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旦那に殺意を抱く時(5)
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理恵さんは一瞬、目を見開き香菜さんをじっと見つめる。
「寂しいよね。一緒に暮らしてるのに相手は自分の事、見てくれないんだもん」
香菜さんの言葉に理恵さんはひゃーんと子供のような声をあげて泣き出した。
タクさんと祐介は動揺し、なんと声をかけていいか分からずお互い「お前がいけ」
とつつき合っている。
でも香菜さんは冷静だ。
「寂しい気持ちを殺意で押し殺してたのよ。分かるな、私もそういう時があった」
理恵さんはおしぼりで顔を抑え、声を押し殺して泣いている。
「ちょっと今夜は私も愚痴っちゃったから、皆にご馳走させて」
香菜さんはそう言って、大きな鍋の蓋を開けた。
湯気が勢い良く立ち上り、店内の張り詰めた空気を緩めてくれる。
「何、キューバサンド作ってくれるの?それともウズラの卵入りの餡かけ焼きそば?」
タクさんがふざけた調子で言うと、一瞬その場にいる三人が無表情になってタクさんを睨んだ。
「…すいません」
タクさんが殊勝な態度で不謹慎な発言を謝った。
「はーい、熱いから、気をつけてね」
香菜さんは三人の前にそれぞれ、蓋がついたホタル茶碗とレンゲを置いた。
「お、茶碗蒸し?あ、このサイズだと小田巻?」
タクさんと祐介が茶碗の蓋を開けて言った。
「それは食べてのお楽しみ」
「あ、上に餡がかかってる。蟹肉ですか?うわあ、豪華だなあ」
祐介のテンションが上がる。
「ほら、理恵ちゃんも」
香菜さんに促され理恵さんは顔をあげて、おずおずと茶碗の蓋を開ける。
「湯気、あったかい…」
うわ言のように呟きながら、理恵さんはレンゲでひとくちすくって口の中に入れる。
「蟹の出汁、効いてる…」
理恵さんはハラハラ泣きながら食べている。
赤みがチラつく蟹餡の下には真っ白な楕円形の具と丁寧に結んだ三つ葉が出てくる。
「具は…これは百合根と、三つ葉ね。あれ?これってうどんじゃなくて、餅?もう、餅使
いすぎだろ。あ、でも合うねえ」
蟹餡と一緒に柔らかくなった餅をタクさんは口の中に入れてハフハフしている。
「このカニ餡のとろみと、お餅の粘りが絡み合って面白い食感ですね。しかもお餅、
一度炙ってるから香ばしさもあって味にふくらみが…。あ、俺、今、山岡みたいな事
言ってますね」
祐介も顔をほころばせながら食べている。
「俺、一人暮らしだからこんな手間のかかった料理、食べるの久しぶりです」
「私も…」
理恵さんがホロホロと泣きながら遼介に続く。
「具材を丁寧に処理してあるこんな手間がかかった料理も、こんなにお出汁を効かせた料理も、
こんなにあったかい料理も本当に久しぶり…」
「小さい子供がいて仕事持つ主婦はねえ、時短料理ばっかになっちゃうからね。あえて
手間暇かけたものを作ってみました。どう?ちょっと気持ちは落ち着いた?」
理恵さんはゆっくりと頷く。
「じゃあさ、明日、家に戻ったら旦那さんにさっきぶちまけた事、落ち着いてちゃんと言ったほうがいいよ」
「え?」
「自分のこと、ちゃんと見てくれなくて寂しいって」
「そんな事…」
「そんな事?大事な事でしょ?だから家出までして泣きながら叫んでるんじゃない。
殺したいなんて喚いてるんでしょ」
「ごめんなさい、私、初めて来たお店で…」
「うん。私に謝るくらいなら旦那さんにちゃんと伝えなよ」
理恵さんは小さく頷いた。
「俺の嫁も子供がまだ小さい頃、酒飲み歩く俺の事を殺したいと思ってた事あったのかなー」
タクさんがしみじみとした調子で言った。
「あるでしょ、そりゃ」
「今もそう思ってるんじゃないですか?」
香菜さんと祐介は笑いながら言う。
「えー!マジかよ!やめろよ」
タクさんが本気で怖がっている。
「あ!」
理恵さんが急に立ち上がった。
「どうしたの?」
「旦那からのline無視してたら電話が」
カウンターの上に置かれた理恵さんのスマホがバイブ機能で小刻みに揺れている。
「出て出て!さっきの事、ちゃんと言って」
スマホを見つめる理恵さんに「早く!」と急かす香菜さん。
理恵さんはスマホを持って立ち上がり、小走りで店の外に飛び出した。
「あー、ダウン着ないと外、寒いんじゃないかな」
理恵さんのダウンジャケットを手に取って、追いかけようとした祐介を香菜さんが「ダメダメ」と止める。
「大丈夫。熱い会話してんだから、ほっときなって」
祐介と香菜さんとタクさんは入り口の扉をじっと見つめ、その向こうの会話を想像しながら微笑んだ。
(本日のお品書き)
○お餅のアラレ 山椒風味
○ユリ根とお餅の茶碗蒸し 蟹餡がけ
「寂しいよね。一緒に暮らしてるのに相手は自分の事、見てくれないんだもん」
香菜さんの言葉に理恵さんはひゃーんと子供のような声をあげて泣き出した。
タクさんと祐介は動揺し、なんと声をかけていいか分からずお互い「お前がいけ」
とつつき合っている。
でも香菜さんは冷静だ。
「寂しい気持ちを殺意で押し殺してたのよ。分かるな、私もそういう時があった」
理恵さんはおしぼりで顔を抑え、声を押し殺して泣いている。
「ちょっと今夜は私も愚痴っちゃったから、皆にご馳走させて」
香菜さんはそう言って、大きな鍋の蓋を開けた。
湯気が勢い良く立ち上り、店内の張り詰めた空気を緩めてくれる。
「何、キューバサンド作ってくれるの?それともウズラの卵入りの餡かけ焼きそば?」
タクさんがふざけた調子で言うと、一瞬その場にいる三人が無表情になってタクさんを睨んだ。
「…すいません」
タクさんが殊勝な態度で不謹慎な発言を謝った。
「はーい、熱いから、気をつけてね」
香菜さんは三人の前にそれぞれ、蓋がついたホタル茶碗とレンゲを置いた。
「お、茶碗蒸し?あ、このサイズだと小田巻?」
タクさんと祐介が茶碗の蓋を開けて言った。
「それは食べてのお楽しみ」
「あ、上に餡がかかってる。蟹肉ですか?うわあ、豪華だなあ」
祐介のテンションが上がる。
「ほら、理恵ちゃんも」
香菜さんに促され理恵さんは顔をあげて、おずおずと茶碗の蓋を開ける。
「湯気、あったかい…」
うわ言のように呟きながら、理恵さんはレンゲでひとくちすくって口の中に入れる。
「蟹の出汁、効いてる…」
理恵さんはハラハラ泣きながら食べている。
赤みがチラつく蟹餡の下には真っ白な楕円形の具と丁寧に結んだ三つ葉が出てくる。
「具は…これは百合根と、三つ葉ね。あれ?これってうどんじゃなくて、餅?もう、餅使
いすぎだろ。あ、でも合うねえ」
蟹餡と一緒に柔らかくなった餅をタクさんは口の中に入れてハフハフしている。
「このカニ餡のとろみと、お餅の粘りが絡み合って面白い食感ですね。しかもお餅、
一度炙ってるから香ばしさもあって味にふくらみが…。あ、俺、今、山岡みたいな事
言ってますね」
祐介も顔をほころばせながら食べている。
「俺、一人暮らしだからこんな手間のかかった料理、食べるの久しぶりです」
「私も…」
理恵さんがホロホロと泣きながら遼介に続く。
「具材を丁寧に処理してあるこんな手間がかかった料理も、こんなにお出汁を効かせた料理も、
こんなにあったかい料理も本当に久しぶり…」
「小さい子供がいて仕事持つ主婦はねえ、時短料理ばっかになっちゃうからね。あえて
手間暇かけたものを作ってみました。どう?ちょっと気持ちは落ち着いた?」
理恵さんはゆっくりと頷く。
「じゃあさ、明日、家に戻ったら旦那さんにさっきぶちまけた事、落ち着いてちゃんと言ったほうがいいよ」
「え?」
「自分のこと、ちゃんと見てくれなくて寂しいって」
「そんな事…」
「そんな事?大事な事でしょ?だから家出までして泣きながら叫んでるんじゃない。
殺したいなんて喚いてるんでしょ」
「ごめんなさい、私、初めて来たお店で…」
「うん。私に謝るくらいなら旦那さんにちゃんと伝えなよ」
理恵さんは小さく頷いた。
「俺の嫁も子供がまだ小さい頃、酒飲み歩く俺の事を殺したいと思ってた事あったのかなー」
タクさんがしみじみとした調子で言った。
「あるでしょ、そりゃ」
「今もそう思ってるんじゃないですか?」
香菜さんと祐介は笑いながら言う。
「えー!マジかよ!やめろよ」
タクさんが本気で怖がっている。
「あ!」
理恵さんが急に立ち上がった。
「どうしたの?」
「旦那からのline無視してたら電話が」
カウンターの上に置かれた理恵さんのスマホがバイブ機能で小刻みに揺れている。
「出て出て!さっきの事、ちゃんと言って」
スマホを見つめる理恵さんに「早く!」と急かす香菜さん。
理恵さんはスマホを持って立ち上がり、小走りで店の外に飛び出した。
「あー、ダウン着ないと外、寒いんじゃないかな」
理恵さんのダウンジャケットを手に取って、追いかけようとした祐介を香菜さんが「ダメダメ」と止める。
「大丈夫。熱い会話してんだから、ほっときなって」
祐介と香菜さんとタクさんは入り口の扉をじっと見つめ、その向こうの会話を想像しながら微笑んだ。
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○お餅のアラレ 山椒風味
○ユリ根とお餅の茶碗蒸し 蟹餡がけ
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