ったが、何も持ってきてなかった。
「はっ、気にするな。たまたま俺もズバーンには野暮用があってな」
「ここにいたのはその道中だったってわけか」
「いや、ここは遠回りだ。たまにストレス発散で変な声を出しながらこの辺りをふらつくのが俺の日課でな」
「すんごい不審者じゃん」
「ひとけのない絶好の奇声スポットだ。数少ない老人の楽しみなんだぞ、そう邪険にするな」
「ずっと怖い」
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