悪役令嬢と魔王

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王子とマイア

⑭救済

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 身体が、鉛をつけたように重い。喉は喘ぎ声の出し過ぎで痛み、身体は、絶頂の余韻が続いているのか、小刻みに痙攣している。指一本すら動かすのがつらい。それなのに、身体の奥底から激しい性の欲望が噴き出し、淫らな責めを求めてしまう、自分の身体が恨めしかった。

 詳しいことは分からないが、打たれた薬が原因なのは間違いない。だが、浅ましいほどに責め苦を求め、快楽を欲するのは、自分の身体が淫乱だからではないかと、最近思うようになり始めていた。

 近くから人の話し声が聞こえる。メイは、ゆっくりと目を開けた。霞んだ瞳が、少しずつはっきりと相手の顔を認識していく。中年のどこにでもいるような顔だ。これといって特徴のある顔ではない。恐らく初対面である。

「あなたが、誘拐され、監禁されているハイバン人のメイさんで間違いないですね?」

 男の言葉が、頭に入ってこない。激しい性交で、頭が朦朧とし、じっと男を見つめている。男は、さらに耳の近くに身体を寄せ、同じセリフを言った。今度は、コクリとメイは頷いた。

「あなたを助けに来ました。まずは、この屋敷から出ましょう。外に仲間が待っています」

 何か口に出そうにも、頭が回らない。ただ、ガストン伯爵から逃げられるのではと思うと、ついて行くのは悪いことではないような気がした。それに、男がなんとなくだが、悪い人には見えなかったのだ。

 男は、時間がないと思ったのか、メイを持ち上げ、両腕に抱えると、窓へ向かった。窓には、縄ばしごがかかっており、男は、片手でメイを抱えたまま、縄を伝って下りていった。よっぽど身体を鍛えているのか、腕一本でも軽々とメイを抱えている。

 屋敷の外に出ると、馬車が一台止まっていた。男とメイは、馬車に乗り込むと、待機していた御者がすぐに馬車を走らせた。







 真新しいシーツが心地良い。一人でベッドにゆっくりと寝たのは、久しぶりのことだ。いつ王子が部屋に戻ってくるかと思っていたが、結局朝まで帰ってくることはなかった。身体の芯まで冷え切っていたのが、ふとんに包まれ、深い眠りによって、やや救われたような気持ちになる。

 目を覚ますと、まだ窓の外は暗い。時計を見ると、もうすぐしたら朝日が昇るだろう。

「お目覚めですか?」

 アリスは、はっとした。起きたらすぐそばに人がいたということもだが、声をかけた主が、アルバーン公爵家令嬢マイアだったからだ。彼女とは、王子の婚約者という意味で同じ境遇である。

「マイア様……」

 マイアは、聖母のような優しい笑みを浮かべていた。慈愛に満ちた瞳を向け、包み込むように抱き締めてきた。驚きに身を強張らせる。

「よく頑張ったわね、アリスさん。本当に辛かったでしょう」

 アリスのその一言に胸から湧き上がる熱い感情に、目が涙でいっぱいになった。まるで母に抱き締められてるような安心感と心地よさが、ボロボロになった心を癒やしていく。

「そのまま聞いて。王子は、もうこの部屋に来ることはありません。王宮に帰ってもらいます。ですから、安心してこの屋敷で、心の傷が癒えるまでいてください」

「どうして……?」

 どうして事情を知っているの?アリスの目が訴える。その一言だけマイアに伝わった。マイアは、赤ちゃんをあやすように背中を優しくさする。

「婚約者のレオン様から手紙を受け取りました。あなたを救いたいと、心の底からの叫びが聞こえてくるような手紙でした。わたしもあなたを救いたいと思っていたので、王子が連れてきてくれて本当によかったです。二度とあの汚らわしい男に指一本触れさせません。いずれ、必ずレオン様も救出して、二人を再会させてあげますね」

(わたし、助かったんだ。本当にあの地獄から)

 アリスの目から涙が溢れ出た。そして、マイアに抱きつくと、子どものように泣きじゃくった。あとからあとから涙が出てきて零れ落ちてくる。

「うわあぁぁぁ~~~」

 悲しくつらい日々が脳裏をよぎる。

 無理矢理レオンと切り離され、鬼畜な男に凌辱される毎日。どんなにつらくても、婚約者を人質に取られ、権力をかさに迫ってくるのを抵抗できない無力さと悔しさに、どれほど隠れて泣いたことか。そのうちこの地獄が永遠に続くのではないかと思うようになり、将来を絶望していた。二度レオンに出会えない、幸せだったあの頃に戻ることができない、そう思うと、いっそに死のうと何度思ったことだろう。

 それが、今やっと救われている自分に気が付く。

(温かい。すごく温かい)

 人肌が心に滲みる。溢れる涙が、心の奥に溜まった醜い汚れを洗い流しているような気がした。泣いて、泣いて、泣き続けた。涙が枯れるのではと思うほど泣いた。その間、マイアは何も言わず、じっとアリスを抱き締めていた。

 どれほど時間が経っただろう。嗚咽がおさまり、心がスゥーーッと軽くなったように感じた。顔を上げると、マイアがにっこりと微笑んだ。

「もう大丈夫、大丈夫」

 釣られるようにアリスも、微笑む。

「ありがとうございます」

「少しは落ち着いた?」

「はい」

 昨日までずっしりと重い、重りの枷をつけられていたのが嘘のように消えて軽く感じた。

「あの、もう一人救って欲しい子がいるんですが……」

「女の敵の犠牲者ね?」

「はい。侍女のクラリスと言います。彼女もここに残して欲しいのです」

「もちろんよ。こちらからお願いしたいぐらい」

 そう言って、温かい笑みを浮かべた。マイアにとって、救ったという思いはない。傷ついた彼女たちが救われることによって、自分が救われたように思うのだ。

(次は、あの男ね)

 マイアの顔から笑みが消え、顔を引き締めた。







 夜が明け、まだ朝が早いというのに、外がやけに騒がしい。

(そりゃぁ、王子が裸で外にいれば騒ぐよな)

 アルバーン公爵は、マイアとの先日の話し合いを頭に浮かべる。





『王子が来ましたら、追い出すつもりです』

『えっ……?』

 マイアの言葉に驚いた。真意を確かめるように、マイアに顔を向ける。すると、マイアは、まっすぐに見つめ返してきた。覚悟を決めた目だ。マイアは、一度言ったら引かない。姉のローラとガストン伯爵との婚約が決まったときもそうだった。この娘は、自分を犠牲にしてでも、他人のために尽くす。

『そんなことをすれば……』

『王子は、怒って帰るでしょうね。そして、アルバーン公爵家に責任問題として追及してくるでしょう。それを拒否すれば、恐らく兵を挙げて、この西部に討伐にくるかと』

 確かにそうなるだろう。自分ではなく、他人から事実を聞くと、冷や汗が止まらなくなる。指先が震える。

『それが分かっていて、するんだね?』

『そうです』

 マイアの目は、一点の曇りもなく、澄んでいた。

 マイアは、何も考えずにする娘ではない。すべてを考えに考えたうえで、出した答えなのだろう。それならば、娘を全面的に肯定するのが親ではないだろうか。それに、王子の鬼畜な所業を知っていれば、親として娘が陵辱されるのを黙って見ているわけにはいかない。命をかけてでも何とかすべきだ。

『分かった』

『それとお願いがあります』

『なんだね?』

『わたしの独断でしたことにしてください。すべてマイアが勝手にしたことだと。お父様は知らなかった、そういうことにしてください』

『はぁ?何を言ってる?』

『それともう一つ』

 わたしの言葉に、強い言葉で被せてきた。

『国王軍が攻めてくる前に、わたしはお父様を追放します。娘に謝罪するように説得したが断られ、反対にアルバーン公爵家を追い出されたということにしてください。そして、公爵家に仕える使用人や騎士、もしついていきたい領民がいたら、いっしょに連れて避難してください』

 わたしははっきり理解した。娘は死ぬ気だ。すべての責任を負い、周りを助けようとする。だが、そんなことできるわけがない。握り締めた拳に力が入る。

『そんなことできるわけないだろう。どこの世界に子どもを犠牲にして、自分だけ助かろうという親がいる。仮にそんなことになったら、ここに残るのはわたしの方だ。マイアではない。それに、どんなに屈辱的なことがあっても戦争を回避するという手段があるではないか』

『戦争は避けられません。そうできないかと何度も考えました。でも、やはり無理でした。それから、これはわたしにしかできないことです。わたしには、わたしのすべきことを、お父様は、公爵として、領民や使用人を守るという義務を果たしていただけないでしょうか』

 これまでの対等な関係から服従を選べば、戦争は回避できるはずだ。王子とのことも、まだ考えれば、対応の仕方はある。それなのに、無理だという。

『ハイバン帝國……か?』

 マイアは、強い眼差しが、みるみる陰っていった。憂いに満ちた表情に、娘の想いが、強く伝わってくる。マイアが、どれほどハイバン帝國に尽力し、愛情を込めて接してきたか知っている。

 アルバーン公爵家は、代々ハイバン帝國を支援してきた。アルバーン公爵家が独占していたのも、他の者が介入すれば、力関係を利用して、ハイバン帝國に良からぬことすることを防ぐためだった。

 それでも、熱心に支援してきたのかと言うと、違うと言わざるえない。自分の財産を築くのに熱心で、形程度に支援物資を送った公爵も大勢いた。

 マイアは、小さい頃からハイバン帝國に馴染み、心血を注いで、ハイバン帝國のために支援物資を届け続けた。困窮した生活を送る者の中で、他所でも柔軟に生活できる者は、西部に連れて来て生活の支援も行っている。

 もし、ハイバン帝國との交易を王家に渡せば、ハイバン帝國が今後虐げられるのは目に見えていた。それをマイアは、できないでいるのだ。

『はぁ~~~』

 わたしはため息を吐いた。小さい時から懸念していたことが現実になったと思った。この娘は優しすぎるのだ。だが、悪くない。自分の娘が、こんなに人を思いやり、優しい人間になってくれている。これを親として喜ばずにどうする。これからのことは誰にも分からないのだから。

『マイアの言う通りにしよう。ところで、我々は、ここを出てどこへ行くと?』

『ソート国です。お姉様とロディー王子は、すでに土地を確保してもらっています。ここと同じというわけにはいきませんが、きっと優しいお姉様のこと。不自由な生活はさせないはずです。肝心なのは、アルバーン公爵家は、敵ではなく、娘に追放された者達であり、決して裏切り者ではないと思わせることです。領民も使用人も他国での生活があるのです。肩身の狭い思いをさせたくないですから』

『もう先を見越して動いていたのか。たいしたもんだ』

 死ぬかもしれない娘に対してどんな顔をすればいいのか分からなかった。ただ、自分も覚悟をきめなければ、そう自分に言い聞かせた。






(さぁ、演技を始めるか)

 玄関の扉の前で、目を瞑り深く息を吐く。目を開くと、意識が変わった。




「こ、これは‥……ゆ、夢か。夢なのか。いや、いや、夢であって欲しい」

 夢から覚めた呟きのような、悲鳴のような声を上げた。

 アルバーン公爵が、玄関を出ると、そこには、エイジス国の王子が、なんとも哀れな格好で縛られていたのだ。 丸裸の背中には、『ぼくは破廉恥な王子です。裸をどうぞみてください。そうすれば喜びます』というあまりにも、むごたらしい言葉が添えられていた。

 おそらくかなり抵抗し、叫び続けたのだろう。王子は、ぐったりと地面の上で恥ずかしそうに縮こまっている。一国の王子たるものが、こんな情けない姿を晒しているなんてことが、歴史上あっただろうか。

 アルバーン公爵は、自分の目を疑い、何度も擦った。何度開けても、そこにいるのは間違いなく王子。そして、これは「夢である」と信じることにした。現実であったはならないのだ。

「わたしはやっぱり夢を見ているのだな。うん。王子がこんなところにいるはずがない」

「公爵……公爵……?」

 王子の声が聞こえる。だが、これは夢の声。そう。現実ではないのだ。

「公爵様、公爵様。王子が名前を呼ばれています」

 執事が、丁寧に現状を報告する。

(し、知らない。わたしは何も知らない。)

 公爵は、キョロキョロと顔を動かし、何もないことを確認し、ほっと胸をなで下ろす。

「公爵様。目の前でございます。王子が、裸で公爵様を睨んでいます」

(いる、そこにいるではないか……あぁぁ、神よ、わたしが何をしたというのだ)

「こ、これは、これは。王子。また奇抜なファッションでございますな。ここで散歩ですか?」

 王子は、ギロッと睨む。

「これが散歩に見えるかよ?おい?」

「み、見えませんな」

「それよりも早く縄を解いて、服を渡せ。いつまで裸にさせておくつもりだ」

「何をしている。早くしないか」

 アルバーン公爵は、慌てて王子の縄を解かせ、代わりの服を着せた。その間、緊張の沈黙が続いた。

「アルバーン公爵」

 王子が重々しく声を出した。

「は、はい」

「おまえの娘が何をしたか分かるか?やってはいけいないことしたんだよ。あの女は、絶対に殺す。何が何でも殺す。おまえも責任をとってもらうからな」

「ちょっ、ちょっとお待ちください。王子を縛って玄関に置いたのは、娘のマイアですか?」

「そうだが……」

「何故そんなことを?」

「知るか、自分の娘に聞くんだな」

 王子は、吐き捨てるように言って、部下達に指示をし始めた。そのあとをついて歩き、手を擦り合わせながら、商売人のような愛想笑いを浮かべた。

「あの、王子様。今回の件、なかったことには………できませんよね」

 公爵は、今までで最高の笑顔を発揮した。これ以上ないほどの最高の笑顔だ。その顔をじっと王子は見つめた。やがて、

「できると本当に思っているのか?」

 キレたようにそう言い放つと、帰りの支度にとりかかった。公爵の身体がガクガクと震える。

「で、ですよね……」

 公爵は、真っ青な顔を、真っ白にし、そのまま気を失ってしまうのではないかというくらいショックを受けていた。

「もう帰るぞ。アリスを呼んでこい」

「お、オースティン王子」

 そこへ、慌てふためいて飛び込んできたのが侍女のナーシャだった。

 ナーシャは、昨夜馬車を飛ばして、公爵邸に到着すると、玄関では大騒ぎになっていた。人を掻き分け、前へ進もうとするが、騎士に前を塞がれてしまった。裏口から入るようにと指示され、仕方なく騎士にしたがったので、大騒ぎの原因が王子だったことを知らなかったのである。

 なんと敬愛する王子が裸で縛られ、屋敷の前で晒されていると聞いて、急いで外に出てきたのだった。

「どういうことです?どうして王子は裸にされたのです?」

 近くにいた衛兵を捕まえ、矢継ぎ早に質問した。王宮での王子は、まさに全てを統べる男だった。誰もがはっとするような美しい容姿に、次期王としての自信に満ちあふれ、使用人や兵士達は、すべて王子を崇拝していたはずだ。それが、たかだか公爵邸で、裸になるという辱めを受けるような王子なはずがない。何かの間違いだと思いたかった。

「王子が、夜中にマイア様の部屋に酔って入り、襲ったようです。それで、マイア様が怒り、罰として裸にして玄関に放置しました」

 衛兵は、当たり前というように、淡々と語った。だが、長年王家に仕えたナーシャからすれば、信じられないことだった。

「たかが、公爵令嬢の部屋に夜中入って襲ったぐらいで、このような仕打ちを受けたのか。なんと可哀想なことを」

 憎きマイアの部屋のある窓を見上げ、睨んだ。

「いくら王子でも、人の家の部屋に入って襲うのは許されることではありません。王子を同情するのはどうかと思います」

 冷静にそう話す衛兵が、さらにイライラを増加させる。

「そんなことを分かっている」

 普段冷静なナーシャが声を荒げた。王子の方を見ると、どうやら帰宅の準備を進めているようだった。ナーシャも、こんなところに片時もいたくはなかった。あの悪魔のようなマイアの顔が浮かび、パンチをくれてやりたくなる。

「お、王子様」

 ナーシャは、不機嫌そうにしている王子の前に立った。

「どうした?ナーシャ」

 ナーシャは、心配そうに両手を胸の前に寄せた。

「大丈夫ですか?申し訳ありません。わたしが近くにいなかったばっかりに。わたしが、そばにいたらこんなことを絶対にさせなかったですわ。あの疫病神のマイアめ。本当に許せません」

「近くにいなかった?」

 王子は、不思議そうにナーシャに顔を向けた。

「はい。あの悪魔のような女にガストン公爵邸に手紙を持っていくように言われたのです」

「ガストン伯爵邸に?」

「はい」

「ナーシャ。オレの馬車に入って、そこで話をしようや」

 辺りを見回し、人がいないことを確認して、ナーシャを近くにある王子専用の馬車に誘導した。2人が、広い座席に座ると、おもむろに話し始めた。

「それで、手紙というのはどんな手紙だ」

 王子の言葉に、ナーシャは、顔を歪ませた。

「それはもう酷い内容で。ハイバン帝國人に酷いことをしたということで、ガストン伯爵に爵位の返上や領地の没収を命じるという、かなり挑発的なことを書いていました」

 思い出すだけでも嫌という表情を見せる。

「それでガストン伯爵はどんな反応だった?」

「かなり怒っていました。わたしは関係ないのにも関わらず、それはものすごい剣幕で、殺されるかと思いました。今思い出しても恐ろしくて恐ろしくて」

「そうか。ならガストン伯爵はどうする?アルバーン公爵家を潰しに動くのか?」

 王子は声を潜めた。

「はい。そう言っていました」

 ナーシャも王子にならう。

「うひゃひゃひゃ。ざまーみろ、クソ女。おまえは終わりだ。どんなに謝っても許してやらねぇーからな」

 そこへ、衛兵が、馬車の扉を叩いた。

「なんだ?アリスじゃないのか。アリスはどこだよ」

「アリス様は、しばらくここに残られるそうです」

「はぁ?何ふざけたことを……」

 激怒した王子が、衛兵の襟首を締めつける。そこへ、マイアが悠然と現れた。冷え冷えとした氷のような目つきで、王子を見ている。

「アリスさんは、ここが気に入ったみたい。しばらくここで過ごしてもらいます」

 口調は穏やかだが、刺すような殺気が、王子に伝わってくる。王子は、襟首を離すと、マイアを睨み付けた。

「アリスは、オレの婚約者だ。誰が置いていくか」

 冷や汗をかきながら震えているのを隠すように、虚勢を張った。王子として引くわけにはいかなかった。

「お願いしているのではありません。王家と対等なアルバーン公爵家を代表として命令しているのです。それとも、ここで命を落とすのをお望みですか?王子」

 マイアの迫力に、思わず王子は後ずさりした。そこへ、周囲にいた騎士達が、一斉に王子を取り囲み、刃を王子の首に突きつけた。鋭い刃が、王子の首に一筋の傷をつけ、うっすらと血が流れていく。

「こ、殺さないでくれ、た、頼む」

 いつもの悪辣非道な態度は微塵もなく、哀れに請う。

「アリスさんはどうします?」

 刃よりも冷たい声に、王子は心臓がぎゅっと掴まれたように、身体が冷える。ガクガクと身体が震えた。

「アリスは、ここで休暇を取らせる。それでいいだろう?」

「あっ、そうでした。アリスさんのお世話として一人侍女を借りたいのですが。クラリスと言ったかしら。いいですね?」

「侍女?好きにするといい。だから、剣を引かせろ」

 マイアの合図に、騎士達が後ろに下がる。すると、ズボンをぐっしょり濡らし、力が抜けたように、地面に腰を落とした。

「オースティン王子。満足のいける接待はできませんでしたが、帰りは気をつけて帰られてください」

 丁寧に頭を下げると、マイアは、屋敷へと戻っていった。あとに残された王子は、その背中を睨み付けると、「殺す、必ず殺す」と呪詛を吐き続けていた。
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