上 下
26 / 42
本編

森の中(18禁シーンなし)

しおりを挟む
 出発する時間間近になって。私は、アースさんと共に森を出た。外は、もう魔物に襲われた面影は残っていない。あと、数十分もすれば、出発できるだろう。


 歩いている途中、レティーシアさんを見かけた。私は、アースさんの傍から離れ、慌てて彼女に駆け寄る。レティーシアさんは、駆け寄る私の存在にすぐ気がつく。


 「どうしたんですか? 聖女様」


 彼女が、私の顔を覗き込んだ。レティーシアさんのクールビューティな眼が、私の瞳の中に突き刺さる。


 「少し、話したいことがあって……」


 「……話したいこと?」


 レティーシアさんが、不思議そうな表情を浮かべる。その顔は少し不安そうで。私は、彼女を安堵させるように、微笑んだ。そして……私が決めた未来を、彼女に告げる。


 「レティーシアさん、私、シールドを張り終えても、ここに残りたいです」


 私は、キッパリと言い放った。すると、彼女はつり目がちな瞳を、一瞬だけ丸くした。しばらくして、それは優しげな色を携える。


 「……わかりました」


 その声色から、薄々、彼女が私の未来に賛同してくれていることを悟った。よかった、反対されなくて。私は、ほっと安堵のため息をこぼす。


 「アース様のためですか?」


 「いえ、私のためです」


 ハッキリと言葉にする。この選択は、私が彼と居たいが為にした選択だ。


 「……なるとなく、こうなるのではと予想はついておりました。それに、聖女様がここにずっと居てくださるって聞いて、私自身、嬉しいです。個人的に聖女様には、ここにいて欲しいと思ったので……」


 「私自身、嬉しい」「個人的にいて欲しい」……そう言われて、私も喜んでしまう。私の頬が赤く火照るのを感じた。


 「そういえば、エディートルト様にも、このことをお伝えしなければ……」


 レティーシアさんが、私に向かってそう言う。思い立ったレティーシアさんが動こうとしたその時。


 「レティーシア様、ちょっとご相談したいことが」


 教会の制服を身にまとった女の子が、レティーシアさんに話しかけた。どうやら、レティーシアさんに何か用があるようだ。……私、お邪魔だな。


 「私、エディートルトさんと話してきます!」


 私は、彼女の迷惑にならないよう、その場から去ろうとする。しかし、その前にレティーシアさんに腕を掴まれた。


 「ちょっとまってください。アース様! アース様!」


 女の子の相手をしながら、アースさんを呼ぶレティーシアさん。遠くで、他の魔術師と話していたアースさんが、くるりと私たちの方を向く。そして、スタスタとこちらにやってきた。


 「どうした? レティーシア」


 「聖女様とともに、エディートルト様に聖女様がシールド修復後も、この世界に残るということをお伝えしてくださいまし」


 「分かった」


 そう言って、彼は私の腰を引き寄せる。そして、ゆっくりと足を進め始めた。


 「ねぇねぇ君。エディ兄さんみた?」


 アースさんが、1人の若い魔術師にエディートルトさんの居場所を聞いた。


 「ああ。エディートルト様なら、先程、教会の女性とともに、森の中へ入っていきましたよ」 


 「分かった。どこから入っていった?」


 「あそこからです」


 魔術師が指したところには、小さな隙間が出来ていた。私は、その中へ入っていく。


 しばらく歩いて。どこからともなく、声が聞こえた。誰かが言い争うような声である。私たちは、息を潜めた。コソリコソリと、物音がしないよう注意して歩く。声が近くなってきた。若い男女のやり取りであった。


 「なあ、まだ、執着してるのか?」


 ……エディートルトさんの声だ。しかし、その声色は普段の声とは違う。飄々とした軽い印象の彼からは想像もつかないほど、真剣な声。怒りを孕んだような、無愛想な言葉。彼、こんな声も出せるのかと、驚く。


 「……別にいいじゃない。あなただって……」


 今度聞こえたのは、切なげな女の声だった。……この声、どこかで聞いたことあるような。思い起こそうとする。しかし、誰の声だかは思い出せない。


 私は、彼らの姿を目でとらえようとする。しかし、これ以上進むと、彼らにバレそうで動けない。声を聞く限り、そこまで遠くにはいないはず。ふと、隣にいるアースさんを見た。アースさんも怪訝そうな表情を浮かべている。


 そんな私たちの様子を無視して、二人の会話は続いていく。


 「私は、もう、この世界がどうなったって構わないのよ。あなただって……そう思ってるでしょ?」


 「……俺は、あんたとは違うよ」


 笑いひとつ含んでいない声。これは、本当に、あのエディートルトさんなのか。普段とテンションが違いすぎているため、とても、疑わしい。


 ……少なくとも、今は彼と会うことは出来ない。


 そう思い、私は、アースさんとアイコンタクトをとる。そして、ゆっくりとこの場から去ろうとした。しかし……



 ガサリ。


 私の足元から葉を踏む音がした。


 「誰だ!」



 叫ぶエディートルトさんの声。その声は、誰かを警戒するような声であった。



 やばい。まずい。恐怖で、私の身体が固まる。しかし、そんな私の身体を、アースさんが、抱えた。そして、ガサガサと音を立てながら、木をかき分け、森を出る。


 そして、私たちは元の馬車のある道へと戻った。


 「ごめん、アースさん」


 「いや、俺もあと数分あそこにいたら、音立てちゃいそうだったし。時間の問題だったから、気にしないで」


 優しく、私を下ろすアースさん。


 「……ところで、エディートルトさんは……」


 「……追いかけてきてはいないみたい」


 後ろを振り返る。しかし、そこにはエディートルトさんはいない。右も、左も、前も見てみるが、彼の姿はどこにもなかった。
 

 あの会話は一体……。エディートルトさんと会話している相手は一体……。私の中に、ぽつりぽつりとたくさんの謎が浮かび上がってきたのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:392pt お気に入り:772

悪役令嬢の中身が私になった。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:420pt お気に入り:2,628

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21,233pt お気に入り:1,322

【R-18】敗戦国の元侯爵令嬢は、公爵と国王に溺愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:646pt お気に入り:439

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,089pt お気に入り:3,804

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:376pt お気に入り:3,273

処理中です...