耽美令嬢は不幸がお好き ~かわいそかわいい従者を愛でながら、婚約破棄して勘違い男たちにお仕置きします~

神野咲音

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第二章

それぞれの愛人事情

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 レスターに会うため劇場に向かうヴィクトリアに、意外なことにユージェニーが自ら同行を申し出た。

 道中、離れていた間のことを報告し合う。


「エルベール・フォルジュといえば、セルマ様のお茶会で面白い話を聞きましたのよ」


 ヴィクトリアと別行動を取っていたユージェニーは、その間母のお茶会に参加していたらしい。

 アイラ領の有力な貴族家の夫人や令嬢を招いて開かれるお茶会は、華やかな見た目の裏であらゆる情報が飛び交う戦場だ。ヴィクトリアも母のお茶会ではかなり苦しい思いをさせられた。

 ユージェニーもかなり揉まれたらしく、その日の夜はぐったりとしていたが。それはそれとして、情報収集としては有意義な時間を過ごしたようだ。


「あの家、家族仲が冷え切っているらしいですわよ。現当主の愛人問題が原因らしいのですけれど」

「愛人って問題しか起こさないのかしら?」


 うまくやっているところも複数知っているから、そうではないとはもちろん分かっているけれど。

 そういえばポーラが平民として育ったのも、アーキン家の愛人問題がきっかけだったような。

 遠い目をしてしまったヴィクトリアは、頭を振って呑気な笑顔を頭から振り払った。


「エルベールのお父様って、イザリア帝国の軍務大臣でしょう。そんな立場の方が、分かりやすく愛人と問題を起こすのね」

「誰しも真実の愛とやらに目覚めてしまえば同じなのでしょうね」


 でも、フォルジュ家は少し違うらしいのです。

 そうユージェニーが語ったところによると。

 エルベールの生母、つまりフォルジュ侯爵夫人は、結婚前からヒステリックな性格で有名だったらしい。貴族には当然の政略結婚だったらしいが、性格に難のある夫人が侯爵に愛されることはなかった。そのことにさらに喚き散らし、嫌われるという悪循環。

 フォルジュ侯爵は当然のように外に癒やしを求め、身分の低い貴族の女性を寵愛した。その女性のために別邸を用意し、本邸に用がなければ帰ることすらない徹底ぶりだったようだ。

 とはいえフォルジュ侯爵も自分の子供に後継争いをさせるつもりはなかったようで、定期的に本邸に帰っては夫人との時間を持っていたらしい。

 しかしそれも嫡子ができるまで。夫人が男児を出産すると、本格的に別邸で暮らすようになり、夫人も子供も放置された。その放置された子供というのがエルベールだ。名前すら父親ではなく母方の祖父がつけたというから、本当に父親から目をかけられなかったのだろう。

 一方、愛人の方にも二年遅れて子供ができた。男の子だ。フォルジュ侯爵は大喜びして名前をつけ、可愛がっていたという。

 ヒステリックな性格のフォルジュ夫人が、それに激怒しない訳がなかった。


「そして、夫人は当時二歳だった愛人の子を攫わせて、奴隷商人に売り飛ばしたらしいですわ」

「……貴族としてあるまじき行為ね。魔力の血を放流するなんて。帝国ではこちらよりも罪が重いはずだけど」

「ええ。ですから、正確には元フォルジュ侯爵夫人ですわね。既に逮捕され、侯爵からも離縁されていますわ」


 そうなることを分かっていて、夫人は止まることができなかったのだろう。


「侯爵はすぐに愛人の子を探させたそうですが、夫人がまったく口を割らなかったらしく、犯行に使った部下も逮捕前に処分していたとかで。奴隷商人の行方が分かった時には、もう国外にまで逃げられていたと」

「……そして、アイラ領に」


 タディリス王国を含め、多くの国では人身売買が違法だ。もちろん帝国でも変わらないが、取り締まりの頻度や厳しさはそれぞれだ。治安の悪い帝国では、そういった犯罪者が野放しになっていることが多いと聞く。

 王国では領地にもよるが、アイラ領の取り締まりはかなり厳しい。奴隷商人も、逃げてきた先で捕まったのだろう。その際、少しでも罪を軽くし、言い逃れをするために、“商品”を捨てることは残念ながらよくある。逃げ出した奴隷たちがスラムに行き着いて――。


「……離縁された夫人の後釜に収まったのは、当然その愛人の方よね?」

「はい。エルベール・フォルジュは、自分に興味のない父親と、母親が逮捕されるきっかけとなった女性の元で育ったということですわ」

「そんな男が、売り飛ばされた弟を探す理由が分からないわね。恨んでいそうなものだけれど」


 そして、エルベールがリアムに見せた態度を思えば、それは正しいように思える。よく思わない弟を探し出して、家に連れ帰ろうとする意図は何か。


「だけどここまで詳細を知っているなんて、相変わらずお母様のお茶会は魔窟ね……」

「確かに凄かったですわ……。でもこの話、帝国では有名なんだそうですわよ。元夫人が逮捕されたせいで、一気に広まったらしいんですの。現夫人の方も、こちらは身分が低いながらもそれは美しい淑女として有名だったらしく。愛人時代から本妻の座にと推す者が多かったと」


 ユージェニーは馬車の窓から外の町並みを眺めた。

 愛人を持ちながらもうまくいっている家はいくつもある。ユージェニーの家もそうだ。跡取りであるユージェニーの兄、そしてユージェニーは本妻の子だが、その下の兄弟たちは伯爵の愛人が生んだのだという。しかし彼女の話を聞いている限り、彼らは仲がいい。デラリア領の財政が危うくなった時、愛人が家を出て身を売ろうとしたのを、本妻まで総出で止めたというのだから。

 そんな家に育ったユージェニーは、憂いに満ちた表情で微笑んだ。


「想いが重ならないのって、こんなに大変なのですわね。心が通じ合うって、きっと奇跡のようなことなのですわ」

「……ええ。本当に、そう思うわ」


 恋愛のことなどろくに知らなかったヴィクトリアが、愛する人と結婚する未来を見ている。少し前までは想像もしていなかったこと。

 けれど今となっては、それ以外の未来など受け入れられない。

 だから策を尽くすのだ。ヴィクトリアの力でできることを。


「………………お尋ねしたいのですが、これは私が聞いて良い話だったのでしょうか?」


 今回は護衛兼従者として馬車に同乗しているリアムが、居心地悪そうにしていた。


「構わないわよ。どうせ共有するでしょう?」

「ヴィクトリア様、たまにリアム卿に対してとてつもなく厳しくなりませんこと?」


 馬車が少し揺れて止まり、劇場に到着したことを御者が知らせた。
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