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#11 脱出計画
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翌朝、俺は脱出を決意していた。
ここに留まれば、いずれ政府の駒として使われるか、あるいは処分される。ヴァンス大佐の言葉がどれだけ巧妙に優しさに包まれていても、魂胆ははっきりした。
――あの優しさは“檻”だ。
俺は2度と檻の中には戻らないと決めていた。
だが、どうやって脱出するか?
俺は独房の中を何度も見回した。
無機質な白壁。 天井の角でわずかに首を振る監視カメラ。 電子機器の低い唸る音。まるで、この部屋そのものが巨大な生き物で、俺はその体内で飼われているように思えてきた。
拘束具は外されているが、身体のどこかに追跡用のマイクロタグが仕込まれているはずだ。 皮膚の下に微かな違和感が残る。
――それが監視の目の代わりなのだろう。
プラナ・アーツを使えば突破できるかもしれない。
だが、それは諸刃の剣だった。大きな力を使えば、すぐに警報が鳴り響き、武装した警備員が駆けつけるだろう。この施設には、おそらく数十人のエージェントが常駐している。一人で戦える数ではない。
俺はベッドに腰掛け、自分の身体を調べた。服は政府支給の簡素な囚人服に着替えさせられていた。ポケットには何も入っていない。武器もなければ、通信機器もない。完全に丸腰だった。
ならば、今の俺にはプラナを使うしか選択肢はなかった。
俺は静かに目を閉じ、呼吸を整える。
オルフェンから教わった基本の呼吸法。鼻から息を吸い、腹部に空気を溜め、口からゆっくりと吐き出す。
一回、二回、三回と繰り返すうちに、身体の奥底から温かいエネルギーが湧き上がってくるのを感じる。
……ふと閃いた。
俺のマイクロチップはプラナのおかげで無効化されている。 つまり、俺は“監視外の存在”だ。政府のシステムに存在しない、空白の個体。ならば、監視網から逃れて行動できるかもしれない。だとしたら、プラナ・アーツを抑えて使えば、すぐには検知されないだろう。
俺は慎重に、ごく少量のプラナを集中させた。手のひらに、青白い光がぼんやりと浮かび上がる。目を閉じ、意識を研ぎ澄ませると、壁の向こうに微かな“ざらつき”を感じた。 低周波のノイズ、電子の脈動、監視システムの電流の経路。まるで静かな心臓の鼓動のように感じた。
俺は手のひらを壁に当てる。 指先に集めたプラナが青白く灯り、周囲の空気が微かに揺れた。
オルフェンは、プラナとは己の可能性であり常識に囚われるな、と言っていた。
――なら、出来るはずだ。
「……パルス」
静かに呟く。 目に見えぬ波動が壁を貫き、電子回路を撫でる。
次の瞬間、“ピッ”というわずかなノイズ音。 モニターの赤い点が一瞬だけ消えた。
成功だ。 監視系統の一部がフリーズしている。 1秒にも満たない僅かな時間。だが、それで十分だった。
――やはり、プラナ・アーツで電子機器に干渉できる。
俺は確信を得た。これを使えば、脱出の可能性がある。
頭の中で、脱出経路を一気に組み上げる。まず、監視カメラを短時間だけ麻痺させる。次に電子ロックを解除。そして、警備の交代時間を狙い、外部通路へ。
失敗すれば即座に排除される。 だが、“何もしない”という選択肢は最も危険だ。オルフェンなら、こう言うだろう。「力任せは愚策だ。流れを読み、隙を突け」と。
俺は深く息を吸った。危険は伴うが、やるしかない。
---
その夜、俺は行動を開始した。
時刻は深夜。政府施設といえども、この時間帯は人の動きが少なくなる。警備員も疲労が溜まり、注意力が散漫になる時間帯だ。
俺はベッドから降り、部屋の中央に立った。
深呼吸を繰り返し、プラナを全身に巡らせる。身体が内側から温まり、筋肉が柔らかくなる感覚。
「プロテクト」
プラナが静かに流れ出す。
空気がわずかにゆがみ、身体の周囲に薄い光膜が形成された。 音を吸収し、熱を分散する遮蔽型障壁。 シールドの応用だ。呼吸の音さえ、霧に溶けるように消えていく。
次に、俺は天井の監視カメラに向けてプラナを集中させた。
「…パルス」
小さな電磁波がカメラに向けて放出される。カメラが一瞬、ブレた。映像にノイズが走り、一瞬だけ画面が乱れる。…予想通りだ。一度の攻撃では、システムは停止しない。だが、連続して攻撃すれば、回路がオーバーロードを起こす。
俺は連続してパルスを放った。
一回、二回、三回。
カメラのノイズが激しくなり、ついに映像が完全にブラックアウトした。赤いランプが消える。
成功だ。だが、時間がない。監視室では、すぐに異常を察知するはずだ。警備員が確認に来る前に、ここを出なければならない。
ドアへと身を滑らせると、電子ロックに指をかざす。 その回路がプラナの波動に共鳴し、頭の中に複雑な電子回路の構造が浮かび上がる。その回路の一部に、俺はプラナで干渉した。
「パルス」
低い電子音と共に、ロックが外れる。 重たいドアがわずかに開き、冷たい空気が頬を撫でた。
廊下に出る。 薄闇の中で、赤い警告灯がゆっくりと点滅していた。 左には長い廊下が続いていて、その先に角がある。
――記憶通りだ。
右を見ると、行き止まりになっている。おそらく、他の独房があるのだろう。俺は左に向かって歩き出した。息を殺し、音を立てずに歩く。 カメラを見つけるたび、プラナでノイズを与え、信号を乱す。床が足裏で軋むたび、心臓が跳ねた。神経を張り巡らせながら、通路を進む。心臓の鼓動が痛い。
とある角に近づいた時、俺は立ち止まった。角の向こうに、人の気配がある。
――警備員だ。
俺は壁に背を押し付け、呼吸を整えた。プラナを使って、相手の位置を正確に把握する。角を曲がったすぐの場所に、一人の警備員が立っている。武器を持っているようだ。
…どうする?
戦闘は避けたい。音を立てれば、すぐに援軍が来る。だが、この警備員を無力化しなければ、先に進めない。心臓の鼓動が耳の奥で高鳴る。 呼吸を一つ。 プラナを両手に集める。思い浮かぶのは、爆発を起こすオルフェンの姿。
姿を隠すには――
「……ミスト」
静かな言葉が空気を震わせる。
霧状のプラナが指先から溢れた。廊下を漂い角の向こうへと流れ込んでいく。
そして瞬く間に周囲を包み込んだ。 青白い粒子が光を散らし、視界が白く濁る。
「な、なんだこれは!?」
「センサーが……反応しない!?」
警備員たちが混乱している。
その隙に、俺は床を蹴り、霧の中を滑り抜けた。世界がスローモーションに変わる。 音が遠のき、心臓の音だけが響く。
「おい、監視室!何かモニターに異常があるぞ!」
警備員が通信機に向かって叫んでいる。
…まずい。すぐに警報が鳴る。
廊下を全速力で駆け抜ける。とにかく、一刻も早く外部への出口を見つけなければならない。
後ろから、警報音が響いた。けたたましいサイレンが、建物全体に鳴り響く。
「脱走者だ!全員、配置につけ!」
警備員の叫び声を背後に、俺は必死に走った。
長い廊下を抜け、次の角を曲がる。そこにエレベーターがあった。だが、エレベーター前には、すでに三人の警備員が待ち構えていた。
「止まれ!」
警備員が銃を構えるのをみて、俺は瞬時に判断を下す。
――エレベーターは使えない。別の経路を探すしかない。
俺は右に向きを変え、別の廊下に飛び込むと、背後から銃声が響いた。弾丸が壁に当たり、火花を散らす。
「シールド」
俺の身体が先程より強い光に包まれたと同時に、衝撃が走る。一発の弾丸を弾いたのだ。
「くそっ、ディスク・アーツが使えないのに、どうやって...!」
警備員の困惑した声を背に、俺は走り続けた。廊下の突き当たりに、非常階段を示す緑色のサインが見える。
――あれだ!
俺は階段に飛び込み、下へと駆け降りた。一階、二階、三階と、足音を響かせながら降りていく。後ろから、警備員の足音が追ってくる。
「逃がすな!」
俺は階段を降りきり、一階の廊下に出た。そこは、建物の裏口に続く通路だった。廊下の奥に、外部への扉が見える。だが、その扉の前には、二人の警備員が立っていた。
俺は立ち止まらなかった。右手に、プラナの塊を生成する。青白い光球が、俺の手のひらで渦巻いた。
「ブラスト!」
俺はそれを、二人の警備員に向けて放つ。光球が廊下を飛び、警備員の足元で爆発した。衝撃波が警備員を吹き飛ばし、壁に叩きつける。
俺はその隙に、扉に向かって走った。扉を蹴り開け、外に飛び出す。
夜の冷たい空気が、俺の顔を打った。目の前には、居住区の路地が広がっている。街灯が規則的に並び、静かな夜の街を照らしている。後ろから、警報音がさらに激しく響き、建物全体が騒然としている。おそらく、数分後には追跡部隊が編成されるだろう。
「クソッ……!」
全力で走った。
足音にも構わず、街の影をすり抜ける。裏路地のフェンスを飛び越え、錆びた鉄扉を押し開けた。背後でドローンのサーチライトが地面をなぞる。時には見つかりそうになり、進路を変え、北の通用ゲートを目指した。
息が荒くなっても、止まれなかった。止まった瞬間、捕まる。 それだけは分かっていた。
なんとか防壁を潜り抜け更に走り続けると、ようやく警報の音が遠ざかり、代わりに夜風の音だけが残った。頬を撫でる風が、どこか懐かしい。
そこはもう、政府の支配区域の外だった。俺はゆっくりと立ち止まり、息を整える。
居住区の明かりが、遠くに見える。その中に、政府庁舎の建物がそびえ立っている。警報音は、まだ鳴り続けているようだ。空を見上げると、雲間に星が瞬いていた。その小さな光だけが、今の俺の居場所を照らしていた。
---
フィールドの地平線は、薄い月光で照らされていた。
かつて都市だった場所──今はただ、ねじれた鉄骨と崩れた塔の影が並ぶ。風が吹くたびに、金属片が擦れ合って低い悲鳴を上げる。
俺は南西へ向かった。オルフェンと初めて出会った、あの古い観測所。
──そこなら、レジスタンスと連絡を取れるかもしれない。
夜風が吹きつけるたび、冷気が肌を刺す。靴底に感じる砂のざらつき、崩れたアスファルトの感触。ひとつひとつが不安を掻き立てる。
「……まだ、終わった訳じゃない」
自分に言い聞かせるように呟く。 その声は風にさらわれ、暗闇に溶けた。
数時間、ただ歩き続けた。
足は重く、肩は痛み、頭の奥が鈍く響く。それでも歩みを止める気にはなれなかった。止まった瞬間、ここで凍え、誰にも気づかれずに死ぬ──そんな気がした。
やがて、視界の端で何かが動いた。 月明かりの下、瓦礫の影が一瞬だけ揺れる。
「……誰かいる?」
反射的に身構える。膝を曲げ、足元の鉄骨に手をかけた。 呼吸を整え、影の方へ視線を凝らす。
静寂。 風の音だけが響く。
──その中で、ゆっくりと人影が浮かび上がった。
若い女性だった。
短く刈った黒髪、鋭い目つき、そして引き締まった身体。服装はハンターのようだが、どこか違和感がある。一般的なハンターの装備とは違い、より軽装で、動きやすさを重視した服装だ。
「あんた、レイ・シンクレアね」
女性が俺を見据えた。声は低く、どこか冷たい響きがある。
「どうして俺の名前を?」
「有名人よ。政府施設から脱出した不適合者」
彼女は腰に手を当てた。そこには、小型の銃らしきものがあるが、ディスクは装着されていない。
――つまり、彼女もディスク・アーツを使えないのか?
「私はルナ・ベガ。ハンターをやってる」
「ハンター?」
俺は警戒を緩めなかった。
ハンターなら、政府に協力している可能性がある。賞金首として、俺を捕まえに来たのかもしれない。
だが、ルナは俺の警戒を見透かしたように、苦笑しながら俺に一歩近づいた。
「まあ、表向きはね。
…実際は、レジスタンスの工作員」
「レジスタンスの?」
「そう。私の仕事は、居住区とフィールド間で情報収集。
ハンターとして活動することで、政府の監視を逃れながら、レジスタンスに必要な物資や情報を届けてる」
彼女の説明に俺は少し安堵した。
味方だったのか。
「オルフェンは?仲間たちは無事か?」
「基地は移転した。でも、みんな無事。
アヤとリーナも、ちゃんと到着した」
「本当か?」
その答えに俺は胸をなでおろした。アヤが無事だったことが、何よりも嬉しかった。
「ええ。あんたのおかげで」
ルナが俺を見つめた。だがその目には、複雑な感情が混じっている。
「愚かだけど、勇敢な行動」
「愚かって...」
「一人の女性を救うために、基地全体を危険に晒した」
ルナは俺をじっと見つめながら続ける。
「普通なら、そんな行動は許されない。
仲間を危険に晒す行為は、組織にとって最大の裏切り」
俺は何も言えなかった。…ルナの言う通りだ。俺の行動は、確かに無謀だった。
「でも。そのおかげで、アヤから重要な情報を得られた」
「重要な情報?」
「政府の次の計画」
そう言うと、ルナの表情が厳しくなった。
「『最適化プログラム』は序章に過ぎない。マザーは、もっと大きな計画を進めてる」
「どんな計画だ?」
「詳しくは、新しい基地で話す」
ルナが手を差し出すと、その指先には、薄く砂がついていた。
「ここは危険。追跡部隊がもう動いてる」
俺は一瞬、空を見上げた。灰色の雲の切れ間から、月が静かに覗いている。
…自由の光。 だが、それは脆く、いつ消えてもおかしくない。
「……わかった」
俺はルナの手を握り返した。
指先に伝わる体温。それは久しく感じなかった“人のぬくもり”だった。
冷たい夜風が吹き抜け、遠くで警報の残響が聞こえる。
ルナが振り向きもせずに駆け出す。 俺もすぐにその背中を追った。瓦礫の上を飛び越え、荒れた荒野を駈け抜ける。走りながら、胸の中で何かが確かに燃えていた。 恐怖でも、絶望でもない。
──希望の灯。
まだ終わっていない。
むしろ、今ようやく“希望の扉”に手をかけたのだ。
ここに留まれば、いずれ政府の駒として使われるか、あるいは処分される。ヴァンス大佐の言葉がどれだけ巧妙に優しさに包まれていても、魂胆ははっきりした。
――あの優しさは“檻”だ。
俺は2度と檻の中には戻らないと決めていた。
だが、どうやって脱出するか?
俺は独房の中を何度も見回した。
無機質な白壁。 天井の角でわずかに首を振る監視カメラ。 電子機器の低い唸る音。まるで、この部屋そのものが巨大な生き物で、俺はその体内で飼われているように思えてきた。
拘束具は外されているが、身体のどこかに追跡用のマイクロタグが仕込まれているはずだ。 皮膚の下に微かな違和感が残る。
――それが監視の目の代わりなのだろう。
プラナ・アーツを使えば突破できるかもしれない。
だが、それは諸刃の剣だった。大きな力を使えば、すぐに警報が鳴り響き、武装した警備員が駆けつけるだろう。この施設には、おそらく数十人のエージェントが常駐している。一人で戦える数ではない。
俺はベッドに腰掛け、自分の身体を調べた。服は政府支給の簡素な囚人服に着替えさせられていた。ポケットには何も入っていない。武器もなければ、通信機器もない。完全に丸腰だった。
ならば、今の俺にはプラナを使うしか選択肢はなかった。
俺は静かに目を閉じ、呼吸を整える。
オルフェンから教わった基本の呼吸法。鼻から息を吸い、腹部に空気を溜め、口からゆっくりと吐き出す。
一回、二回、三回と繰り返すうちに、身体の奥底から温かいエネルギーが湧き上がってくるのを感じる。
……ふと閃いた。
俺のマイクロチップはプラナのおかげで無効化されている。 つまり、俺は“監視外の存在”だ。政府のシステムに存在しない、空白の個体。ならば、監視網から逃れて行動できるかもしれない。だとしたら、プラナ・アーツを抑えて使えば、すぐには検知されないだろう。
俺は慎重に、ごく少量のプラナを集中させた。手のひらに、青白い光がぼんやりと浮かび上がる。目を閉じ、意識を研ぎ澄ませると、壁の向こうに微かな“ざらつき”を感じた。 低周波のノイズ、電子の脈動、監視システムの電流の経路。まるで静かな心臓の鼓動のように感じた。
俺は手のひらを壁に当てる。 指先に集めたプラナが青白く灯り、周囲の空気が微かに揺れた。
オルフェンは、プラナとは己の可能性であり常識に囚われるな、と言っていた。
――なら、出来るはずだ。
「……パルス」
静かに呟く。 目に見えぬ波動が壁を貫き、電子回路を撫でる。
次の瞬間、“ピッ”というわずかなノイズ音。 モニターの赤い点が一瞬だけ消えた。
成功だ。 監視系統の一部がフリーズしている。 1秒にも満たない僅かな時間。だが、それで十分だった。
――やはり、プラナ・アーツで電子機器に干渉できる。
俺は確信を得た。これを使えば、脱出の可能性がある。
頭の中で、脱出経路を一気に組み上げる。まず、監視カメラを短時間だけ麻痺させる。次に電子ロックを解除。そして、警備の交代時間を狙い、外部通路へ。
失敗すれば即座に排除される。 だが、“何もしない”という選択肢は最も危険だ。オルフェンなら、こう言うだろう。「力任せは愚策だ。流れを読み、隙を突け」と。
俺は深く息を吸った。危険は伴うが、やるしかない。
---
その夜、俺は行動を開始した。
時刻は深夜。政府施設といえども、この時間帯は人の動きが少なくなる。警備員も疲労が溜まり、注意力が散漫になる時間帯だ。
俺はベッドから降り、部屋の中央に立った。
深呼吸を繰り返し、プラナを全身に巡らせる。身体が内側から温まり、筋肉が柔らかくなる感覚。
「プロテクト」
プラナが静かに流れ出す。
空気がわずかにゆがみ、身体の周囲に薄い光膜が形成された。 音を吸収し、熱を分散する遮蔽型障壁。 シールドの応用だ。呼吸の音さえ、霧に溶けるように消えていく。
次に、俺は天井の監視カメラに向けてプラナを集中させた。
「…パルス」
小さな電磁波がカメラに向けて放出される。カメラが一瞬、ブレた。映像にノイズが走り、一瞬だけ画面が乱れる。…予想通りだ。一度の攻撃では、システムは停止しない。だが、連続して攻撃すれば、回路がオーバーロードを起こす。
俺は連続してパルスを放った。
一回、二回、三回。
カメラのノイズが激しくなり、ついに映像が完全にブラックアウトした。赤いランプが消える。
成功だ。だが、時間がない。監視室では、すぐに異常を察知するはずだ。警備員が確認に来る前に、ここを出なければならない。
ドアへと身を滑らせると、電子ロックに指をかざす。 その回路がプラナの波動に共鳴し、頭の中に複雑な電子回路の構造が浮かび上がる。その回路の一部に、俺はプラナで干渉した。
「パルス」
低い電子音と共に、ロックが外れる。 重たいドアがわずかに開き、冷たい空気が頬を撫でた。
廊下に出る。 薄闇の中で、赤い警告灯がゆっくりと点滅していた。 左には長い廊下が続いていて、その先に角がある。
――記憶通りだ。
右を見ると、行き止まりになっている。おそらく、他の独房があるのだろう。俺は左に向かって歩き出した。息を殺し、音を立てずに歩く。 カメラを見つけるたび、プラナでノイズを与え、信号を乱す。床が足裏で軋むたび、心臓が跳ねた。神経を張り巡らせながら、通路を進む。心臓の鼓動が痛い。
とある角に近づいた時、俺は立ち止まった。角の向こうに、人の気配がある。
――警備員だ。
俺は壁に背を押し付け、呼吸を整えた。プラナを使って、相手の位置を正確に把握する。角を曲がったすぐの場所に、一人の警備員が立っている。武器を持っているようだ。
…どうする?
戦闘は避けたい。音を立てれば、すぐに援軍が来る。だが、この警備員を無力化しなければ、先に進めない。心臓の鼓動が耳の奥で高鳴る。 呼吸を一つ。 プラナを両手に集める。思い浮かぶのは、爆発を起こすオルフェンの姿。
姿を隠すには――
「……ミスト」
静かな言葉が空気を震わせる。
霧状のプラナが指先から溢れた。廊下を漂い角の向こうへと流れ込んでいく。
そして瞬く間に周囲を包み込んだ。 青白い粒子が光を散らし、視界が白く濁る。
「な、なんだこれは!?」
「センサーが……反応しない!?」
警備員たちが混乱している。
その隙に、俺は床を蹴り、霧の中を滑り抜けた。世界がスローモーションに変わる。 音が遠のき、心臓の音だけが響く。
「おい、監視室!何かモニターに異常があるぞ!」
警備員が通信機に向かって叫んでいる。
…まずい。すぐに警報が鳴る。
廊下を全速力で駆け抜ける。とにかく、一刻も早く外部への出口を見つけなければならない。
後ろから、警報音が響いた。けたたましいサイレンが、建物全体に鳴り響く。
「脱走者だ!全員、配置につけ!」
警備員の叫び声を背後に、俺は必死に走った。
長い廊下を抜け、次の角を曲がる。そこにエレベーターがあった。だが、エレベーター前には、すでに三人の警備員が待ち構えていた。
「止まれ!」
警備員が銃を構えるのをみて、俺は瞬時に判断を下す。
――エレベーターは使えない。別の経路を探すしかない。
俺は右に向きを変え、別の廊下に飛び込むと、背後から銃声が響いた。弾丸が壁に当たり、火花を散らす。
「シールド」
俺の身体が先程より強い光に包まれたと同時に、衝撃が走る。一発の弾丸を弾いたのだ。
「くそっ、ディスク・アーツが使えないのに、どうやって...!」
警備員の困惑した声を背に、俺は走り続けた。廊下の突き当たりに、非常階段を示す緑色のサインが見える。
――あれだ!
俺は階段に飛び込み、下へと駆け降りた。一階、二階、三階と、足音を響かせながら降りていく。後ろから、警備員の足音が追ってくる。
「逃がすな!」
俺は階段を降りきり、一階の廊下に出た。そこは、建物の裏口に続く通路だった。廊下の奥に、外部への扉が見える。だが、その扉の前には、二人の警備員が立っていた。
俺は立ち止まらなかった。右手に、プラナの塊を生成する。青白い光球が、俺の手のひらで渦巻いた。
「ブラスト!」
俺はそれを、二人の警備員に向けて放つ。光球が廊下を飛び、警備員の足元で爆発した。衝撃波が警備員を吹き飛ばし、壁に叩きつける。
俺はその隙に、扉に向かって走った。扉を蹴り開け、外に飛び出す。
夜の冷たい空気が、俺の顔を打った。目の前には、居住区の路地が広がっている。街灯が規則的に並び、静かな夜の街を照らしている。後ろから、警報音がさらに激しく響き、建物全体が騒然としている。おそらく、数分後には追跡部隊が編成されるだろう。
「クソッ……!」
全力で走った。
足音にも構わず、街の影をすり抜ける。裏路地のフェンスを飛び越え、錆びた鉄扉を押し開けた。背後でドローンのサーチライトが地面をなぞる。時には見つかりそうになり、進路を変え、北の通用ゲートを目指した。
息が荒くなっても、止まれなかった。止まった瞬間、捕まる。 それだけは分かっていた。
なんとか防壁を潜り抜け更に走り続けると、ようやく警報の音が遠ざかり、代わりに夜風の音だけが残った。頬を撫でる風が、どこか懐かしい。
そこはもう、政府の支配区域の外だった。俺はゆっくりと立ち止まり、息を整える。
居住区の明かりが、遠くに見える。その中に、政府庁舎の建物がそびえ立っている。警報音は、まだ鳴り続けているようだ。空を見上げると、雲間に星が瞬いていた。その小さな光だけが、今の俺の居場所を照らしていた。
---
フィールドの地平線は、薄い月光で照らされていた。
かつて都市だった場所──今はただ、ねじれた鉄骨と崩れた塔の影が並ぶ。風が吹くたびに、金属片が擦れ合って低い悲鳴を上げる。
俺は南西へ向かった。オルフェンと初めて出会った、あの古い観測所。
──そこなら、レジスタンスと連絡を取れるかもしれない。
夜風が吹きつけるたび、冷気が肌を刺す。靴底に感じる砂のざらつき、崩れたアスファルトの感触。ひとつひとつが不安を掻き立てる。
「……まだ、終わった訳じゃない」
自分に言い聞かせるように呟く。 その声は風にさらわれ、暗闇に溶けた。
数時間、ただ歩き続けた。
足は重く、肩は痛み、頭の奥が鈍く響く。それでも歩みを止める気にはなれなかった。止まった瞬間、ここで凍え、誰にも気づかれずに死ぬ──そんな気がした。
やがて、視界の端で何かが動いた。 月明かりの下、瓦礫の影が一瞬だけ揺れる。
「……誰かいる?」
反射的に身構える。膝を曲げ、足元の鉄骨に手をかけた。 呼吸を整え、影の方へ視線を凝らす。
静寂。 風の音だけが響く。
──その中で、ゆっくりと人影が浮かび上がった。
若い女性だった。
短く刈った黒髪、鋭い目つき、そして引き締まった身体。服装はハンターのようだが、どこか違和感がある。一般的なハンターの装備とは違い、より軽装で、動きやすさを重視した服装だ。
「あんた、レイ・シンクレアね」
女性が俺を見据えた。声は低く、どこか冷たい響きがある。
「どうして俺の名前を?」
「有名人よ。政府施設から脱出した不適合者」
彼女は腰に手を当てた。そこには、小型の銃らしきものがあるが、ディスクは装着されていない。
――つまり、彼女もディスク・アーツを使えないのか?
「私はルナ・ベガ。ハンターをやってる」
「ハンター?」
俺は警戒を緩めなかった。
ハンターなら、政府に協力している可能性がある。賞金首として、俺を捕まえに来たのかもしれない。
だが、ルナは俺の警戒を見透かしたように、苦笑しながら俺に一歩近づいた。
「まあ、表向きはね。
…実際は、レジスタンスの工作員」
「レジスタンスの?」
「そう。私の仕事は、居住区とフィールド間で情報収集。
ハンターとして活動することで、政府の監視を逃れながら、レジスタンスに必要な物資や情報を届けてる」
彼女の説明に俺は少し安堵した。
味方だったのか。
「オルフェンは?仲間たちは無事か?」
「基地は移転した。でも、みんな無事。
アヤとリーナも、ちゃんと到着した」
「本当か?」
その答えに俺は胸をなでおろした。アヤが無事だったことが、何よりも嬉しかった。
「ええ。あんたのおかげで」
ルナが俺を見つめた。だがその目には、複雑な感情が混じっている。
「愚かだけど、勇敢な行動」
「愚かって...」
「一人の女性を救うために、基地全体を危険に晒した」
ルナは俺をじっと見つめながら続ける。
「普通なら、そんな行動は許されない。
仲間を危険に晒す行為は、組織にとって最大の裏切り」
俺は何も言えなかった。…ルナの言う通りだ。俺の行動は、確かに無謀だった。
「でも。そのおかげで、アヤから重要な情報を得られた」
「重要な情報?」
「政府の次の計画」
そう言うと、ルナの表情が厳しくなった。
「『最適化プログラム』は序章に過ぎない。マザーは、もっと大きな計画を進めてる」
「どんな計画だ?」
「詳しくは、新しい基地で話す」
ルナが手を差し出すと、その指先には、薄く砂がついていた。
「ここは危険。追跡部隊がもう動いてる」
俺は一瞬、空を見上げた。灰色の雲の切れ間から、月が静かに覗いている。
…自由の光。 だが、それは脆く、いつ消えてもおかしくない。
「……わかった」
俺はルナの手を握り返した。
指先に伝わる体温。それは久しく感じなかった“人のぬくもり”だった。
冷たい夜風が吹き抜け、遠くで警報の残響が聞こえる。
ルナが振り向きもせずに駆け出す。 俺もすぐにその背中を追った。瓦礫の上を飛び越え、荒れた荒野を駈け抜ける。走りながら、胸の中で何かが確かに燃えていた。 恐怖でも、絶望でもない。
──希望の灯。
まだ終わっていない。
むしろ、今ようやく“希望の扉”に手をかけたのだ。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
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