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3 悪魔王子
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ハーベルは庭園にあるガゼボのベンチにリーチェをエスコートしてくれた。
「……大丈夫か? ロジェスチーヌ嬢」
リーチェを気遣わしげに見つめて、ハーベルはそう言った。
「は、はい。大丈夫です……って、ハーベル殿下、私のことをご存知なんですね……」
(リーチェの名前なんて知られていないモブキャラだと思っていたのに……)
ハーベルは不思議そうに目を瞬かせる。
「リーチェ・ロジェスチーヌ伯爵令嬢だろう? 魔法士団所属の。何度も騎士団との合同演習で一緒になったじゃないか」
(……そうだった)
王立学園は六年制で、騎士科と魔法科、普通科に分かれている。
騎士科と魔法科には選抜された生徒が所属する組織があり、それぞれ騎士団、魔法士団と呼ばれて、公的な活動と自治が認められていた。
マルクはその魔法士団長、第二王子のハーベルは騎士科の騎士団長を務めている。そしてリーチェは魔法士団所属だ。
確かにそれを考えると、ハーベルが知っていてもおかしくはないように思えるが……。
マルクでさえ化粧をした彼女に気付かなかったのに、ハーベルがリーチェの正体を見破ってしまったことに驚いてしまう。
「はい。その、リーチェ・ロジェスチーヌです」
リーチェは顔面に血がのぼるのを感じた。
ハーベルに気付いてもらえたことが思った以上に嬉しかった。
緊張を誤魔化すために運ばれてきたレモネードを口に含む。使用人はさっと立ち去り、辺りにいるのは二人だけになってしまった。
推しと二人きりの空間という事実に目眩がしそうになる。ハーベルは画面で見るより相当、格好良かった。
(こんなにハーベル様を好きになるなんて、今でも信じられない……)
じつを言うとリーチェは記憶が戻る前までは、むしろハーベルに苦手意識を持っていたのだ。
ハーベルとはこれまで学園の廊下やパーティですれ違うことがあったが、そのたびに彼はリーチェを冷ややかな瞳で見つめ、何かをたくらんでいるかのような凶悪な顔で笑うからだ。純粋に顔が怖い。それに使用人を虐待しているとか、赤子の肝を食うとか、彼にまつわる悪評は枚挙にいとまがなかった。
(でも、今はそれが全て誤解だって分かっている)
マルクがハーベルを陥れるために、故意に悪い噂を流していたのだ。そしてハーベルもわざわざ誤伝を否定してまわったりしないから、話に尾ひれがついてしまっている。
(ハーベル様の悪魔めいた魅力的な顔立ちが、『彼ならやってもおかしくない』と妙な説得力を持たせてしまっているのも不幸の要因ね……)
愛していたはずのマルクは忌避し、避けていたはずのハーベルを好ましく思う。それぞれのキャラクターが多面的に見えるようになったからだろうが、リーチェは己の感情の変化を不思議に感じつつも受け入れていた。
「あの……助けてくださって、ありがとうございます」
とりあえずリーチェは、お礼を伝えることにした。
「やはり困っていたのか。最近きみはマルクと親しいようだったから、俺が間に入って話を遮って良いものか迷っていたのだが……」
「えっ、そんな……! マルク殿下と親しいだなんて、そんなことはありえませんよ」
以前のリーチェならともかく、今は天地がひっくり返ってもありえない。
マルクからしたら突然態度をひるがえしたリーチェに驚いているかもしれないが。
「そうなのか?」
「ええ。近々、退団届も出そうと思っていますし」
「そうか……それなら良かった。マルクは女に見境がないからな。きみのような純粋な女性が奴のそばにいると心配になる」
(……周りから見たら、マルクはそんなイメージなのね。私は本当に男を見る目がなかったわ……)
記憶を取り戻して本当に良かったと思う。マルクにただ利用されて殺されるだけの存在になるなんて、ごめんだ。
「しかし、マルクが素直にきみの退団を許してくれるかどうか……」
ハーベルが懸念するように顎に手をあてて言った。
リーチェは微苦笑して肩をすくめる。
「ご心配には及びませんわ。副長に退団届を出せばすぐ受理されると聞いていますし……私はそれほど魔法士団では役に立っていませんでしたから」
「いや、そんなことはないだろう。どうして、きみがそう思っているのか分からないが……」
ハーベルはそう言ってくれたが、リーチェは軽く首を振っただけで流した。
リーチェは魔法科に入学した時の筆記試験の成績が良かったため、五年前にマルクから直々に魔法士団に入るよう勧誘を受けた。
しかしリーチェは、ある事情で攻撃魔法が使えず、雑用ばかり任されてきた。後方支援はしていたものの、付与魔法や回復魔法といったサポート業務が中心で、一部の生徒からは『落ちこぼれ』と陰で馬鹿にされていたのだ。魔法士団では攻撃魔法が使える者達が優遇される傾向にある。
そんなリーチェに好意を持ってくれたのはマルクだけだったので、彼女はコロリとマルクに落ちてしまったのだ。
しかしゲームの中で、マルクは彼女を己の駒としか考えていなかった。そして今日のパーティの後にマルクはリーチェと秘密の恋人同士になると、ハーベル暗殺のために彼女を利用しようとたくらむ。リーチェはハーベルを罠にはめるための哀れな羊役として、マルク王子に言い寄られていたというわけだ。
(リーチェって、可哀想すぎない!?)
愛した男性から利用されただけとは……。
しかしハーベル暗殺計画は今月末に起きることだ。それまでに対策を練れば、自身の死とハーベルの窮地は救えるはず。
(マルクの思い通りになんてさせないわ)
リーチェはそっとハーベルの腰に下げた剣に目をやる。
(やはり、いつも身につけているわよね……)
バッドエンドでは、今月末に騎士団と魔法士団で行われる魔物狩りで、リーチェは殺されてしまう。
リーチェの死体にハーベル王子の剣が刺さっていたため、ハーベルはリーチェ暗殺の濡れ衣を着せられてしまうのだ。リーチェの父親が娘の死に激怒し、穏健派で有力貴族だった伯爵がマルクの派閥に入ることで国内の勢力図が一気に変わるキッカケになった事件だった。そのせいでハーベル王子の立場が危うくなり、後の破滅につながってしまうのである。
その後ハーベル王子はマルクの罠に嵌まり囚人塔に投獄され、毒殺されてしまうし、ララはハーベルと仲良くなったことでマルクの嫉妬を受け、監禁されてしまう。しかも外に出られないよう片足を切られた上で『これで、きみは僕の籠の鳥だね』と暗黒微笑されて終わりを迎えるのだ。
全員が悪夢のような目にあう、マルクルートのバッドエンド。
推しと親友が不幸になるのを、みすみす放っておくことなんてできない。
(それにしても、マルクはハーベル様の剣をどうやって手に入れたのかしら……)
ハーベルの剣は彼が騎士団長に任命された時に国王からたまわったもので、それから彼が肌身離さず身に着けている。
そんなものを盗みだすのは容易なことではない。おそらく、ハーベルの身近な誰かがマルクのスパイなのだろう。
(それが誰なのかはゲームでは省略されてたから。困ったな……)
マルクの間者がハーベルのそばにいる限り、いつ彼の身が危険になるかは分からない。見つけ出したいけれど、魔法科のリーチェにできることは限りがある。
(つねにハーベル様のそばにいて、彼の周りに目を光らせておければ一番いいんだろうけど……友人でもない私がそれをするのは難しいし……)
リーチェは悩みに悩んでいた。ハーベルは、なぜか黙って彼女を見つめている。
(やはり『お友達作戦』しかないか)
正攻法にハーベルと仲良くなって、マルクのたくらみを阻止するのだ。
しかし問題は、何と言って切り出すかだ。いきなり友達になってほしい、と頼んでも受け入れてくれるかどうか……。
それでもマルクと違って腹の探り合いが苦手なリーチェは、直球勝負をかけるしかなかった。
「あの……ハーベル殿下。私は殿下と、もっと親しくなりたいと思っております」
リーチェの顔がカッと赤くなる。
(お友達になってくださいって、小学生みたい……!)
しかし、他にどう言えばいいか分からなかったのだ。緊張から嫌な汗が湧いてきて、彼女はぎゅっと拳を握りしめる。
ハーベルは石像のように硬直していた。しばし呼吸を忘れていたようだが、浅く息を吐いてから強ばった声で言う。
「……じ、じつは、俺もそう思っていた」
「えっ! そうだったんですか!?」
(そんなことがあって良いの!?)
ハーベルが冴えないリーチェと友達になりたかったという意外すぎる事実に、彼女は衝撃を受けた。
(と、友達……! 友達! これで、大手を振って彼を護れる!)
「ありがとうございます、殿下。とても嬉しいです」
「その殿下というのは止めてくれないか。ハーベルと呼んでくれ」
ハーベルは赤い顔でそうゴホンと咳払いした。
「え? でも、良いんですか?」
「構わない。俺達はお互いに同じ想いを抱えているんだろう? なら、俺もきみをリーチェと呼ばせてくれ」
「もちろんですわ、ハーベル様」
(そういえば、親しくなるためには気安い愛称が必要って、本にも書いてあったわね)
リーチェは昔から魔法の研究ばかりして引きこもりがちだったため、人間関係に疎い。そのため、彼女の将来を心配した父親から『友達ができる本』を渡されたことがあったのだ。それには仲良くなるには相づちと同意が必要、と書いてあった。
不幸なことに、前世でも彼女は社交的なタイプではない。だから、ここで勘違いの悲劇が起きていることにも気付かなかった。
「……リーチェ」
「はい」
ハーベルの頬が赤く染まって見える。
リーチェが座っている場所は日陰だが、ハーベルの肩には日差しが当たっていた。
(熱いのかしら?)
リーチェはハンカチを取り出し、汗をかき始めているハーベルに差し出す。彼はぎこちなくハンカチを受け取った。
「……きみの気持ちは、よく分かった。俺もとても光栄に思うよ。──父上は説得しよう。こういうのは段階を踏まねばならないからな。だが、そんなに待たせるつもりはないから、安心してくれ」
「……? はい」
(段階って何?)
まあ、友達だって知人から友人、そして親友になるまでは時間がかかる。すぐに、とはいかないだろうけど……そういう意味かな? とリーチェは首をひねる。
「楽しみにしておりますわ、ハーベル様」
リーチェは、そう笑顔で返した。
「……大丈夫か? ロジェスチーヌ嬢」
リーチェを気遣わしげに見つめて、ハーベルはそう言った。
「は、はい。大丈夫です……って、ハーベル殿下、私のことをご存知なんですね……」
(リーチェの名前なんて知られていないモブキャラだと思っていたのに……)
ハーベルは不思議そうに目を瞬かせる。
「リーチェ・ロジェスチーヌ伯爵令嬢だろう? 魔法士団所属の。何度も騎士団との合同演習で一緒になったじゃないか」
(……そうだった)
王立学園は六年制で、騎士科と魔法科、普通科に分かれている。
騎士科と魔法科には選抜された生徒が所属する組織があり、それぞれ騎士団、魔法士団と呼ばれて、公的な活動と自治が認められていた。
マルクはその魔法士団長、第二王子のハーベルは騎士科の騎士団長を務めている。そしてリーチェは魔法士団所属だ。
確かにそれを考えると、ハーベルが知っていてもおかしくはないように思えるが……。
マルクでさえ化粧をした彼女に気付かなかったのに、ハーベルがリーチェの正体を見破ってしまったことに驚いてしまう。
「はい。その、リーチェ・ロジェスチーヌです」
リーチェは顔面に血がのぼるのを感じた。
ハーベルに気付いてもらえたことが思った以上に嬉しかった。
緊張を誤魔化すために運ばれてきたレモネードを口に含む。使用人はさっと立ち去り、辺りにいるのは二人だけになってしまった。
推しと二人きりの空間という事実に目眩がしそうになる。ハーベルは画面で見るより相当、格好良かった。
(こんなにハーベル様を好きになるなんて、今でも信じられない……)
じつを言うとリーチェは記憶が戻る前までは、むしろハーベルに苦手意識を持っていたのだ。
ハーベルとはこれまで学園の廊下やパーティですれ違うことがあったが、そのたびに彼はリーチェを冷ややかな瞳で見つめ、何かをたくらんでいるかのような凶悪な顔で笑うからだ。純粋に顔が怖い。それに使用人を虐待しているとか、赤子の肝を食うとか、彼にまつわる悪評は枚挙にいとまがなかった。
(でも、今はそれが全て誤解だって分かっている)
マルクがハーベルを陥れるために、故意に悪い噂を流していたのだ。そしてハーベルもわざわざ誤伝を否定してまわったりしないから、話に尾ひれがついてしまっている。
(ハーベル様の悪魔めいた魅力的な顔立ちが、『彼ならやってもおかしくない』と妙な説得力を持たせてしまっているのも不幸の要因ね……)
愛していたはずのマルクは忌避し、避けていたはずのハーベルを好ましく思う。それぞれのキャラクターが多面的に見えるようになったからだろうが、リーチェは己の感情の変化を不思議に感じつつも受け入れていた。
「あの……助けてくださって、ありがとうございます」
とりあえずリーチェは、お礼を伝えることにした。
「やはり困っていたのか。最近きみはマルクと親しいようだったから、俺が間に入って話を遮って良いものか迷っていたのだが……」
「えっ、そんな……! マルク殿下と親しいだなんて、そんなことはありえませんよ」
以前のリーチェならともかく、今は天地がひっくり返ってもありえない。
マルクからしたら突然態度をひるがえしたリーチェに驚いているかもしれないが。
「そうなのか?」
「ええ。近々、退団届も出そうと思っていますし」
「そうか……それなら良かった。マルクは女に見境がないからな。きみのような純粋な女性が奴のそばにいると心配になる」
(……周りから見たら、マルクはそんなイメージなのね。私は本当に男を見る目がなかったわ……)
記憶を取り戻して本当に良かったと思う。マルクにただ利用されて殺されるだけの存在になるなんて、ごめんだ。
「しかし、マルクが素直にきみの退団を許してくれるかどうか……」
ハーベルが懸念するように顎に手をあてて言った。
リーチェは微苦笑して肩をすくめる。
「ご心配には及びませんわ。副長に退団届を出せばすぐ受理されると聞いていますし……私はそれほど魔法士団では役に立っていませんでしたから」
「いや、そんなことはないだろう。どうして、きみがそう思っているのか分からないが……」
ハーベルはそう言ってくれたが、リーチェは軽く首を振っただけで流した。
リーチェは魔法科に入学した時の筆記試験の成績が良かったため、五年前にマルクから直々に魔法士団に入るよう勧誘を受けた。
しかしリーチェは、ある事情で攻撃魔法が使えず、雑用ばかり任されてきた。後方支援はしていたものの、付与魔法や回復魔法といったサポート業務が中心で、一部の生徒からは『落ちこぼれ』と陰で馬鹿にされていたのだ。魔法士団では攻撃魔法が使える者達が優遇される傾向にある。
そんなリーチェに好意を持ってくれたのはマルクだけだったので、彼女はコロリとマルクに落ちてしまったのだ。
しかしゲームの中で、マルクは彼女を己の駒としか考えていなかった。そして今日のパーティの後にマルクはリーチェと秘密の恋人同士になると、ハーベル暗殺のために彼女を利用しようとたくらむ。リーチェはハーベルを罠にはめるための哀れな羊役として、マルク王子に言い寄られていたというわけだ。
(リーチェって、可哀想すぎない!?)
愛した男性から利用されただけとは……。
しかしハーベル暗殺計画は今月末に起きることだ。それまでに対策を練れば、自身の死とハーベルの窮地は救えるはず。
(マルクの思い通りになんてさせないわ)
リーチェはそっとハーベルの腰に下げた剣に目をやる。
(やはり、いつも身につけているわよね……)
バッドエンドでは、今月末に騎士団と魔法士団で行われる魔物狩りで、リーチェは殺されてしまう。
リーチェの死体にハーベル王子の剣が刺さっていたため、ハーベルはリーチェ暗殺の濡れ衣を着せられてしまうのだ。リーチェの父親が娘の死に激怒し、穏健派で有力貴族だった伯爵がマルクの派閥に入ることで国内の勢力図が一気に変わるキッカケになった事件だった。そのせいでハーベル王子の立場が危うくなり、後の破滅につながってしまうのである。
その後ハーベル王子はマルクの罠に嵌まり囚人塔に投獄され、毒殺されてしまうし、ララはハーベルと仲良くなったことでマルクの嫉妬を受け、監禁されてしまう。しかも外に出られないよう片足を切られた上で『これで、きみは僕の籠の鳥だね』と暗黒微笑されて終わりを迎えるのだ。
全員が悪夢のような目にあう、マルクルートのバッドエンド。
推しと親友が不幸になるのを、みすみす放っておくことなんてできない。
(それにしても、マルクはハーベル様の剣をどうやって手に入れたのかしら……)
ハーベルの剣は彼が騎士団長に任命された時に国王からたまわったもので、それから彼が肌身離さず身に着けている。
そんなものを盗みだすのは容易なことではない。おそらく、ハーベルの身近な誰かがマルクのスパイなのだろう。
(それが誰なのかはゲームでは省略されてたから。困ったな……)
マルクの間者がハーベルのそばにいる限り、いつ彼の身が危険になるかは分からない。見つけ出したいけれど、魔法科のリーチェにできることは限りがある。
(つねにハーベル様のそばにいて、彼の周りに目を光らせておければ一番いいんだろうけど……友人でもない私がそれをするのは難しいし……)
リーチェは悩みに悩んでいた。ハーベルは、なぜか黙って彼女を見つめている。
(やはり『お友達作戦』しかないか)
正攻法にハーベルと仲良くなって、マルクのたくらみを阻止するのだ。
しかし問題は、何と言って切り出すかだ。いきなり友達になってほしい、と頼んでも受け入れてくれるかどうか……。
それでもマルクと違って腹の探り合いが苦手なリーチェは、直球勝負をかけるしかなかった。
「あの……ハーベル殿下。私は殿下と、もっと親しくなりたいと思っております」
リーチェの顔がカッと赤くなる。
(お友達になってくださいって、小学生みたい……!)
しかし、他にどう言えばいいか分からなかったのだ。緊張から嫌な汗が湧いてきて、彼女はぎゅっと拳を握りしめる。
ハーベルは石像のように硬直していた。しばし呼吸を忘れていたようだが、浅く息を吐いてから強ばった声で言う。
「……じ、じつは、俺もそう思っていた」
「えっ! そうだったんですか!?」
(そんなことがあって良いの!?)
ハーベルが冴えないリーチェと友達になりたかったという意外すぎる事実に、彼女は衝撃を受けた。
(と、友達……! 友達! これで、大手を振って彼を護れる!)
「ありがとうございます、殿下。とても嬉しいです」
「その殿下というのは止めてくれないか。ハーベルと呼んでくれ」
ハーベルは赤い顔でそうゴホンと咳払いした。
「え? でも、良いんですか?」
「構わない。俺達はお互いに同じ想いを抱えているんだろう? なら、俺もきみをリーチェと呼ばせてくれ」
「もちろんですわ、ハーベル様」
(そういえば、親しくなるためには気安い愛称が必要って、本にも書いてあったわね)
リーチェは昔から魔法の研究ばかりして引きこもりがちだったため、人間関係に疎い。そのため、彼女の将来を心配した父親から『友達ができる本』を渡されたことがあったのだ。それには仲良くなるには相づちと同意が必要、と書いてあった。
不幸なことに、前世でも彼女は社交的なタイプではない。だから、ここで勘違いの悲劇が起きていることにも気付かなかった。
「……リーチェ」
「はい」
ハーベルの頬が赤く染まって見える。
リーチェが座っている場所は日陰だが、ハーベルの肩には日差しが当たっていた。
(熱いのかしら?)
リーチェはハンカチを取り出し、汗をかき始めているハーベルに差し出す。彼はぎこちなくハンカチを受け取った。
「……きみの気持ちは、よく分かった。俺もとても光栄に思うよ。──父上は説得しよう。こういうのは段階を踏まねばならないからな。だが、そんなに待たせるつもりはないから、安心してくれ」
「……? はい」
(段階って何?)
まあ、友達だって知人から友人、そして親友になるまでは時間がかかる。すぐに、とはいかないだろうけど……そういう意味かな? とリーチェは首をひねる。
「楽しみにしておりますわ、ハーベル様」
リーチェは、そう笑顔で返した。
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