1 / 3
41歳の娘(1)
しおりを挟む
居酒屋『円』の扉を開けて一歩店の中に入ると、岩田由紀子の嫌な予感は嘘のように消え去った。
「美人女将が一人でやっているお店なんですよ」
夕飯を食べたいけど、このホテルの近くで美味しいお店ありますか?と聞いた由紀子に、
フロントの中年男がウキウキとした笑顔でそう答えた。
古民家を改築したお店でお洒落な内装で、カウンター席があるから女性の一人客も居心地いいと思いますよ、
とフロントの男は言う。
料理も美味しいしお酒もいろいろ揃ってて、地元の客も多いし、自分もたまに行くんです。
いや、あんたの情報はどうでもいいし。
そう由紀子は心の中で毒づく。
『古民家を改装』『カウンター席』『地元の客も多い』そしてとどめは『美人女将』
いかにもな香りがプンプンする情報だった。
その「いかにも」とは何か。
和服にエプロン、もしくはノースリーブのトップスにエプロンを着た美人女将がカウンターの
向こうに立っている。長い髪を一つにまとめて白いうなじを見せている。
カウンターには常連のくたびれたおっさん客が数人。
デレデレと欲望の視線を美人女将に向けている。
それを、アルコールによる「酔狂」の視線であると誤魔化しながら。
「ママ、聞いてよ。うちの奴にこの間怒られてさ」
「仕事がきつくてさ。でも子供を大学に入れたいからやめられねえよな…」
男の客達は家族持ちである事をアピールした愚痴を女将にこぼす。
女将はうふふと微笑んで彼らに「大変ね」と優しく声をかけて鍋の蓋を開ける。
白い湯気がふわっと美人女将を包み込みフォーカスがかかり、常連客には女将が妖精のように見える。
そう、居酒屋の美人女将とは妖精なのかもしれない。
男達が描く、都合の良い幻想の女。
そんな幻想の女を由紀子は仕事で沢山見てきた。うんざりするほどに。
だからフロントの男に居酒屋「円」を薦められた時、嫌な予感がしたのだ。
でも、こんな地方の山間の町でアルコールが飲める店なんて、
常連客がカラオケを乱れ歌うような場末のスナックみたいなところしかないだろう。
それよりはましだ。
遠くまで来たのだから、その土地の美味しいものを食べたいと思うのは旅行者の我儘ではないだろう。
店の空気が「いかにも」ならば、テイクアウトにして部屋で飲むか。
そんな気持ちで入った居酒屋「円」の美人女将は決して妖精ではなかった。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「美人女将が一人でやっているお店なんですよ」
夕飯を食べたいけど、このホテルの近くで美味しいお店ありますか?と聞いた由紀子に、
フロントの中年男がウキウキとした笑顔でそう答えた。
古民家を改築したお店でお洒落な内装で、カウンター席があるから女性の一人客も居心地いいと思いますよ、
とフロントの男は言う。
料理も美味しいしお酒もいろいろ揃ってて、地元の客も多いし、自分もたまに行くんです。
いや、あんたの情報はどうでもいいし。
そう由紀子は心の中で毒づく。
『古民家を改装』『カウンター席』『地元の客も多い』そしてとどめは『美人女将』
いかにもな香りがプンプンする情報だった。
その「いかにも」とは何か。
和服にエプロン、もしくはノースリーブのトップスにエプロンを着た美人女将がカウンターの
向こうに立っている。長い髪を一つにまとめて白いうなじを見せている。
カウンターには常連のくたびれたおっさん客が数人。
デレデレと欲望の視線を美人女将に向けている。
それを、アルコールによる「酔狂」の視線であると誤魔化しながら。
「ママ、聞いてよ。うちの奴にこの間怒られてさ」
「仕事がきつくてさ。でも子供を大学に入れたいからやめられねえよな…」
男の客達は家族持ちである事をアピールした愚痴を女将にこぼす。
女将はうふふと微笑んで彼らに「大変ね」と優しく声をかけて鍋の蓋を開ける。
白い湯気がふわっと美人女将を包み込みフォーカスがかかり、常連客には女将が妖精のように見える。
そう、居酒屋の美人女将とは妖精なのかもしれない。
男達が描く、都合の良い幻想の女。
そんな幻想の女を由紀子は仕事で沢山見てきた。うんざりするほどに。
だからフロントの男に居酒屋「円」を薦められた時、嫌な予感がしたのだ。
でも、こんな地方の山間の町でアルコールが飲める店なんて、
常連客がカラオケを乱れ歌うような場末のスナックみたいなところしかないだろう。
それよりはましだ。
遠くまで来たのだから、その土地の美味しいものを食べたいと思うのは旅行者の我儘ではないだろう。
店の空気が「いかにも」ならば、テイクアウトにして部屋で飲むか。
そんな気持ちで入った居酒屋「円」の美人女将は決して妖精ではなかった。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
今まで尽してきた私に、妾になれと言うんですか…?
水垣するめ
恋愛
主人公伯爵家のメアリー・キングスレーは公爵家長男のロビン・ウィンターと婚約していた。
メアリーは幼い頃から公爵のロビンと釣り合うように厳しい教育を受けていた。
そして学園に通い始めてからもロビンのために、生徒会の仕事を請け負い、尽していた。
しかしある日突然、ロビンは平民の女性を連れてきて「彼女を正妻にする!」と宣言した。
そしえメアリーには「お前は妾にする」と言ってきて…。
メアリーはロビンに失望し、婚約破棄をする。
婚約破棄は面子に関わるとロビンは引き留めようとしたが、メアリーは婚約破棄を押し通す。
そしてその後、ロビンのメアリーに対する仕打ちを知った王子や、周囲の貴族はロビンを責め始める…。
※小説家になろうでも掲載しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる