雨傘の狂詩曲

楪 伊緒

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第1章

日々の記憶

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 「あ、やべ。遅刻な気がする」
 今日の第一声がこれ。昨日はなんだか不思議な夜だったことを思い出す。
 「外眺めてて・・・、そのまんま寝ちゃったのか」
 とりあえず体を起こし、隣のスマホを手にすると、昨夜の土砂降りの影響で通学の電車が止まっていることを知る。
 昨夜は外を眺めてて、その後寝落ちしてしまったようだ。
 「もう、遅刻でも起こしてくれる人はいないんだな・・・」
 勢いよく階段を駆け登る音、母の顔。声が、幻想のように脳裏に浮かんだ。
 スマホの時計に目をやると8時を指している。急げば間に合う時間だが、電車も止まっている事だし、高校へ行く気も失せてしまった。
 「休もっかなぁ」
 ぽつりとそう呟く。窓の外は、昨日の土砂降りが嘘のようにからりと晴れた晴天だった。
 プルルルルルッ
 1階から電話の着信音が聞こえる。とりに行く気も失せているけど、流石に無視は出来ず、重い体を引き摺るように下へ降りていった。

 「はい、榎本ですけど」
 気だるい声で受話器を取る。電話の相手は、大層焦っているようだった。
 「優姫!あんたやっぱり学校行ってない!」
 「え、菜摘?」
 なんと相手は同じクラスの仁科 菜摘。小学校からの幼馴染みだ。
 「電車止まってんのは知ってんのよ!どうせあんたサボろうとしてんだと思ったわ!」
 受話器でぎゃんぎゃんと怒鳴られても困る。菜摘の声は、私の右耳から左耳へと抜けていった。
 「いーい?!あと10分後に優姫ん家車で迎えに行くから!準備完璧にしときなさいね!待たせんじゃねぇよ!?いいな!」
 ぎゃんぎゃんが更に酷くなったかと思えば電話はブツリと切れた。私は、状況が理解出来ず、そっと受話器を置く。
 「菜摘なんて言ってたっけ・・・、10分後に迎えに来る?え。10分後っていつ?8時15分かぁ・・・。そっかぁ」
 その後の沈黙。ここで、状況をやっと理解した。足の裏からは謎の汗が滲み出る。どんどん表情が強ばっていった。もしかして、今、とてつもなくヤベェ状況じゃねぇか!?
 そこからは、時間との戦い。朝ご飯は抜いて、後は女子としての最低限の身だしなみを整える。遅刻した私が悪いけど、なんでそんなに急なんだよ菜摘ィィィイ!!!
 スクールバッグには教科書を全教科積める。重いけど、今日の教科を確認している暇なんて無いし。
 プップーッ
 外からクラクションが聞こえた。タイムアップか。
 ぎりぎり間に合った、と、安堵の息を漏らし、鞄を持って、玄関へ出た。
 「いってきまーす」
 そう言っても、返ってくる声は無い。まぁ、当然なんだけど。
 「おっせぇよ!優姫!はよ出てこいや!」
 菜摘の罵声が聞こえる。もう目が覚めた今は、普通にむっとして。
 「うるっせぇなその言葉遣い女子力欠けてんぞバカ野郎!」
 人の事言えないね、自覚してます。だからいいの!
 こんこんと、つま先を地面に叩き、靴を履くと勢いよく玄関の扉を開ける。
 「アホ毛野郎ようやく出てきたか」
 車の窓から上半身丸々を乗り出して、ニイッと笑う菜摘が目に飛び込む。
 車の運転手は菜摘のお父さん。スキンヘッドでサングラスをかけて如何にも怖そうだけど、好きなものは兎のぬいぐるみっていうのは菜摘から聞いてる。心の優しい人だ。
 鞄を肩に掛けると一言。
 「うるっせ、早く乗せろ」
 私は、人様の車にも関わらず、ズケズケと車に乗っていった。お母さんが見てたら怒るかな。まあ、菜摘一家だから出来る事なんだけど。
 「んじゃ、発車するよ。優姫ちゃん」
 でたこの優しい声。菜摘のお父さんまじギャップ萌え~、ってアホか。
 ここで私ははっと気付く。菜摘のお父さんならやるはずないよね。
 「なあ、菜摘」
 「んぁ?」
 菜摘は、胡座をかき、そこに頬杖をついた状態から、目線だけをこちらに向けた。
 「さっき、クラクション鳴らしたのお前だろ」
 笑顔が大切よね!私は満面の笑みで聞いた。
 「正解♪」
 ペロッと舌を出す菜摘。んあ、キレた。
 「んだと思ったわこんにゃろ!朝っぱらから焦らせやがって、どうせこんなに早く来たのもお前がお父さんに頼んだんだろ~っ!?」
 私はぐあっと菜摘に飛びかかった。むぎゅ、と変な声を上げたかと思うと、菜摘もそれに対抗してくる。
 「あぁそーだよ!どーせ遅刻してると思ったからね!私ったらやぁさしい!!!」
 走る車の中、2人で掴むわ殴るわの喧嘩になってしまった。お父さんはそれをミラーで見ていて、止めようとしない。ましてや、笑って見ていた。
 まあ、いつもの事だしね・・・。
 こんな感じだけど、だからこそ何でも話せる親友だった。菜摘は、いざというときは、こんな感じの強い態度でいれない私を守ってくれる。
 大好きな親友・・・、だけどぉ!!!
 今はそれどころじゃねえーっ!
 私達の大声は、水溜りだらけの街中に響いた。
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