雨傘の狂詩曲

楪 伊緒

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第4章

不知の記憶

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 比較的遅い時間に鳴ったLINEの通知音。こんな時間に珍しい、と思いつつも、睡魔に負け、それを確認する事は無かった。でも、それが後々後悔する事になるなんて、私は、思いもしなかった。

 朝はどちらともテンションが低い。菜摘と私は、駅までは歩いて行き、一緒に電車に乗る。
 大体歩いている時はお互いに口を開かず、無言のままでいる。電車に乗る頃になると、やっと眠気が覚め、会話が始まるのが普通だった。
 だけど、今日は違った。菜摘は私の家のチャイムを押し、扉を開けた途端、当然の様に口を開いた。珍しい、と思いこちらも目が覚めてしまって、結局喋りながらの歩きになってしまった。
 「っていうかさ、なんで昨日の夜のLINE返信遅かったの?」
 「え、や。寝てたの」
 1番振られたくない話題に、戸惑う。昨晩きたLINEは次の通り。
 菜摘〔優姫、五十鈴の事好きなの?〕
 朝起きて確認した時、吹き出した。いや、唐突過ぎるだろ。と、内心ツッコミを入れていた。
 もう既読を付けてしまったからには、返さないと疑われるだろうと思って、致し方なく返信を打っていく。
 優姫〔どしたん(笑)それはないわ(笑)〕
 なんの変哲も無い返事を打てただろう。そう思い、安堵の息がベッドの上に漏れた。
 そう思い込んでいた矢先。やっぱり返信の時間気にしてたかぁ・・・、と失敗に思う。
 確かに五十鈴の事は好きだけど、(勝手に)ライバル意識を持っている菜摘には教えない方がいいだろう。好きな人を打ち明けたというのに、以前と変わらず五十鈴と仲良くしてもらっては、嫉妬が加速するだけだ。
 まあ、菜摘にはもう相手がいるから、ライバル意識を持つ必要は無いとは思うけどっ・・・。
 あぁ、なんて我が儘なんだと頭を抱えた。
 「ふぅん。昨日は早かったんだね」
 まだ疑ってんの!?と大きく目を見開き菜摘の方を向く。
 「本当だからね!?親友に嘘つく様な奴に見えた私!?」
 必死に否定し過ぎて逆に怪しい気もする。でも、こうなったら止められない。
 「だってまだ体育祭の疲れ残ってたし。五十鈴なんてまだほんの数えるくらいしか喋った事無いし!」
 あわわわわ、頭の中が掻き混ぜられてる気分だ。もう自制が効かない。
 これじゃ、私は五十鈴が好きです、と言ってるようなものじゃないか。私はずっと止まれ止まれと念じていた。
 「ハイハイ。分かったから」
 ん?
 菜摘は冷たく私の否定を止めた。何か気に触ったかな?
 「・・・はぁ、はぁ。はっ、うん!」
 喋りすぎて息も切れた。まあ誤解(じゃないけど!)は解けたと信じて、私は心残り無く学校への道を菜摘と歩んだ。

 今日は菜摘の態度がずっとおかしかった。私に対してだけ素っ気ないというか、冷たいというか。そのお陰で私はなにかしたのかという悪意に苛まれながら1日を過ごす事になる。
 「な、菜摘!弁当!」
 菜摘に無視されてしまわないように、大きな声で授業が終わった瞬間叫んだ。
 今日半日態度が変だったもんだから、なんだかいつものように話し掛けるのも躊躇っちゃう。本当は午前のうちにもっと話しかけて少しでもいつもの態度に戻って欲しかったけど、結局避けられてるようで、話し掛けることは出来なかった。
 そして、お昼。この時に私は菜摘に避けている理由を聞こうと考える。
 だけど、なんとなく予想はついてしまっていた。朝からだ。おかしいのは。
 菜摘はただLINEの返信が遅い如きで怒る程短気ではない。そうなると、五十鈴の事が好きということを未だに疑われているという事になるだろう。菜摘も五十鈴が好き?
 いやいやいや!それはないよ!
 流石に二股かけるような最低女ではない!
 頭ん中が忙しくなっている私の呼び掛けに気付いているはずの菜摘は、こちらを冷たく振り向くと、嫌そうに口を開いた。
 「私、今日隣のクラスの人と食べてくる」
 「えっ・・・。」
 声が出なかった。
 夏美は今まで隣のクラスの子と弁当を食べた事なんてない。ずっと私と、ある意味習慣のように一緒に弁当を食べてきたのだから。
 いつこうなってしまったのだろう。態度が変だった、の軽い問題では無いことを察する。これは相当深刻だ。

 電車の揺れが心地よい。窓の外は淡い青に染められて、景色を次から次に写し変える。
 いつも菜摘と座っていた席。向かい合うはずの菜摘はいなかった。菜摘の席には、私のバックが置かれている。
 今にも泣きそうだった。頭は吐けとでも言うかのように実に気分の悪い痛み方をしている。
 「どうすればいいのよ」
 頭の中に響く菜摘の声、姿。それはいつもの菜摘ではなく、今日のキツい態度の菜摘にすり替えられていた。
 「どうして」
 電車は案外空いている。誰も答えてくれるはずのない質問を繰り返す事しか、今の私は出来ない。
 ふと、ある人物が頭に浮かんだ。そう、五十鈴だ。こんな時に好きな人を思ってしまうのは不謹慎だろうか。いや、今は好きな人を思う気持ちではない。頼りたい気持ちだった。
 五十鈴に聞いて欲しい。この悩みを。
 体育祭の夜、急にLINEの追加が五十鈴から来ていたので、もう連絡先は知っていた。
 その時、ふと、頬をあたたかい雫が伝う。
 「あ、あれ?」
 あんなに恐ろしい顔をした菜摘の事を考えていた時は、不安で押し潰されそうだった。だけど今は頼っていたい人の優しい笑顔が見える。
 ほっと一息ついたはずだったのだが、それは予想以上に私に安心感を齎したようで、今まで堪えてきた涙は勝手に流れ続けた。
 電車の中なので、嗚咽を上げる事も出来ずに、ただ、窓の外を見詰めて、他の人にバレないようにすることで必死だった。
 
 

 

 貴方の運命を変えてあげたいの。優姫。
                 ーby.×××
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