13 / 31
13 疑い
しおりを挟む話し合いが終わって皆が解散しても、リーチェはハーベルの元に残っていた。
天幕の外からは煮込み料理の良い香りが漂ってきている。食料班が食事を作っているのだろう。
今は他の隊員達も夕食までのわずかな休憩時間を楽しんでいるのか、テントの布越しに和やかな話し声が聞こえてくる。
「リーチェ、会議や馬での移動で疲れただろう。己の天幕で休んだらどうだ」
ハーベルは気を遣ってそう言ってくれたが、リーチェは首を振る。
連日騎士団の訓練に参加していたというのに、結局誰がマルクの密偵か分からなかった。
ロジェスチーヌ家の伝手を使って隊員達の素性も調べてみたが、特に怪しむような人物も見当たらず。
密かにマルクの周囲を調べたが、敵も警戒しているようで騎士団の誰と連絡を取っているかなどの有力な情報は得られなかった。
(哀れな羊役の私はいないから、もうそんなことは起こらないかもしれないけれど……)
けれど、もしもハーベルが危険にさらされたら……と思うと、リーチェは心穏やかではいられなかった。
(私の代わりに、他の人がマルクに利用されて殺されてしまうかもしれないし……)
万が一のことを考え、リーチェは学園から出立した日からハーベルに張り付き、彼を──正しくは彼の剣──を監視していた。
ようは目を離さなければ盗まれる心配はないのだ。可哀想な被害者が出ることもないだろう。
「もう少しおそばにいてはいけませんか? もし良ければ、一緒に食事を取りたいのですが……」
「もちろん構わないが……」
ハーベルは当惑ぎみに、了承してくれた。
野営なので王宮やロジェスチーヌ邸での豪華な食事とは比べられないが、食料班の作った素朴な煮込み料理は美味しい。ささやかだが、硬パンと果実もついてくる。
(……いつ犯人は接触してくるつもりだろう?)
そう思うと緊張して、リーチェはハーベルの腰の剣をまたチラリと見てしまう。
ハーベルはぎこちなく咳払いをして席を立つ。
「少し小用に行ってくる」
つまり、お手洗いに行ってくるということだ。
「あっ、はい……では、こちらで待っていますね」
「えっ、あ、あぁ……」
ハーベルはモゴモゴとしながらもうなずき、天幕から出て行った。その後ろ姿をリーチェは未練がましく目で追ってしまう。
(でも、さすがにお手洗いにまで付いて行くわけにはいかないし……)
しかし、その間にもしものことがあったら……と想像すると、リーチェは落ち着かなくなる。
それからしばらくしてハーベルは戻ってきたが、彼の顔は赤くなっていた。
「……何かあったのですか?」
リーチェが尋ねると、ハーベルは不自然に視線を泳がせながら言う。
「その……リーチェ、なんだか今朝から様子がおかしくないか?」
「えっ、そんなことはありませんよ……っ!?」
(しまった。怪しまれてる!?)
いつも以上にハーベルにべったりくっついて行動していたから、不審に怪しまれているのかもしれない。
「あっ、も、もしかしたら、明日が討伐だから緊張しているのかもしれませんね……!」
リーチェはそう言って誤魔化し笑いをする。
「そうか……。いつもより一緒にいられるのは嬉しいが、休まねば疲れも解消できない。今日はもう休むといい。俺も風呂に入るよ」
さすがにそこまで言われてしまっては、引き下がるしかない。
だが、ふと、先ほど目を離した隙に剣が偽物と変わってしまっているのではないか? という疑いを持ってしまった。
(見た目は変わらないけれど……もしかしたら偽物の可能性がある?)
一度それを考え始めてしまうと、どうにかしてハーベルの剣が本物なのか確認したくなってくる。
(私では違いは分からないかもしれないけど……ハーベル様なら細かい差異があれば気付いてくれるかも? 注意を引いてみよう)
「では天幕に戻りますが……その前に、不躾で恐縮なのですが、その……ハーベル様のお腰の剣を見せて頂けませんか?」
大事な剣だ。たとえ一時でも誰かに預けるのは嫌がるかもしれない。そう思い、リーチェは断られるのを覚悟で尋ねた。
ハーベルは何かが喉につっかえたのか、ゴホゴホとむせてしまう。
「だっ、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……」
ハーベルの顔は先ほどより赤く染まっていた。
(熱でもあるのかしら? 先ほどの咳も体調を崩してのものなのかも……。それなら早めに解放して休ませてあげなきゃ……)
そうリーチェが思案していると、ハーベルが突然彼女の両肩をつかんだ。
「まだ、駄目だ……。時期が早すぎる。俺達には、もう少し時間が必要だ」
「えっ? は、はい……」
何か違和感を覚えたが、いや、とリーチェは思い直した。
(国王から賜った大事な剣だもの。当然よね)
婚約者であろうと、たやすく触れさせる訳がない。もう少し時間が必要というのは、そういう意味だろう。
勝手にハーベルと近付けた気になっていたが、まだ心から信頼はされていなかったのかもしれない。
そう思い、少し落ち込みながらも、リーチェは別れの挨拶をしてから天幕を離れた。
リーチェはトボトボと己の天幕に戻り、簡易椅子に腰掛けて頭を抱えた。
ハーベルはいつも剣を身につけている。盗む隙なんてない。ゲームの中でマルクはどうやって剣を手に入れたのか……。
(……もし可能性があるとしたら、野営地での湯殿に入る時か、寝る時くらいじゃないかしら?)
リーチェは顎に手をあてて悩んでしまう。ハーベルのそばにいたくても、さすがにお風呂や就寝時まで一緒にいることはできない。
(そうだ、【姿隠しの魔法】があった!)
ロジェスチーヌ伯爵家に伝わる秘術だ。祖父がいなくなってこらは、この世界で扱える者はリーチェだけになっている。
その魔法で、こっそりハーベルの周辺を見張れば良いのだ。
リーチェはさっそく【姿隠しの魔法】を自身にかけて、ハーベルの天幕におもむく。
タイミングよく、ハーベルは着替えと剣を持って湯殿のある天幕に向かおうとしているところだった。
リーチェはハーベルのすぐ後ろに付いて天幕に入り、彼が剣を籠に置くのを確認する。
そして、彼が衣装を脱ぎ始めてしまったので、リーチェは慌てて天幕から出た。
(ごめんなさい! わざとじゃないんですっ!)
リーチェは顔面から火が出そうだった。さすがに覗きのような真似はできない。
(でも、ハーベル様は背中もたくましい……。って、何考えてるのよ私! バカバカッ)
剣を監視するためとはいえ、やっていることは客観的に見ると、ただの変態行為である。リーチェは自己嫌悪と羞恥心に震えながら、天幕から少し離れた木を背に座り込んだ。
その位置から侵入者がこないか見張ることにした。
天幕の入り口は隊員が一人で見張りをしているし、怪しむところはないように思える。
だが、間もなく新米の団員らしき少年が天幕に近づいてきた。彼が見張りの隊員に声をかけると、そこにいた青年が片手を上げて去っていく。どうやら交代の時間のようだ。
リーチェはその少年の顔に見覚えがあった。
(あれ? 彼って確か……)
練兵場で剣の訓練をしていた少年、ルーカスだ。リーチェが騎士団で最初に付与魔法をかけた相手。
ルーカスは一人きりになると挙動不審に周囲を見回し、そっと天幕の中に入って行く。
リーチェはその動きに不信感を持って、急いでルーカスの後に続いた。
脱衣場と湯殿はカーテンで仕切られており、ハーベルの姿は湯気越しにしか見えない。
ルーカスがそっと籠に置かれた剣をつかんで入り口から出ようとした瞬間、リーチェは彼の手首をつかんだ。
「何をしているの!?」
11
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました
ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。
王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている――
そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。
婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。
けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。
距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。
両思いなのに、想いはすれ違っていく。
けれど彼は知っている。
五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、
そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。
――我儘でいい。
そう決めたのは、ずっと昔のことだった。
悪役令嬢だと勘違いしている少女と、
溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。
※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます
由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。
だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。
そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。
二度目の人生。
沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。
ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。
「今世は静かに生きられればそれでいい」
そう思っていたのに――
奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。
さらにある日。
皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。
「沈薬は俺の妃だった」
だが沈薬は微笑んで言う。
「殿下、私は静王妃です」
今の関係は――
皇叔母様。
前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。
それを静かに守る静王。
宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる