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第5話「アウトソーシングと、路地裏の伏線」
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ギルドの業務改善(という名のリスクと責任の丸投げ)は一定の成果を上げていたが、ルークの労働時間は一向に減っていなかった。
理由は単純である。ルークが導入した「経費事前申請」や「共同事業ジョイント・ベンチャー」のせいで、彼が処理すべき確認書類の数が爆発的に増えてしまったのだ。
「……本末転倒だ。俺は定時で帰るためにシステム化したのに、システムの維持で残業する羽目になっている」
目の前にそびえ立つ羊皮紙のタワーを見上げ、ルークは絶望的なため息をついた。
隣で先輩事務員のミーアが、申し訳なさそうにお茶を淹れてくれる。
「ルークさん、ごめんなさい。私、文字の読み書きはできても、その『えくせる』? とかいう表計算の概念がどうしても理解できなくて……」
「いや、いいんだ。ミーアは窓口の愛想担当フロントオフィスとして不可欠だから」
(このままじゃ過労死する。異世界でまで過労死なんて、ブラックジョークにもならない)
ルークは即座に決断した。
自分の手足となって、この退屈で面倒な事務作業を押し付けられる「新人」を雇うしかない。いわゆる業務のアウトソーシングだ。
翌日、ギルドの掲示板に『事務員見習い募集(※体力より事務処理能力を重視)』の張り紙を出した。
しかし、やってくるのは「剣の素振りなら一日千回できます!」と豪語する筋肉ダルマや、「火の魔法で書類を燃やせます!」という危険人物ばかり。
「……まともな人材はいないのか、この街には」
面接(ただの雑談)を十人ほどこなし、ルークが机に突っ伏しそうになった時だった。
「あ、あの……事務員の募集、まだやってますでしょうか……」
おずおずと執務室に入ってきたのは、薄汚れた布の服を着た、十代後半の痩せぎすの少年だった。どこか見覚えのある、神経質そうな顔つきをしている。
ルークは眉をひそめた。
「やってるけど、君は……」
その瞬間、少年はルークの顔を見るなり「ヒッ!」と短い悲鳴を上げ、その場に勢いよく土下座した。額が石の床に激突する鈍い音が響く。
「ひぃぃっ! も、申し訳ありませんでしたァ! あの時は、貴方様のようなお方と知らず、通行料をたかろうなどと……!」
「……ああ!」
ルークの記憶が蘇った。
異世界に転生してすぐ、スラム街の路地裏で彼をカツアゲしようとした三人組のチンピラ。そのうちの一番下っ端で、後ろの方でオロオロしていた少年だ。
ルークが唯一の神からのギフト『事なかれ主義の加護』を使い、偶然の陥没で彼らをすっ転ばせて逃げた、あの夜。
「君、あの時の……」
「ザックと申します! あの夜、貴方様が『無詠唱で石畳を陥没させる』という恐ろしい土魔法を使われたのを見て、アニキたちは『あいつは裏社会の凄腕の暗殺者に違いない』と震え上がって、夜逃げしました……! 俺は行く当てもなく……」
ルークは心の中で(違う、あれはただの確率操作の逃げスキルだ!)と叫んだが、表面上は無表情を貫いた。
ザックは土下座したまま、震える声で続ける。
「俺、もう裏稼業はこりごりなんです! まともな仕事をして、三食のご飯が食べたいんです! 読み書きと、足し算引き算くらいなら、昔ちょっとだけ教会の孤児院で習いました! だから、どうか俺を……!」
ルークの脳内で、猛烈な速度で損益分岐点の計算が始まった。
(元チンピラ。だが、裏を返せば『柄の悪い人間のあしらい方』を知っている。文字と計算ができるなら、俺の仕事の大半をマニュアル化して押し付けられる。しかも、俺を勝手に『恐ろしい実力者』だと誤解して怯えきっている……つまり、絶対に逆らわない、都合の良い忠実な部下になる!)
前世で、言うことを聞かない若手社員の扱いにどれほど苦労したことか。それに比べれば、勝手に畏怖してくれているこの少年は、最高の「素材」だった。
ルークはゆっくりと立ち上がり、土下座するザックを見下ろした。
そして、わざと低く、冷たい声(前世で威圧的な上司が使っていたトーンのパクリ)で告げた。
「……面を上げろ、ザック」
「は、はいぃっ!」
「過去のことは不問にしてやる。ただし、このギルドでの私の仕事は、一歩間違えれば命に関わるシビアなものだ(※主に胃潰瘍的な意味で)。お前に、私の『右腕』が務まるか?」
ザックの目に、パッと希望の光が宿った。
裏社会の凄腕(と勘違いしている相手)からの、まさかの大抜擢。
「や、やります! 命に代えましても、ルーク様の右腕として……!」
「よし、採用だ。契約形態は三ヶ月の『試用期間インターン』とする。まずはこの『過去三年分の未処理伝票の仕分け』というミッションを与えよう。すべて終わるまで、帰ることは許さん」
「は、はいっ! ありがたき幸せ……!」
ザックは感涙にむせびながら、ルークが押し付けた羊皮紙の山に飛びついていった。
ミーアが呆然と一部始終を見つめている。
「ルークさん……彼、何か勘違いしてないでしょうか? 未処理伝票の仕分けって、ただの雑用……」
「シーッ」とルークは人差し指を口に当てた。
「これも立派な『オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)』だよ。彼が育てば、ギルドの処理能力は倍になる」
(そして、俺はついに定時で帰れる……!)
かつての路地裏でのささやかなトラブルが、奇しくも「絶対的な忠誠を誓う(勘違いした)部下」を獲得する強力なフラグへと繋がった。
事なかれ主義を貫くためのルークの布陣は、いよいよ盤石なものになりつつあった。
理由は単純である。ルークが導入した「経費事前申請」や「共同事業ジョイント・ベンチャー」のせいで、彼が処理すべき確認書類の数が爆発的に増えてしまったのだ。
「……本末転倒だ。俺は定時で帰るためにシステム化したのに、システムの維持で残業する羽目になっている」
目の前にそびえ立つ羊皮紙のタワーを見上げ、ルークは絶望的なため息をついた。
隣で先輩事務員のミーアが、申し訳なさそうにお茶を淹れてくれる。
「ルークさん、ごめんなさい。私、文字の読み書きはできても、その『えくせる』? とかいう表計算の概念がどうしても理解できなくて……」
「いや、いいんだ。ミーアは窓口の愛想担当フロントオフィスとして不可欠だから」
(このままじゃ過労死する。異世界でまで過労死なんて、ブラックジョークにもならない)
ルークは即座に決断した。
自分の手足となって、この退屈で面倒な事務作業を押し付けられる「新人」を雇うしかない。いわゆる業務のアウトソーシングだ。
翌日、ギルドの掲示板に『事務員見習い募集(※体力より事務処理能力を重視)』の張り紙を出した。
しかし、やってくるのは「剣の素振りなら一日千回できます!」と豪語する筋肉ダルマや、「火の魔法で書類を燃やせます!」という危険人物ばかり。
「……まともな人材はいないのか、この街には」
面接(ただの雑談)を十人ほどこなし、ルークが机に突っ伏しそうになった時だった。
「あ、あの……事務員の募集、まだやってますでしょうか……」
おずおずと執務室に入ってきたのは、薄汚れた布の服を着た、十代後半の痩せぎすの少年だった。どこか見覚えのある、神経質そうな顔つきをしている。
ルークは眉をひそめた。
「やってるけど、君は……」
その瞬間、少年はルークの顔を見るなり「ヒッ!」と短い悲鳴を上げ、その場に勢いよく土下座した。額が石の床に激突する鈍い音が響く。
「ひぃぃっ! も、申し訳ありませんでしたァ! あの時は、貴方様のようなお方と知らず、通行料をたかろうなどと……!」
「……ああ!」
ルークの記憶が蘇った。
異世界に転生してすぐ、スラム街の路地裏で彼をカツアゲしようとした三人組のチンピラ。そのうちの一番下っ端で、後ろの方でオロオロしていた少年だ。
ルークが唯一の神からのギフト『事なかれ主義の加護』を使い、偶然の陥没で彼らをすっ転ばせて逃げた、あの夜。
「君、あの時の……」
「ザックと申します! あの夜、貴方様が『無詠唱で石畳を陥没させる』という恐ろしい土魔法を使われたのを見て、アニキたちは『あいつは裏社会の凄腕の暗殺者に違いない』と震え上がって、夜逃げしました……! 俺は行く当てもなく……」
ルークは心の中で(違う、あれはただの確率操作の逃げスキルだ!)と叫んだが、表面上は無表情を貫いた。
ザックは土下座したまま、震える声で続ける。
「俺、もう裏稼業はこりごりなんです! まともな仕事をして、三食のご飯が食べたいんです! 読み書きと、足し算引き算くらいなら、昔ちょっとだけ教会の孤児院で習いました! だから、どうか俺を……!」
ルークの脳内で、猛烈な速度で損益分岐点の計算が始まった。
(元チンピラ。だが、裏を返せば『柄の悪い人間のあしらい方』を知っている。文字と計算ができるなら、俺の仕事の大半をマニュアル化して押し付けられる。しかも、俺を勝手に『恐ろしい実力者』だと誤解して怯えきっている……つまり、絶対に逆らわない、都合の良い忠実な部下になる!)
前世で、言うことを聞かない若手社員の扱いにどれほど苦労したことか。それに比べれば、勝手に畏怖してくれているこの少年は、最高の「素材」だった。
ルークはゆっくりと立ち上がり、土下座するザックを見下ろした。
そして、わざと低く、冷たい声(前世で威圧的な上司が使っていたトーンのパクリ)で告げた。
「……面を上げろ、ザック」
「は、はいぃっ!」
「過去のことは不問にしてやる。ただし、このギルドでの私の仕事は、一歩間違えれば命に関わるシビアなものだ(※主に胃潰瘍的な意味で)。お前に、私の『右腕』が務まるか?」
ザックの目に、パッと希望の光が宿った。
裏社会の凄腕(と勘違いしている相手)からの、まさかの大抜擢。
「や、やります! 命に代えましても、ルーク様の右腕として……!」
「よし、採用だ。契約形態は三ヶ月の『試用期間インターン』とする。まずはこの『過去三年分の未処理伝票の仕分け』というミッションを与えよう。すべて終わるまで、帰ることは許さん」
「は、はいっ! ありがたき幸せ……!」
ザックは感涙にむせびながら、ルークが押し付けた羊皮紙の山に飛びついていった。
ミーアが呆然と一部始終を見つめている。
「ルークさん……彼、何か勘違いしてないでしょうか? 未処理伝票の仕分けって、ただの雑用……」
「シーッ」とルークは人差し指を口に当てた。
「これも立派な『オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)』だよ。彼が育てば、ギルドの処理能力は倍になる」
(そして、俺はついに定時で帰れる……!)
かつての路地裏でのささやかなトラブルが、奇しくも「絶対的な忠誠を誓う(勘違いした)部下」を獲得する強力なフラグへと繋がった。
事なかれ主義を貫くためのルークの布陣は、いよいよ盤石なものになりつつあった。
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