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第6話「恐怖のOJTと、業務フローの暴力」
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「ザック。この『討伐証明書』の束だが、日付順、モンスターのランク順、そしてあいうえお順に並べ替えてファイリングしろ。インデックス(見出し)のシールも忘れるな」
「は、はいぃっ! 直ちに、ルーク様の仰せのままに……!」
冒険者ギルドのバックヤード。
採用から一週間、元チンピラのザックは、ルークが持ち込んだ「日本式オフィス業務」という名の苛烈な修行に身を投じていた。
ザックの目の下には、すでに立派なクマができている。しかし、その瞳は異様な光を放っていた。
(すげえ……これが裏社会の頂点に立つ男の『暗号化』技術……! ただの紙切れを、特定の規則に従って配置することで、必要な情報を一瞬で引き出す恐るべき魔術……!)
ルークからすれば、ただのファイリング作業である。
前世で新入社員が最初にやらされる、誰でもできる雑用だ。しかし、文字を覚えたてのザックにとっては、情報を体系化するこの作業自体が、高度な魔法陣を描くのと同じくらい神秘的で、そして恐ろしいものに見えていた。
「よし、次はこれだ。この定規を使って、羊皮紙に等間隔の線を引け。縦と横だ。そこに数字を書き込んでいく。表計算スプレッドシートの基礎訓練だ」
「じょ、定規……! この真っ直ぐな木の棒ですね! これで、世界の理ことわりを切り取る線を……!」
「……まあ、そんなところだ。線が少しでも歪んだら、最初からやり直しだからな。監査ボスの目は誤魔化せないぞ」
ルークはわざと低く凄みのある声で脅した。少しでも気を抜いて適当な仕事をされると、後で修正する自分が面倒だからだ。
「ひぃっ! わ、わかりました! 命に代えましても、完璧な直線を……!」
ザックは定規を握りしめ、まるで爆弾の導火線を切るかのような顔つきで、羊皮紙に線を引いていく。
ルークはその様子を横目に、ミーアが淹れてくれた熱いお茶をすすった。
(いいぞ。あいつが俺の代わりに書類仕事の防波堤になってくれれば、俺の定時退社は約束されたも同然だ)
しかし、ルークの目論見は、思わぬ形でギルドのロビーに波及することになる。
その日の午後。
巨漢の戦士が、乱暴な足取りでカウンターにやってきた。「血みどろの戦斧」という物騒な二つ名を持つ、素行の悪いベテラン冒険者だ。
「おい、新入りのガキ! このゴブリン討伐の報酬、さっさと出しな!」
戦士がバンッと叩きつけたのは、血と泥にまみれ、文字もまともに読めないクシャクシャの羊皮紙だった。しかも、規定の『事前申請書』すら添付されていない。
普段なら、ミーアが泣きそうになりながら対応するか、ルークが小難しいコンプライアンス用語で煙に巻く場面だ。
しかし今日、カウンターに立っていたのは、ルークから「実地訓練」を命じられたザックだった。
ザックは、目の前の戦士の威圧感にビクッと肩を震わせた。
だが、次の瞬間、彼の脳裏に「定規の線を1ミリ間違えただけで、あのルーク様が放った(ように感じた)冷酷な殺気」がフラッシュバックした。
(この程度のチンピラにビビって、ルーク様の『完璧な業務フロー』に泥を塗ったら……俺は、間違いなく消される!)
恐怖のベクトルが完全に逆転した。
ザックは震える手でクシャクシャの羊皮紙をつまみ上げると、血走った目で戦士を睨み返した。
「……てめえ、ふざけてんのか」
「あぁん?」
「書式が違う。事前申請書の添付もない。おまけに、この汚れはなんだ。書類ドキュメントを汚損する行為は、ルーク様の構築した神聖なシステムへの反逆だぞ……!」
ザックの声は恐怖で震えていたが、それが逆に「ギリギリで殺意を抑え込んでいる狂気」のように響いた。
元チンピラ特有のドス効いた声色と、徹夜続きの血走った目。そして何より、「ルーク様」という謎の黒幕をチラつかせるその態度に、屈強な戦士も思わずたじろいだ。
「な、なんだと? 俺は血みどろの……」
「血みどろだろうが何だろうが関係ねえ! 差し戻し(リジェクト)だ! この『書式不備修正依頼書(赤紙)』に一から書き直して出直してこい! さもなくば……」
ザックは懐から、ルークに渡された赤いインクのペンを取り出し、戦士の目の前でカチャリと音を立てた。
「さもなくば、ルーク様の『監査パージ』が入るぞ……!」
「ひっ……!」
戦士は、その赤いペンが何らかの恐ろしい魔導具か暗殺のサインだと勘違いしたらしい。顔を真っ青にして申請書をひったくると、「す、すぐ書き直しますぅ!」と叫んでロビーの隅へ逃げていった。
その一部始終を、奥の執務室のドアの隙間から見ていたルークは、静かにドアを閉めた。
「……なんか、変な方向に育ってないか?」
「ルークさん、凄いです! ザックくん、あの乱暴な人を書類の不備だけで撃退するなんて! これもルークさんの教育の賜物ですね!」
ミーアが両手を握り合わせて感動している。
「いや、俺はただ『書類が汚いと後で困るから突き返せ』って教えただけなんだけど……」
ルークの意図とは裏腹に、ギルド内での彼の評価は「冷酷な事務長」から「狂犬のような部下を飼い慣らす、底知れぬ闇の支配者」へと、さらに一段階アップしてしまったのである。
ともあれ、その日の夕方。
ルークは前世を含めても数年ぶりとなる「完全な定時退社」を成し遂げた。
異世界の夕日を見上げながら、彼は発泡酒の代わりに、屋台で買った串焼きをかじり、ひっそりと勝利の涙を流すのだった。
「は、はいぃっ! 直ちに、ルーク様の仰せのままに……!」
冒険者ギルドのバックヤード。
採用から一週間、元チンピラのザックは、ルークが持ち込んだ「日本式オフィス業務」という名の苛烈な修行に身を投じていた。
ザックの目の下には、すでに立派なクマができている。しかし、その瞳は異様な光を放っていた。
(すげえ……これが裏社会の頂点に立つ男の『暗号化』技術……! ただの紙切れを、特定の規則に従って配置することで、必要な情報を一瞬で引き出す恐るべき魔術……!)
ルークからすれば、ただのファイリング作業である。
前世で新入社員が最初にやらされる、誰でもできる雑用だ。しかし、文字を覚えたてのザックにとっては、情報を体系化するこの作業自体が、高度な魔法陣を描くのと同じくらい神秘的で、そして恐ろしいものに見えていた。
「よし、次はこれだ。この定規を使って、羊皮紙に等間隔の線を引け。縦と横だ。そこに数字を書き込んでいく。表計算スプレッドシートの基礎訓練だ」
「じょ、定規……! この真っ直ぐな木の棒ですね! これで、世界の理ことわりを切り取る線を……!」
「……まあ、そんなところだ。線が少しでも歪んだら、最初からやり直しだからな。監査ボスの目は誤魔化せないぞ」
ルークはわざと低く凄みのある声で脅した。少しでも気を抜いて適当な仕事をされると、後で修正する自分が面倒だからだ。
「ひぃっ! わ、わかりました! 命に代えましても、完璧な直線を……!」
ザックは定規を握りしめ、まるで爆弾の導火線を切るかのような顔つきで、羊皮紙に線を引いていく。
ルークはその様子を横目に、ミーアが淹れてくれた熱いお茶をすすった。
(いいぞ。あいつが俺の代わりに書類仕事の防波堤になってくれれば、俺の定時退社は約束されたも同然だ)
しかし、ルークの目論見は、思わぬ形でギルドのロビーに波及することになる。
その日の午後。
巨漢の戦士が、乱暴な足取りでカウンターにやってきた。「血みどろの戦斧」という物騒な二つ名を持つ、素行の悪いベテラン冒険者だ。
「おい、新入りのガキ! このゴブリン討伐の報酬、さっさと出しな!」
戦士がバンッと叩きつけたのは、血と泥にまみれ、文字もまともに読めないクシャクシャの羊皮紙だった。しかも、規定の『事前申請書』すら添付されていない。
普段なら、ミーアが泣きそうになりながら対応するか、ルークが小難しいコンプライアンス用語で煙に巻く場面だ。
しかし今日、カウンターに立っていたのは、ルークから「実地訓練」を命じられたザックだった。
ザックは、目の前の戦士の威圧感にビクッと肩を震わせた。
だが、次の瞬間、彼の脳裏に「定規の線を1ミリ間違えただけで、あのルーク様が放った(ように感じた)冷酷な殺気」がフラッシュバックした。
(この程度のチンピラにビビって、ルーク様の『完璧な業務フロー』に泥を塗ったら……俺は、間違いなく消される!)
恐怖のベクトルが完全に逆転した。
ザックは震える手でクシャクシャの羊皮紙をつまみ上げると、血走った目で戦士を睨み返した。
「……てめえ、ふざけてんのか」
「あぁん?」
「書式が違う。事前申請書の添付もない。おまけに、この汚れはなんだ。書類ドキュメントを汚損する行為は、ルーク様の構築した神聖なシステムへの反逆だぞ……!」
ザックの声は恐怖で震えていたが、それが逆に「ギリギリで殺意を抑え込んでいる狂気」のように響いた。
元チンピラ特有のドス効いた声色と、徹夜続きの血走った目。そして何より、「ルーク様」という謎の黒幕をチラつかせるその態度に、屈強な戦士も思わずたじろいだ。
「な、なんだと? 俺は血みどろの……」
「血みどろだろうが何だろうが関係ねえ! 差し戻し(リジェクト)だ! この『書式不備修正依頼書(赤紙)』に一から書き直して出直してこい! さもなくば……」
ザックは懐から、ルークに渡された赤いインクのペンを取り出し、戦士の目の前でカチャリと音を立てた。
「さもなくば、ルーク様の『監査パージ』が入るぞ……!」
「ひっ……!」
戦士は、その赤いペンが何らかの恐ろしい魔導具か暗殺のサインだと勘違いしたらしい。顔を真っ青にして申請書をひったくると、「す、すぐ書き直しますぅ!」と叫んでロビーの隅へ逃げていった。
その一部始終を、奥の執務室のドアの隙間から見ていたルークは、静かにドアを閉めた。
「……なんか、変な方向に育ってないか?」
「ルークさん、凄いです! ザックくん、あの乱暴な人を書類の不備だけで撃退するなんて! これもルークさんの教育の賜物ですね!」
ミーアが両手を握り合わせて感動している。
「いや、俺はただ『書類が汚いと後で困るから突き返せ』って教えただけなんだけど……」
ルークの意図とは裏腹に、ギルド内での彼の評価は「冷酷な事務長」から「狂犬のような部下を飼い慣らす、底知れぬ闇の支配者」へと、さらに一段階アップしてしまったのである。
ともあれ、その日の夕方。
ルークは前世を含めても数年ぶりとなる「完全な定時退社」を成し遂げた。
異世界の夕日を見上げながら、彼は発泡酒の代わりに、屋台で買った串焼きをかじり、ひっそりと勝利の涙を流すのだった。
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