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2 死亡フラグは回避したい
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ララの家の馬車に乗せられて城下町に向かった。
彼女のひいきにしている仕立て屋の店に行き、ドレスを見繕う。
「リーチェの体型を考えると、リボンの大きな少女めいたデザインの淡い色のドレスは似合わないのよ。あなたは『面倒だからこれで良い』なんて言って、いつも流行りのデザインを選んでいるけどダメダメ。その人に似合う服って、あるんだから」
ララはズバズバした物言いで、店内のドレスを物色しながら言う。
「リーチェに合うのは、こういうやつよ!」
それは膝下を見せるようなシックなデザインの、波打つ青いマーメイドドレスだった。
「えぇぇ──!? 無理無理っ! こんなセクシー系!」
リーチェはぶんぶんと頭を振りながら青ざめた。陰キャが着るようなドレスではない。これを着てパーティに出ても笑いものになる未来しかリーチェには見えなかった。
「大丈夫! 私を信じなさい」
ララは自信満々にそう言う。
「ほ、本当?」
「本当、本当!」
オシャレなララにそう言いきられると、リーチェはぐうの音も出ない。
お針子にサイズ調整をしてもらい、早々に店を出て向かった先はヒューストン子爵邸。ララの住まいだった。
リーチェはお風呂に入れられ、侍女達に徹底的に身体を磨きあげられ、全身に美肌水とクリームが塗りたくられる。
(じゃがいもが洗われるのって、こんな気分なのかしら……)
リーチェはオシャレをするより魔法の訓練や研究をしてきた人間だったから、これまでお風呂とは一人でさっと入って五分で終わるものだった。当然、貴族の女性達が熱心に行うトリートメントや肌の手入れもしたことがない。
戦場での戦い終えたかのようにヨロヨロしながら浴室から出ると、ララが笑顔でリーチェを待ちかまえていた。
「え? ララ、その方は……?」
そうリーチェが尋ねると、ララは胸を張って隣の男性を紹介した。
「うちの髪結い師よ」
化粧をばっちり決めた偉丈夫が、舌なめずりをしながらハサミと櫛を手にリーチェに近づいてくる。
「あらあら良い素材。ウフフ、アタシの腕が鳴るわねぇ」
「えっ? えっ?」
リーチェが戸惑っている間に、洗面台の前に座らせられて、重たかった茶色の前髪をバッサリ切られた。
(自分の顔を久しぶりに見た気がする……)
髪の手入れも面倒くさくて伸びっぱなしになっていた。
魔法で髪を乾かして花油を塗ると、バサバサだった茶髪にこれまで見たことがないような艶が生まれる。
そして仮留めしたドレスをまとい化粧をほどこされると、鏡の中には驚くほどの美少女が立っていた。
「これが……私?」
「完璧よ。青い瞳の色にドレスも良く合っているわ。リーチェはすらっとしているし足も綺麗だから、こういうドレスがピッタリ」
お世辞でも嬉しくなってしまう。
今までオシャレに興味がなかったけれど、こんなに楽しいものだったのかと初めて知った。
「ありがとう、ララ」
「いえいえ。明日は一緒に王宮に向かいましょう。お化粧もしっかりしてね! きっと皆びっくりするわ」
◇◆◇
翌朝、リーチェは身支度をしながら、ゲームの記憶を思い起こしていた。
(……リーチェが攻撃魔法を使えないのには理由がある)
リーチェの祖父は世界に一人しかいないと言われる『大魔法士』で、彼女はその血を色濃く受け継いでいた。
生まれた時から魔力量が異常に多かった彼女は、幼少時、無造作に床に置かれていた祖父の魔法書を意味が分からないまま絵本代わりに読んで、屋敷を半壊させてしまったのだ。
そして、これは危険だ、と判断した祖父によって、攻撃魔法が唱えられないように力を封印されてしまったのである。
それからリーチェは祖父に魔法の訓練をしてもらっていた。いずれ祖父に封印を解いてもらうことになっていたが、リーチェが幼い頃に祖父が不慮の事故で亡くなってしまい、それができなくなってしまったのだ。
(リーチェって、強キャラなのに不憫な設定なのよね……)
リーチェはマルクのハッピーエンドルートではラスボスに変わる。
マルクとララの仲に嫉妬し、心の闇が生まれたせいでリーチェは邪竜と精神同調し始める。彼女は親友だったララをいじめ倒す悪役令嬢となり、幼児期に施された封印が解かれてしまうのだ。体を邪竜に操られたリーチェが二人の前に立ちふさがるが、ララの必死の説得によってリーチェは人間の心を取り戻し『ありがとう。あなた達といられて幸せだったわ』と伝えて消滅する。そしてマルクがララに『リーチェは僕達の心の中に生きているんだ……! 彼女の分まで幸せになろう』と言い、二人が結婚式をして終わるのだ。
リーチェは遠い目になった。
(まあ、このルートはバッドエンドだから私がラスボスになることはないはずだけど……バッドエンドではマルクに殺されてしまうから警戒しなきゃ)
リーチェは迎えにきたララと共に、父にエスコートされて王宮へとおもむく。
パーティは午後からだというのに、もう宮殿前広場には馬車が列をなしていた。外国の使者や貴族達がどんどん建物の中へ入っていく。
父の手を借りてタラップを降りると、人々の好奇に満ちた視線を感じた。
「まあ、あの美しいご令嬢はどなたかしら?」
「ロジェスチーヌ伯爵がエスコートしているということは、ご親族とか?」
「でも、あんな年頃の見目麗しいご令嬢なんていらっしゃったかしら……?」
皆が首を傾げている。
まさか、あの冴えないリーチェだとは誰一人思っていないようだ。
「大成功ね」
ララが楽しげにリーチェに耳打ちして、彼女の腕を組んだ。
なぜか父は誇らしげに口ひげを指で伸ばしている。
「当然だ。リーチェは絶世の美女と褒められた亡き妻によく似ている」
父の親バカぶりが炸裂していて、リーチェは面はゆくなった。
「リーチェのこの姿を見たら、きっとハーベル様も恋に落ちてしまうわ」
ララはリーチェにだけ聞こえるように小声で耳打ちした。
リーチェは赤面する。
「ララ、私はそんなことを望んでいるわけじゃなくて……」
「あら? リーチェったら照れてるの?」
ララは微笑しげにクスクスと笑っている。
(そうじゃないんだけどな……)
ハーベルは推しだが、憧れはあってもくっつきたいとまでは思っていない。リーチェは何より推しの幸せを優先したいと思っているからだ。けれどゲームのことはララには言えないし、リーチェのこの複雑な心情を説明しても分かってもらえないだろう。
大広間に入ると、顔の広い父は知人への挨拶で忙しそうな様子だった。
ララも友人達と話したり、リーチェは名前しか知らなかった男性にいきなり声をかけられたりと、それぞれ慌ただしくして過ごした。
だから、あの男が近づいて来ているのにも気付けなかったのだ。
「失礼、お嬢さん。僕にもご挨拶させていただけませんか?」
リーチェの周りに詰めかけていた男性達を押しのけるようにして現れたのは、マルクだった。
彼の顔を見た瞬間、まるで酸っぱいものでも食べたかのようにリーチェは顔をしかめてしまった。しかしリーチェは慌てて取りつくろい、顔に笑みを貼り付ける。
「マルク殿下、こんにちは」
そうドレスをつまんで挨拶したが──マルクはリーチェの手を取り、手袋越しにキスをした。
マルクはまるで初対面の女性を相手にするように尋ねてくる。
「きみの名前を教えてくれないかい?」
(……もしかして冗談で言っているの?)
リーチェは困惑した。
ろくに話したことがない相手ならまだしも、マルクはリーチェと親しく会話もしていた。
それなのに化粧をしただけでまったく気付かないなんて……。
「リーチェですわ……」
ファミリーネームまでは言わなかった。
「リーチェ……? 美しい名だ。花のようなきみにふさわしいね」
何人の女にそう言っているんだ、とリーチェは内心ツッコミを入れたくなったが我慢した。
「社交界にこんなに愛らしい女性が隠れていたとは……良かったら、僕とダンスを踊ってくれないか?」
モブ死させられたゲーム内のシーンがフラッシュバックした。
リーチェは嫌悪感からマルクの手を振りほどきたくなる衝動を抑えて愛想笑いをする。
本当だったら、リーチェは今日のパーティの後にマルクから告白されて秘密裏に付き合うことになっていたのだ。けれど、それはバッドエンドのモブ死ルートだ。絶対にさせてはならない。
目眩を覚えたふりをして、リーチェは軽くよろめく。
「あら……いけませんわね。どうやら会場の熱気に当てられたようですわ。申し訳ありません、マルク殿下。私、外の風に当たって参りますわ」
こう言えば、さすがに引くだろうと思った。だが、マルクはますますリーチェを握る手に力を込める。
「ならば、僕がエスコートしましょう」
(やめて──!!)
リーチェは内心そう叫んだ。
「いえ、お忙しい殿下の手をわずらわせるわけにはいきませんわ……」
嫌がっているリーチェに気付かないのか、それとも気付かないふりをしているのか。
マルクがリーチェの腰に手を添えようとした──その時。
「ならば、俺がご一緒しよう」
そうマルクの手をそっと払いのけ、リーチェを支えてくれたのはハーベル・グラン・シューレンベルグ。リーチェの推しであり、マルクの宿敵の第二王子だった。
鴉のような艶のある黒髪に、神秘的な紫色の瞳。そして、その美貌を台無しにしてしまう悪人顔。黒と銀を基調とする礼服が恐ろしいほど似合っている。まさに悪の総帥。悪の権化。
ハーベル王子はとんでもない美形だが、ものすごい悪人顔なのだ。ゆえに悪魔王子と陰で呼ばれている。
「ハーベル様……!?」
「ハーベル……ッ」
マルクが忌々しげにハーベルを睨みつけている。
(どうして彼がここに?)
しかしリーチェはこのチャンスを逃してはならないと思い、マルクが何か言う前に彼の手を取る。
「それでは、ハーベル殿下。お願いできますか?」
リーチェがそう言うと、ハーベルがうなずいた。
周囲の男性達はこの状況にあっけに取られている。
庭園へと向かう最中、ララだけはなぜかリーチェに向かって笑顔で親指を立てた。
彼女のひいきにしている仕立て屋の店に行き、ドレスを見繕う。
「リーチェの体型を考えると、リボンの大きな少女めいたデザインの淡い色のドレスは似合わないのよ。あなたは『面倒だからこれで良い』なんて言って、いつも流行りのデザインを選んでいるけどダメダメ。その人に似合う服って、あるんだから」
ララはズバズバした物言いで、店内のドレスを物色しながら言う。
「リーチェに合うのは、こういうやつよ!」
それは膝下を見せるようなシックなデザインの、波打つ青いマーメイドドレスだった。
「えぇぇ──!? 無理無理っ! こんなセクシー系!」
リーチェはぶんぶんと頭を振りながら青ざめた。陰キャが着るようなドレスではない。これを着てパーティに出ても笑いものになる未来しかリーチェには見えなかった。
「大丈夫! 私を信じなさい」
ララは自信満々にそう言う。
「ほ、本当?」
「本当、本当!」
オシャレなララにそう言いきられると、リーチェはぐうの音も出ない。
お針子にサイズ調整をしてもらい、早々に店を出て向かった先はヒューストン子爵邸。ララの住まいだった。
リーチェはお風呂に入れられ、侍女達に徹底的に身体を磨きあげられ、全身に美肌水とクリームが塗りたくられる。
(じゃがいもが洗われるのって、こんな気分なのかしら……)
リーチェはオシャレをするより魔法の訓練や研究をしてきた人間だったから、これまでお風呂とは一人でさっと入って五分で終わるものだった。当然、貴族の女性達が熱心に行うトリートメントや肌の手入れもしたことがない。
戦場での戦い終えたかのようにヨロヨロしながら浴室から出ると、ララが笑顔でリーチェを待ちかまえていた。
「え? ララ、その方は……?」
そうリーチェが尋ねると、ララは胸を張って隣の男性を紹介した。
「うちの髪結い師よ」
化粧をばっちり決めた偉丈夫が、舌なめずりをしながらハサミと櫛を手にリーチェに近づいてくる。
「あらあら良い素材。ウフフ、アタシの腕が鳴るわねぇ」
「えっ? えっ?」
リーチェが戸惑っている間に、洗面台の前に座らせられて、重たかった茶色の前髪をバッサリ切られた。
(自分の顔を久しぶりに見た気がする……)
髪の手入れも面倒くさくて伸びっぱなしになっていた。
魔法で髪を乾かして花油を塗ると、バサバサだった茶髪にこれまで見たことがないような艶が生まれる。
そして仮留めしたドレスをまとい化粧をほどこされると、鏡の中には驚くほどの美少女が立っていた。
「これが……私?」
「完璧よ。青い瞳の色にドレスも良く合っているわ。リーチェはすらっとしているし足も綺麗だから、こういうドレスがピッタリ」
お世辞でも嬉しくなってしまう。
今までオシャレに興味がなかったけれど、こんなに楽しいものだったのかと初めて知った。
「ありがとう、ララ」
「いえいえ。明日は一緒に王宮に向かいましょう。お化粧もしっかりしてね! きっと皆びっくりするわ」
◇◆◇
翌朝、リーチェは身支度をしながら、ゲームの記憶を思い起こしていた。
(……リーチェが攻撃魔法を使えないのには理由がある)
リーチェの祖父は世界に一人しかいないと言われる『大魔法士』で、彼女はその血を色濃く受け継いでいた。
生まれた時から魔力量が異常に多かった彼女は、幼少時、無造作に床に置かれていた祖父の魔法書を意味が分からないまま絵本代わりに読んで、屋敷を半壊させてしまったのだ。
そして、これは危険だ、と判断した祖父によって、攻撃魔法が唱えられないように力を封印されてしまったのである。
それからリーチェは祖父に魔法の訓練をしてもらっていた。いずれ祖父に封印を解いてもらうことになっていたが、リーチェが幼い頃に祖父が不慮の事故で亡くなってしまい、それができなくなってしまったのだ。
(リーチェって、強キャラなのに不憫な設定なのよね……)
リーチェはマルクのハッピーエンドルートではラスボスに変わる。
マルクとララの仲に嫉妬し、心の闇が生まれたせいでリーチェは邪竜と精神同調し始める。彼女は親友だったララをいじめ倒す悪役令嬢となり、幼児期に施された封印が解かれてしまうのだ。体を邪竜に操られたリーチェが二人の前に立ちふさがるが、ララの必死の説得によってリーチェは人間の心を取り戻し『ありがとう。あなた達といられて幸せだったわ』と伝えて消滅する。そしてマルクがララに『リーチェは僕達の心の中に生きているんだ……! 彼女の分まで幸せになろう』と言い、二人が結婚式をして終わるのだ。
リーチェは遠い目になった。
(まあ、このルートはバッドエンドだから私がラスボスになることはないはずだけど……バッドエンドではマルクに殺されてしまうから警戒しなきゃ)
リーチェは迎えにきたララと共に、父にエスコートされて王宮へとおもむく。
パーティは午後からだというのに、もう宮殿前広場には馬車が列をなしていた。外国の使者や貴族達がどんどん建物の中へ入っていく。
父の手を借りてタラップを降りると、人々の好奇に満ちた視線を感じた。
「まあ、あの美しいご令嬢はどなたかしら?」
「ロジェスチーヌ伯爵がエスコートしているということは、ご親族とか?」
「でも、あんな年頃の見目麗しいご令嬢なんていらっしゃったかしら……?」
皆が首を傾げている。
まさか、あの冴えないリーチェだとは誰一人思っていないようだ。
「大成功ね」
ララが楽しげにリーチェに耳打ちして、彼女の腕を組んだ。
なぜか父は誇らしげに口ひげを指で伸ばしている。
「当然だ。リーチェは絶世の美女と褒められた亡き妻によく似ている」
父の親バカぶりが炸裂していて、リーチェは面はゆくなった。
「リーチェのこの姿を見たら、きっとハーベル様も恋に落ちてしまうわ」
ララはリーチェにだけ聞こえるように小声で耳打ちした。
リーチェは赤面する。
「ララ、私はそんなことを望んでいるわけじゃなくて……」
「あら? リーチェったら照れてるの?」
ララは微笑しげにクスクスと笑っている。
(そうじゃないんだけどな……)
ハーベルは推しだが、憧れはあってもくっつきたいとまでは思っていない。リーチェは何より推しの幸せを優先したいと思っているからだ。けれどゲームのことはララには言えないし、リーチェのこの複雑な心情を説明しても分かってもらえないだろう。
大広間に入ると、顔の広い父は知人への挨拶で忙しそうな様子だった。
ララも友人達と話したり、リーチェは名前しか知らなかった男性にいきなり声をかけられたりと、それぞれ慌ただしくして過ごした。
だから、あの男が近づいて来ているのにも気付けなかったのだ。
「失礼、お嬢さん。僕にもご挨拶させていただけませんか?」
リーチェの周りに詰めかけていた男性達を押しのけるようにして現れたのは、マルクだった。
彼の顔を見た瞬間、まるで酸っぱいものでも食べたかのようにリーチェは顔をしかめてしまった。しかしリーチェは慌てて取りつくろい、顔に笑みを貼り付ける。
「マルク殿下、こんにちは」
そうドレスをつまんで挨拶したが──マルクはリーチェの手を取り、手袋越しにキスをした。
マルクはまるで初対面の女性を相手にするように尋ねてくる。
「きみの名前を教えてくれないかい?」
(……もしかして冗談で言っているの?)
リーチェは困惑した。
ろくに話したことがない相手ならまだしも、マルクはリーチェと親しく会話もしていた。
それなのに化粧をしただけでまったく気付かないなんて……。
「リーチェですわ……」
ファミリーネームまでは言わなかった。
「リーチェ……? 美しい名だ。花のようなきみにふさわしいね」
何人の女にそう言っているんだ、とリーチェは内心ツッコミを入れたくなったが我慢した。
「社交界にこんなに愛らしい女性が隠れていたとは……良かったら、僕とダンスを踊ってくれないか?」
モブ死させられたゲーム内のシーンがフラッシュバックした。
リーチェは嫌悪感からマルクの手を振りほどきたくなる衝動を抑えて愛想笑いをする。
本当だったら、リーチェは今日のパーティの後にマルクから告白されて秘密裏に付き合うことになっていたのだ。けれど、それはバッドエンドのモブ死ルートだ。絶対にさせてはならない。
目眩を覚えたふりをして、リーチェは軽くよろめく。
「あら……いけませんわね。どうやら会場の熱気に当てられたようですわ。申し訳ありません、マルク殿下。私、外の風に当たって参りますわ」
こう言えば、さすがに引くだろうと思った。だが、マルクはますますリーチェを握る手に力を込める。
「ならば、僕がエスコートしましょう」
(やめて──!!)
リーチェは内心そう叫んだ。
「いえ、お忙しい殿下の手をわずらわせるわけにはいきませんわ……」
嫌がっているリーチェに気付かないのか、それとも気付かないふりをしているのか。
マルクがリーチェの腰に手を添えようとした──その時。
「ならば、俺がご一緒しよう」
そうマルクの手をそっと払いのけ、リーチェを支えてくれたのはハーベル・グラン・シューレンベルグ。リーチェの推しであり、マルクの宿敵の第二王子だった。
鴉のような艶のある黒髪に、神秘的な紫色の瞳。そして、その美貌を台無しにしてしまう悪人顔。黒と銀を基調とする礼服が恐ろしいほど似合っている。まさに悪の総帥。悪の権化。
ハーベル王子はとんでもない美形だが、ものすごい悪人顔なのだ。ゆえに悪魔王子と陰で呼ばれている。
「ハーベル様……!?」
「ハーベル……ッ」
マルクが忌々しげにハーベルを睨みつけている。
(どうして彼がここに?)
しかしリーチェはこのチャンスを逃してはならないと思い、マルクが何か言う前に彼の手を取る。
「それでは、ハーベル殿下。お願いできますか?」
リーチェがそう言うと、ハーベルがうなずいた。
周囲の男性達はこの状況にあっけに取られている。
庭園へと向かう最中、ララだけはなぜかリーチェに向かって笑顔で親指を立てた。
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