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17 ヴィラ・ロレイン男爵位
しおりを挟む「素晴らしい成果だ」
国王の声が壇上から響く。
今日のパーティはリーチェのために開かれたものだった。
リーチェは恭しく頭を垂れ「恐れ入ります」と答える。
国王とハーベルは誇らしげに、その隣に立つマルクは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「長年ものあいだ不治の病だった『血の病』の治療法を見つけた功績をたたえ、リーチェ・ロジェスチーヌ伯爵令嬢にヴィラ・ロレイン男爵位を授ける」
国王がそう宣言した途端、広間に集まっていた人々がどよめいた。
それもそうだろう。本来、爵位は男子にしか継承されない。国に多大な功績を残した者は一代貴族法で爵位を授与されることがあるが、歴史上でも十名ほどしか例がなかった。女性としては初となる。
「謹んでお受けいたします」
リーチェが顔をあげてそう言うと、国王は満足げに笑う。
「そなたは今後リーチェ・ロジェスチーヌ・ヴィラ・ロレイン男爵と名乗るが良い」
そして、パーティが始まった。
リーチェは周囲に集まってきた人々の対応可能に追われた。
「ヴィラ・ロレイン男爵は本当に素晴らしい。美人であらせられるし、人格者だ。ハーベル殿下が羨ましいですなぁ」
「『血の病』の治療法を見つけるなんて、驚きましたわ」
「騎士団での活躍も目覚ましいものだと聞いておりますぞ」
「私は付与魔法にそこまでの効果があるなんて知りませんでした。今度ぜひ見せてくださいませ」
「いっそ宮廷魔法騎士団を立ち上げるのも悪くありませんね。団長はもちろんハーベル様、そしてヴィラ・ロレイン男爵はその補佐となれば、この国は安泰でしょう」
リーチェが大臣達に褒めそやされて恐縮していた時に、マルクが向かってこようとしていることに彼女は気付いた。
「リー……」
話しかけられそうになって、リーチェは体が硬直してしまう。
その時、背後から優しく肩に手を添わされた。振り返るとハーベルがいた。
「ハーベル様……」
「婚約者と二人きりになりたいのだが」
ハーベルにそう言われ、大臣達はお腹を揺らして笑う。
「ハッハッハ~、お熱いことで。もちろん、どうぞどうぞ。私などのことはお構いなく」
ハーベルはリーチェをエスコートしながら、リーチェを輪の中から連れ出した。
「王太子はハーベル王子で決まりだな」
誰かがそう漏らした言葉がリーチェの耳をかすめた。
痛いほどの視線を感じて後ろを見ると、マルクが悔しげな表情でリーチェ達を見つめていた。
テラスに出ると、会場の熱気から解放されてリーチェはようやく息を吐く。
ハーベルは給仕からシャンパングラスを受け取ってリーチェに渡してくれた。
「……俺はリーチェに助けられてばかりだな。きみのおかげで騎士団員に大きな怪我もなく、成果を残すことができたし……『血の病』まで解決してくれるとは」
「い、いえ、皆の力を合わせたからこそ、できたことです。魔物討伐も騎士団皆の力があったからだし、『血の病』もハーベル様や医師の協力がなければ解決できなかったことですわ」
頭をブンブンと振りながら言うリーチェに、ハーベルは苦笑を漏らす。
「謙遜するところはきみの美徳だが……たまには自惚れても良いと思うぞ。きみは本当に素晴らしい。俺にはもったいないほどの女性だ」
惜しみのない称賛に、リーチェは頬が熱くなる。
「……そうおっしゃって頂けて、大変光栄です」
そしてハーベルは赤い顔をして、咳払いする。
「その……リーチェ。色々あって伝えるタイミングがなかったが、俺はいつか必ずきみの期待に応えたいと思っている」
いきなり決然とした表情で言うハーベルを、リーチェはきょとんとした顔で見つめる。
「私の期待……ですか?」
「ああ。きみは俺の腰の剣が見たいと言っただろう」
突然何を言い出すんだろうと戸惑いつつも、リーチェはうなずいた。
(そんなに、ハーベル様にとって剣を見せることが重大なことだとは思わなかったわ……)
軽く考えすぎていたのかもしれない。きっと彼から剣を預けられるのは深い信頼の証なのだろう。そう思うと、いつか見せて欲しいという気持ちがリーチェの中で高まっていく。彼からもっと信頼される人物になりたかった。
「お心遣い感謝致します。……ですが、焦らなくて結構ですよ。私はハーベル様の覚悟が決まるまで、いつまでも待つ所存です」
そうリーチェが言うと、ハーベルは赤い顔を手で覆った。
「……男前かよ」
「え?」
「いや……きみの気持ちがそれほどだったとは。嬉しいよ」
なんだか話が噛み合っていない気もしたが、話の流れはおかしくないはず……とリーチェは思い直す。
「その日を心待ちにしていますね」
「は、はい……」
落ち着かない様子のハーベルに、リーチェは首を傾げていた。
◇◆◇
(──こんなことは認められない)
ひと気のない廊下で、マルクは握りしめた拳を壁に打ち付ける。
(どこから計画が狂ってしまった?)
ルーカスがハーベルの剣を盗むのを失敗したところからか。それとも、もっと前──リーチェがハーベルと婚約してしまった時からなのか。
父王もハーベルばかり褒めたたえる。
『騎士団は去年の二倍近くの魔物を討伐できたのか! 素晴らしい。ハーベルの部隊の成果に比べて……マルクはなんだ? 例年よりも、ひどい結果じゃないか』
父王に厳しい目を向けられたことを思い出した。
魔法士団は例年の華々しい成果が嘘のように無惨な結果だった。リーチェがいなくなった穴を埋めようと、マルクは魔法士団の指揮を積極的にとろうとしたが、から回りするばかりだった。団内の雰囲気も次第に悪くなり、討伐の最後の辺りでは彼を軽視するような団員すら現れはじめた。
『これまで実質的に部隊の指示を行なってきたのは魔法士団副長だったのに、どうして今回はマルク殿下が指揮するんですか』
そう生意気な口を利いてきた隊員もいた。
(僕を見下す者は絶対に許さない……)
そんな不届き者は陰で全員始末してきたし、これからも変わらない。使える者だけはマルクの弁舌で利用してきた。けれど、最近は何をやっても上手くいかないのだ。
マルクはギリリと歯を食いしばる。
(あの腹違いの憎い弟さえいなければ、リーチェは僕の婚約者になっていたはずだ。そうすれば、彼女の受けた賛美も自分のものとなっていたのに……全てあいつが悪い)
なんとしてもハーベルを追いやり、リーチェを手に入れてやる。
そう決意を込めて、マルクは首から下げた赤いペンダントに──衣服越しに触れた。
「……僕には、まだ奥の手がある」
このペンダントさえ使えば、形勢は逆転するだろうことは目に見えていた。
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