10 / 47
#10 真実の在り処
しおりを挟む
――意識を取り戻した時、俺は見知らぬ部屋にいた。
白い壁。白い天井。蛍光灯の光が、一定の間隔で瞬いている。冷たい金属の床が、肌を刺すように冷たかった。体を動かそうとした瞬間、手首と足首から鈍い痛みが走る。――拘束具、しかも軍用のものがしっかりと着けられていた。どこからか聞こえる微かなモーター音が部屋に低く響いていたが、俺の息づかいの方が大きく感じられた。
「……目を覚ましたか、レイ・シンクレア」
声がした。低く、感情の抑揚を感じさせない男の声。目を向けると、部屋の隅に男が座っていた。黒いスーツ、銀色のバッジ。それは軍のものでも、警察のものでもない。
――噂に聞く情報庁か。
顔には見覚えがないが、その仕草の一つひとつが、自分がこの場の支配者であると主張しているように感じる。
「……あなたは?」
「私の名前などどうでもいいだろう」
男が静かに立ち上がる。その動作は洗練されていて、まるで軍人のように隙が無かった。
「重要なのは、これからの質問に対する君の答えだ」
彼が手にしたタブレットを指先で操作すると、室内の照明がわずかに落ち、電子音が響いた。スクリーンの記録映像らしきものが次々に流れ出す。
「まず確認させてもらおう。君は昨夜――レジスタンスの協力者と共に政府施設に侵入した」
俺は黙っていたが、男は構わず続ける。
「電磁パルス発生器を使用し、エージェント候補生のマイクロチップを一時的に無力化した。
その後、君は “通常の人間では使用不可能な” エネルギーを用いて、我々の部隊に抵抗した」
「……」
「それは、プラナ――そう呼ばれているものだな」
声にわずかな熱が籠った。それとは裏腹な冷たい視線が俺を貫く。
その態度はまるで、標本を観察する科学者のようだった。
「君は我々にとって非常に興味深い存在だ。
…不適合者のくせに、プラナを制御できるとはな」
男の口が歪に歪むが、俺はその言葉に、胸の奥が騒めいた。
“不適合者のくせに” と罵るという事は、彼らはプラナについて何も分かっていない。
そもそもプラナを扱えるのは、不適合者だからだ。だがそれを口にすれば、相手に情報を渡すことになる。
俺は歯を食いしばった。だが、それを勘違いしたのか、彼は優越感に浸ったようだ。
「驚いたか? 我々は君が思っているより、多くのことを知っている」
男が再びタブレットを操作すると、壁の一面が黒く変化し、映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは――オルフェンだった。
…一瞬だけ、息が止まる。
「オルフェン・ダルカス。元政府エージェント。
10年前、作戦行動中に行方不明となり、のちにレジスタンスに合流したと報告されている。
……裏切り者だ」
「裏切り者…」
「彼が君に教えたのだろう? 古代の戦技を」
「……古代の?」
「プラナ・アーツ。マザー・システム確立以前に存在した、生命力を制御する技術。
当時の人類はそれを“魂の力”と呼んでいたらしい」
「魂……」
「我々もその存在を知らなかったわけではない。だが、再現できる者がいなかった。
数千人に一人、あるいは百万に一人の割合で“魂の力に適合する人間”が現れるそうだ。
……君のようにね」
彼の説明にはやはり何かが足りていないと、俺は眉をひそめた。
彼らと俺には、プラナに対する認識との差がある。“適合する人間” という言葉をあえて使う事で事実を誤認させているようで、誰が政府側にそう伝えていたのか、その意図が読めなかった。
…もしくは、単に勘違いしているだけの可能性もあるのか。
「君のような不完全な個体が、なぜそれを使えるのか。
――マザーは非常に興味を持っている」
その言葉には、明らかに暗い情熱が宿っていた。――興味。欲望。研究者の狂気。
それに充てられた俺は、唾を飲み込む。その時、オルフェンの言葉が脳裏に浮かんだ。
――レジスタンスはマザーに対抗している。
なら老獪なあの人たちの仕業かもしれない。意図的に違う情報を流しているのでは――
思考が途中で切れる。
男の視線が俺を刺すように観察していた。まるで心の中まで読み取るように。
「君がいくら黙っていても構わない、それは事実を認めたも同然だ。
……安心しろ。マザーは君を“生かして”観察する価値があると判断している」
そのまま男は背を向け、ドアの向こうへ消えていった。残されたのは彼の歪んだ情熱の痕跡と、自分の心臓の激しい音だけだった。
---
数時間後、俺は違う部屋に移送されていた。
今度はコンクリートの灰色の部屋で、天井には監視カメラが2つ。拘束具は外されていたが、かわりに無言の監視の目があり、まるで檻のようだった。
突然、電子ロックが解除される音が鳴り響く。ドアが開くと、武装した警備員が入ってきた。食事トレイを置いて、何も言わずに出ていこうとする。無味乾燥な食糧パックと、ぬるい水。
――まるで、生かすためだけの“餌”だ。
「……アヤは、捕まったのか?」
返事はない。そのまま重いドアが閉まり、再び部屋に沈黙が戻る。
俺は天井を見上げ、呼吸を整えようとした。
頭の奥で、断片的な記憶が蘇る。リーナの声、アヤの手の温もり、EMPの閃光――そして、ジンの無表情な瞳。
アヤの解放は出来たが、基地の位置がバレた可能性が高い。
俺が囮になった分、時間は稼げたかもしれないが、それでも皆が撤退出来たかどうかわからない。1人でいると余計な事を考えてしまい、胸が締めつけられた。
だが同時に、もう一つの奇妙な感覚があった。“マザーが興味を持っている” という言葉。
――俺を利用する気なのか?どうやって?
俺は深く息を吐いた。
どちらにせよ、ここでただ待っているわけにはいかない。アヤと、リーナ、そしてオルフェンたちレジスタンスの仲間たちのためにも。
うす暗い部屋の中で、かすかな電子音だけが鳴り続けていた。
まるでマザーが、俺の思考を覗き込んでいるように。
---
翌日、俺は再び白い部屋――尋問室に連れて行かれた。
薄暗い部屋の中央には、昨日と同じ金属製の椅子が置かれているが、待っていたのは昨日の尋問官ではなかった。
そこには、長い金髪をまとめた美しい中年の女性が立っていた。白い軍服に身を包み、胸元には数多の勲章が輝いている。おそらく年齢は四十代半ば――だがその瞳には、美しい見た目とは違い鋭さと威圧感があった。
「初めまして、レイ・シンクレア」
女性は静かに微笑んだ。
「私はコロネル・エリザベス・ヴァンス大佐。
政府特殊作戦部の責任者です」
その声は穏やかだったが、どこか冷たさが混じっているように感じた。
俺は本能的に身構える。昨日の尋問官とは格が違う…この女性の方がはるかに危険な雰囲気を醸し出していた。
「あなたに提案があります」
ヴァンス大佐は、椅子を勧めながら言った。
「提案?」
「我々の仲間になりませんか?」
あまりにも意外な提案に、俺は自分の耳を疑った。
「仲間って……」
「あなたのような能力を持つ者を、我々は常に求めています。
プラナ・アーツの技術は政府にとって非常に価値のあるものですから」
彼女は椅子に腰を下ろし、優雅に足を組んだ。
「断る」
俺が即座に答えると、彼女は少しだけ目を細めたが、怒るでもなく微笑を浮かべたままだ。
「即答ですね」
彼女は苦笑しながら続ける。
「でも、一度くらい話を聞いてみてはいかがでしょうか?」
ヴァンス大佐が壁面のスクリーンを操作した。
「これを見てください」
映し出されたのは、俺の知るフィールドとはまるで違う世界だった。青く透き通る空、風に揺れる緑の草原、遠くを流れる清らかな川。それは、俺が子どもの頃、絵本の中でしか見たことのないような光景だった。
「これは、マザー・システムによる環境回復プロジェクトの成果です」
ヴァンス大佐の落ち着いた声に、俺は思わず息をのんでしまう。
「この映像は偽物じゃありません。リアルタイムの映像です。
第七フィールド──かつて不毛の砂漠だった地域。
今では自律再生プランにより生態系が復活しています」
画面の中で、白い鳥が飛び立った。
その見た事のない光景に、ほんの一瞬、胸が熱くなる。
「あと50年もすれば、惑星アルシオン全体が緑に覆われるでしょう」
彼女の声は確信に満ちていた。
「でも、それと人の自由を制御することは関係ない!」
「マザーの真の目的は、違います」
ヴァンス大佐が俺の言葉を否定する。
「人類を監視・制御しているのは、破壊の歴史を繰り返させないため。
かつての文明は、自らの欲望のまま争い、この星を死なせました。だからマザーは、“管理”する事を選んだ。
私たちは、その意思を代行しているだけです」
俺の胸の奥で、何かが軋んだ。それは、彼女の言葉を信じたい気持ちと、信じてはいけないという感覚がせめぎ合う音だった。
「レジスタンスは、この再生計画を妨害しようとしています」
彼女が指先で別の映像を呼び出すと、そこには爆破された施設、倒れた兵士、燃え上がるドーム都市が映っていた。映像の端に、赤いスカーフを巻いたレジスタンスの影が見える。
「彼らは“自由”を叫びますが、実際には自らの感情に溺れて行動しているだけです。
人類に再び自由を与えれば、更なる環境破壊が起こるのだと理解していません」
「それは……」
「あなたが救出したアヤ・クリムゾンも、現在はレジスタンスに洗脳されている可能性があります」
アヤの名が出た瞬間、心臓が跳ねた。
「……洗脳?」
「彼らは旧世界時代の技術を研究しています。
その時代には、記憶操作の技術があったと資料に残っています。
マイクロチップが無効化された人間には、それに抗う方法はありません。
次にあなたがアヤと会った時には、すでに“彼女”はもしかしたら彼らの操り人形の可能性があります」
信じたくなかった。だが、もしそれが本当なら……。
「そんなことが……できるのか?」
「残念ながら、可能です」
ヴァンス大佐は悲しげに微笑んだ。
「私自身、そうやって“奪われた”仲間を見てきました。
自由を謳いながら、陰で他者を操る。彼らの活動は欺瞞に満ちています」
沈黙――俺の心は、完全に揺らいでいた。
「あなたが我々に協力すれば、アヤさんを“正常な状態”に戻すことも可能です」
「……本当か?」
「ええ。彼女を救えるのは、今のところ我々の技術だけです」
ヴァンス大佐はゆっくりと歩み寄り、俺の正面に立った。
「考えてみてください。あなたが本当に守りたいものは何ですか?
…アヤさんの幸福ではないのですか?」
その声には、俺の心に訴えてくる、確かな気遣いの色があった。
彼女の提案は、何も考えずに手を取りたくなるような甘い響きがあった。
---
独房に戻された俺は、長い時間をかけて考え続けた。
ヴァンス大佐の言葉が頭の中で反芻される。
――俺は本当は間違っていたのか?
マザーは人類を滅びから救うために存在する。
レジスタンスはその秩序を壊そうとしていて、アヤは都合のいい駒に洗脳される。
……だが、ドクター・ヴァインの話を思い出す。
マザーは人類を“エネルギー資源”として利用している。
マイクロチップは感情の制御装置で、“不適合者”は、マザーの観測対象であり、システムのバランスを維持するために放置されている。
二つの真実。…どちらが本物なのか?
俺はベッドに腰を下ろし、天井の光をじっと見つめた。そして、気づいた。
――ヴァンス大佐の話には、矛盾がある。
もしマザーが人類を本気で救うつもりなら、“不適合者”を放置する理由はなんだ。
観察対象とはいえ、チップによる制御が出来ない不適合者は、レジスタンスとなった。そして自由を求めてマザーに逆らっている。これは秩序を乱す事であり、そんな人間をわざわざ集団で生かしておく意味などないはずだ。
…何より思考を操作されて、人は本当に幸せなのか?
だが、ヴァインの理論なら説明がつく。マザーにはプラナが必要であり、不適合者は生まれながらに大量のプラナも持っている為、意図的に存在させられている。つまり、マザーは人類を救う為ではなく、自らの糧として収穫する為に生かしているのだ。
――その瞬間、俺の中で霧が晴れた。
政府の話は嘘だ。ヴァンス大佐の毒はもう効かない。真実は、レジスタンスの方にある。
心の奥に、再び”反逆の光”が灯った。
白い壁。白い天井。蛍光灯の光が、一定の間隔で瞬いている。冷たい金属の床が、肌を刺すように冷たかった。体を動かそうとした瞬間、手首と足首から鈍い痛みが走る。――拘束具、しかも軍用のものがしっかりと着けられていた。どこからか聞こえる微かなモーター音が部屋に低く響いていたが、俺の息づかいの方が大きく感じられた。
「……目を覚ましたか、レイ・シンクレア」
声がした。低く、感情の抑揚を感じさせない男の声。目を向けると、部屋の隅に男が座っていた。黒いスーツ、銀色のバッジ。それは軍のものでも、警察のものでもない。
――噂に聞く情報庁か。
顔には見覚えがないが、その仕草の一つひとつが、自分がこの場の支配者であると主張しているように感じる。
「……あなたは?」
「私の名前などどうでもいいだろう」
男が静かに立ち上がる。その動作は洗練されていて、まるで軍人のように隙が無かった。
「重要なのは、これからの質問に対する君の答えだ」
彼が手にしたタブレットを指先で操作すると、室内の照明がわずかに落ち、電子音が響いた。スクリーンの記録映像らしきものが次々に流れ出す。
「まず確認させてもらおう。君は昨夜――レジスタンスの協力者と共に政府施設に侵入した」
俺は黙っていたが、男は構わず続ける。
「電磁パルス発生器を使用し、エージェント候補生のマイクロチップを一時的に無力化した。
その後、君は “通常の人間では使用不可能な” エネルギーを用いて、我々の部隊に抵抗した」
「……」
「それは、プラナ――そう呼ばれているものだな」
声にわずかな熱が籠った。それとは裏腹な冷たい視線が俺を貫く。
その態度はまるで、標本を観察する科学者のようだった。
「君は我々にとって非常に興味深い存在だ。
…不適合者のくせに、プラナを制御できるとはな」
男の口が歪に歪むが、俺はその言葉に、胸の奥が騒めいた。
“不適合者のくせに” と罵るという事は、彼らはプラナについて何も分かっていない。
そもそもプラナを扱えるのは、不適合者だからだ。だがそれを口にすれば、相手に情報を渡すことになる。
俺は歯を食いしばった。だが、それを勘違いしたのか、彼は優越感に浸ったようだ。
「驚いたか? 我々は君が思っているより、多くのことを知っている」
男が再びタブレットを操作すると、壁の一面が黒く変化し、映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは――オルフェンだった。
…一瞬だけ、息が止まる。
「オルフェン・ダルカス。元政府エージェント。
10年前、作戦行動中に行方不明となり、のちにレジスタンスに合流したと報告されている。
……裏切り者だ」
「裏切り者…」
「彼が君に教えたのだろう? 古代の戦技を」
「……古代の?」
「プラナ・アーツ。マザー・システム確立以前に存在した、生命力を制御する技術。
当時の人類はそれを“魂の力”と呼んでいたらしい」
「魂……」
「我々もその存在を知らなかったわけではない。だが、再現できる者がいなかった。
数千人に一人、あるいは百万に一人の割合で“魂の力に適合する人間”が現れるそうだ。
……君のようにね」
彼の説明にはやはり何かが足りていないと、俺は眉をひそめた。
彼らと俺には、プラナに対する認識との差がある。“適合する人間” という言葉をあえて使う事で事実を誤認させているようで、誰が政府側にそう伝えていたのか、その意図が読めなかった。
…もしくは、単に勘違いしているだけの可能性もあるのか。
「君のような不完全な個体が、なぜそれを使えるのか。
――マザーは非常に興味を持っている」
その言葉には、明らかに暗い情熱が宿っていた。――興味。欲望。研究者の狂気。
それに充てられた俺は、唾を飲み込む。その時、オルフェンの言葉が脳裏に浮かんだ。
――レジスタンスはマザーに対抗している。
なら老獪なあの人たちの仕業かもしれない。意図的に違う情報を流しているのでは――
思考が途中で切れる。
男の視線が俺を刺すように観察していた。まるで心の中まで読み取るように。
「君がいくら黙っていても構わない、それは事実を認めたも同然だ。
……安心しろ。マザーは君を“生かして”観察する価値があると判断している」
そのまま男は背を向け、ドアの向こうへ消えていった。残されたのは彼の歪んだ情熱の痕跡と、自分の心臓の激しい音だけだった。
---
数時間後、俺は違う部屋に移送されていた。
今度はコンクリートの灰色の部屋で、天井には監視カメラが2つ。拘束具は外されていたが、かわりに無言の監視の目があり、まるで檻のようだった。
突然、電子ロックが解除される音が鳴り響く。ドアが開くと、武装した警備員が入ってきた。食事トレイを置いて、何も言わずに出ていこうとする。無味乾燥な食糧パックと、ぬるい水。
――まるで、生かすためだけの“餌”だ。
「……アヤは、捕まったのか?」
返事はない。そのまま重いドアが閉まり、再び部屋に沈黙が戻る。
俺は天井を見上げ、呼吸を整えようとした。
頭の奥で、断片的な記憶が蘇る。リーナの声、アヤの手の温もり、EMPの閃光――そして、ジンの無表情な瞳。
アヤの解放は出来たが、基地の位置がバレた可能性が高い。
俺が囮になった分、時間は稼げたかもしれないが、それでも皆が撤退出来たかどうかわからない。1人でいると余計な事を考えてしまい、胸が締めつけられた。
だが同時に、もう一つの奇妙な感覚があった。“マザーが興味を持っている” という言葉。
――俺を利用する気なのか?どうやって?
俺は深く息を吐いた。
どちらにせよ、ここでただ待っているわけにはいかない。アヤと、リーナ、そしてオルフェンたちレジスタンスの仲間たちのためにも。
うす暗い部屋の中で、かすかな電子音だけが鳴り続けていた。
まるでマザーが、俺の思考を覗き込んでいるように。
---
翌日、俺は再び白い部屋――尋問室に連れて行かれた。
薄暗い部屋の中央には、昨日と同じ金属製の椅子が置かれているが、待っていたのは昨日の尋問官ではなかった。
そこには、長い金髪をまとめた美しい中年の女性が立っていた。白い軍服に身を包み、胸元には数多の勲章が輝いている。おそらく年齢は四十代半ば――だがその瞳には、美しい見た目とは違い鋭さと威圧感があった。
「初めまして、レイ・シンクレア」
女性は静かに微笑んだ。
「私はコロネル・エリザベス・ヴァンス大佐。
政府特殊作戦部の責任者です」
その声は穏やかだったが、どこか冷たさが混じっているように感じた。
俺は本能的に身構える。昨日の尋問官とは格が違う…この女性の方がはるかに危険な雰囲気を醸し出していた。
「あなたに提案があります」
ヴァンス大佐は、椅子を勧めながら言った。
「提案?」
「我々の仲間になりませんか?」
あまりにも意外な提案に、俺は自分の耳を疑った。
「仲間って……」
「あなたのような能力を持つ者を、我々は常に求めています。
プラナ・アーツの技術は政府にとって非常に価値のあるものですから」
彼女は椅子に腰を下ろし、優雅に足を組んだ。
「断る」
俺が即座に答えると、彼女は少しだけ目を細めたが、怒るでもなく微笑を浮かべたままだ。
「即答ですね」
彼女は苦笑しながら続ける。
「でも、一度くらい話を聞いてみてはいかがでしょうか?」
ヴァンス大佐が壁面のスクリーンを操作した。
「これを見てください」
映し出されたのは、俺の知るフィールドとはまるで違う世界だった。青く透き通る空、風に揺れる緑の草原、遠くを流れる清らかな川。それは、俺が子どもの頃、絵本の中でしか見たことのないような光景だった。
「これは、マザー・システムによる環境回復プロジェクトの成果です」
ヴァンス大佐の落ち着いた声に、俺は思わず息をのんでしまう。
「この映像は偽物じゃありません。リアルタイムの映像です。
第七フィールド──かつて不毛の砂漠だった地域。
今では自律再生プランにより生態系が復活しています」
画面の中で、白い鳥が飛び立った。
その見た事のない光景に、ほんの一瞬、胸が熱くなる。
「あと50年もすれば、惑星アルシオン全体が緑に覆われるでしょう」
彼女の声は確信に満ちていた。
「でも、それと人の自由を制御することは関係ない!」
「マザーの真の目的は、違います」
ヴァンス大佐が俺の言葉を否定する。
「人類を監視・制御しているのは、破壊の歴史を繰り返させないため。
かつての文明は、自らの欲望のまま争い、この星を死なせました。だからマザーは、“管理”する事を選んだ。
私たちは、その意思を代行しているだけです」
俺の胸の奥で、何かが軋んだ。それは、彼女の言葉を信じたい気持ちと、信じてはいけないという感覚がせめぎ合う音だった。
「レジスタンスは、この再生計画を妨害しようとしています」
彼女が指先で別の映像を呼び出すと、そこには爆破された施設、倒れた兵士、燃え上がるドーム都市が映っていた。映像の端に、赤いスカーフを巻いたレジスタンスの影が見える。
「彼らは“自由”を叫びますが、実際には自らの感情に溺れて行動しているだけです。
人類に再び自由を与えれば、更なる環境破壊が起こるのだと理解していません」
「それは……」
「あなたが救出したアヤ・クリムゾンも、現在はレジスタンスに洗脳されている可能性があります」
アヤの名が出た瞬間、心臓が跳ねた。
「……洗脳?」
「彼らは旧世界時代の技術を研究しています。
その時代には、記憶操作の技術があったと資料に残っています。
マイクロチップが無効化された人間には、それに抗う方法はありません。
次にあなたがアヤと会った時には、すでに“彼女”はもしかしたら彼らの操り人形の可能性があります」
信じたくなかった。だが、もしそれが本当なら……。
「そんなことが……できるのか?」
「残念ながら、可能です」
ヴァンス大佐は悲しげに微笑んだ。
「私自身、そうやって“奪われた”仲間を見てきました。
自由を謳いながら、陰で他者を操る。彼らの活動は欺瞞に満ちています」
沈黙――俺の心は、完全に揺らいでいた。
「あなたが我々に協力すれば、アヤさんを“正常な状態”に戻すことも可能です」
「……本当か?」
「ええ。彼女を救えるのは、今のところ我々の技術だけです」
ヴァンス大佐はゆっくりと歩み寄り、俺の正面に立った。
「考えてみてください。あなたが本当に守りたいものは何ですか?
…アヤさんの幸福ではないのですか?」
その声には、俺の心に訴えてくる、確かな気遣いの色があった。
彼女の提案は、何も考えずに手を取りたくなるような甘い響きがあった。
---
独房に戻された俺は、長い時間をかけて考え続けた。
ヴァンス大佐の言葉が頭の中で反芻される。
――俺は本当は間違っていたのか?
マザーは人類を滅びから救うために存在する。
レジスタンスはその秩序を壊そうとしていて、アヤは都合のいい駒に洗脳される。
……だが、ドクター・ヴァインの話を思い出す。
マザーは人類を“エネルギー資源”として利用している。
マイクロチップは感情の制御装置で、“不適合者”は、マザーの観測対象であり、システムのバランスを維持するために放置されている。
二つの真実。…どちらが本物なのか?
俺はベッドに腰を下ろし、天井の光をじっと見つめた。そして、気づいた。
――ヴァンス大佐の話には、矛盾がある。
もしマザーが人類を本気で救うつもりなら、“不適合者”を放置する理由はなんだ。
観察対象とはいえ、チップによる制御が出来ない不適合者は、レジスタンスとなった。そして自由を求めてマザーに逆らっている。これは秩序を乱す事であり、そんな人間をわざわざ集団で生かしておく意味などないはずだ。
…何より思考を操作されて、人は本当に幸せなのか?
だが、ヴァインの理論なら説明がつく。マザーにはプラナが必要であり、不適合者は生まれながらに大量のプラナも持っている為、意図的に存在させられている。つまり、マザーは人類を救う為ではなく、自らの糧として収穫する為に生かしているのだ。
――その瞬間、俺の中で霧が晴れた。
政府の話は嘘だ。ヴァンス大佐の毒はもう効かない。真実は、レジスタンスの方にある。
心の奥に、再び”反逆の光”が灯った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
借金5億で異世界転移、よりによって金本位制の世界だった
夜明け一葉
ファンタジー
32歳の個人トレーダー・佐藤慧は、5年間の雪辱を賭けたトレードで5億円の借金を抱え、意識を失った。目覚めると、そこは剣と魔法が存在する見知らぬ世界だった。常識が通じない異世界で、金貨を見るだけで嘔吐する「金アレルギー」を抱えながら、若き冒険者リナと出会い、生き延びる術を探し始める。諦めることだけができなかった男が、新たな世界で再び立ち上がる異世界サバイバル譚。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる