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第2章 夏
12. (Rena side)
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私の中の想い出は、
どれもすべて光り輝く夢のようなもの。
ひらけばどれも
伶と一緒のきらめく想い出。
3年前。
あの日からもう2度と
想い出をつくることはないのだと思っていた。
それで構わなかった。
目に見える世界は
たとえ色褪せたガラクタのようなものでも
ひとたび目を閉じてしまえば、
光り輝く夢が見られるのだから。
「……ん」
眩しい光に気がついて、目を開けた。
…もう、朝かあ。
あれ?朝??
昨日花火大会に行って、それから…
どうしたんだっけ?
まどろんだ状態で、ぼんやりと視界に入るものが私の部屋のものじゃない気がする。
「…え…っと?」
そこでようやく目を覚ました。
私のものじゃない枕に、私のものじゃない布団。
えっ!?
驚いて飛び起きると、昨日着ていた浴衣じゃなくて、Tシャツだけの状態になっていてることに気づく。
…えぇっと…昨日きのうキノウ、どうしたんだっけ。
起きて間もなく、まだ寝ぼけている頭をフル回転させる。
花火のあと、そうだ花火のあと車に乗って…。
ガチャっ。
不意にドアの開く音がした。
「キャ———!!!」
「ぅわっ!!」
ビックリして叫ぶと、ドアの方からも驚いた声が聞こえた。
ドアが開ききって、現れたのは透。
「玲奈!」
「と…透っ!!心臓飛び出るかと思った…っ」
「ごめんごめん。いると思わなくて」
…あれ。
なんで透がいるんだろう。
ここ、どこ。
周りをキョロキョロ見回す。
「玲奈、伶の部屋で何してるの?…あ!もしかして昨日は楽しんじゃった?」
「え?」
「こんなそそられるカッコしちゃって。今からオレとも楽しもっか…?」
透は私の隣に座って、私の髪を撫でる。
「オイ、コラ!!人の部屋でなに玲奈に手ぇ出そうとしてんだ?」
伶が部屋に入ってきて、透の肩を掴んだ。
その顔は、笑っているけど冷気を感じる。
「冗談だよー怒んないで」
透は私から離れて、ベッドに座り直した。
…そっか、ここ、伶の部屋だ。
あんまり入らないから、一瞬分からなかった。
「で、なんで玲奈が伶の部屋で寝てんの?やっぱ、そーゆーコトになったの??こんなやらしーカッコしてるし」
「見るな!」
透に指をさされて、Tシャツがめくれてパンツが見えていたことに気づく。
伶が透に怒ってくれたけど、恥ずかしい…。
…あぁ、私なんでこんな格好してるんだろう。
さっと直しながら、昨日のことを思い出そうとするけど、何も思い出せない。
「帰りの車の中で寝て、何しても起きないから、そのまま玲奈の部屋に連れてったんだけど、ベッドの上が散らかってて寝かせられる状態じゃなかったから俺の部屋で寝かせたの。…それを忘れてたんだよ、お前に言うの」
そ、そうだったんだ。
ううっ…。
恥ずかしい……。
車の揺れが心地よくて眠っちゃったんだ。
それに、出掛けにバタバタしていて、ベッドの上、散らかしたままだった。
…でもそっか。
伶と何かあったワケじゃないのね!?
また途中で寝ちゃったとか、覚えてないとかだったら悲惨すぎる…。
「えー?ほんとにー??浴衣脱がせちゃってるし、髪もほどけてるよ~?」
「寝てる時に帯が邪魔かと思って。それに浴衣もシワになるだろ。あと髪飾りも痛いかもと思ってとったから」
「え、てか、マジで玲奈寝てたの?」
透と伶、2人にじっと見られる。
「うっ…うう、車に、乗ったところまでしか覚えてない…」
その答えに、ふぅ…とため息をつく伶と、えー!って呆れた声を出す透。
「昨日って、浴衣を脱がしてエッチするのが一番のイベントでしょ!?」
「えぇっ!?」
「そりゃお前だけだろ。念願叶ってよかったな」
そ、そっか。
透はマユちゃんと……。
「あれ、透はどうしてウチにいるの?」
「マユカが仕事行くって言うから、朝帰ってきたんだけど。家の鍵忘れちゃってたから、奈々子帰ってくるまで家に入れないんだよね」
「そうなんだ。それで昨日と同じカッコなの…」
「伶の服借りにココきたら、玲奈がいたんだよ」
「ハイ」
伶がクローゼットから服を出してきて、透に手渡す。
「あっ、そーだ。伶!奈々子にオレとマユカがイチャイチャしてる写メ送っただろ!」
透は服を受け取ると、着ていた浴衣の帯をスッとほどいて着替え始める。
「俺らの誕生日の時、帰りに玲奈を唆しただろ。そのお返しだよ」
「そそのかしたとは人聞き悪いな。てことは、オレのお陰で上手くいったってコトだろ~?玲奈からちゅーされるなんて幸せじゃん」
「あああ…わ、私っ!お風呂入って部屋片付けてくる!」
隣で裸になって着替える透と、その会話に堪えられず、伶のベッドから降りると逃げるように部屋から出た。
…伶、気づいてたんだ。
透に言われて、私からキスしたんだって…。
でも…あの時。
自然に伶に触れたいなって思ったんだよ。
ドキドキで心臓がおかしくなりそうになるのが嫌なだけで、キスするのが嫌なわけじゃないもん…。
変だな。
伶の唇を思い出しただけで、すっごくドキドキする。
昔はこんな感じじゃなかったのに。
もっと先までしてたのに…。
「あああああ…!!」
何考えてるんだろう、私!
ザッとシャワーを頭から浴びる。
心を落ち着かせたい…なのにザワザワする。
お風呂から出て、自分の部屋に戻って片付けをした。
服やら雑誌やら化粧品やらが散乱した室内。
このカオス状態を伶に見られてしまうなんて…。
昨日の花火大会、楽しみだったんだ。
前に紗弥が写真見せてくれた時から。
伶と一緒に、そういう素敵な場所に行けるのが、ものすごく楽しみで。
少しでも"可愛い"って思ってもらいたくて。
雑誌読んだりネイル凝ったりして。
そんな時間がすごくワクワクして楽しかった。
そういえば、
可愛いって言ってもらえたな…。
思い出して、心がふわふわって温かくなった。
時計を見ると、もうお昼近くになっていた。
昨日はまた寝ちゃって伶に迷惑かけたし、ランチは私が作ろう。
そう思ってリビングへ行く。
…伶たちは、練習部屋かな?
誰もいない部屋を見回すと、テレビの前にあるテーブルに、充電器が挿してある私のスマホが置いてあった。
「伶…やさしい」
昨日たくさん写真や動画撮ったから、電池の残量少なかったんだよね…。
開いてみると、メッセージがたくさん来ていた。
紗弥からものをタップする。
『玲奈ずっと返信ないけど、伶と夜を楽しみすぎたのかな?』
「ひゃっ!」
メッセージを見て、思わずスマホを落としてしまう。
透と同じこと言ってー…。
『帰りの車で寝ちゃって、さっき起きたよ』
そう返信すると、すぐに次のメッセージが来る。
『いいよ誤魔化さなくても。花火見てる時イイ雰囲気だったもんね~♪』
…えっ。
『浴衣なんて普段見れないし、お互いに萌えて乱れまくるでしょ』
乱れまくる…!?
…なんでみんな、そんなことを。
花火大会のあとって、そーゆーモノなの?
あの高揚した気分のまま、そんな感じになっちゃうってことなのかな。
あああ…もう、本当なのか、からかわれてるのかも分かんない。
返信も打てず、スマホをソファに放り投げる。
…伶は、どうだったのかな。
もし、透や紗弥の言う通りだったら。
私、がっかりさせちゃったのかな…。
「ダメだ…ごはんつくろう」
なにか他のことで気を紛らわせないと!
今日は考え事が多すぎて、落ち着かない。
昼食を作り終えて、伶と透を呼びに練習部屋へ行く。
「れ——…」
ドアを開けて名前を呼ぼうとして、その場で固まった。
2人が弾いているピアノの音。
その熱が…。
驚いて立ち尽くしていると、瞬時にその音と熱の中に引きずり込まれた。
伶から透と一緒にジャズ弾いてるって聞いてたけど、いつもクラシックを弾く時の2人の音と全然違う。
…熱い。
伶の静かな青い炎と、透の情熱的な赤い炎が混ざり合う感じ。
聴いている方の心までも、その炎に飲み込まれる。
全身の血が沸騰する…。
「あ、玲奈。聞いてたの?」
伶に声をかけられて、曲が終わっていたことに気づいた。
「…あ、うん…。なんか、びっくりしちゃった」
呆然としていて、うまく答えられない。
いつもは、種類が正反対の2人の音が混ざって、感情豊かな華やかな世界が広がるのに。
私の、知らない音……。
「どうだった?」
「…Lebendiges bild…」
「お、いいね。鮮烈か」
透が笑う。
"鮮烈なイメージ"
いい言葉を思いつかなくて、そう答えた。
なんだろう。
言葉にできない…。
ワクワクするって言ったら薄っぺらくなっちゃうし…。
もっと聴きたい、もっと…!っていう気持ちは、どう表現したらいいのかな。
部屋の中に入って、ドアを閉める。
「初めから、聴きたいな」
ピアノのイスから立ち上がってる伶に向かって、リクエストしてみる。
「いいよ、もう一回弾くし」
「今さあ、動画撮ってるんだよー。画面構成考えてて何回か弾いてたんだよね」
伶と透が口々に答えてくれた。
「動画?」
「そうそう。前にケイのところで弾いたでしょ。あの時撮ってもらってた動画見せてもらったら、面白くて。自分たちでもやってみよーってなったんだよね」
…ああ、それで伶はお誕生日の時に、新しいビデオカメラ欲しいって言ってたんだ。
それに伶は、動画の編集とかするの、好きだもんね。
「楽しそうだね!」
「だろ~」
カメラのアングルを決めた伶が、イスに座る。
タン…ッ。
最初の一音が押される。
そこから、ぐんっと引っ張られるようにして、気づいたら熱の中に放り込まれていた。
…さっきと同じだ。
この、全身の血がたぎるような感じ…。
まるで、熱狂の渦の中にいるような。
しばらく経って、ようやく何の曲を弾いているのかを理解した。
熱に浮かされて、ただ聴こえてくる音を追うのにいっぱいいっぱいになっていた。
バッハの"イギリス組曲"の第3番のプレリュード。
それをジャズの連弾にアレンジしてるんだ。
…すごいな、2人とも。
弾いている音もすごいけど、アレンジできるのもすごい……。
「玲奈?」
透に名前を呼ばれて、ハッとする。
…曲、終わってたんだ。
圧倒されたまま、固まってた。
「あ…。ジャズじゃない、ふつうのも、聴かせて」
聴き比べてみたくて、そうお願いした。
2人は頷いて、またピアノの方を向いてくれる。
同じ曲の、クラシックバージョン。
…そう、これ。
こっちは聴き慣れた音で安心する。
わっと華やぐような音が広がって、その美しく綺麗な世界にうっとりする。
こんなにも全然違うなんて。
これ、伶と透が別々に、ひとりで弾いたら、また違う音なんだよね。
不思議だなあ…。
「どう?満足した?」
曲が終わって、伶が私の方を見る。
「うん。…音の種類が全然違うの、聴き比べたかったの。ありがと」
お願いした理由を言うと、伶と透は2人で顔を見合わせた。
「音の、種類?」
透にそう尋ねられる。
「うん。聴こえる感じが、ジャズとクラシックで全然違うから」
「ふーん……」
私の答えに、伶と透はそう言って黙ってしまった。
…あっ、そうだ。
「お昼ご飯できたから、2人を呼びに来たんだった!」
本来の目的を思い出す。
そんなのスッカリ忘れて、演奏に聴き入ってしまった。
「あー、もうお昼か~」
「ほんとだ」
2人は時間を忘れていたようで、口々にお腹空いた~と言いながら、練習部屋を出た。
3人でわいわいランチを食べたあと。
「じゃ、俺、動画の編集でもしようかな」
伶がそう言って席を立った。
「え~。それじゃあオレは玲奈と楽しい遊びをしよう」
透がニコニコ笑って私の手をとる。
楽しい遊びって何かな、ってワクワクしていると、鬼のような顔の伶が透の頭をつかんだ。
「健全なやつな?」
「いっイタイイタイ!!」
「パソコン取ってくるだけだし。俺も同じ部屋にいる」
伶がリビングを出て行って、透は伸びをしながらソファに座った。
「さー、玲奈。なにしよっか?…あっ」
「え?透、コーヒー飲む?冷たいのでいい?」
「うん、ありがと」
冷蔵庫からアイスコーヒーを出してグラスに注ぐ。
自分の分と2つ持ってソファへ向かうと、透がスマホを私にハイっと差し出してきた。
「ソファの上に置いてあったよ。玲奈のでしょ」
…あ、そうだ。
さっきランチ作る前に、ソファに放り投げたんだった。
「紗弥からメールきてるよ。イチャイチャの感想聞かせてねって」
「えっ!?」
テーブルにコーヒー置くのに、グラスを倒しそうになる。
「ポップアップで見れるんだけど。ねーねー、これオレが返信してもいい?」
「ダメだよっ!!」
ソファに飛び乗って、透からスマホを返してもらった。
「ホラ、紗弥も言ってるじゃん。昨日みたいな日に、勢いでやらなくてどーするよ。毎日一緒にいて、いつ、キッカケ掴むの」
透と紗弥が言いたいことは、そういう事だったんだ。
そーゆー雰囲気になるには…ってコトね。
それは分かったけど、でも……。
「そんなの…まだできる気がしないっ」
ソファの上で膝を抱えて、透からプイと顔を背けた。
「そーだなぁ…。ちゅーしてる最中に寝ちゃうくらいだもんなあ。最後まで行き着くにはまだまだかもなぁ」
「ちょ!!何で知ってるの!」
そっぽ向けてた顔をすぐに透の方へ戻す。
焦ってる私を見て、透は声を出して笑った。
「さっき伶から聞いた~」
「そんなことまで…っ」
「…でも、よかったね。ちょっと進歩じゃない?玲奈、前に無理って泣いたから、オレけっこう心配してたんだよ」
透は優しく笑って、私の頭を撫でる。
いつもは冗談ばっかり言うのに、こういう時、すごく優しい。
そのまま透の肩に寄りかかった。
「…透、幸せそうだから、お裾分けしてもらう」
「いいよ~。マユカとまた会えるようになったのは、玲奈があの時『早く行って』って背中押してくれたおかげだから」
…ケイさんのお店でのことだ。
透だけを真っ直ぐ見つめる瞳。
話に聞くだけで、顔は知らなかったけど、すぐにピンときた。
2人がうまくいってよかったな…。
「2人とも楽しそうだなあ?」
「きゃあ!」
透にくっついていると、突然ソファの後ろから伶の声がするとともに、肩をポンと叩かれた。
びっくりして振り向くと、笑顔だけど怒っている伶の顔。
「いやだなあ伶。まだなんにもしてないよ」
「まだって何だ!まだって!」
透がまた冗談言って、言い合いになったのをじっと見ていたら、伶と目が合う。
2~3秒、私を見つめて、伶はふぅっと溜息をついた。
「…離れてろ」
伶はそう言って私の頭を撫でると、ソファの端のシェーズロング部分に足を伸ばして座った。
足の上にノートパソコンを広げて、ベッドホンをする。
「ヤキモチやきだな~伶は」
「えっ?」
透の言葉に、思わず聞き返してしまう。
「聞こえてるよ!!」
「あれっまだ聞こえてたか」
隣から伶が口を挟んできて、透が笑う。
伶の方を見ると、少しだけ顔が赤いのが分かった。
…ヤキモチ、やいてくれるんだ…。
ちょっとうれしい。
夕方まで透とテレビゲームで遊んだ。
伶はその間、ずっと横でパソコンをいじっていて、たまに騒いでいる私たちを見て笑う。
「おっ、奈々子が家に着いたって連絡してきたから、オレ帰るわ」
ちょうどゲームを片付けたあと。
透がスマホを見てソファから立ち上がる。
それに気づいた伶が、ヘッドホンを外した。
「帰る?あとで動画送るね」
「よろしく~」
伶はそのまま動かずパソコンをいじっていたから、私が玄関まで透を見送る。
「じゃあね、玲奈。前回来た時のオレのアドバイスが役に立ってよかったよ…!」
玄関先で透にギュッとハグされる。
…キスの話だこれ。
透に、玲奈からしてみればって言われた時の…。
「それわざと言ってるでしょ」
「バレた?」
そう言って笑う透を、私もぎゅってする。
「もっと頑張ってレベル上げなよ?」
ポンポンと最後に私の頭を撫でると、透は帰って行った。
玄関の鍵を閉めて、リビングへ戻る。
レベル上げなって言われても…。
どうすればいいのか分からない。
…そういえば、昨日の私のバッグどこだろう。
部屋の中を見回すと、キッチンのカウンターチェアの上に置いてあることに気づいた。
とりあえず透の話は忘れて、頭の中を切り替えよう。
朝からなんだかあっという間にこの時間になってしまって、中身の整理もしてない。
バッグの中にビー玉が入っていたことを思い出して、それを取り出した。
昨日、私が欲しいって言って、ラムネの瓶から取り出してもらったビー玉。
みんなでわいわいできて、楽しかったな…。
「…あっ!」
手のひらに乗せて転がしていたら、落としてしまう。
どこ??
転がっていってしまって、床に這いつくばって探した。
「…あ、見つけた」
ダイニングテーブルの下にあるのを見つけて、そこに潜り込む。
「おい玲奈、パンツ丸見えだよ…」
「えっ!?」
「あっ…」
ガツン!!
突然、伶に声をかけられて、驚いて立ち上がろうとしておもいっきり頭を打った。
そうだよ、テーブルの下にいたよね、私…。
「いたい…」
とりあえずテーブルの下から這い出て、床に座り込む。
「ごめん、俺が声かけたから…。大丈夫?」
涙目になっている私の隣にしゃがみ込んで、頭を撫でてくれる伶。
ぐすっと鼻をすする私を見て、伶は困ったような顔をする。
「泣かないで」
こどもを諭すみたいにそう言って、手のひらで私の頬を包むと、目にたまった涙を指でぬぐってくれた。
…伶の手、温かい…。
このまま触れていたいなって思ったけど、その手はスッと離れる。
「…ほら」
伶はテーブルの下からビー玉を拾って、私の手のひらに乗せてくれた。
「それ、どうして欲しいって言ったの?」
手に乗せてもらったビー玉。
それを見て、伶が私に尋ねる。
「…太陽に透かしてみたらキラキラしてて」
手のひらの上にあるビー玉を見つめた。
ただのガラス玉だけど、これは特別に思えたの。
3年ぶりに、欲しいと思った。
光り輝く夢のような想い出が。
「昨日、みんなと一緒にいれてすごく楽しかった。そのキラキラしたものがこのガラスの玉に詰まってる気がして欲しくなったの。これ見る度に、楽しかった日のこと、思い出せるでしょ?」
「そっか」
伶の顔を見ると、優しい顔で笑っていた。
…あ。
どうしよう。
今、すごく伶に触れたい……。
「ほら、立って」
先に立ち上がった伶が、私に手を差し出してくれる。
その手を掴む。
「…玲奈?」
立ち上がっても、掴んだ手を離したくなかった。
伶の手を握る指に力が入る。
でも、何て言えばいい?
なにか早く、言わないと…
「れ…伶も、昨日浴衣でいちゃいちゃしたかった?」
「…え?」
ちっ違う———!!!
そういうこと言いたかったんじゃないのに…!
一気に顔が火照る。
「まあ。そーだな」
「えっ!?」
思わず顔を上げると、伶が意地悪そうな顔で笑っていた。
「透と紗弥に言われたから聞くの?」
「え…えええっ」
そーじゃない、いやそーじゃなくもない。
頭の中すごいパニック。
「伶がそれで、がっかりしてたら…やだなって思って…!」
何とかそう言うと、伶は吹き出す。
「しないよ、そんなことくらいで。それに帯をほどいて浴衣をはだけさせるってゆー、男のロマンは味わったしな」
「ロマン!?」
「…おいで」
そんな優しい声とともに抱き寄せられた。
「伶?」
「ぎゅってしたいのかなと思ったんだけど、違った?」
「…あ、あってる……」
なんで分かったのかな。
ぎゅって抱きしめられて、すごくドキドキするのに、どこかで安心する気持ちがある。
伶の胸に顔をうずめて、体温と鼓動を感じた。
頭を撫でてくれる、伶の手が大きくて温かい。
…気持ちいいなぁ……。
ずっとここにいたい。
「…私、透に唆されて、伶にキスしたんじゃないよ。私がしたいなって思ったの」
頭を撫でてくれていた伶の手の動きが止まる。
「玲奈、離れて」
…え、何かいけないこと言っちゃった?
ぐいっと肩を押されて、伶から引き離される。
「ごめん玲奈。今、抱きしめてると、めちゃくちゃにしちゃいそう…」
真っ赤になって、顔を逸らす伶。
…うそ。
ドキンと心臓が音を立てた。
またドキドキとうるさく鳴る。
どうしよう、私、それでも離れたくないって思ってる。
伶が私にドキドキしてくれてるのが、嬉しい。
右手でそっと、伶の指に触れた。
「何で言うこと聞かないんだよ…」
それに対して何かを言葉にする暇もなく、抱きしめられて、唇が塞がれた。
———もし、
もし願いが叶うなら。
きらめく幸せな思い出とともに、
私と伶をキラキラと陽に光るビー玉の中に閉じ込めて。
大事にされなくていい。
その辺の道端に落ちてるようなものでいい。
誰も見向きもしない、
ガラスの玉の中で
ずっと伶と一緒にいられることの方が
最高に幸せなの。
どれもすべて光り輝く夢のようなもの。
ひらけばどれも
伶と一緒のきらめく想い出。
3年前。
あの日からもう2度と
想い出をつくることはないのだと思っていた。
それで構わなかった。
目に見える世界は
たとえ色褪せたガラクタのようなものでも
ひとたび目を閉じてしまえば、
光り輝く夢が見られるのだから。
「……ん」
眩しい光に気がついて、目を開けた。
…もう、朝かあ。
あれ?朝??
昨日花火大会に行って、それから…
どうしたんだっけ?
まどろんだ状態で、ぼんやりと視界に入るものが私の部屋のものじゃない気がする。
「…え…っと?」
そこでようやく目を覚ました。
私のものじゃない枕に、私のものじゃない布団。
えっ!?
驚いて飛び起きると、昨日着ていた浴衣じゃなくて、Tシャツだけの状態になっていてることに気づく。
…えぇっと…昨日きのうキノウ、どうしたんだっけ。
起きて間もなく、まだ寝ぼけている頭をフル回転させる。
花火のあと、そうだ花火のあと車に乗って…。
ガチャっ。
不意にドアの開く音がした。
「キャ———!!!」
「ぅわっ!!」
ビックリして叫ぶと、ドアの方からも驚いた声が聞こえた。
ドアが開ききって、現れたのは透。
「玲奈!」
「と…透っ!!心臓飛び出るかと思った…っ」
「ごめんごめん。いると思わなくて」
…あれ。
なんで透がいるんだろう。
ここ、どこ。
周りをキョロキョロ見回す。
「玲奈、伶の部屋で何してるの?…あ!もしかして昨日は楽しんじゃった?」
「え?」
「こんなそそられるカッコしちゃって。今からオレとも楽しもっか…?」
透は私の隣に座って、私の髪を撫でる。
「オイ、コラ!!人の部屋でなに玲奈に手ぇ出そうとしてんだ?」
伶が部屋に入ってきて、透の肩を掴んだ。
その顔は、笑っているけど冷気を感じる。
「冗談だよー怒んないで」
透は私から離れて、ベッドに座り直した。
…そっか、ここ、伶の部屋だ。
あんまり入らないから、一瞬分からなかった。
「で、なんで玲奈が伶の部屋で寝てんの?やっぱ、そーゆーコトになったの??こんなやらしーカッコしてるし」
「見るな!」
透に指をさされて、Tシャツがめくれてパンツが見えていたことに気づく。
伶が透に怒ってくれたけど、恥ずかしい…。
…あぁ、私なんでこんな格好してるんだろう。
さっと直しながら、昨日のことを思い出そうとするけど、何も思い出せない。
「帰りの車の中で寝て、何しても起きないから、そのまま玲奈の部屋に連れてったんだけど、ベッドの上が散らかってて寝かせられる状態じゃなかったから俺の部屋で寝かせたの。…それを忘れてたんだよ、お前に言うの」
そ、そうだったんだ。
ううっ…。
恥ずかしい……。
車の揺れが心地よくて眠っちゃったんだ。
それに、出掛けにバタバタしていて、ベッドの上、散らかしたままだった。
…でもそっか。
伶と何かあったワケじゃないのね!?
また途中で寝ちゃったとか、覚えてないとかだったら悲惨すぎる…。
「えー?ほんとにー??浴衣脱がせちゃってるし、髪もほどけてるよ~?」
「寝てる時に帯が邪魔かと思って。それに浴衣もシワになるだろ。あと髪飾りも痛いかもと思ってとったから」
「え、てか、マジで玲奈寝てたの?」
透と伶、2人にじっと見られる。
「うっ…うう、車に、乗ったところまでしか覚えてない…」
その答えに、ふぅ…とため息をつく伶と、えー!って呆れた声を出す透。
「昨日って、浴衣を脱がしてエッチするのが一番のイベントでしょ!?」
「えぇっ!?」
「そりゃお前だけだろ。念願叶ってよかったな」
そ、そっか。
透はマユちゃんと……。
「あれ、透はどうしてウチにいるの?」
「マユカが仕事行くって言うから、朝帰ってきたんだけど。家の鍵忘れちゃってたから、奈々子帰ってくるまで家に入れないんだよね」
「そうなんだ。それで昨日と同じカッコなの…」
「伶の服借りにココきたら、玲奈がいたんだよ」
「ハイ」
伶がクローゼットから服を出してきて、透に手渡す。
「あっ、そーだ。伶!奈々子にオレとマユカがイチャイチャしてる写メ送っただろ!」
透は服を受け取ると、着ていた浴衣の帯をスッとほどいて着替え始める。
「俺らの誕生日の時、帰りに玲奈を唆しただろ。そのお返しだよ」
「そそのかしたとは人聞き悪いな。てことは、オレのお陰で上手くいったってコトだろ~?玲奈からちゅーされるなんて幸せじゃん」
「あああ…わ、私っ!お風呂入って部屋片付けてくる!」
隣で裸になって着替える透と、その会話に堪えられず、伶のベッドから降りると逃げるように部屋から出た。
…伶、気づいてたんだ。
透に言われて、私からキスしたんだって…。
でも…あの時。
自然に伶に触れたいなって思ったんだよ。
ドキドキで心臓がおかしくなりそうになるのが嫌なだけで、キスするのが嫌なわけじゃないもん…。
変だな。
伶の唇を思い出しただけで、すっごくドキドキする。
昔はこんな感じじゃなかったのに。
もっと先までしてたのに…。
「あああああ…!!」
何考えてるんだろう、私!
ザッとシャワーを頭から浴びる。
心を落ち着かせたい…なのにザワザワする。
お風呂から出て、自分の部屋に戻って片付けをした。
服やら雑誌やら化粧品やらが散乱した室内。
このカオス状態を伶に見られてしまうなんて…。
昨日の花火大会、楽しみだったんだ。
前に紗弥が写真見せてくれた時から。
伶と一緒に、そういう素敵な場所に行けるのが、ものすごく楽しみで。
少しでも"可愛い"って思ってもらいたくて。
雑誌読んだりネイル凝ったりして。
そんな時間がすごくワクワクして楽しかった。
そういえば、
可愛いって言ってもらえたな…。
思い出して、心がふわふわって温かくなった。
時計を見ると、もうお昼近くになっていた。
昨日はまた寝ちゃって伶に迷惑かけたし、ランチは私が作ろう。
そう思ってリビングへ行く。
…伶たちは、練習部屋かな?
誰もいない部屋を見回すと、テレビの前にあるテーブルに、充電器が挿してある私のスマホが置いてあった。
「伶…やさしい」
昨日たくさん写真や動画撮ったから、電池の残量少なかったんだよね…。
開いてみると、メッセージがたくさん来ていた。
紗弥からものをタップする。
『玲奈ずっと返信ないけど、伶と夜を楽しみすぎたのかな?』
「ひゃっ!」
メッセージを見て、思わずスマホを落としてしまう。
透と同じこと言ってー…。
『帰りの車で寝ちゃって、さっき起きたよ』
そう返信すると、すぐに次のメッセージが来る。
『いいよ誤魔化さなくても。花火見てる時イイ雰囲気だったもんね~♪』
…えっ。
『浴衣なんて普段見れないし、お互いに萌えて乱れまくるでしょ』
乱れまくる…!?
…なんでみんな、そんなことを。
花火大会のあとって、そーゆーモノなの?
あの高揚した気分のまま、そんな感じになっちゃうってことなのかな。
あああ…もう、本当なのか、からかわれてるのかも分かんない。
返信も打てず、スマホをソファに放り投げる。
…伶は、どうだったのかな。
もし、透や紗弥の言う通りだったら。
私、がっかりさせちゃったのかな…。
「ダメだ…ごはんつくろう」
なにか他のことで気を紛らわせないと!
今日は考え事が多すぎて、落ち着かない。
昼食を作り終えて、伶と透を呼びに練習部屋へ行く。
「れ——…」
ドアを開けて名前を呼ぼうとして、その場で固まった。
2人が弾いているピアノの音。
その熱が…。
驚いて立ち尽くしていると、瞬時にその音と熱の中に引きずり込まれた。
伶から透と一緒にジャズ弾いてるって聞いてたけど、いつもクラシックを弾く時の2人の音と全然違う。
…熱い。
伶の静かな青い炎と、透の情熱的な赤い炎が混ざり合う感じ。
聴いている方の心までも、その炎に飲み込まれる。
全身の血が沸騰する…。
「あ、玲奈。聞いてたの?」
伶に声をかけられて、曲が終わっていたことに気づいた。
「…あ、うん…。なんか、びっくりしちゃった」
呆然としていて、うまく答えられない。
いつもは、種類が正反対の2人の音が混ざって、感情豊かな華やかな世界が広がるのに。
私の、知らない音……。
「どうだった?」
「…Lebendiges bild…」
「お、いいね。鮮烈か」
透が笑う。
"鮮烈なイメージ"
いい言葉を思いつかなくて、そう答えた。
なんだろう。
言葉にできない…。
ワクワクするって言ったら薄っぺらくなっちゃうし…。
もっと聴きたい、もっと…!っていう気持ちは、どう表現したらいいのかな。
部屋の中に入って、ドアを閉める。
「初めから、聴きたいな」
ピアノのイスから立ち上がってる伶に向かって、リクエストしてみる。
「いいよ、もう一回弾くし」
「今さあ、動画撮ってるんだよー。画面構成考えてて何回か弾いてたんだよね」
伶と透が口々に答えてくれた。
「動画?」
「そうそう。前にケイのところで弾いたでしょ。あの時撮ってもらってた動画見せてもらったら、面白くて。自分たちでもやってみよーってなったんだよね」
…ああ、それで伶はお誕生日の時に、新しいビデオカメラ欲しいって言ってたんだ。
それに伶は、動画の編集とかするの、好きだもんね。
「楽しそうだね!」
「だろ~」
カメラのアングルを決めた伶が、イスに座る。
タン…ッ。
最初の一音が押される。
そこから、ぐんっと引っ張られるようにして、気づいたら熱の中に放り込まれていた。
…さっきと同じだ。
この、全身の血がたぎるような感じ…。
まるで、熱狂の渦の中にいるような。
しばらく経って、ようやく何の曲を弾いているのかを理解した。
熱に浮かされて、ただ聴こえてくる音を追うのにいっぱいいっぱいになっていた。
バッハの"イギリス組曲"の第3番のプレリュード。
それをジャズの連弾にアレンジしてるんだ。
…すごいな、2人とも。
弾いている音もすごいけど、アレンジできるのもすごい……。
「玲奈?」
透に名前を呼ばれて、ハッとする。
…曲、終わってたんだ。
圧倒されたまま、固まってた。
「あ…。ジャズじゃない、ふつうのも、聴かせて」
聴き比べてみたくて、そうお願いした。
2人は頷いて、またピアノの方を向いてくれる。
同じ曲の、クラシックバージョン。
…そう、これ。
こっちは聴き慣れた音で安心する。
わっと華やぐような音が広がって、その美しく綺麗な世界にうっとりする。
こんなにも全然違うなんて。
これ、伶と透が別々に、ひとりで弾いたら、また違う音なんだよね。
不思議だなあ…。
「どう?満足した?」
曲が終わって、伶が私の方を見る。
「うん。…音の種類が全然違うの、聴き比べたかったの。ありがと」
お願いした理由を言うと、伶と透は2人で顔を見合わせた。
「音の、種類?」
透にそう尋ねられる。
「うん。聴こえる感じが、ジャズとクラシックで全然違うから」
「ふーん……」
私の答えに、伶と透はそう言って黙ってしまった。
…あっ、そうだ。
「お昼ご飯できたから、2人を呼びに来たんだった!」
本来の目的を思い出す。
そんなのスッカリ忘れて、演奏に聴き入ってしまった。
「あー、もうお昼か~」
「ほんとだ」
2人は時間を忘れていたようで、口々にお腹空いた~と言いながら、練習部屋を出た。
3人でわいわいランチを食べたあと。
「じゃ、俺、動画の編集でもしようかな」
伶がそう言って席を立った。
「え~。それじゃあオレは玲奈と楽しい遊びをしよう」
透がニコニコ笑って私の手をとる。
楽しい遊びって何かな、ってワクワクしていると、鬼のような顔の伶が透の頭をつかんだ。
「健全なやつな?」
「いっイタイイタイ!!」
「パソコン取ってくるだけだし。俺も同じ部屋にいる」
伶がリビングを出て行って、透は伸びをしながらソファに座った。
「さー、玲奈。なにしよっか?…あっ」
「え?透、コーヒー飲む?冷たいのでいい?」
「うん、ありがと」
冷蔵庫からアイスコーヒーを出してグラスに注ぐ。
自分の分と2つ持ってソファへ向かうと、透がスマホを私にハイっと差し出してきた。
「ソファの上に置いてあったよ。玲奈のでしょ」
…あ、そうだ。
さっきランチ作る前に、ソファに放り投げたんだった。
「紗弥からメールきてるよ。イチャイチャの感想聞かせてねって」
「えっ!?」
テーブルにコーヒー置くのに、グラスを倒しそうになる。
「ポップアップで見れるんだけど。ねーねー、これオレが返信してもいい?」
「ダメだよっ!!」
ソファに飛び乗って、透からスマホを返してもらった。
「ホラ、紗弥も言ってるじゃん。昨日みたいな日に、勢いでやらなくてどーするよ。毎日一緒にいて、いつ、キッカケ掴むの」
透と紗弥が言いたいことは、そういう事だったんだ。
そーゆー雰囲気になるには…ってコトね。
それは分かったけど、でも……。
「そんなの…まだできる気がしないっ」
ソファの上で膝を抱えて、透からプイと顔を背けた。
「そーだなぁ…。ちゅーしてる最中に寝ちゃうくらいだもんなあ。最後まで行き着くにはまだまだかもなぁ」
「ちょ!!何で知ってるの!」
そっぽ向けてた顔をすぐに透の方へ戻す。
焦ってる私を見て、透は声を出して笑った。
「さっき伶から聞いた~」
「そんなことまで…っ」
「…でも、よかったね。ちょっと進歩じゃない?玲奈、前に無理って泣いたから、オレけっこう心配してたんだよ」
透は優しく笑って、私の頭を撫でる。
いつもは冗談ばっかり言うのに、こういう時、すごく優しい。
そのまま透の肩に寄りかかった。
「…透、幸せそうだから、お裾分けしてもらう」
「いいよ~。マユカとまた会えるようになったのは、玲奈があの時『早く行って』って背中押してくれたおかげだから」
…ケイさんのお店でのことだ。
透だけを真っ直ぐ見つめる瞳。
話に聞くだけで、顔は知らなかったけど、すぐにピンときた。
2人がうまくいってよかったな…。
「2人とも楽しそうだなあ?」
「きゃあ!」
透にくっついていると、突然ソファの後ろから伶の声がするとともに、肩をポンと叩かれた。
びっくりして振り向くと、笑顔だけど怒っている伶の顔。
「いやだなあ伶。まだなんにもしてないよ」
「まだって何だ!まだって!」
透がまた冗談言って、言い合いになったのをじっと見ていたら、伶と目が合う。
2~3秒、私を見つめて、伶はふぅっと溜息をついた。
「…離れてろ」
伶はそう言って私の頭を撫でると、ソファの端のシェーズロング部分に足を伸ばして座った。
足の上にノートパソコンを広げて、ベッドホンをする。
「ヤキモチやきだな~伶は」
「えっ?」
透の言葉に、思わず聞き返してしまう。
「聞こえてるよ!!」
「あれっまだ聞こえてたか」
隣から伶が口を挟んできて、透が笑う。
伶の方を見ると、少しだけ顔が赤いのが分かった。
…ヤキモチ、やいてくれるんだ…。
ちょっとうれしい。
夕方まで透とテレビゲームで遊んだ。
伶はその間、ずっと横でパソコンをいじっていて、たまに騒いでいる私たちを見て笑う。
「おっ、奈々子が家に着いたって連絡してきたから、オレ帰るわ」
ちょうどゲームを片付けたあと。
透がスマホを見てソファから立ち上がる。
それに気づいた伶が、ヘッドホンを外した。
「帰る?あとで動画送るね」
「よろしく~」
伶はそのまま動かずパソコンをいじっていたから、私が玄関まで透を見送る。
「じゃあね、玲奈。前回来た時のオレのアドバイスが役に立ってよかったよ…!」
玄関先で透にギュッとハグされる。
…キスの話だこれ。
透に、玲奈からしてみればって言われた時の…。
「それわざと言ってるでしょ」
「バレた?」
そう言って笑う透を、私もぎゅってする。
「もっと頑張ってレベル上げなよ?」
ポンポンと最後に私の頭を撫でると、透は帰って行った。
玄関の鍵を閉めて、リビングへ戻る。
レベル上げなって言われても…。
どうすればいいのか分からない。
…そういえば、昨日の私のバッグどこだろう。
部屋の中を見回すと、キッチンのカウンターチェアの上に置いてあることに気づいた。
とりあえず透の話は忘れて、頭の中を切り替えよう。
朝からなんだかあっという間にこの時間になってしまって、中身の整理もしてない。
バッグの中にビー玉が入っていたことを思い出して、それを取り出した。
昨日、私が欲しいって言って、ラムネの瓶から取り出してもらったビー玉。
みんなでわいわいできて、楽しかったな…。
「…あっ!」
手のひらに乗せて転がしていたら、落としてしまう。
どこ??
転がっていってしまって、床に這いつくばって探した。
「…あ、見つけた」
ダイニングテーブルの下にあるのを見つけて、そこに潜り込む。
「おい玲奈、パンツ丸見えだよ…」
「えっ!?」
「あっ…」
ガツン!!
突然、伶に声をかけられて、驚いて立ち上がろうとしておもいっきり頭を打った。
そうだよ、テーブルの下にいたよね、私…。
「いたい…」
とりあえずテーブルの下から這い出て、床に座り込む。
「ごめん、俺が声かけたから…。大丈夫?」
涙目になっている私の隣にしゃがみ込んで、頭を撫でてくれる伶。
ぐすっと鼻をすする私を見て、伶は困ったような顔をする。
「泣かないで」
こどもを諭すみたいにそう言って、手のひらで私の頬を包むと、目にたまった涙を指でぬぐってくれた。
…伶の手、温かい…。
このまま触れていたいなって思ったけど、その手はスッと離れる。
「…ほら」
伶はテーブルの下からビー玉を拾って、私の手のひらに乗せてくれた。
「それ、どうして欲しいって言ったの?」
手に乗せてもらったビー玉。
それを見て、伶が私に尋ねる。
「…太陽に透かしてみたらキラキラしてて」
手のひらの上にあるビー玉を見つめた。
ただのガラス玉だけど、これは特別に思えたの。
3年ぶりに、欲しいと思った。
光り輝く夢のような想い出が。
「昨日、みんなと一緒にいれてすごく楽しかった。そのキラキラしたものがこのガラスの玉に詰まってる気がして欲しくなったの。これ見る度に、楽しかった日のこと、思い出せるでしょ?」
「そっか」
伶の顔を見ると、優しい顔で笑っていた。
…あ。
どうしよう。
今、すごく伶に触れたい……。
「ほら、立って」
先に立ち上がった伶が、私に手を差し出してくれる。
その手を掴む。
「…玲奈?」
立ち上がっても、掴んだ手を離したくなかった。
伶の手を握る指に力が入る。
でも、何て言えばいい?
なにか早く、言わないと…
「れ…伶も、昨日浴衣でいちゃいちゃしたかった?」
「…え?」
ちっ違う———!!!
そういうこと言いたかったんじゃないのに…!
一気に顔が火照る。
「まあ。そーだな」
「えっ!?」
思わず顔を上げると、伶が意地悪そうな顔で笑っていた。
「透と紗弥に言われたから聞くの?」
「え…えええっ」
そーじゃない、いやそーじゃなくもない。
頭の中すごいパニック。
「伶がそれで、がっかりしてたら…やだなって思って…!」
何とかそう言うと、伶は吹き出す。
「しないよ、そんなことくらいで。それに帯をほどいて浴衣をはだけさせるってゆー、男のロマンは味わったしな」
「ロマン!?」
「…おいで」
そんな優しい声とともに抱き寄せられた。
「伶?」
「ぎゅってしたいのかなと思ったんだけど、違った?」
「…あ、あってる……」
なんで分かったのかな。
ぎゅって抱きしめられて、すごくドキドキするのに、どこかで安心する気持ちがある。
伶の胸に顔をうずめて、体温と鼓動を感じた。
頭を撫でてくれる、伶の手が大きくて温かい。
…気持ちいいなぁ……。
ずっとここにいたい。
「…私、透に唆されて、伶にキスしたんじゃないよ。私がしたいなって思ったの」
頭を撫でてくれていた伶の手の動きが止まる。
「玲奈、離れて」
…え、何かいけないこと言っちゃった?
ぐいっと肩を押されて、伶から引き離される。
「ごめん玲奈。今、抱きしめてると、めちゃくちゃにしちゃいそう…」
真っ赤になって、顔を逸らす伶。
…うそ。
ドキンと心臓が音を立てた。
またドキドキとうるさく鳴る。
どうしよう、私、それでも離れたくないって思ってる。
伶が私にドキドキしてくれてるのが、嬉しい。
右手でそっと、伶の指に触れた。
「何で言うこと聞かないんだよ…」
それに対して何かを言葉にする暇もなく、抱きしめられて、唇が塞がれた。
———もし、
もし願いが叶うなら。
きらめく幸せな思い出とともに、
私と伶をキラキラと陽に光るビー玉の中に閉じ込めて。
大事にされなくていい。
その辺の道端に落ちてるようなものでいい。
誰も見向きもしない、
ガラスの玉の中で
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最高に幸せなの。
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