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9話 執務室で
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「オリヴィアを危険に晒すってことか……?」
闇の中で朧気に聞こえた声。誰の声だろう。聞き覚えのないものであった。怒っている声であった。
「フィー、落ち着けって。オリヴィアは異世界転移魔法を阻止できる力を持ってるんだぞ」
今度は聞いたことある声であった。
……兄上……?
そういえば兄とは最近話していない。たしか、仕事がバタバタとしてるって言ってたっけ? 仲が悪い訳では無いし、むしろいいと言えるくらいである。しかし、兄は家になかなか帰ってこないため、会っていないのだ。
「オリヴィアにも手伝ってもらうことが、事件解決の近道になるはずだ」
「とはいえ……」
だんだんと意識がはっきりしてきた。ゆっくりと……ゆっくりと目を開く。
目の前にいたのは兄と──思いがけない人物であった。
フィーリオ・デル・リアン。この国の第1王子である。金色の髪に、エメラルドグリーンのような瞳。そして、その綺麗な顔。
1度、舞踏会で挨拶をした程度の関わりしかないが、その存在はもちろん知っている。
なんで……と思ったが、そういえば兄はフィーリオ殿下の臣下であった。
「オリヴィア! 目覚めたか!」
兄が声あげた。私はむくりと起き上がる。すると、兄は私の身体に抱きついてきた。
「よかった!」
「兄上……」
私はちらりと辺りを見渡す。フィーリオ殿下以外にもう1人、男性がいた。それも私の見知った人間であった。
「アラン様!?」
「久しぶり、オリヴィア嬢」
少しバツの悪そうな顔をしている。そりゃそうだ。彼は例のエドワードの兄だ。とはいえ、アラン様に悪い印象はない。元気そうでよかった。
いや、今はそれどころでは無い。
私は兄をひっぺがし、フィーリオ殿下に向かう。早く挨拶しなければ、失礼にあたる。
私はすぐに立ち上がって、一礼した。
「お久しぶりです。フィーリオ殿下。オリヴィア・モルセットと申します。兄と父がお世話になっております」
「……おひさしぶり」
フィーリオ殿下が穏やかに微笑む。優しそうな人である。どこか人を安心させるような雰囲気がフィオナに似ていた。
以前会った時は、ほんの少しだけだった。舞踏会のときであったが、一言二言の挨拶程度しか交わしていない。
「オリヴィア、身体に違和感はない?」
殿下が私に問うた。私はこくんと首を縦に振る。
「特に違和感は無いです……」
「よかった」
フィーリオ殿下がほっと安堵のため息をついた。ここまで、フィーリオ殿下が人の心に寄り添えるような王子だとは知らなかった。これはいい国王になると確信する。
「……オリヴィア、話があるんだ。いいか?」
兄が私の腰を抱く。さっき、ひっぺがしたばかりなのに、また引っ付いてきた。兄は、昔からこうである。距離感が少しおかしいのだ。正直、鬱陶しい。
「レナード」
フィーリオ殿下が諌めるように兄を睨みつける。兄はそれに対し、ヘラヘラと笑った。
「話すだけだ。オリヴィアが嫌だって言ったら、巻き込まないさ」
「巻き込む……?」
何の話か分からない。
私は兄の端正な顔を覗き込んだ。
「オリヴィアは異世界転移魔法って知ってる?」
「学校で教えてもらったわ」
「さすが俺の妹オリヴィア。優秀だ」
異世界転移魔法──禁忌の魔法として教えこまれた。それがどうしたのだろうか。
……もしかして……
「さっきの魔法……」
「ああ、あれが異世界転移魔法さ。誰かが人間を転移させようとしたみたいだ」
「そんな……禁忌なのに」
「オリヴィア、君は“なかったこと”にされそうになったんだ」
兄の言葉は少ないが、その言葉で何となく事情はわかった。
もしかしたらこの世から消えたかもしれないという事実に、恐怖で心臓が凍える。私の抵抗が失敗してたら、家族からも、友人からも、フィオナからも私にまつわる記憶がなくなっていたんだ。体が強ばっていくのを感じる。
なんで。
「フィオナは!? 一緒にいた女の子……」
「ああ、フィオナは──」
兄が口を開こうとしたところで、フィーリオ殿下が口を挟んだ。
「あのご令嬢は無事だよ。今は自宅にいるはずだ」
よかった。それを聞いて安堵のため息をつく。
「私、なんで生きてるの? 消えなかったの?」
「多分、オリヴィアが異世界転移を阻止したんだ」
答えたのは兄であった。
「阻止……?」
「君、魔法かけられた時、防御したんだろ?」
防御。当時は必死で分からなかったが、あれが異世界転移魔法を食い止められたのか。異世界転移魔法に強大な魔力と技術がいると聞く。この国で使えるのは兄上くらいであろう。そんな魔法を自分が防いだというのが、にわかには信じられない。
「異世界転移魔法を防いだっていう事例は、多くない。俺が知ってる限り、お前がはじめてだ」
ふざけた兄であるが、今日ばかりは目が本気だ。
「オリヴィア、兄上からのお願いだ。兄上の仕事に協力してくれないか?」
闇の中で朧気に聞こえた声。誰の声だろう。聞き覚えのないものであった。怒っている声であった。
「フィー、落ち着けって。オリヴィアは異世界転移魔法を阻止できる力を持ってるんだぞ」
今度は聞いたことある声であった。
……兄上……?
そういえば兄とは最近話していない。たしか、仕事がバタバタとしてるって言ってたっけ? 仲が悪い訳では無いし、むしろいいと言えるくらいである。しかし、兄は家になかなか帰ってこないため、会っていないのだ。
「オリヴィアにも手伝ってもらうことが、事件解決の近道になるはずだ」
「とはいえ……」
だんだんと意識がはっきりしてきた。ゆっくりと……ゆっくりと目を開く。
目の前にいたのは兄と──思いがけない人物であった。
フィーリオ・デル・リアン。この国の第1王子である。金色の髪に、エメラルドグリーンのような瞳。そして、その綺麗な顔。
1度、舞踏会で挨拶をした程度の関わりしかないが、その存在はもちろん知っている。
なんで……と思ったが、そういえば兄はフィーリオ殿下の臣下であった。
「オリヴィア! 目覚めたか!」
兄が声あげた。私はむくりと起き上がる。すると、兄は私の身体に抱きついてきた。
「よかった!」
「兄上……」
私はちらりと辺りを見渡す。フィーリオ殿下以外にもう1人、男性がいた。それも私の見知った人間であった。
「アラン様!?」
「久しぶり、オリヴィア嬢」
少しバツの悪そうな顔をしている。そりゃそうだ。彼は例のエドワードの兄だ。とはいえ、アラン様に悪い印象はない。元気そうでよかった。
いや、今はそれどころでは無い。
私は兄をひっぺがし、フィーリオ殿下に向かう。早く挨拶しなければ、失礼にあたる。
私はすぐに立ち上がって、一礼した。
「お久しぶりです。フィーリオ殿下。オリヴィア・モルセットと申します。兄と父がお世話になっております」
「……おひさしぶり」
フィーリオ殿下が穏やかに微笑む。優しそうな人である。どこか人を安心させるような雰囲気がフィオナに似ていた。
以前会った時は、ほんの少しだけだった。舞踏会のときであったが、一言二言の挨拶程度しか交わしていない。
「オリヴィア、身体に違和感はない?」
殿下が私に問うた。私はこくんと首を縦に振る。
「特に違和感は無いです……」
「よかった」
フィーリオ殿下がほっと安堵のため息をついた。ここまで、フィーリオ殿下が人の心に寄り添えるような王子だとは知らなかった。これはいい国王になると確信する。
「……オリヴィア、話があるんだ。いいか?」
兄が私の腰を抱く。さっき、ひっぺがしたばかりなのに、また引っ付いてきた。兄は、昔からこうである。距離感が少しおかしいのだ。正直、鬱陶しい。
「レナード」
フィーリオ殿下が諌めるように兄を睨みつける。兄はそれに対し、ヘラヘラと笑った。
「話すだけだ。オリヴィアが嫌だって言ったら、巻き込まないさ」
「巻き込む……?」
何の話か分からない。
私は兄の端正な顔を覗き込んだ。
「オリヴィアは異世界転移魔法って知ってる?」
「学校で教えてもらったわ」
「さすが俺の妹オリヴィア。優秀だ」
異世界転移魔法──禁忌の魔法として教えこまれた。それがどうしたのだろうか。
……もしかして……
「さっきの魔法……」
「ああ、あれが異世界転移魔法さ。誰かが人間を転移させようとしたみたいだ」
「そんな……禁忌なのに」
「オリヴィア、君は“なかったこと”にされそうになったんだ」
兄の言葉は少ないが、その言葉で何となく事情はわかった。
もしかしたらこの世から消えたかもしれないという事実に、恐怖で心臓が凍える。私の抵抗が失敗してたら、家族からも、友人からも、フィオナからも私にまつわる記憶がなくなっていたんだ。体が強ばっていくのを感じる。
なんで。
「フィオナは!? 一緒にいた女の子……」
「ああ、フィオナは──」
兄が口を開こうとしたところで、フィーリオ殿下が口を挟んだ。
「あのご令嬢は無事だよ。今は自宅にいるはずだ」
よかった。それを聞いて安堵のため息をつく。
「私、なんで生きてるの? 消えなかったの?」
「多分、オリヴィアが異世界転移を阻止したんだ」
答えたのは兄であった。
「阻止……?」
「君、魔法かけられた時、防御したんだろ?」
防御。当時は必死で分からなかったが、あれが異世界転移魔法を食い止められたのか。異世界転移魔法に強大な魔力と技術がいると聞く。この国で使えるのは兄上くらいであろう。そんな魔法を自分が防いだというのが、にわかには信じられない。
「異世界転移魔法を防いだっていう事例は、多くない。俺が知ってる限り、お前がはじめてだ」
ふざけた兄であるが、今日ばかりは目が本気だ。
「オリヴィア、兄上からのお願いだ。兄上の仕事に協力してくれないか?」
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