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16 血の病
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魔物狩りを無事に終えて王都にある邸に戻ると、リーチェは執事に最近『血の病』が流行っている地域があったら調べてほしいと頼んだ。
そして、リーチェは祖父の書斎に向かう。彼女の大好きなその空間には、四方の壁の天井から床まで、古今東西の医学書から娯楽本、あらゆる種類の本が並んでいる。
祖父が残した研究成果の書類束や日記が置いてある棚を調べて、目当ての書を探した。
「え~と……確か、六年前くらいに読んだ本だったかな」
いくつかハズレを引きながらも、ようやく目的の本を手にする。
「あ、これだ」
ルーカスの妹がなったという『血の病』は、やはりどこの国でも昔からあるものらしい。治癒魔法で一時的に状態を良くすることはできても、何度も再燃してしまうし、この時代では根本的な治療法がないとされている。
このシューレンベルグ王国でも貧民街や船乗りで『血の病』にかかる者は多く、貴族でなったという者を聞かないのは、彼らが日常的にレモンやオレンジといった果実を食べているからだろう。
「とりあえず、執事の報告を待ちましょう」
翌日、執事が『血の病』が流行っている地区のことをリーチェに報告してくれた。やはり彼女の思った通りだ。血の病の大半は貧民街で、ルーカス達もそこに住んでいるという。
リーチェは父親に相談した後、ハーベルに手紙を出した。
それはルーカスの妹メアリーをロジェスチーヌ伯爵家が出資している治療院にて預かりたいという旨の内容だ。
ルーカスは現在王宮で取り調べ中だったが、彼と母親、そして本人のメアリーから許可をもらい、リーチェ達は彼女を預かることになった。
リーチェは治療院の医者に協力を請い、レモンやオレンジを取り入れた食事を普段の食事に追加してもらうようにした。
そして一週間後、メアリーの容態を知るためにリーチェが治療院を訪ねた時、医者がものすごい形相で彼女を迎えることになる。
「リーチェ様、いったいどんな魔法を使ったのですか!?」
医者はリーチェの手を握り、ブンブンと上下に振った。
聞けば、メアリーや他の血の病だった患者の症状がこの一週間で劇的に回復していったのだという。
「これは世紀の大発見ですよ!」
医者に案内されてメアリーの病室に行くと、十歳ほどの細身の少女が半身を起こしてリーチェを見つめていた。
「……おいしゃさんに聞きました。おねえさんがわたしを助けてくれたのですよね? ありがとうございます!」
目に涙を浮かべて、メアリーは頭を下げる。
彼女は痩せているものの顔色は良い。きっとこれからどんどん回復していくだろう。リーチェはそれに安堵した。
「ええ。もう少しここで療養してくれたら、無事に退院できると思うわ。あともうちょっとだけ頑張ってね」
そう言って、リーチェは少女の頭を撫でる。
しかし、メアリーは顔をくしゃりと歪めてうつむく。
「あの……おかあさんが話していました。おにいちゃんが王子様に悪いことをして捕まってしまったと……」
「っ! ……えぇ」
まさか少女にまで伝わってしまっているとは。
誤魔化すか悩んだが、いずれ知られてしまうことだ。リーチェは胸が痛むのを感じながらも肯定した。
「恩人のおねえさんに、こんなことを頼むなんて厚かましいこと、わかってます! けど……どうか、おにいちゃんを、助けてくれませんか? おにいちゃんは、とてもやさしくて、妹想いなだけなんです。全部わたしのためにやったことなんです……っ! おにいちゃんが捕まるんなら、わたしが捕まるべきだと思います!」
メアリーの目から涙がポロポロこぼれ落ちる。
自身も完全に回復していないのに、兄を心配して泣く姿にリーチェは胸が引きしぼられるような気持ちになった。
「できるだけ、悪いようにはならないよう、ハーベル王子に私も進言するわ。心配しないで」
そう言って、リーチェはメアリーを元気付かせるために笑った。
◇◆◇
「妹を救ってくださり、本当に、ありがとうございました……!」
事件から一か月後、治療院の前で、ルーカスはリーチェに向かって深く頭を下げた。
今日はメアリーの退院日だ。メアリーもルーカスの隣で、ペコリとリーチェに頭を垂れる。メアリーは頬が前よりふっくらしており、血色も良くなっていた。
「おねえさん、ありがとうございます……っ」
「……いいえ。当然のことをしただけです。本当はルーカスが騎士団にいられるようにできたら良かったのですが……力が及ばず、すみません」
リーチェの言葉に、ルーカスは首を振ってキッパリと言った。
「いいえ、謝罪いただく必要はありません。ケジメですから。自分がどんなことをしでかしたのか、良く分かっています。むしろ寛大な処罰をくださったハーベル殿下とロジェスチーヌ令嬢に感謝の念しかありません」
ルーカスには退学処分がくだった。
もっと重い処罰を求める声もあったが、ハーベル自身の意思と、騎士団員やリーチェの嘆願が考慮された形だ。
「いえ……これから、どうやって生活していくおつもりですか?」
こんな質問は不躾だと分かっていたが、リーチェは聞かずにいられなかった。
ルーカスの家は裕福ではない。母親が必死に働いてなんとか彼を学園に通わせ、三人で生活していたのだ。
ルーカスは肩を落として言う。
「……母には無理をさせてしまいましたが、これからは俺が働いて家計を支えるつもりです。……騎士になるという夢は叶いませんでしたが、別の方法で親孝行していきたいと思っています」
「──そうですか……。ならば、家族全員ロジェスチーヌ伯爵家で雇われませんか?」
「えっ」
「ロジェスチーヌ伯爵領の護衛騎士として。お母様やメアリーちゃんには使用人として働いて頂くか、領地で生産量が増えたレモンやオレンジの栽培を手伝ってもらうのでも構いません。もしご家族の皆さんがお嫌でなければ、ですが……」
前から考えていたことだ。
ルーカスの家族三人をロジェスチーヌ伯爵家で引き取る。
護衛騎士になればルーカスの腕だって活かせるだろう。
ロジェスチーヌ伯爵家の使用人の待遇は他家の使用人達から羨ましがられるほどだし、違う職が良ければ特産物の栽培で力になってもらえたら助かる。
王都から離れれば、ルーカス達のことをとやかく言う者はいないだろう。
ルーカスは大きく目を見開き、肩を震わせた。メアリーの目から大粒の涙があふれる。
「……本当に、ありがとうございます……! この御恩は忘れません」
「おねえさん、ありがとうございます!」
その後、リーチェは今回の壊血病の研究結果を学内の論文で発表した。
父親は領地のオレンジとレモンの栽培にこれまで以上に力を入れて王都に流通させ始めた。それらの果実はほとんど国内ではロジェスチーヌ伯爵家の寡占状態であったため、伯爵家はそれで莫大な利益を得た──というのは後々の話。
不治の病であった『血の病』の治療法を見つけたことで、王子の婚約者としてのリーチェの名は広く知られるようになっていった。
そして、リーチェは祖父の書斎に向かう。彼女の大好きなその空間には、四方の壁の天井から床まで、古今東西の医学書から娯楽本、あらゆる種類の本が並んでいる。
祖父が残した研究成果の書類束や日記が置いてある棚を調べて、目当ての書を探した。
「え~と……確か、六年前くらいに読んだ本だったかな」
いくつかハズレを引きながらも、ようやく目的の本を手にする。
「あ、これだ」
ルーカスの妹がなったという『血の病』は、やはりどこの国でも昔からあるものらしい。治癒魔法で一時的に状態を良くすることはできても、何度も再燃してしまうし、この時代では根本的な治療法がないとされている。
このシューレンベルグ王国でも貧民街や船乗りで『血の病』にかかる者は多く、貴族でなったという者を聞かないのは、彼らが日常的にレモンやオレンジといった果実を食べているからだろう。
「とりあえず、執事の報告を待ちましょう」
翌日、執事が『血の病』が流行っている地区のことをリーチェに報告してくれた。やはり彼女の思った通りだ。血の病の大半は貧民街で、ルーカス達もそこに住んでいるという。
リーチェは父親に相談した後、ハーベルに手紙を出した。
それはルーカスの妹メアリーをロジェスチーヌ伯爵家が出資している治療院にて預かりたいという旨の内容だ。
ルーカスは現在王宮で取り調べ中だったが、彼と母親、そして本人のメアリーから許可をもらい、リーチェ達は彼女を預かることになった。
リーチェは治療院の医者に協力を請い、レモンやオレンジを取り入れた食事を普段の食事に追加してもらうようにした。
そして一週間後、メアリーの容態を知るためにリーチェが治療院を訪ねた時、医者がものすごい形相で彼女を迎えることになる。
「リーチェ様、いったいどんな魔法を使ったのですか!?」
医者はリーチェの手を握り、ブンブンと上下に振った。
聞けば、メアリーや他の血の病だった患者の症状がこの一週間で劇的に回復していったのだという。
「これは世紀の大発見ですよ!」
医者に案内されてメアリーの病室に行くと、十歳ほどの細身の少女が半身を起こしてリーチェを見つめていた。
「……おいしゃさんに聞きました。おねえさんがわたしを助けてくれたのですよね? ありがとうございます!」
目に涙を浮かべて、メアリーは頭を下げる。
彼女は痩せているものの顔色は良い。きっとこれからどんどん回復していくだろう。リーチェはそれに安堵した。
「ええ。もう少しここで療養してくれたら、無事に退院できると思うわ。あともうちょっとだけ頑張ってね」
そう言って、リーチェは少女の頭を撫でる。
しかし、メアリーは顔をくしゃりと歪めてうつむく。
「あの……おかあさんが話していました。おにいちゃんが王子様に悪いことをして捕まってしまったと……」
「っ! ……えぇ」
まさか少女にまで伝わってしまっているとは。
誤魔化すか悩んだが、いずれ知られてしまうことだ。リーチェは胸が痛むのを感じながらも肯定した。
「恩人のおねえさんに、こんなことを頼むなんて厚かましいこと、わかってます! けど……どうか、おにいちゃんを、助けてくれませんか? おにいちゃんは、とてもやさしくて、妹想いなだけなんです。全部わたしのためにやったことなんです……っ! おにいちゃんが捕まるんなら、わたしが捕まるべきだと思います!」
メアリーの目から涙がポロポロこぼれ落ちる。
自身も完全に回復していないのに、兄を心配して泣く姿にリーチェは胸が引きしぼられるような気持ちになった。
「できるだけ、悪いようにはならないよう、ハーベル王子に私も進言するわ。心配しないで」
そう言って、リーチェはメアリーを元気付かせるために笑った。
◇◆◇
「妹を救ってくださり、本当に、ありがとうございました……!」
事件から一か月後、治療院の前で、ルーカスはリーチェに向かって深く頭を下げた。
今日はメアリーの退院日だ。メアリーもルーカスの隣で、ペコリとリーチェに頭を垂れる。メアリーは頬が前よりふっくらしており、血色も良くなっていた。
「おねえさん、ありがとうございます……っ」
「……いいえ。当然のことをしただけです。本当はルーカスが騎士団にいられるようにできたら良かったのですが……力が及ばず、すみません」
リーチェの言葉に、ルーカスは首を振ってキッパリと言った。
「いいえ、謝罪いただく必要はありません。ケジメですから。自分がどんなことをしでかしたのか、良く分かっています。むしろ寛大な処罰をくださったハーベル殿下とロジェスチーヌ令嬢に感謝の念しかありません」
ルーカスには退学処分がくだった。
もっと重い処罰を求める声もあったが、ハーベル自身の意思と、騎士団員やリーチェの嘆願が考慮された形だ。
「いえ……これから、どうやって生活していくおつもりですか?」
こんな質問は不躾だと分かっていたが、リーチェは聞かずにいられなかった。
ルーカスの家は裕福ではない。母親が必死に働いてなんとか彼を学園に通わせ、三人で生活していたのだ。
ルーカスは肩を落として言う。
「……母には無理をさせてしまいましたが、これからは俺が働いて家計を支えるつもりです。……騎士になるという夢は叶いませんでしたが、別の方法で親孝行していきたいと思っています」
「──そうですか……。ならば、家族全員ロジェスチーヌ伯爵家で雇われませんか?」
「えっ」
「ロジェスチーヌ伯爵領の護衛騎士として。お母様やメアリーちゃんには使用人として働いて頂くか、領地で生産量が増えたレモンやオレンジの栽培を手伝ってもらうのでも構いません。もしご家族の皆さんがお嫌でなければ、ですが……」
前から考えていたことだ。
ルーカスの家族三人をロジェスチーヌ伯爵家で引き取る。
護衛騎士になればルーカスの腕だって活かせるだろう。
ロジェスチーヌ伯爵家の使用人の待遇は他家の使用人達から羨ましがられるほどだし、違う職が良ければ特産物の栽培で力になってもらえたら助かる。
王都から離れれば、ルーカス達のことをとやかく言う者はいないだろう。
ルーカスは大きく目を見開き、肩を震わせた。メアリーの目から大粒の涙があふれる。
「……本当に、ありがとうございます……! この御恩は忘れません」
「おねえさん、ありがとうございます!」
その後、リーチェは今回の壊血病の研究結果を学内の論文で発表した。
父親は領地のオレンジとレモンの栽培にこれまで以上に力を入れて王都に流通させ始めた。それらの果実はほとんど国内ではロジェスチーヌ伯爵家の寡占状態であったため、伯爵家はそれで莫大な利益を得た──というのは後々の話。
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