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1. 春

chapter3

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 優香と私は、あの実験以来よく話すようになった。
 そして今、私たちは大学2年生になった。私と彼女は付き合い始めており、大阪県内のマンションを借りている。大阪県というのは、私たちが高校生だった時期に終わった第三次世界大戦で日本が社会主義と資本主義に分かれた結果できた名前である。
 私と彼女は県内の大学に通っており、同じ生物学科に属している。私と彼女は毎日を共に過ごしてきた。彼女の首筋には小さなホクロがある。私しか知らない小さな小さな斑点だ。彼女に私のサイコパス的側面は言ってはいないが、少しは知られている気がしている。彼女を映画に誘った時にいわゆるグロい殺人サスペンスだと伝えると、「そういうの好きだもんね。」と言われたことがある。私は彼女にそんな態度を見せたことがない。いや見せたつもりがないのだ。しかしあれから彼女には私を少し知ってもらえた気がした。

 ある日私と優香は春用のカーテンを買いに出かけた。元々は午前中には出かける予定だったが彼女が私を起こすことはなく昼過ぎの外出することになった。よくよく考えると、これは久々のデートだったのかもしれない。基本私たちは家から外には出ない。インドア派な私と本を読んだりクラシックを聞く優香では外に出かける機会の方が少ないのだ。部屋を出ると、枯れた桜の花びらがたくさん落ちていた。つい最近大学に行った時には、たくさんの花びらをつけていたその木は、今年も生命を全うしたかのようにピンクの肌をなくしていた。そんな中地面に落ちた桜の花びらから香る春の匂いに私はドキッとした。彼女が買いたいと言っていたのは、少し明るめのピンクがかった色のカーテン。これは彼女のお気に入りの色だった。1枚の桜を目に近づけたとき、その反対側から見える太陽の光がとても好きなのだと彼女は言った。桜色に似たそのカーテンを手にしながら言った、その言葉の意味は分からなかったが、私には特にこだわりがなかったので彼女の好みに合わせた。そして、買い物が終わりそのまま近くのカフェに寄った。ここは優香とよく来ていた。優香がいつも頼むのは決まってブラックコーヒーと季節のケーキだった。私は苦いものが苦手でよくクリームソーダを頼んでいた。今では飲めるのかもしれないが、私はこのシュワッとした甘い飲み物を手放す気にならない。大人になってしまう気がしていた。彼女が口付けたカップからは湯気が出ており、湯気越しに見る彼女の指は血管が少し見え、私の視線を奪っていた。
「何を見ているの?」
「手が綺麗だなって。」
「そ、この爪はね、〇〇さんにやってもらったのよ。」
そんな会話が続いた後、私たちは店を後にした。時刻はもう18時を過ぎていた。

 家に入った時にはカーテンのない机と飲み残しのミルクが置かれた新居のように見えた。私がミルクを片付けている間に優香はカーテンを取り付け始めていた。まだ少し明るい外だったが、そのカーテンからは桜のような色は見えなかった。ついさっきまでカフェにいた私たちはお腹が減っておらず、久々の外出で疲れていたのか二人してベッドに転がった。狭いベッドだが、私たちはこのベッドを気に入っている。この狭い空間に無理やり入り背中越しに聞こえる呼吸に落ち着くのだ。そして私は彼女が寝た後に首筋にキスをする。それでも今日はまだ早く彼女は寝ようとはしない。少しずつ私の中の欲求は大きくなっていく。彼女の首筋にキスをしたくなるのは何故だかは分からないが、私はその行動を彼女が寝ている時にしかしたことはない。しかし今は違った欲求が大きくなり、耐えられなくなったのだ、寝転がった彼女の首筋にキスをすると、彼女は驚いてしまったのか、避けてしまった。その時に少し歯に当たり、彼女の首筋に小さな傷がついてしまった。そしてそこからは少しの赤い液体が漏れ出ていた。彼女はそれをすぐに拭き取ったが私にはその色を忘れることはできなかった。彼女はそのキスの後すぐに立ち上がり、料理を作り始めた、まるで何もなかったかのように、そして今起こった何かから逃げるように。聞こえないはずの距離にある電車の音が聞こえた気がした。それくらいの沈黙が30分ほど続いた後料理ができた。時刻は21時になる前だ。私達にしてはかなり遅めの夜ご飯にはなったが、お腹は減っていなかった。それでも少し前までの長かった沈黙に耐えることはできず、ゆっくりと会話をしないように咀嚼を続けていた。それから少し時間が経った時彼女が口を開いた。
「さっきのあれはなんだったの?」
「キスしただけだよ。」
「あんなところに普段したことないじゃない。それに・・・」
「それに・・何?」
「血が出たでしょ? その時のあなた映画を見るような目で見ていたわ。」
「・・・・・」
少しの沈黙が続いた後、また何もなかったかのように彼女は席を立ち、片付けをし始めた。彼女が食事を途中で止めることは珍しいが、何か怒らせてしまったのか。何も私には分からなかった。ただ脳裏には彼女の首についた赤い液体がこびりついていた。
 その夜改めてベッドに入った時彼女は私の方を向いていた。背を向けて寝ていなかった。私は優香に何を求められているのかは分からなかったが、彼女にキスをした。優香はそのキスに抵抗することはなく、布団の下で手を握り締めてきた。そしてキスが終わると彼女が目を合わせ私に言ってきた。
「もう一度さっきのをして」
私は優香がどういう気持ちなのかは分からなかったが背中を向けられたことで首筋にキスをしてしまった。後ろから彼女の背中を抱きしめ、彼女はその腕を抵抗することなく握り締めた。そして彼女の胸元に手を当てながら、首筋にキスをしていた。少しずつエスカレートしていき、私の腕は彼女の服の下に、それから私たちはどんどん性に溢れていき、性行為をした。彼女の行動から性行為が始まることは少なかったため、私は驚きと共に彼女への可愛いという感情が止まらなくなっていった。性行為が終わった後には、彼女を抱きしめ首筋にキスをしていた。彼女の胸元はキスマークのようなものがついており、性行為の間についてしまったものだと理解した。そして私は彼女を独占したいという気持ちから彼女の首筋にもキスマークをつけることにした。キスをすると彼女の首からは鉄の味がした。さっき傷のついた箇所が再び開いたのだろう。私はそれでもなおキスをし続けた。するといつの間にか彼女は寝てしまっていた。私は首にキスをし続けていたのにそれでもなお彼女への愛が止まらなかった。独占したいという欲求に駆られ続けてしまっていた。
 そしてその夜私は1度目の間違いを犯してしまったのだ。
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