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第2章 夏

2. (Rena side)

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好きっていう気持ちは、いつも心が温かくなってとても心地いいものだった。

笑うこと。
喜びを分かち合うこと。
手を繋ぐこと。
キスすること。
肌を重ね合うこと。

好きな人とするそれは、最高に幸せな時間だった。
好きな人になら、心も体もすべてあげられた。
それで自分も満たされていた。

大好きな伶とのそんな当たり前の毎日が、永遠に続くものだと思っていた。



学校の帰り、駅の近くのカフェのテラス席で、透と2人でお茶をしていた。
「玲奈…それおいしくないの?」
隣に座っている透が私の顔を覗き込む。
「え?あ!おいしいよ、すっごく」
「すごいしかめっ面だけど」
そう言われて、手に持っていたグラスをテーブルに置いた。
「考え事してて…」
「せっかくいい天気なのに、そんな顔してもったいないなあ」
透は空を見上げながら、思いっきり伸びをする。

一晩明けて外に出てみると、昨日の天気が嘘のように青空が広がっていた。

「…それで、今度は何があったの?」
アイスコーヒーを飲みながら、透が私にそう聞く。
今日は、伶はママから用事を頼まれていて出掛けちゃって。
それで私の様子に気づいた透が、話しやすいようにお茶に誘ってくれたんだと思う。
透は、そういうとこよく気がつくし、優しい。
「私…昨日、伶のこと泣かせちゃった」
「えっ?伶の股間でも蹴り上げたの?」
「違うよ!!」
すぐ、こうやってからかわれるけど。
次の言葉も見つからず、目の前にあるジュースに口をつける。
「何したら伶が泣いちゃうわけ?」
「…抱きついたら…そうなった」
「抱きつくような仲に戻ったの?」
「ううん、そうじゃなくって…。私、風の音が嫌いで、それで停電までしてびっくりしちゃって、伶にしがみついたの」
「それで?」
「離れてって言われたけど、私がヤダって駄々こねたの。そしたら、だったらどうして触らないでなんて言ったの…って伶が怒って…」

あの時、怖くて伶に抱きついて。
このままでいさせてってお願いしたあと、伶が私の唇をなぞった。
…キス、されるかと思った。
名前を呼んだら、押し倒されて。

「私…初めて、伶に怒られた…。びっくりして何も答えられないでいたら、伶…泣いてた。私があの時、ひどいこと言ったせいで…」
ジュースが入ったグラスを、ぎゅっと握りしめる。
思い出しただけでも、泣いてしまいそう。
透が、私の頭を撫でた。
「…多分、伶は玲奈にそうやって強く言っちゃったこと後悔してるだけだよ」

そうなのかな?
いつもあんなに優しい伶が怒るくらい、私、ひどいこと言ったんだよ。
だって伶、これまで一度も私にあんな感情出して怒ったことないもん。
私、触らないでって言ったくせに、自分は抱きついて離さないでって言った。
そんなことされたら、怒るの当然だよね…。

「仲直りはしたの?」
「んー…」

伶が泣いてることに気づいて、伶の涙を拭った。
それから、無意識に伶をぎゅって抱きしめていた。
風の音も雨の音も、気にならなかった。
ただ、いつもの伶に戻って欲しくて…。
どのくらい時間経ったのかな。
多分、ほんの少しだと思うけど、ずっとこのままでいたいなって思った。
そうしたら。
床に落ちてた伶のスマホが鳴って、私がまたびっくりして叫んで…。

「伶が『ごめんね、忘れて』って頭を撫でてくれた。そのあとはずっといつも通り」

伶のスマホが鳴ったのはパパからの電話で、伶はそれに出てしばらく話していた。
そのうち電気もついて、テレビから大音量が流れて、それに驚いて飛び上がったら伶に笑われた。
あのことがなかったみたいに、いつも通りに戻った。

「…玲奈はどうしたいの?」
アイスコーヒーを飲み干したあと、透が私を見てそう聞く。

私は、……。
どうしたいの?
伶を遠ざけたくせに、もっと近くにいたい。
ダメだと分かっているのに、伶に触れたい。
自由なはずの伶の心を、自分だけのものにしていたい。
伶が私の唇をなぞったとき、少しだけ…期待した。
なんて自分勝手なんだろう…。

「私…、」
そう言いかけた時。
どこからか、あの声が聞こえてきた。
あの、私を嘲笑う、あの声…。
「……あ…」
思わず、イスから立ち上がる。
嫌だ、どうしよう…。
「玲奈!玲奈?」
気づいたら透も立ち上がっていて、心配そうな顔で私の肩を揺すっていた。
「…っ」
そのまま、透に抱きつく。
透は何も言わずに抱きしめてくれた。
…落ち着いて、私。
まだ、聞こえる?
気のせいだった?
「玲奈~?」
透が私の背中をぽんぽんと優しくたたいた。
「玲奈…もしかして、誘ってる?」
耳元でそう囁かれる。
「ちがう…っ!!」
思わず顔をあげると、透が笑っていた。
それから帰ろって言って、私の手をとってカフェを出た。

そのまま、いつもの帰り道を歩く。
「玲奈、さっきどうしたの?」
しばらく歩いて、透は私にそう聞いた。
あの場にいたくないこと分かって、連れ出してくれたんだ…。
「声が、聞こえた気がした」
「え、なにそれ、お告げ的な?」
「ちがう~。3年前の…あの時の!」
忘れたくても、忘れられない。
あのせいで、伶との関係が変わったのだから。
「あのクラスメイトの声が聞こえてきた気がして…。でも引っ越してるし、この辺で聞くわけないよね…。似た声だったのかな?」
そう思いたくて、口にした。
違ったことにしたい。
「…もしかして、こないだもその声を聞いたりした?」
思わず、透を見る。
「あ、伶から聞いたんだ。買い物の途中で、玲奈がどっかいっちゃって、駅の階段の隅っこで泣いてたって話」
「うん…、そう。あの声がして、その場に居れなくなって、気づいたら外に飛び出してた」
「そっか。つらかったね」
「…声を、忘れられればいいのに……」
そうすれば、今もびくびくすることないのに…。

「それはダメ」
泣きそうになっていると、透にあっさりと否定される。
思わず涙も引っ込んだ。
「音を完璧に聞き分けられるのは玲奈の良いところだから、それなくしちゃダメ」
繋いでいる手に、透がぎゅっと力を入れる。
「それよりも、伶にあの日のこと、何があったか話したら?今のままだと、お互いに傷ついたままでしょ。元々は、玲奈だって伶だって、何にも悪くないのに」
ね?って言うように、透が私の顔を覗いた。

あの日の話を伶にしたら、伶との関係が変わるのかな…。
伶を傷つけたくなくて、ずっと言えなかった。
だけど、
言わないことで、もっと傷つけてるのかな。

でも…そうだよね。
私、ずっとこのままじゃ嫌だって、そう思ったもんね。
もう前に進まなくちゃ。


「…玲奈、今日は口数すくないね」
夜になって、いつもと同じ、伶のピアノの練習を聞いていた。
朝もそうだったし、学校でも透と紗弥がたくさんしゃべっていたから、それを黙って聞いていた。
伶が用事を済ませて帰ってきてから、ご飯を食べる時も、ほとんど私は話さなくて。
それで伶に、今そう言われてしまった。

「昨日のこと、気にしてる?」
「ううん…」
「ごめんね、昨日は。感情的になって」
「ううん…」

伶は、悪くない。
私がそうさせちゃったんだから、私がいけないの。
そう思っても、うまく言葉にできなかった。

透に、あの日のこと何があったか話したら、って言われたそればっかり考えていて…。

3年もそのままにしちゃったから、どうやって切り出せばいいか分からず、気づいたらこんな時間になっていた。

伶が練習を終えたら、お互い自室に戻る。
そうしたら、このまままたズルズルといっちゃいそうで…。
でも今日は、今日こそは、ちゃんと話すって決めたから。
どうにかしなくちゃ。
頭の中が、グルグルする。

「玲奈?……何か、弾こうか?」
伶がソファで丸くなって座っている私の方を向いて、そう聞いてくれた。
…どうしよう。
勇気を出さなくちゃ…。
「玲奈聞いてる?」
「…二つのラプソディの第一番」
「分かった」

ブラームスのピアノ曲。
これを聞いたら、勇気がもらえそうだと思った。
激しくて熱情的な始まりと終わり。
低音から高音まで使うカッコいい曲。
これが終わるまでに、覚悟をきめなくちゃ。

カタン…
伶がイスから立ち上がる音がした。
「玲奈、行くよー」
私が立ち上がるのを見てから、背を向けてドアの方に歩いていく伶。

話すのが、怖い。
ずっと言えないままできたから。
だけど…。

「待って…!」
「え!?玲奈!」
伶のTシャツを引っ張って、立ち止まってもらおうとしたんだけど、追いかけた時に勢いがつきすぎていて。
距離がつかめず、よろめいてしまった。
「…あっぶな……。大丈夫?」
咄嗟に、伶が受け止めてくれたけど、2人で一緒に床に倒れ込んでしまう。
「う、うん。ごめん…」
気がつけば、伶に抱え込まれるようにして、顔は胸にぴったりくっついていた。
…私が伶を押し倒してしまった。
「どうしたの、そんな勢いよく突進してきて」
伶が上体を起こして、私も一緒に起き上がれる。
「あのね…っ」
伶が、立ち上がってしまう前に口を開いた。
床にペタンと座ったまま、顔はあげられなかったけど、向かい合ったすぐそばに伶がいる。
膝の上に置いた手をぎゅっとにぎった。

「私…、あの3年前の…伶にひどいこと言っちゃった日のこと、話したいの……」
「……うん、わかった」
少しだけ間を置いて、伶の優しい声が返ってきた。

「あの日…私、クラスの女の子たちと喧嘩したんじゃないの」
「うん、それは分かってるよ」
「数人に呼び出されて、言われたの…」

あの日のあのセリフが頭の中に蘇る。

「兄妹でベタベタしすぎだって。気持ち悪いって言われた。私が伶にくっついてばっかりいるから、伶が迷惑してるって…」
涙が、出てくる。
「それから……」

あれにはまだ、続きがあった。

『近親相姦とかしちゃってたりして!?』
『やだやめてよ、気持ち悪すぎ!』
『伶クンのこと犯罪者にしないでよ~』

キンシンソウカンってなに?
犯罪者?伶が??
どうして?

「私…っ、知らなかったの…!」
「玲奈」

酷いことを言われたのだけは分かった。
家に帰って調べたの。
"近親相姦"って、どういうことか。

調べて、愕然とした———。

「私、伶と…そういうことするのが、ダメなことだって知らなかった。大好きな人とは、そういうふうになるんだってずっと思ってたから…」

ただ、いつもそばにいてくれる大好きな人と、肌を重ねることが罪だなんて。

「玲奈!」
伶が私を抱き寄せる。
昨日みたいに、そっと肩に触れるんじゃなくて。
ぎゅっと力強く抱きしめられた。
伶の胸に埋もれて、言葉を続ける。
「私のせいで、伶に迷惑がかかるの嫌だったの。私すぐ甘えちゃうし、くっついていたいって思っちゃうし、そうしたら今度は伶が色々言われて、傷つくんじゃないかなって思って。それに私のせいで…私だけじゃなくって伶も一緒に罪を重ねていかなくちゃいけないなんて、そんなの嫌なの…」
「玲奈が俺の迷惑になんてなるわけないだろ」
「ごめんね、あの日ひどいこと言って。もっと他に言い方あったはずなのに、伶のこと、傷つけちゃってごめんね…」
「玲奈は謝らなくていい。俺が全部悪いんだ。ごめん…本当に、ごめんね……」

伶の声が、肩が、震えていた。
私もぎゅっと伶のことを抱きしめる。
次から次へと、涙があふれてきた。

私、本当はずっとこうしたかったんだ。
伶に抱きしめてもらいたかった。
この腕の中にいると、安心するの。
世界中探しても、他にこんな居心地のいい場所なんて見つからない。

今でも、大好き。

どうしてこの気持ちが、罪になるんだろう。



———もし、
もし願いが叶うなら。

このまま時間を止めて。

伶の腕の中で、このままずっと幸せを感じていたいの。
それ以外は、何も考えたくない。

この温もり以外、何も要らない。

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