「事なかれ主義」の47歳、異世界で「コンプライアンス」を説いたら最強の賢者と勘違いされた件〜ブラック騎士令嬢をCEOにしてホワイト統治を目指

トコロテン

文字の大きさ
6 / 9

第5話「アウトソーシングと、路地裏の伏線」

しおりを挟む
ギルドの業務改善(という名のリスクと責任の丸投げ)は一定の成果を上げていたが、ルークの労働時間は一向に減っていなかった。



理由は単純である。ルークが導入した「経費事前申請」や「共同事業ジョイント・ベンチャー」のせいで、彼が処理すべき確認書類の数が爆発的に増えてしまったのだ。



「……本末転倒だ。俺は定時で帰るためにシステム化したのに、システムの維持で残業する羽目になっている」



目の前にそびえ立つ羊皮紙のタワーを見上げ、ルークは絶望的なため息をついた。

隣で先輩事務員のミーアが、申し訳なさそうにお茶を淹れてくれる。



「ルークさん、ごめんなさい。私、文字の読み書きはできても、その『えくせる』? とかいう表計算の概念がどうしても理解できなくて……」

「いや、いいんだ。ミーアは窓口の愛想担当フロントオフィスとして不可欠だから」



(このままじゃ過労死する。異世界でまで過労死なんて、ブラックジョークにもならない)



ルークは即座に決断した。

自分の手足となって、この退屈で面倒な事務作業を押し付けられる「新人」を雇うしかない。いわゆる業務のアウトソーシングだ。



翌日、ギルドの掲示板に『事務員見習い募集(※体力より事務処理能力を重視)』の張り紙を出した。

しかし、やってくるのは「剣の素振りなら一日千回できます!」と豪語する筋肉ダルマや、「火の魔法で書類を燃やせます!」という危険人物ばかり。



「……まともな人材はいないのか、この街には」



面接(ただの雑談)を十人ほどこなし、ルークが机に突っ伏しそうになった時だった。



「あ、あの……事務員の募集、まだやってますでしょうか……」



おずおずと執務室に入ってきたのは、薄汚れた布の服を着た、十代後半の痩せぎすの少年だった。どこか見覚えのある、神経質そうな顔つきをしている。



ルークは眉をひそめた。

「やってるけど、君は……」



その瞬間、少年はルークの顔を見るなり「ヒッ!」と短い悲鳴を上げ、その場に勢いよく土下座した。額が石の床に激突する鈍い音が響く。



「ひぃぃっ! も、申し訳ありませんでしたァ! あの時は、貴方様のようなお方と知らず、通行料をたかろうなどと……!」



「……ああ!」



ルークの記憶が蘇った。

異世界に転生してすぐ、スラム街の路地裏で彼をカツアゲしようとした三人組のチンピラ。そのうちの一番下っ端で、後ろの方でオロオロしていた少年だ。

ルークが唯一の神からのギフト『事なかれ主義の加護』を使い、偶然の陥没で彼らをすっ転ばせて逃げた、あの夜。



「君、あの時の……」



「ザックと申します! あの夜、貴方様が『無詠唱で石畳を陥没させる』という恐ろしい土魔法を使われたのを見て、アニキたちは『あいつは裏社会の凄腕の暗殺者に違いない』と震え上がって、夜逃げしました……! 俺は行く当てもなく……」



ルークは心の中で(違う、あれはただの確率操作の逃げスキルだ!)と叫んだが、表面上は無表情を貫いた。



ザックは土下座したまま、震える声で続ける。

「俺、もう裏稼業はこりごりなんです! まともな仕事をして、三食のご飯が食べたいんです! 読み書きと、足し算引き算くらいなら、昔ちょっとだけ教会の孤児院で習いました! だから、どうか俺を……!」



ルークの脳内で、猛烈な速度で損益分岐点の計算が始まった。



(元チンピラ。だが、裏を返せば『柄の悪い人間のあしらい方』を知っている。文字と計算ができるなら、俺の仕事の大半をマニュアル化して押し付けられる。しかも、俺を勝手に『恐ろしい実力者』だと誤解して怯えきっている……つまり、絶対に逆らわない、都合の良い忠実な部下になる!)



前世で、言うことを聞かない若手社員の扱いにどれほど苦労したことか。それに比べれば、勝手に畏怖してくれているこの少年は、最高の「素材」だった。



ルークはゆっくりと立ち上がり、土下座するザックを見下ろした。

そして、わざと低く、冷たい声(前世で威圧的な上司が使っていたトーンのパクリ)で告げた。



「……面を上げろ、ザック」

「は、はいぃっ!」



「過去のことは不問にしてやる。ただし、このギルドでの私の仕事は、一歩間違えれば命に関わるシビアなものだ(※主に胃潰瘍的な意味で)。お前に、私の『右腕』が務まるか?」



ザックの目に、パッと希望の光が宿った。

裏社会の凄腕(と勘違いしている相手)からの、まさかの大抜擢。



「や、やります! 命に代えましても、ルーク様の右腕として……!」



「よし、採用だ。契約形態は三ヶ月の『試用期間インターン』とする。まずはこの『過去三年分の未処理伝票の仕分け』というミッションを与えよう。すべて終わるまで、帰ることは許さん」



「は、はいっ! ありがたき幸せ……!」



ザックは感涙にむせびながら、ルークが押し付けた羊皮紙の山に飛びついていった。



ミーアが呆然と一部始終を見つめている。

「ルークさん……彼、何か勘違いしてないでしょうか? 未処理伝票の仕分けって、ただの雑用……」



「シーッ」とルークは人差し指を口に当てた。

「これも立派な『オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)』だよ。彼が育てば、ギルドの処理能力は倍になる」



(そして、俺はついに定時で帰れる……!)



かつての路地裏でのささやかなトラブルが、奇しくも「絶対的な忠誠を誓う(勘違いした)部下」を獲得する強力なフラグへと繋がった。

事なかれ主義を貫くためのルークの布陣は、いよいよ盤石なものになりつつあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  週二回更新になります。お気に入り・感想、宜しくお願いします。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...