任せてもいいですか 03・架空彼氏の疑惑と誘惑。

也菜いくみ

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が、俺とお前のこと疑っている。頼むからいちどあいつに、お前の彼氏を会わせてやってくれないか?」
「それ、あいつに云われたの? そう云ってくれって? 俺ずっとあいつにそれ云われてるんだけど?」
「そうなのか?」

 それについては、篠山はまったく知らなかった。よもやふたりのあいだで、そんなやりとりがあっただなんて。浮かんだその光景に、思わず噴きだしそうになる。

「もうなんども断ってるんだよ。んで? あいつは匡彦からだったら聞いてくれるとでも思ったのか? んなわけないだろうが」
「いや、祐樹にはなにも云われてないよ。俺が勝手にお前に頼んでるの」

「なんで? そんな必要ないだろ? 高校生みたいなこと云いださないでよ、いい:年齢(とし)したおとなが恥ずかしい」
「そんな必要があるんだよ。――あいつさ、俺とお前がてるって思ってるみたいだから」
「――はぁっ?」
 遼太郎が思い切り眉を顰めた。

「なんでだよ。んなの否定すりゃいいじゃないか」
「云っても理解できない、奇特な脳の構造してるんだよ」
「なんか証拠でもあるのかって、云い返せよ。仕事で忙しくてそんな暇ないって、押しとおせ」

 相手をしていられないとばかりに背を向けた遼太郎が、持っていた紙袋をばさっとソファーの横に放りだした。彼のうなじについた咬み痕はとても目立っている。
「その仕事で忙しいはずのお前が、んなキスマークつけてくるから、じゃあ相手は俺だろって祐樹は考えたんだよ」
「――っ‼」

 一切こっちを見てこない遼太郎が強張ったのが、後ろ姿からでもわかった。首も耳のうしろまで、もう真っ赤っかになっている。
「……着替えてくる」

(あぁぁあぁっ。もうっ、失敗かっ)
 くるりと振り返り自分を押しのけた遼太郎は、静かにリビングを出ていった。きっと着替えを置いている客間で、ここではできなかった痕の確認をして、地団太を踏むのだろう。

 交渉は決裂だ。しかも火の粉は、アレをつけた彼の恋人に今日中に飛んでいくに違いない。篠山はまだ見ぬ彼の新しい恋人の受難に同情した。
「くわばら、くわばら…‥」

 そして、もっとも同情すべきは、自分自身だ。
 おくびにも出さないだろうが、遼太郎がこのあと数日機嫌が悪くなることは確定だし、神野にいたってはもう、どこから手をつけたらいいのかさえわからないくらい、すでに面倒な状態になっていた。
 
  やっと迎えた休日の昨日。篠山は暫く神野を恋人としてちゃんと構ってやれなかったぶんを補うつもりで、彼とふたりきりの時間をゆっくり過ごそうと決めていた。
 悩みがあるなら話を聞いてやって、いっぱい甘えさせてやって、なんなら自分も彼に甘えさせてもらって。セックスだって朝に昼に、夕方に。なんどだって気が向いたらベッドに雪崩れこんでやればいいと。

 心も身体もじっくり彼と向かい合って過ごしたら、一日が終わる頃には彼の不安も気鬱も消え失せて、すべてが思い過ごしだったと笑ってくれるだろうと考えていたのだ。近所に買い物に出かけ服をプレゼントする予定だったし、外で食事をするつもりで店だって予約していた。

 ところがそれらはすべて台無しになってしまったのだ。原因は、なんの因果だろうか、――自分の過去の所業と、遼太郎がつけて歩いているあのキスマークのせいで、だ。
 
 土曜日の夜、春臣の協力もあって、神野は篠山の思惑通りにここに泊まっていくことになった。それなのに末広と遼太郎が帰ったあとも、なかなか仕事にキリがつけられず、篠山は長い時間神野をひとりで待たせてしまったのだ。

 それについては彼も分別がついているので、責められることもなく、――なぜか彼は絵を描きながら待っていたのだが――、篠山が仕事を終えてリビングに戻ってきたときには、労ってさえくれた。

 疲れすぎて食欲もわかず、時間も遅いからもういいかと夕食を抜いて、さっと風呂をすませた篠山が、ソファーに座っていた神野の肩を抱いたのは日付が変わるころだった。
「篠山さん…‥」

 神野の抱えたスケッチブックの白い紙に、四本足の鶏が描かれていたような気がした篠山は、それをとりあげると閉じてローテーブルのうえにおいた。
 気力も体力も限界に近いいま、そんな奇妙なものを見てムードさえも殺がれてしまうと、なけなしの性欲までもが消え失せてしまうではないか。

 気を取り直して恋人の細い顎をとり、軽いキスからこの夜の甘い房事ははじまった。
「待たせたな。こんどからは先に寝ていたらいいからな」
「……寝られるで……、しょうか、……んんっ……」
「なんだ? 興奮して寝れないか?……」
 キスのあいまに問うと、胸を押し退けてきた彼は「緊張して、です」と、唇を尖らせた。

 不満なのは揶揄われたことだけでなく、ここがまだソファーだったからだ。さすがにいつもみたいに彼を抱きあげる根性はなく、篠山は恋人の肩をぽんと叩くと、「ほら、ベッド行くぞ」と促した。

 セックスを知ってまだ間もない若い身体は、数日もあけると焦れてしまうようで、神野は前戯もそこそこに性急に身体を繋げたがった。風呂にはいったときに自ら準備をしたらしいが、案外そのときに、自ら身体に火をつけてしまっていたのかもしれない。
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