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第4話「派閥抗争と、責任の所在の細分化」
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その日の午後、冒険者ギルドのロビーは一触即発の空気に包まれていた。
「あぁん? この『月光茸の採取』クエストは、俺たち『紅蓮の牙』が先に目をつけてたんだよ! 筋肉ヒョロヒョロの魔法使いはお呼びじゃねえんだ!」
「野蛮ですね。月光茸の繊細な採取には、我々『蒼の梟』の魔法技術が不可欠です。脳筋に任せれば、商品価値が下がるだけですよ」
ロビーの中央で睨み合っているのは、ギルド内でも一、二を争う実力派パーティのリーダーたちだ。
大剣を背負った戦士と、杖を持った魔術師。彼らの背後には、それぞれのパーティメンバーが武器に手をかけて控えている。今にも乱闘が始まりそうだ。
カウンターの奥で、ルークは冷や汗を流しながらその光景を見ていた。
(やめてくれ……! 頼むからそこで暴れないでくれ……!)
ルークの心配は、冒険者たちの命運などでは決してない。
もしここで乱闘が起きれば、先日なんとか稟議を通して修理したばかりのロビーの長椅子(金貨二枚)と、窓ガラス(銀貨五枚)が粉砕される。それはすなわち、ルークが心血を注いで黒字化した今月の帳簿が、再び赤字に転落することを意味していた。
「ルークさん、どうしましょう! あの二組、犬猿の仲で……止めに入らないと!」
エルフの先輩事務員、ミーアが涙目で訴えかけてくる。
「……マスターは?」
「先ほどのルークさんの提案通り、地下倉庫で果実酒を仕込んでいて『邪魔するな』と……」
(あのオッサン、一番厄介な時に逃げやがった!)
ルークは内心で悪態をついたが、長椅子を守るためには自分が出るしかない。
前世で、営業第一部長と第二部長が会議室で怒鳴り合っていた時、末端の課長補佐として仲裁に放り込まれた時の胃の痛みを思い出しながら、ルークは重い腰を上げた。
「……双方、そこまでにしておきましょう」
ルークは無表情のまま、二人のリーダーの間に割って入った。
内心は「殴られたらどうしよう」と恐怖で膝が笑っているが、鉄面皮だけは崩さない。
「なんだテメェ、新入りの事務員が口出しすんじゃねえ!」
戦士が怒鳴りつけるが、ルークは持っていたバインダーで、その大剣の柄をペシッと叩いた。
「ギルド内での私闘は、規約第4条違反により『罰金および一ヶ月のクエスト受注停止』となりますが、よろしいですか? 当ギルドはコンプライアンスを重視しております」
「こ、こんぷら……?」
聞き慣れない単語に、戦士が怯む。ルークはその隙を逃さず、今度は魔術師の方へ向き直った。
「蒼の梟の方々も。月光茸の採取クエストですが、これは依頼主クライアントから『鮮度の保持』と『期日までの確実な納品』の両方が強く求められている案件です。魔法で鮮度を保てても、帰り道で魔物の群れに襲撃され、納品が遅れれば違約金が発生します」
「う……それは、まあ……」
ルークは眼鏡(伊達メガネだが、知的に見せるための小道具として最近購入した)を中指でクイッと押し上げた。
「そこで、ギルドからの提案です。本案件は、双方の『ジョイント・ベンチャー(共同事業)』として進めていただきます」
「「じょいんと……なんだって?」」
「つまり、紅蓮の牙が『道中の護衛および安全確保』を、蒼の梟が『採取および品質管理』を分担するプロジェクト・チームを発足させるということです。互いの強みを活かすことで、業務のシナジー効果を生み出します」
ルークは、前世の企画書で使い古したカタカナ用語を次々と繰り出した。
異世界の住人である彼らに意味がわかっているはずもないが、「なんか凄そうな専門用語」を自信満々に並べ立てられると、人は思考を停止しがちだ。
「報酬については、双方に45%ずつ分割。残りの10%は、当ギルドが『プロジェクト管理費マネジメント・フィー』として頂戴します。これで、双方がWin-Winの関係を築けるかと」
(よし、どさくさに紛れてギルドの取り分も上乗せしたぞ)
ルークは内心でガッツポーズをした。
本来なら仲介手数料は5%だが、この面倒な調整の手間賃として10%は妥当だと自分に言い聞かせる。
「……ちっ、まあ、事務長がそこまで言うなら、今回は組んでやってもいいぜ」
「ええ、そちらが力仕事に専念してくれるなら、魔法の手間が省けますしね」
意味はよくわかっていないようだが、ルークの「謎の説得力」と「面倒くさい書類手続きの気配」に気圧され、二人のリーダーは渋々といった様子で握手を交わした。
「では、こちらの『業務提携契約書』にサインをお願いします。あ、何かトラブルがあった場合の責任は、双方の連帯責任ということで。ギルドは一切の責任を負いませんので、あしからず」
ルークは素早く書類にサインさせ、二組のパーティをギルドから追い出した。
ロビーに静寂が戻る。長椅子も窓ガラスも無事だ。
おまけに、仲介手数料まで倍増させることができた。
「素晴らしいです、ルークさん! あの二組を協力させるなんて、ギルドマスターでも無理だったのに!」
ミーアが両手を握り合わせて感動している。
「……いや、ただの責任の細分化と、リスクの丸投げだよ。何かあっても、あいつら同士で責任を取り合う仕組みにしただけだ」
ルークは冷めたお茶をすすりながら、深々とため息をついた。
波風を立てず、長椅子を守り、ギルドの利益を少し上げる。ただそれだけのために、どうしてこんなに頭をフル回転させなければならないのか。
(俺はただ、定時上がりでぬるま湯に浸かりたいだけなのに……)
しかし、この一件により「新事務長は、犬猿の仲の冒険者すら言葉巧みに操る恐ろしい策士だ」という噂がギルド内に定着してしまうことを、ルークはまだ知る由もなかった。
「あぁん? この『月光茸の採取』クエストは、俺たち『紅蓮の牙』が先に目をつけてたんだよ! 筋肉ヒョロヒョロの魔法使いはお呼びじゃねえんだ!」
「野蛮ですね。月光茸の繊細な採取には、我々『蒼の梟』の魔法技術が不可欠です。脳筋に任せれば、商品価値が下がるだけですよ」
ロビーの中央で睨み合っているのは、ギルド内でも一、二を争う実力派パーティのリーダーたちだ。
大剣を背負った戦士と、杖を持った魔術師。彼らの背後には、それぞれのパーティメンバーが武器に手をかけて控えている。今にも乱闘が始まりそうだ。
カウンターの奥で、ルークは冷や汗を流しながらその光景を見ていた。
(やめてくれ……! 頼むからそこで暴れないでくれ……!)
ルークの心配は、冒険者たちの命運などでは決してない。
もしここで乱闘が起きれば、先日なんとか稟議を通して修理したばかりのロビーの長椅子(金貨二枚)と、窓ガラス(銀貨五枚)が粉砕される。それはすなわち、ルークが心血を注いで黒字化した今月の帳簿が、再び赤字に転落することを意味していた。
「ルークさん、どうしましょう! あの二組、犬猿の仲で……止めに入らないと!」
エルフの先輩事務員、ミーアが涙目で訴えかけてくる。
「……マスターは?」
「先ほどのルークさんの提案通り、地下倉庫で果実酒を仕込んでいて『邪魔するな』と……」
(あのオッサン、一番厄介な時に逃げやがった!)
ルークは内心で悪態をついたが、長椅子を守るためには自分が出るしかない。
前世で、営業第一部長と第二部長が会議室で怒鳴り合っていた時、末端の課長補佐として仲裁に放り込まれた時の胃の痛みを思い出しながら、ルークは重い腰を上げた。
「……双方、そこまでにしておきましょう」
ルークは無表情のまま、二人のリーダーの間に割って入った。
内心は「殴られたらどうしよう」と恐怖で膝が笑っているが、鉄面皮だけは崩さない。
「なんだテメェ、新入りの事務員が口出しすんじゃねえ!」
戦士が怒鳴りつけるが、ルークは持っていたバインダーで、その大剣の柄をペシッと叩いた。
「ギルド内での私闘は、規約第4条違反により『罰金および一ヶ月のクエスト受注停止』となりますが、よろしいですか? 当ギルドはコンプライアンスを重視しております」
「こ、こんぷら……?」
聞き慣れない単語に、戦士が怯む。ルークはその隙を逃さず、今度は魔術師の方へ向き直った。
「蒼の梟の方々も。月光茸の採取クエストですが、これは依頼主クライアントから『鮮度の保持』と『期日までの確実な納品』の両方が強く求められている案件です。魔法で鮮度を保てても、帰り道で魔物の群れに襲撃され、納品が遅れれば違約金が発生します」
「う……それは、まあ……」
ルークは眼鏡(伊達メガネだが、知的に見せるための小道具として最近購入した)を中指でクイッと押し上げた。
「そこで、ギルドからの提案です。本案件は、双方の『ジョイント・ベンチャー(共同事業)』として進めていただきます」
「「じょいんと……なんだって?」」
「つまり、紅蓮の牙が『道中の護衛および安全確保』を、蒼の梟が『採取および品質管理』を分担するプロジェクト・チームを発足させるということです。互いの強みを活かすことで、業務のシナジー効果を生み出します」
ルークは、前世の企画書で使い古したカタカナ用語を次々と繰り出した。
異世界の住人である彼らに意味がわかっているはずもないが、「なんか凄そうな専門用語」を自信満々に並べ立てられると、人は思考を停止しがちだ。
「報酬については、双方に45%ずつ分割。残りの10%は、当ギルドが『プロジェクト管理費マネジメント・フィー』として頂戴します。これで、双方がWin-Winの関係を築けるかと」
(よし、どさくさに紛れてギルドの取り分も上乗せしたぞ)
ルークは内心でガッツポーズをした。
本来なら仲介手数料は5%だが、この面倒な調整の手間賃として10%は妥当だと自分に言い聞かせる。
「……ちっ、まあ、事務長がそこまで言うなら、今回は組んでやってもいいぜ」
「ええ、そちらが力仕事に専念してくれるなら、魔法の手間が省けますしね」
意味はよくわかっていないようだが、ルークの「謎の説得力」と「面倒くさい書類手続きの気配」に気圧され、二人のリーダーは渋々といった様子で握手を交わした。
「では、こちらの『業務提携契約書』にサインをお願いします。あ、何かトラブルがあった場合の責任は、双方の連帯責任ということで。ギルドは一切の責任を負いませんので、あしからず」
ルークは素早く書類にサインさせ、二組のパーティをギルドから追い出した。
ロビーに静寂が戻る。長椅子も窓ガラスも無事だ。
おまけに、仲介手数料まで倍増させることができた。
「素晴らしいです、ルークさん! あの二組を協力させるなんて、ギルドマスターでも無理だったのに!」
ミーアが両手を握り合わせて感動している。
「……いや、ただの責任の細分化と、リスクの丸投げだよ。何かあっても、あいつら同士で責任を取り合う仕組みにしただけだ」
ルークは冷めたお茶をすすりながら、深々とため息をついた。
波風を立てず、長椅子を守り、ギルドの利益を少し上げる。ただそれだけのために、どうしてこんなに頭をフル回転させなければならないのか。
(俺はただ、定時上がりでぬるま湯に浸かりたいだけなのに……)
しかし、この一件により「新事務長は、犬猿の仲の冒険者すら言葉巧みに操る恐ろしい策士だ」という噂がギルド内に定着してしまうことを、ルークはまだ知る由もなかった。
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