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第2章 夏

11. (Ray side)

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この世には、2つの世界がある。

外の、現実に生きている世界。
それから、自分だけの内なる世界。

俺の中の世界が真っ黒な闇に堕ちたのは、
玲奈を愛することが罪になると知った、その瞬間だった。

その時から、
真っ白で綺麗な心の玲奈が
俺の世界を照らす光。

玲奈に向けられる黒い感情はすべて、
俺が受け止めればいい。

暗闇の中で、そう決めた。




「伶クン、伶クンじゃない!?」

透と2人で屋台で買い物を終えた時、俺の名前を呼ぶ2人の女の子がいた。
「久しぶりだねっ」
「ウチらのこと覚えてる!?」
そんな風に言うのは…。
すぐに、ピンときた。
「…あぁ…」
会いたくないというか、思い出したくないというか。
その空気を察してか、女子には愛想よく話しかける透も黙っていた。
「おとなりはお友達?」
「もしかして2人?」
…んなわけあるか、祭りに男2人で来ないだろ。
そう思ったけど、言葉にするのはやめる。

自分がどうやらモテるらしい…と知ったのは、転校してきてからしばらく経ってからだった。
そりゃ話しかけられれば喋るけど、女子には全く興味もなく、仲良くなった男子と雑談している方が気が楽だし好きだった。
その友達から、お前モテるよな~!って言われるまで、自分がそういうものの対象になっていることに気づいていなかったんだ。
言われてみてやっと、自分の周りでキャーキャー言っている声に気づいた。
今、話しかけられてる2人は、その煩い声のうちの2人だ。

どうやってあしらおうか、と考えている間に、2人はどんどん喋る。

……ウルサイ。

丁度、そう思った時だった。
「伶、透」
俺と透の間に、紗弥とマユカさんが立っていた。
紗弥が、俺の腕を軽くたたいて目配せする。

———玲奈か。

それで紗弥とマユカさんの2人が、ここに来てくれたんだ。
俺が理解したのを見て、紗弥がにっこり微笑んだ。
「ねぇ、伶、透。このブス女達、ダレ?」
マユカさんのその発言に、話しかけてきた女子2人が固まる。
「マユ、本人達の前でそんなこと言ったら傷つくでしょ」
「構わないわ、事実だもの。で、アンタたち、ダレなのよ」
マユカさんが険しい顔で、女子2人を見た。
美人の迫力にたじろぐ2人。
「あ…ウチら伶クンの中学時代の同級生で…」

ずっと、確信がなかった。
でも今やっと分かった。
さっきチラッと見た玲奈の様子。
玲奈を傷つけて酷い目に遭わせたのは…。

「この2人は、玲奈に暴言を吐いて学校に行けなくさせてくれた、玲奈のクラスメイトだよ」
透と紗弥とマユカさんにそう紹介すると、2人の顔がサーっと青ざめていく。

「へえ…。イジメた相手の兄に媚び売って取り入ろうとするなんて、どんな神経してるのかしらね?」
紗弥が2人にそう言った。

…ずっと考えていたんだ。
玲奈に酷いことを言った相手が分かったら、俺はどうする?って。
問いつめて謝罪させる?
同じような目に遭わせる?
いつも答えは出なかった。

だって、腑が煮え繰り返るほどのこの思いは、あの日玲奈を守れなかった、自分に対してだから。

「伶、もう行こう。この2人の近くにいるだけで反吐が出そうなくらい不愉快だわ」
紗弥に腕を引っ張られて、ハッとする。
あの2人には、みんなが言いたいことを言って、玲奈を守ってくれた。

…じゃあ、俺は?

目の前で震える2人の女を見る。
「ホント、どの面下げて俺に話しかけてきたか知らないけど。もう2度と俺と玲奈の前に現れるな」
それだけ言うと、2人に背を向けた。

復讐して、相手を傷つけたとしても。
玲奈は喜ばないだろう。
それにそもそも、俺が玲奈を守れていればこんなことにはならなかったわけだし。
だからせめて、玲奈の人生に不要な感情を与える人間は、もう2度と関わってこないように。
それだけを願って、忠告だけで留めることにした。

これで、全てが終わるように…。


みんなのところへ戻ると、透が気を利かせてくれて、何事もなかったように振る舞ってくれていた。
玲奈と一緒に居てくれた爽さんに会釈をして、透に先に行っててと合図をする。

「玲奈」
名前を呼んだ。

玲奈は、あんなに傷ついたのに、"誰に"そうされたかは一切言わなかった。
ずっとひとりで我慢していたんだ。
3年間も。

「おいで」
玲奈を抱きしめた。
嫌がるかもしれないって思ったけれど、止められなかった。
どうしても、腕の中にいれて言いたかったんだ。
あの日、こうしてあげることができればよかったのに…と、ずっと後悔していたから。

「守ってあげられなくて、ごめんね…」
それを伝えて、玲奈を抱きしめた手を離した。

玲奈はそのまま動かない。
人目があるところでこんなことしたから、怒ったかな…。
それともショックで動けない?
そう思った時。
玲奈のほうから、俺に抱きついてきた。
しかも、ぎゅっと力を入れて…。

…玲奈は、あの日の俺を、許してくれるんだろうか。

自分が情けないし、玲奈がこうしてくれることが有難い。
それと同時に、ものすごく懐かしい気分になって、自然と笑みがこぼれた。
「どーしたの?むかしみたいに甘えん坊に戻った?」
あの日までは、よくこうやってくっついてきてくれていた。
その時はいつも、玲奈の背中を撫でる。
すると顔を上げて話し出すんだ。
楽しかったことや、嬉しかったこと、
それから…

「伶、だいすきだよ」

……え。
突然…なに…?
まさか、そんなこと言われると思わず、玲奈を見たまま固まってしまう。
だけど言うべきことは、自然に出てきた。
「俺も玲奈が大好きだよ」
その答えに、玲奈は微笑む。
昔から変わることのない、その答え。

どうしてそんなことを言い出したのか、理由を知りたかったけど、人混みの中ずっとこうしているわけにもいかず、歩き出した。

少し歩くと透たちが待ってくれていて、屋台で買った食べ物を玲奈に頬張らせる。
それで喜んでいる玲奈。
さっきの出来事で、せっかくの花火大会を途中で帰るとか言い出さないか心配していたけど、笑顔が見れて安心した。

船に乗る時間があるからと、みんなで買ったものを食べながらそっちへ向かうことにする。
「伶、コレ知ってる?」
歩きながら、透にガラス瓶の飲み物を渡された。
「…知らない。何これ、どーやって飲むの?」
ラムネと書いてある飲み物。
飲み口に丸いモノが詰まっていて、飲めないんだけど。
「あっ、わかった!」
「ギャ!!伶、こっち向けんな!」
付属の栓みたいなヤツで、飲み口にある丸いモノを押す。
…と、中身が吹き出してきて、自分と透にかかった。
みんなで笑いながら歩く。
かかったラムネを拭いている間、瓶を玲奈に持ってもらっていたら、玲奈が瓶の中身を見て不思議そうな顔をしている。
「ね、このmurmel日本語でなんて言うの?」
「玲奈それは"ビー玉"と言うのよ」
ドイツ語が分かるマユカさんが教えてくれた。
「ビー玉!私これほしいなぁ…。出せるかな?」
瓶をかがげて中身を透かせて見ている。
「出せるから、中身飲んじゃいなよ」
「やった!」
紗弥に言われて、玲奈が瓶に口をつけた。
「ちょっと待った。俺、開けただけで全然飲んでない」
全部飲み干してしまいそうな玲奈から、ラムネの瓶を取り上げる。
距離ができてからは、玲奈が嫌がるかと思って回し飲みはしなくなっていた。
だからこんな些細なことが、すごく特別に感じる。


伯父さんに指定された桟橋へ着いて、連絡をした。
「伶くん!玲奈ちゃん!!」
すぐに伯父さんが手を振りながら歩いてくる。
それからみんなに挨拶をして、俺たちが乗る船まで案内してくれた。
「小さい船で申し訳ないけど、6人だし楽しめると思うよ。僕は仕事関係で帰りは挨拶もできそうにないけど、車を3台用意してあるから、みんなそれぞれ、それに乗って帰ってね」
それだけ言うと、伯父さんは掛かってきた電話に出て、手を振って去っていった。
「……さすが、噂のヤリ手社長だなあ。色々とスマートだね~」
隣にいた透が、俺の肩をポンポンと叩いた。
俺と玲奈にとっては、まだ会って数年しか経っていない、テンション高めのオジサン。
「有名なの?」
「テレビに出たり、雑誌に載ったりするくらいには」
…そうなのか。

「伶!透!早く乗ろう」
玲奈が俺たちを呼ぶ。

「お座敷だ!」
船の中に入ると、玲奈のそんな驚いたような嬉しそうな声が聞こえてきた。
船は自分が思っていたものと違くて、日本ってこういう船があるんだ…と驚く。

伯父さんが俺たちの誕生日プレゼントにと用意してくれたけど、言い出したのは母さんなんだろうな…。
玲奈が日本を楽しみたいなんて、言ったの初めてだったから。

屋形船には食事もついていて、ものすごく豪華なものが出てきてみんなでびっくりした。
笑い合いながらの食事は楽しくて、みんなで写真もたくさん撮った。
「そろそろ花火はじまるな~。上いこ、上」
透にそう言われて、デッキに出る。

外は蒸し暑くて、だけどたまに川をすっと吹き抜けていく風が心地いい。
「こんな広いプライベートな空間で、花火見れるなんて。もう、2度とないよね」
紗弥がそう言って笑う。
伯父さんは小さい船と言ったけれど、たぶん20人は乗れる船……。
それを6人だから、かなり贅沢なのは間違いない。
紗弥と爽さん、透とマユカさん、それから俺たちとバラバラに座った。

「楽しみだねっ」
玲奈が隣で笑う。
その笑顔につられて、そうだね、と微笑んだ。
「…昼間のこと、大丈夫?無理してない?」
今聞くべきか迷ったけど、気になって玲奈にそう尋ねた。
玲奈は俺を見ていた目をパチパチさせたあと、視線を外して、うーん…と悩む。
「…あのね」
少し待っていると、玲奈が話し始めた。
「私ずっとあの"声"が怖かったの。伶とのこと色々言われた時の、あの悪意のある声がずっと頭から離れなくて。前に伶とお買い物してた時も、あれが聞こえてきて、その場にいれなくて外に出ちゃったの」
そうか…。
俺には分からないくらいの"音"を拾える玲奈は、今日もそれを聞いてしまったんだ。
混雑していて距離もあったのに、それでも聞こえるんだな…。
「少し前…紗弥に、その酷いこと言われた話の一部をしたら、そんな人たち許さないって言ってくれた。今日それで紗弥が、マユちゃんも、私の味方してくれて嬉しかった」
「そうだな。紗弥たちは相手をしっかりやっつけてくれたよ」
「その時にね、爽さんがアドバイスをくれたの。大事なのは、自分を大事にしてくれてる人の声と自分の心の声を聞くことだよって。それで、昔パパに言われたことを思い出した」
玲奈は俺を見て微笑んだ。
「自分の心で聴くようにすれば、好きな音だけを選んで聴けるようになるよって。だから、もう平気。嫌な音に反応してビクビクするのはやめる。聞かないようにする」
「そっか。…玲奈、強くなったね」
そう答えたところで、ドンと花火が上がる音がする。
「ひゃぁっ!」
驚いた玲奈が俺の腕にしがみついてきた。
それが可愛くて、声に出して笑ってしまう。
「お…思ってたより、花火の音、大きくて…」
「玲奈、顔上げて。空見て」
「…わぁ……」

花火が上がるたびに、沸き起こる歓声と拍手。
「キレイだね…」
うっとりとした表情で花火を見つめる玲奈が可愛い。

……あ。
そこでようやく気づく。
最初の一発目の音で驚いた玲奈が俺にしがみついてきて、そのままずっと俺の腕をぎゅっと掴んでいたことに。
「伶?花火みないの?」
視線に気づいた玲奈が、俺の顔を覗き込んだ。
「いや、玲奈がかわいいなーと思って」
「えっ!?…あ!あっごめん!」
しがみついている腕を見ると、玲奈が焦って俺から離れる。
無意識だったのか。
顔が真っ赤だ。
「何で離れんの」
手を差し出すと、玲奈はそれを握り返してくれた。

「…そういえばさ。何で昼間、突然、すきだよって言い出したの?」
「えっ!?」
次の花火が上がるまでの間。
玲奈に尋ねてみる。
「あれは…。その…」
目を泳がせて困った顔をしている玲奈。
「伶が、守ってあげられなくて、そばにいれなくてごめん…って言ったから」
「ん?」
「いつもずっと、私のこと守ってくれてるのに、あのたった一回で自分を責めて欲しくなかったのと、私も伶のためにもっと強くなりたいって思って…。だいすきだから」
「………」
ヤバイ。
そんな
こと言われるとは、思ってもなかった。
傷ついていたのは自分なのに、俺を守りたいって…。

玲奈は、優しくて強い。
俺なんかよりよっぽど。

「あ、私も伶に聞きたいことがあるんだった!」
赤くなってる顔を見られたくなくてそっぽを向いていると、玲奈がこっちを向いてと言わんばかりに腕を引っ張る。
「…なに?」
「お誕生日の時の事なんだけど」
「うん」
「私が泣きそうになったあと、伶が言ったでしょ?まず一つ目、次に二つ目って。あれってもしかして、三つ目があったりした?」
…ああ……。
「なんでソレ、今言うかなあ…」
「え?」
そう、玲奈の言う通り。
アレには三つ目があったんだ。
「まあ、三つ目は言わなくても叶ったんだけどね」
「えっ?」
「言おうか?」
繋いでいない方の手で、状況が飲み込めていない玲奈の頬に触れる。
「…最後に三つ目、今度はちゃんと言ってからにするから、俺から玲奈にキスしてもいい?」
「ぇ…?う…うん……」
本心なのか、勢いに流されただけなのか。
玲奈が返事をしたのを聞いてから、顔を近づけた。
視線が合うと、玲奈は恥ずかしそうに目を伏せる。
触れている玲奈の頬が熱くなるのを感じた。
「今度は寝るなよ」
それだけ言って、玲奈の唇に自分の唇を重ねる。

丁度その時、花火が上がる音がした。
それがいくつか連続で聞こえる。
最後に散っていくパラパラ…という音で、玲奈の唇から離れた。

途端に力が抜けて、ふにゃっと崩れる玲奈を支える。
「大丈夫?」
「…ぁ、だ、だいじょぶじゃ、ない…」
肩を抱くと、そのまま寄りかかってくる玲奈。
耳まで真っ赤になっているのが分かる。
「そこー!さっきからイチャイチャしてるな」
「きゃあっ!!」
前に座っている透が振り向いて、俺と玲奈に声をかける。
それに驚いて声を上げる玲奈。
あんなにふにゃふにゃして俺に寄りかかっていたのに、透の声に驚いてシャキッと自分で座れるようになったのが可笑しくて笑ってしまった。
「見られちゃった!!はずかしいよー!」
透が前を向いてから、玲奈が小声で俺を怒る。
「平気だよ。透もしてる」
「そういう問題じゃないの!」
頬を膨らませる玲奈がかわいい。
「どうして笑うの!?」
「カワイイから」
「伶っ」
俺を見上げる玲奈の唇を、人差し指で軽く抑えた。
それから前を向いてと目で合図する。
「………っ!!」
玲奈は顔を前に向けると、すぐに逸らして俺に抱きついてきた。
透とマユカさんが、ものすごくいい雰囲気になっているところ。
本人に言うとめんどくさいから言わないけど、透はイケメンだし、マユカさんは美人だし。
絵になるというか…まるで映画を見ているかのよう。
見ているこっちの方がドキドキするようなそのシーンに、玲奈は耐えられないらしい。
ぎゅっと俺に抱きついている玲奈の耳元で囁く。
「言っとくけど、さっきのは誕生日の日の分で、今日の分はまだだからね?」
「!!!」
俺の言葉に反応して顔を上げた玲奈は、驚いたような困ったような顔をしている。
「花火、見よう」
そう言うと、すぐに安心したような表情に変わった。

空を見上げると、始まった頃にはまだ夕暮れの名残りで明るかったのに、すっかり夜空へと変わっていた。
そこへ次々と映し出される色とりどりの光。
夜空を美しく飾っては、儚く散る。
時間が経つごとに増していくその美しさに、ただただ感嘆した。

ドン!と一際大きな音が響いて、大きな花火が空を彩る。
「わぁ…届きそう」
頭上から降ってくる光が触れられそうなほど近くて、玲奈が手を伸ばした。
「…キレイだね」

これまで見たことがある花火の中で、今日の花火が一番綺麗だ。
隣には、昔と変わらない距離に玲奈がいる。


玲奈は、俺のためにもっと強くなりたいと言ってくれたけど
強くならなくちゃいけないのは、俺だ。

子どもの頃、父さんと約束したはずなのに。
まだ全然足りないでいる。

もっと。

もう2度と、
玲奈を守れないことがないように。

玲奈にはいつも、幸せでいてほしいから。



———もし、
もし願いが叶うなら。

花火の光が映って輝く玲奈の瞳に、
俺以外のものを映さないようにしてほしい。

幸せも、楽しさも、嬉しさも、
俺が全てあげるから。

この夜空を彩る花火のように、
俺の真っ黒な心に明るい光をくれるのは
玲奈だけなんだ。
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